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五宝剣物語

4−13

 ルシアの剣がウェルザを貫く、ほんのまだ1分半ほど前である。
 『青宝剣』の衝撃波には見向きもせずに、『紫宝剣』を煌かせながらパレンがリスターとの間合いを詰めた。
 魔法使いの頭ともあろう者が、まさか剣で斬りかかってくるとは思ってなかったリスターは、剣での迎撃を回避して、大きく一歩後ろに跳んだ。
 もしもそうしていなければ、恐らく彼はセフィンの二の舞になっていただろう。
 パレンはリスターに届く直前で止まり、剣を地面に突き立てた。途端に、そこを円周の一点として魔法陣が広がる。
 けれどリスターは、運良くもすでにその射程範囲から抜け出していた。
「なるほど。それが『紫宝剣』の力か」
 丁度パレンと魔法陣を挟む形で対峙したのを幸いに、リスターは素早く自分に一時的な筋力増強魔法をかけた。後から一気に疲れが来るのであまり使いたくない魔法なのだが、先程のパレンの動きを見る限り、本気を出さなければ剣技ですら勝ち目はない。
 もちろん、魔法合戦など論外だ。魔力が互角だったとしても、元々彼は攻撃魔法に長けていない。でなければ、ティランごときに苦戦を強いられたりはしない。
 パレンは魔法陣目がけて魔法を放つと同時に大地を蹴った。
 リスターはその魔法を受け止めると、同じようにパレンに向かって斬りかかる。
 ガキッと大きな音がして、剣が打ち合わされた。痺れるような感覚がリスターの腕を襲ったが、力負けはしていない。むしろ、増強魔法のおかげか、やや優勢に思われた。
 素早く剣を引くと、今度は横薙ぎにする。パレンはそれを受け止めずに躱して、再び剣で地面を突いた。
「ちっ!」
 さらに踏み込もうと思っていたリスターだったが、彼の動きを見て後ろに飛んだ。一瞬の間があって魔法陣がリスターの足元を襲う。
「これじゃあ、近付けんなぁ」
 悔しそうに声を漏らしたリスターを、ヨキがリューナに放ったものと同じ電撃が襲い掛かった。
 まだ地面に着地したばかりの状態だったリスターは、回避をあきらめてそれを受け止める。
 バチッと痺れるような感覚とともに、魔法が消滅した。魔力ではやや向こうが優勢のようだ。
 すでに肩で息をしているリスターを悠然と眺めながら、パレンが楽しそうな声で言った。
「お前に勝ち目はない。だが、その魔力は殺すには惜しい。もしもお前が僕のために働くというのなら、助けてやらないでもないが」
「ほざけ。俺がお前に味方する理由など、何一つない」
 痺れる腕でしっかりと剣を握り直して、リスターは小さく笑った。
 もちろん、そんなことで動じるパレンではない。
「あるさ。魔法使いはみんな、それだけで僕に味方する理由を持っている」
「俺は魔法使いだろうとなかろうと、平和を乱す悪人に味方するつもりはない」
 そう言い放ったとき、ヨキの断末魔の叫びが轟いた。
 パレンが一瞬そっちに目を向けた隙に、リスターはその足元に魔法を放った。そして魔法陣を飛び越えるように魔法で跳躍して頭上から斬りかかる。
 最小限の動きで魔法を躱したパレンが、すぐにリスターの剣を受け止めるために『紫宝剣』を頭上に掲げた。
 リスターは素早く剣を引くと、そのまま屈み込むようにして地面に降り、足払いを食らわせる。
「くっ!」
 初めてパレンの顔が歪んだ。
 ジャンプして躱したパレンに剣を突き出そうとしたリスターだったが、ものすごい殺気を感じて後ろに跳んだ。刹那、パレンが電撃の魔法を放つ。
「なんだとっ!?」
 リスターは辛うじてそれを防いだが、無傷ではいられなかった。
 衝撃で数メートル吹き飛ばされ、剣を支えにするようにして立った。
「その魔法を今の間合いで使えるのか……」
 パレンの使った魔法は、どんなに魔力が強い実力者でも使うのに3秒はかかるとされている。パレンはそれを1秒ほどで使ってきたのだ。
「やはりお前に勝ち目はないようだぞ?」
 勝ち誇るようにパレン。リスターは痛みに顔をしかめながらも、笑って答えた。
「ついさっき、俺にやられそうになっていたヤツが、何をくだらないことを言っているんだ?」
「ほんの一瞬のことだろう。大局に影響はない」
「俺は今まで、その一瞬に向かってくるヤツをことごとく倒してきた。お前もそうなるだろうよ」
 戦いは負けたときが死ぬときだ。リスターは旅に出てからこれまでの間、戦いという戦いを勝ち抜いてきた。だからこそ今こうしてここに立っている。
