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五宝剣物語

4−14

 心臓を外れていたのか、胸を貫かれてもパレンは死ななかった。
「き、貴様ら……」
 真っ赤に染まる手で胸部を抑え、よろけるように二歩後ろに下がる。ルシアがすぐさま二撃目を放ったが、それは呆気なくパレンの前に霧散した。油断しなければ『青宝剣』の威力など大したことはない。
「もうやめておけ。お前は助からない」
 とどめを差さんと手を上げたリスターから逃れるように、パレンは空に舞い上がった。
「無駄だ、パレン。もうあきらめろ!」
 リスターが先程と同じ魔法を空に向かって放つ。パレンはそれを片手で受け止めると、服の中から何かをつかみだした。
 それが陽の光を受けてキラリと光ったとき、リスターはその物体の正体を理解した。
 『五宝剣』に付いていた宝石だ。
「貴様、それで何をするつもりだ!」
「ふん。こうなったら、お前たちも道連れにしてやる……」
 言うなり、パレンはその宝石を空に投げ上げた。
 何か特別な力を込めたのか、宝石はパレンの頭上で五角形を描いて静止し、それぞれの色に輝き始める。
「往生際が悪いぞ!」
 リスターは怒鳴りながら魔法を放ったが、それは見えない障壁に阻まれるように、どこか彼方へ弾き飛ばされてしまった。
 頭上ではどんどん魔力が膨れ上がり、やがてそれに押し潰されるように周囲にあった防寒の結界が壊れた。
 途端に吹きすさぶ冷たい風に、リスターは思わず身を震わせた。
 仲間の方に目を遣ると、エリシアに覆い被さるようにして倒れていたリューナが半身を起こしている。寒さで目が覚めたのだろう。
「リスター! こっちはいいから、あいつを!」
 ルシアの声がして、リスターは大きく頷いた。そして先程までパレンの持っていた『紫宝剣』をつかむと、空に舞い上がる。
「魔法が効かないなら、直接斬るまでだっ!」
 そういきり立ったリスターだったが、先程の魔法同様、パレンの側まで近付くと障壁に拒まれた。
 悔しがりながら見上げると、パレンは白目を剥き、宙に浮かんだまますでに事切れていた。パレンが宝石を浮かばせているのではなく、宝石がパレンを浮かばせていたのだ。
「な、なんだ?」
 ぎょっとしながら見ると、宝石はまるで生き物のように五色の光をパレンにまとわりつかせて、その身体から魔力を吸い上げていた。
 一つ一つの宝石を観察すると、内部で何か靄のようなものが動いており、表面に薄くヒビが入っている。
「こいつ、爆発する気か?」
 恐らく宝石は、その魔力を持って辺り一体を吹き飛ばすつもりだ。いや、パレンが生命を使ってそうしたのだろう。
 もしもこの宝石に、何らかの容易に使える特別な力があったのだとしたら、リスターとの戦いですでに使っていたはずだ。
 あるいは、あまりにも危険すぎて使えなかっただけかも知れない。今となっては知る術がないし、どうでもよいことだ。
 リスターは慌てて地面に戻った。すでに魔力は尋常ではない大きさにまで膨れ上がっている。このままでは爆発を待たずに、魔力に押し潰されるだろう。
「リスターっ!」
 ルシアがエリシアの身体を胸元に抱き寄せながら、不安げな面持ちで彼を見上げた。この膨大な魔力は、恐らくこの界隈のすべてを吹き飛ばすだろう。今から逃げていてはとても間に合わない。
 ちらりとリューナを見ると、こちらも蒼白な顔で彼を見つめていた。
「まあ、そういう顔をするな」
 リスターが綺麗な金色の髪を撫でてやると、少女は安心したように頷いた。リスターさえ不安な顔をしなければ、この少女たちは真っ直ぐ彼を信じる強さを持っている。
「ルシア。『緑宝剣』でこの魔力を防いでくれ」
 素早く指示を与えると、ルシアは怪訝な面持ちで聞き返してきた。
「それで助かるのか?」
「まさか。ただ、このままじゃ、爆発を待たずにこの魔力で殺されてしまうからな」
 苦笑しながらリスターがそう答えると、少女はそれ以上何も言わずに『緑宝剣』を取り、それを空に掲げた。
 途端に、まるで磁場に置かれた磁石のように剣が魔力を弾き始め、先程まで頭上から凄まじい圧力で大地を押し付けていた魔力が和らぐ。
 次にリスターは、先程『緑宝剣』を取るためにルシアが地面に捨てた『青宝剣』を取り、それをリューナに持たせた。自身は『紫宝剣』を持っている。
「リューナ。これからある魔法陣を描くが、手伝って欲しい」
「魔法陣?」
 抜き身の剣を受け取りながら、リューナは呟くように尋ねた。これでも様々な魔法陣を知っているつもりだが、今この状況から逃げ出せるようなものは知らない。
 耐衝撃魔法も存在するが、ユロパナームごと吹っ飛ばされたら、さすがに生命はないだろう。
 彼女の疑問を察して、リスターは困ったような笑みを浮かべた。
「転移の魔法陣だ」
「転移!? そんなものがあるの?」
 思わず大きな声で聞き返す。職業上、魔法に関する本を読む機会にも恵まれていたが、それでもそういう魔法は耳にしたことがない。
