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マジックプラネット
精霊の国ミナスレイア。あらゆることが精霊力によってなされ、精霊力によって支えられるこの国で、異変が起きた。
長年保たれてきた人間と精霊の調和。それが今、崩れようとしていたのだ。
ミナスレイアの平和を願う二つの正義が、今この大陸の命運をかけて雌雄を決する。

三章 さまよえる精霊宮

 大地に五度目の光の柱が立ち上った。
 そしてその後に降り注ぐ大流星群。
 人々は災厄の日かと、天を仰ぎ見た。
 光が精霊達を飲み込んだ。
 こうして、ミナスレイアの王都からほど近い街、ゼウェンの精霊の泉も枯れ、街から精霊が消えた。
 同時に四つの人影が、音もなく街から消え去った。

 ゼウェンを出てから約一日、テス平野で四人はミナスレイアの軍隊と対峙していた。
 その数およそ百五十。右に第五氷晶部隊百と、左に第六炎星部隊五十。
 しかし四人に焦りの色はなかった。
 彼らには絶対に負けない。そう確信していたから。
 その根拠となるのが、絶対的な剣技の差である。ミナスレイアの者達は、精霊の国の民だけあって魔法には長けているが、その反面、剣は他国に出れば、子供のそれと何ら変わらない程度でしかない。それに加えて、フィリーゼとルークスは剣豪無比、彼らが魔法さえ使えなければ、何人集まろうが敵ではないのである。
 右を三人に任せると、フィリーゼはたった一人で左の五十人を迎え撃った。
 今回、魔法はほとんどない。精霊が昨日のゼウェンの一件で激減しているからだ。
 フィリーゼは風のように駆けると、あっという間に軍との間合いを詰め、まず手始めに四、五人を戦闘不能にさせた。
 そして、敵のあまりにも遅い剣を躱して、さらに何人か倒す。
 もちろんいくつかの手傷は負うものの、致命傷は決して負わなかった。
 ところが、何十人か倒した後、倒れた敵の一人がフィリーゼの足を掴んだ。同時に誰かが魔法を放つ。
「火の精霊よ。我らが敵を焼き尽くし給え!」
 数は少ないが、完全にいなくなったわけではない。
 火の矢が彼を捕らえた。同時に軍の者達が色めき立つ。
「やったか?」
 圧倒的な強さを誇る敵に、五度目の戦闘にして初めて決定的な一撃を浴びせられたのだ。彼らの喜びは相当なものだった。
 しかし、火が消えたそこに、フィリーゼは悠然と立っていた。
「そ、そんな……」
 先程までの喜びは一気に吹き飛び、後には絶望だけが残った。
 そんな彼らを見て、フィリーゼは不敵に笑った。
「残念だったな。俺には魔法は効かないんだ」
 彼らの顔が焦りと絶望に歪んだ。
 こうして、この日もまたミナスレイアの軍は敗れ、数日後、城に敗戦の報が届くことになった。

