それは一瞬の出来事だった。
地震は猛威を振るい、やがて治まった。尋常ならざる静寂が村を包み込み、波の音さえ聞こえなかった。
太陽は先程と変わらず、夏の熱い日差しを大地に降り注いでいる。やや離れたところに広がる白い海岸は、陽光を跳ね返し、ゆらゆらと揺らめいて見えた。
村は壊滅的な打撃を受け、おびただしい量の家屋の残骸が、無惨に散らばっていた。人々は呆然と立ち尽くし、無感情な瞳でそれを見つめていた。
平穏豊かな村はもはやない。あるのは廃墟だけだった。
潮の香りを含んだ風が、人々の肌を撫で、吹き抜けていった。そして、いずこからか火が上がり、やがてそれは乾いた木々に燃え移り、黒い煙をもうもうと空に立ち上らせた。
木々の爆ぜる音と共に、村に音が戻った。同時に人々は我に返り、無数の声を聞いた。
助けを求める叫び声、悲痛な泣き声、苦しそうな呻き声。
生き残り、呆然としていた人々は、直ちに救助活動を始めた。
まだ生きている人々がいる。自分もまた生きている。村はなくなってしまったけれど、すべてが終わったわけじゃない。
人々に活気が戻った。
人間は弱く脆い存在である。しかしまた、強い心と無限の可能性を秘めている。
かつて誰かがそう言った。
地震が村を襲ってからまださほど経っていない。けれども人々は、もう新しい生活の第一歩を踏み出していた。
幸いにも、地震による死者は少なかった。彼らは家屋の下敷きになった人々を助け出し、その手当てをした。そして、いざ消火活動をせんと、水を求めて海を見た。
……その時になって、初めて彼らは異変に気が付いた。潮が異様なほど引いているのだ。
津波……。
気が付いたときはすでに遅かった。水平線の彼方から、波が徐々に強く大きくなり、最後には怒濤のごとく海岸に押し寄せてきた。
人々はもはや逃げようとはしなかった。津波が押し寄せてきてから逃げても間に合わないことを、彼らは知っていたから。
彼らは手を組み膝をつき、或いは立ち尽くしたまま目を閉じて、皆一様に神に祈った。
津波はやがて陸地に達し、凄まじい音を立てながら、村に襲いかかった。
濁流が村を飲み込んだ。
一瞬陸が海のように水に浸かり、やがてそれも引いていった。
水の引いたそこに、生きる者はなかった。
小高い丘の上に立ち、その様子を見つめる四つの人影があった。この世界では極めて珍しい戦士風の男と、その後ろに灰色のローブを纏った若い女性、そして日に焼けた肌のまだ年端もいかぬ少年と、やはり戦士風の鎧を身につけた壮年の男。
彼らは厳しい眼差しを、濁流に洗い流された村に向け、誰一人として口を開こうとはしなかった。
水が引き、海の水嵩がゆっくりと元に戻っていった。打ち寄せる波が、浜辺に無数の木材と、時折人の死体を運び山と築いた。
やがて、静かに男が言った。
「やはり精霊力が強まっている……」
その重々しい呟き声は、三人の胸の奥深くに浸透した。ついに少年が目を背け、それと時を同じくして、ローブの女性が男に言った。
「急ぎましょう……。これはまだ来るべき滅亡の、ほんの前兆に過ぎません。私たちには、そしてこの国には、もはや一刻の猶予も許されてはいないはず……」
ゆっくりと振り向いて、男は力強く頷いた。
四人は一度真剣な眼差しで頷き合うと、再び歩き始めた。
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