「これも禁忌の魔法の一つだ。詳しいことは後で話すが、色々な魔法を知っててね。一人で作るより、教える時間を割いてでも二人で作った方が早い」
 そう説明してから、リスターはふと自分で言った台詞に違和感を覚えた。
 自分は今、何と並べて「これも」という表現を使ったのだろうか。
 最近何かもう一つ禁忌の魔法を使ったような気がしたが、今は考えるのをやめた。
 紙とペンを用意して、その上にこれから描く魔法陣を描きながら、魔力を込めるポイントを説明し始めた。
 その間に一度、大地が大きく縦に揺れ、亀裂が走る。
「リスター……?」
 今ので目が覚めたのか、エリシアが身体を起こして周囲を見回した。
 リスターはちらりとルシアを見て、目で説明を促す。ルシアは大きく頷いて、手短かにこれまでのことを話した。
 エリシアはそれを黙って聞いていたが、ルシアが話を終えると静かに頭上に浮かぶ宝石に目を遣った。
 そこからおびただしい魔力が溢れ出している。ただ、その魔力は決して均一ではなかった。
 相乗効果で強くなっている場所もあれば、反発作用で弱くなっているところもある。
 エリシアはそんな魔力の流れを読み、恐らく一番その力を受けない場所を見つけ出した。
「リスター。魔法陣を描くならあそこがいいわ」
 大地の一点を指差して、エリシアが教える。彼は何も聞き返さずに、素直に頷いてリューナとともにそこへ駆けた。
 ルシアもエリシアに肩を貸してそこまで走る。
「リューナ。失敗は許されないが、緊張はするな」
 リスターが真顔でそんな無茶な注文をして、リューナは思わず微笑みを浮かべた。この状況で緊張しないのは無理というものだ。
「せいぜい頑張ることにします」
 言うが早いか、『青宝剣』を地面に突き立て、そこから魔法陣を描き始めた。
 頭上で宝石の一つが凄まじい音を立てて破裂して、向こう側の大地が崩れ落ちる。その衝撃に足場が大きく斜めに傾いたが、エリシアの言った通り、直接的な被害はなかった。
 もっとも、あまりの振動に立っていることも叶わない。
 ルシアは膝をつき、それでも必死に剣を掲げた。気を緩めれば、リスターの言った通り爆発を待つことなく逝くだろう。
 魔法使いの二人は振動を受けないように軽く宙に浮かび、真剣な面持ちで魔法陣を描き続けていた。
 初めの宝石の爆発の余波でか、遠くの山の山肌が崩れ、大地が叫ぶような音を立てた。
 突風が吹きすさび、砂を巻き上げた。遠くから木切れや小石がものすごい速度で飛んでくる。これだけでもある種の脅威だった。
「姉貴、あたしに捕まってろ!」
 依然動かない左腕をもどかしく思いながら、右手に最後の力を込める。この風のために、もう何度剣を持っていかれそうになったろうか。
 エリシアは傷付いた身体を引きずるようにして妹の許まで来ると、そっとルシアの手の上から剣を握った。
「私も……手伝うわ」
「姉貴……」
 にっこりと笑って見せたエリシアの力はあまりにも弱く、実質的にルシア一人で支えているのと変わらなかった。
 けれど、それがルシアに与えた精神的な力は計り知れない。
 また一度大きな破裂音がして、大地がすさまじい音を立てて縦に落ちた。魔力の余波が形を為して姉妹に襲いかかる。
 ルシアは咄嗟に『緑宝剣』をその方向に傾けたが、それが剣の限界だった。
(なっ……)
 手から伝わってくる剣の砕け散る感触に、ルシアは驚きに目を丸くした。
 魔法は剣を砕き、なお自分に向かって落ちてくる。
「ルシアっ!」
 声とともに、リューナは『青宝剣』を薙いだ。そこから迸る衝撃波が、ルシアに襲いかかった魔法を相殺する。
 だが、油断ならない状況に変わりはなかった。『緑宝剣』が砕けたことで、上からの凄まじい魔力の圧力が一気に押し寄せてきたのだ。
 同時に、リスターの声が響き渡った。
「こっちだ! 中に入れ!」
 ルシアが首を傾けると、リスターとリューナの周りを金色の膜が包み込んでいた。
「ええいっ!」
 リューナが渾身の力を込めて、『青宝剣』を投げ付ける。これも魔力を持った剣だ。少しは役に立ってくれまいか。
 リューナの考えに賛同して、リスターも『紫宝剣』を投げ付けた。
 二つの剣が周囲の魔力と反発して、一瞬の拮抗の後破裂する。けれどその一瞬は、ルシアがエリシアを担ぎ上げて魔法陣に飛び込むのに十分な長さを持っていた。
 頭上で残っていた宝石が、500本の落雷を合わせたような音を立てて爆発する。
 大地が崩れ落ち、山々は崩壊し、至る所から水が噴き出して川を成した。
 森は土砂に埋まり、魔力のために生じた巨大なクレーターが湖に変わる。
 そんな大異変の中に、4人の姿はなかった。宝石が破裂するより一瞬早く、地獄のような雪の山岳地帯から脱出していたのだ。
 70年前から続いていた王国と魔法使いとの確執は、今、ユロパナームの山々とともに消え果てた。
 冬の冷たい風が、山間にぽっかりと出来上がった湖に静かに吹き付けていた。

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