 一人の少年が山岳地帯を歩いていた。道はない。むしろ絶壁とも言っていいような山肌を、少年は登っていた。
 周りの景色は不思議と目に入らない。
 少年は山を登り切り、今度は反対側を降り始めた。これもまた絶壁だった。
 不意に少年の唇が動いた。何やら言葉を言っているようだった。
 やがて、ふわりと彼の身体が浮かび上がって、ゆっくりと下降し始めた。そして大地に降り立つと、少年は今度は森の中を歩き始めた。
 少年は旅をしていた。あてはない。ただ歩き周り、新しいものを発見しては驚き、喜び、時には涙して、自分の辿り着くべき場所を探していた。
 森を抜けると、そこには大きな宮殿があった。少年は一度それを見上げると、中に入っていった。
 そこは不思議な場所だった。大きな通路の両側には、竜やら人魚やら、不思議な生き物達の像が並んでいた。少年は顔をほころばせて先に進んだ。
 やがて、少年の前に大きな広間が開けた。広間には立派な水竜の像があり、その前には虹色に輝く三つの石が置いてあった。
 少年はゆっくりとそれに近づいていき、恐る恐る手に取った。
 それは透明でありながら七色に輝き、重くなく軽くなく、冷たいようで温かい、不思議な石だった。
 少年は両手に一つずつそれを持ち、さっと一度左右を見た。
 よし、誰もいない。
 少年は慌てて右手のそれを腰の袋にしまった。その時だった。
「そなた、そこで何をしている!」
 突然背後から声がして、少年は驚きのあまり思わず左手の石を床に落としてしまった。
 美しい音を立てて、石は砕け散った。
 少年が怖々に振り返ると、そこには若者が一人、凄まじい形相で立っていた。
 少年は震え上がった。
 若者はゆっくりと少年に近づいていった。
 彼が幾歩か歩くと、少年は堪え切れず、逃げ出そうとした。そんな少年の肩を、若者ががしりと掴んだ。
「うわあっ!」
 震える少年に若者が言った。
「少年よ。そなたの犯した罪は重い」
 若者の目が赤く光った。
「そなたにはこの先、一切精霊の加護はない。魔力もなく、人々に野蛮人と蔑まれて生きるがいい!」
 彼の目を見た少年の身体に痺れが走った。それとともに、焼けるような熱さが全身を駆け抜け、少年はがくりと膝を折った。
「熱い……熱いよ……」
 少年の目から涙が零れ、じゅっと蒸発した。体中から汗が吹き、湯気が立ち上った。
「あぐぅ……」
 少年は両手をつき、四つん這いになって喘いだ。
 若者の手が、そんな少年の背中に触れ、そのまま爪を立ててずぶりと食い込んだ。
「うあっ!」
 少年は身をよじった。しかし若者は手を抜かず、むしろずぶずぶと少年の身体に埋めていって、やがて少年の体内で手を広げた。
「ぐふっ」
 少年の口から血が溢れた。若者はそこで一度気合いを込めると、少年の身体から手を引き抜いた。
 少年は彼の手とともに、何か身体の一部をもぎ取られるような感覚に包まれて、苦しみ呻いた。心臓をえぐり出されるような、腕を引きちぎられるような、そんな感覚だった。
 少年は痛みのあまり、絶叫した。
 頭の中が真っ白になり……。
 彼はそこで目が覚めた。