 経験に裏付けられた絶対の自信が彼にはあった。
 パレンは静かに溜め息を吐いて顔を上げた。
「ならしょうがない。やっぱりお前には当初の予定通り死んでもらうことにしよう」
 言い終わらない内に、パレンはリスターの前に踊り出て『紫宝剣』を突き立てた。ほとんど同時に雷撃の魔法を放つ。
 リスターは魔法陣を躱して、さらに転がるように雷撃も躱した。
「甘いぞ、リスター! そんな動きじゃ、僕には勝てない!」
 パレンは半ばがむしゃらに地面を突いた。その度に魔法陣がリスターを襲い掛かる。
 リスターはそれを避け続けるので精一杯だった。飛んでしまえば魔法陣は恐れなくても済むが、雷撃を避けるのが難しくなる。空中では地面にいるときほど機敏には動けない。
 ほんのわずかでも攻撃する隙があれば形勢も変わろうものだが、リスターにはその余裕が一切与えられなかった。それどころか、だんだん避け続けるのすら至難になってくる。
「ほらほら、逃げてるだけじゃ、僕を倒すことなんてできないぞ? お前の欲しがってた一瞬はどうしたんだ?」
「くっ! 黙れ!」
 精一杯虚勢を張って怒鳴り付けたが、攻撃するどころか逆に、ついに持っていた剣まで魔法で弾き飛ばされてしまった。
「しまった!」
 リスターの手を離れた剣は、不運にもパレンの作り上げた魔法陣の中に突き刺さった。もはや時間をかけなければ取り戻す術はない。
「これで終わったな!」
 決して攻撃の手を緩めずに、パレンが楽しそうに笑った。
 リスターは悔しそうに唇をかんだが、見栄を張ることだけは忘れなかった。
「俺は元々魔法使いだからな。何も気にすることはない」
「負け惜しみを!」
 ほんの少しだが、パレンが苛立ったような顔になった。あまりにも素直に負けを認めないリスターに腹が立ったのだろう。
「なんだ? 何かお前の方が追い詰められてるように見えるな。まあ、実際にそうかも知れんがな」
 だいぶ『紫宝剣』が作る魔法陣の大きさをわかってきたので、必要最小限の動きでそれを避けると、リスターは可笑しそうに笑った。
「何が! お前の不利に変わりはない」
「それはどうかな? 俺には秘策がある」
「ふん! そんなものがあるなら、見せてみろよ。ほら!」
 パレンは剣を突き立てると同時に、もう一方の手から魔法を放った。
 リスターは魔法を受け止めながら、その衝撃を使ってパレンとの間合いを取る。
 もちろん、それでリスターに魔法を使わせるパレンではない。魔法を放つと同時に大地を蹴り、一気にその距離を縮めた。
 リスターはパレンに気付かれないよう、目だけでちらりと離れた場所に立つ仲間の方に目を遣り、立っている位置を微妙に変えた。
「さっきの魔法をうまく使ったつもりかも知れないが、無駄にダメージを受けただけだったな!」
 パレンの言う通り、リスターは先程の魔法のダメージのために、かすかに足を震わせていた。疲れもだいぶ溜まっている。
 それが応えたのか、次にパレンが作り出した魔法陣を後ろに避けたとき、とうとうリスターは足を絡ませ、尻餅を突くようにして転んだ。
「終わったな、リスター」
 すぐに立ち上がろうとしたリスターの前に立ち、パレンが口の端を釣り上げて剣を掲げた。
 リスターはあきらめたような溜め息を吐いてから、一転して可笑しそうに肩を震わせた。
「な、何が可笑し……」
 顔をしかめ、言及しようとしたパレンが、突然何かに背中を叩かれたように仰け反った。
 目が剥き出しになり、口から血の泡を噴く。
 丁度パレンを挟んで、リスターと対角線上にヨキの死体が転がっていた。そしてその死体の前で、彼に刺さっていた『青宝剣』を振り下ろした格好でルシアが立っていたが、パレンにそれを確認するだけの時間を与えるほど、リスターは甘くはなかった。
「お前を倒すのは、何も俺である必要はないってことだな」
 初めから彼は、自分でパレンを倒すことは考えていなかった。逃げ回っていたのも、下手に全力で戦うよりも、パレンを引き付けて仲間に任せた方が良いと判断したからである。
 先程わずかに位置をずらしたのもルシアを見たからだし、転んでみせたのも『青宝剣』の余波を食らわないようにするためだった。
 リスターは胸を張るような格好で仰け反っているパレンに手を突き出した。
「終わりだ、パレン」
 厳かに呟いたリスターの指先から、一筋の光が迸った。

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