 フィリーゼが起き上がると、空はまだ暗く、近くで薪の爆ぜる音がした。
(何故、今更こんな夢を……)
 服は汗に濡れ、ぴったりと肌に張り付いていた。寒さもあったが、それよりも何か悪寒を感じてフィリーゼは一度身震いした。
 外套を羽織り、火に当たろうとすると、ルークスが火の見張りをしていた。
 フィリーゼは立ち上がって、火の前に座った。
 ルークスはちらりとフィリーゼを見て、すぐにまた視線を火に戻した。
「……夢を見た」
 ぽつりと、独り言のようにフィリーゼが言った。
「少年時代の夢でな、俺が二十六年間生きてきた中で、最も不思議な出来事さ……」
 それからフィリーゼは夢の内容を話した。ルークスは黙って聞いていた。
「……それで、俺は確かにそいつにやられた。だが気が付いてみると、そこは森の中で、宮殿なんてどこにもなかった。それに俺も怪我なんかしていなかった」
 そう言ってから、フィリーゼは腰の小袋から虹色の宝玉を取り出した。
「だが、これは残っていた。あれは確かに起こったんだ。そして、その時から俺の中の魔力が消えた……」
 空は曇り、月も雲に隠れて薄暗い夜だった。狼の遠吠えが、風に乗って遠くの森から聞こえてきた。薪の火が微かに揺れた。 
「それは精霊宮だ」
 静かな口調でルークスが言った。
「精霊宮?」
 フィリーゼが聞き返すと、ルークスは頷き、彼を見た。
「こんな話がある」
 そう言ってルークスが話し始めたのは、ずっと昔の少女の話だった。
「遙か昔、まだ精霊力が見つかってから間もない頃、セリシアという娘がいた。その娘は魔法以外に何の取り柄もない娘でな。ある日精霊力が何らかの理由で暴走して、人々に危害を加え出した。なに、今回のような本格的なものじゃない。だが、時期が悪かった。なにせ精霊力が見つかったばかりの頃だ。人々は精霊と、そしてその力を使う魔法使いを恐れ、迫害した。魔法使い達は、自分が魔法使いであることを隠して生活をした」
「魔法使い?」
「ああ。その頃は今のように、皆が皆魔法を使えたわけじゃなかったんだよ。それで話を続けるが、困ったのはその娘だ。なにせ何の取り柄もなかったからな。娘は人々に迫害され続けた。とうとう娘は精霊の暴走を止めようと、魔法使いに対する偏見をなくそうと、一人旅に出た」
「それで、その娘は自分の中で葛藤しながら旅を続けた」
 背後からウェリアの声がして、二人はそちらに目をやった。
 ウェリアは立ち上がりながらくるまっていた毛布を剥いで、二人を見て小さく笑うと、火の前に来て座った。
「起こしてしまったかい?」
「いえ」
 ウェリアは火の前に手をかざし、そのまま話を続けた。
「精霊の暴走を止めることは人々を助けることになる。けれど、自分を迫害する人間を助けるためにそんなことをする必要があるのか。セリシアは迷いました。それでも彼女は旅を続けました。そして辿り着いたところ、そこがあなたの見た精霊宮だったと言われています」
「それで、セリシアはどうしたんだ?」
「そこまでは伝えられていません。ただ、そこで精霊界の主に会い、精霊達の暴走を止めたという話があります。もっとも、これは定かではありませんが」
「それじゃあ、あの若者は……?」
「恐らくユサフの言っている、精霊王を統べる王。精霊界の深きに眠り、すべてを見ながら動かざるもの。まず、間違いないでしょう」
「なら、今回の一件もあいつのせいだと?」
「それはなんとも言えません。ただどちらにせよ、精霊宮はさまよえる宮殿。それを探している時間的余裕はないでしょう。だから私たちは、今は精霊の国へ行き、精霊脈を枯渇させることだけを考えましょう」
「そうだな」
 フィリーゼは頷いて、剣を掴んだ。
 ルークスもまた剣を掴んで立ち上がった。
「どうしたんですか?」
 訝しげに尋ねるウェリアに、フィリーゼは
「客だ」
 それだけ言って、ルークスに続いて立ち上がった。
 雲が少なくなってきて、東の空が白み始めていた。風は涼しく、火を揺らして吹き抜けた。
 彼らの視線の先、そこに二人の少女が立っていた。
 一人は真紅の髪の戦士、もう一人は茶色の髪の、ローブを纏った女性。二人とも、ともにミナスレイア王家の紋章の入った外套を羽織っていた。
 三人は油断なく身構えた。
 真紅の戦士が口元にやや笑みを浮かべて、上目遣いにフィリーゼを睨め付けた。
「あんたがフィリーゼね?」
「そうだが。お前達は?」
「ミナスレイアのユエナ・リスタンス。それだけで十分かしら?」
 その一言に、三人の間に緊張が走った。
「火竜殺し、ユエナ王女御自らのお出ましかい」
 やや皮肉めいてフィリーゼが言った。しかしその顔には冗談の色はなかった。
「あんた達の悪事もこれまでよ。覚悟しなさいね」
 そう言って、ユエナは不敵に笑った。

 ウェリアが気持ちよさそうに眠っているユサフを叩き起こし、四人は二人の王女と対峙した。今のところ剣を抜く者も、魔法を使う者もない。
 しばらく続いた沈黙を、フィリーゼが初めに破った。
「それで、あんた達は俺達の邪魔をしに来たというわけだな?」
 その言葉に、憤ってユエナが言う。
「人聞きの悪い言い方をしないで。あたし達は……」
「ユエナ!」
 言いかけたユエナを、リシィルが遮る。ユエナは渋々口を閉ざし、それを見てリシィルが話を切り出した。
「私たちはあなた方と話をしたくてここまで来ました。単刀直入に伺います。あなた方の目的は何ですか? 何故精霊脈を枯らそうとしているのですか?」
 四人は顔を見合わせた。そしてフィリーゼが目でウェリアに説明を頼む。
 ウェリアは小さく頷くと、リシィルを見た。
「ミナスレイア一の魔力を誇るリシィル王女なら、今この世界の精霊力が異常なほど強まっているのはご存じでしょう」
「それは知っていますが」
「ならば、その理由はご存じですか?」
 リシィルはちらりとユエナを見る。ユエナは知らないと首を傾げた。
 リシィルは王女としてのプライドからか、やや悔しげに言った。
「正直な話をしますと、私はあなた方にそのことで話をしに来たのです。最近、人々が精霊力をうまくコントロール出来なくなってきています。その理由を、先程のあなたの口調からすると、あなた方は知っているのですね?」
 ウェリアは大きく頷いた。
「知っています。もっとも、あなた方が信じるかどうかは知りませんが……。精霊力の暴走、その原因は、精霊達が人間界の乗っ取りを企んでいることにあります」
「何ですって!?」
「で、でたらめを言わないで!」
 驚きのあまり、ユエナが冷静さを失って叫んだ。
「なんで精霊達があたし達の世界を乗っ取るの? 精霊達はあたし達に力を貸してくれている。生活を豊かにしてくれている。精霊達がそんなことするわけないじゃない!」
「それはユエナ王女、あなたの勝手な思い込みでしょう」
「な、何だって!」
「精霊達が私たちに力を貸し、生活を豊かにしてくれている。確かに表面上はそう見えるかもしれません。ですが、もし本当に精霊達の目的がそこにあったとしたら、一体それは精霊達にとって何の利になるか、考えたことはありますか?」
「そ、それは……」
「精霊達が人間に力を貸したのは、初めから人間界を乗っ取るためだったのです。精霊達は自分たちの力だけでは大したことは出来ません。しかし、彼らは己自身を形ある力に変えることによって、真の力を発揮します。そのために、自分たちを精霊力という形で使ってくれる人間が必要だったのです」
「あんた達はどうせ精霊を神聖なものとして扱い、魔法を使うときも精霊に力を貸してくれるよう頼むんだろ? そうやって人間が精霊に感謝し、敬い、頭が上がらなくなるようにすること。それこそが精霊達の狙いだったんだよ」
 ウェリアの言葉にフィリーゼが続けた。
 それを聞いてユエナが眉をつり上げ、声を荒立てて怒鳴った。
「それはあんた達だって同じだろ? たとえ表面上であるにしろ、精霊は人間の生活を潤してくれている。礼を尽くすのは当然だろ!」
 そんなユエナに、神経を逆撫でするようにユサフが言った。
「僕は精霊に頭下げて魔法を使ったことなんてないけどな」
「き、貴様ら……」
 ユエナは我慢しきれず剣を抜き放った。
「さっきから聞いてりゃ、でかい口叩きやがって!」
「ユエナ!」
 再びリシィルが強い口調でユエナを叱りつけた。
「だ、だって姉さん」
 情けない声を上げるユエナを無視して、リシィルは再び四人の方に向き直った。
「あなた方の言い分はよくわかりました。しかし、それはあなた方の想像に過ぎません。実際、精霊達が本当に善意で私たちの力になってくれている可能性だってあります。確かな証拠のないうちは、私たちはあなた方の行動を黙って見過ごすわけにはいきません。たとえ暴走していようとも、今の私たちには精霊力は必要です。ここミナスレイアの民は、特に精霊力がなければ生きてはいけません」
 一歩前に出て、フィリーゼがそれに応える。
「このままではミナスレイアは必ず滅ぶ。俺達はたとえ人々に恨まれようと、それを黙って見ていることは出来ない。滅びの時までもう時間がない。あんた達を納得させられるような十分な証拠を集めている暇はない。あくまで俺達の邪魔をするというのなら、俺達も全力をもってあんた達の相手をしよう」
 彼らの間に、緊張の糸が張り詰めた。
 どちらも黙ったまま動かない。
 やがて地平線から朝日が昇って、東の雲を赤く染めた。
 森から鳥の鳴き声がする。木々が風にざわめく。
 草はさやさやと揺れ、昆虫達が光を求めて姿を現し始める。
 こうして、ミナスレイアの命運を分ける朝が、静かに訪れた。
「仕方ありませんね」
 リシィルのその一言が、戦闘開始の合図となった。
 ユエナとフィリーゼ、そしてルークスの三人が一斉に動いた。

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