ウェリアが気持ちよさそうに眠っているユサフを叩き起こし、四人は二人の王女と対峙した。今のところ剣を抜く者も、魔法を使う者もない。
しばらく続いた沈黙を、フィリーゼが初めに破った。
「それで、あんた達は俺達の邪魔をしに来たというわけだな?」
その言葉に、憤ってユエナが言う。
「人聞きの悪い言い方をしないで。あたし達は……」
「ユエナ!」
言いかけたユエナを、リシィルが遮る。ユエナは渋々口を閉ざし、それを見てリシィルが話を切り出した。
「私たちはあなた方と話をしたくてここまで来ました。単刀直入に伺います。あなた方の目的は何ですか? 何故精霊脈を枯らそうとしているのですか?」
四人は顔を見合わせた。そしてフィリーゼが目でウェリアに説明を頼む。
ウェリアは小さく頷くと、リシィルを見た。
「ミナスレイア一の魔力を誇るリシィル王女なら、今この世界の精霊力が異常なほど強まっているのはご存じでしょう」
「それは知っていますが」
「ならば、その理由はご存じですか?」
リシィルはちらりとユエナを見る。ユエナは知らないと首を傾げた。
リシィルは王女としてのプライドからか、やや悔しげに言った。
「正直な話をしますと、私はあなた方にそのことで話をしに来たのです。最近、人々が精霊力をうまくコントロール出来なくなってきています。その理由を、先程のあなたの口調からすると、あなた方は知っているのですね?」
ウェリアは大きく頷いた。
「知っています。もっとも、あなた方が信じるかどうかは知りませんが……。精霊力の暴走、その原因は、精霊達が人間界の乗っ取りを企んでいることにあります」
「何ですって!?」
「で、でたらめを言わないで!」
驚きのあまり、ユエナが冷静さを失って叫んだ。
「なんで精霊達があたし達の世界を乗っ取るの? 精霊達はあたし達に力を貸してくれている。生活を豊かにしてくれている。精霊達がそんなことするわけないじゃない!」
「それはユエナ王女、あなたの勝手な思い込みでしょう」
「な、何だって!」
「精霊達が私たちに力を貸し、生活を豊かにしてくれている。確かに表面上はそう見えるかもしれません。ですが、もし本当に精霊達の目的がそこにあったとしたら、一体それは精霊達にとって何の利になるか、考えたことはありますか?」
「そ、それは……」
「精霊達が人間に力を貸したのは、初めから人間界を乗っ取るためだったのです。精霊達は自分たちの力だけでは大したことは出来ません。しかし、彼らは己自身を形ある力に変えることによって、真の力を発揮します。そのために、自分たちを精霊力という形で使ってくれる人間が必要だったのです」
「あんた達はどうせ精霊を神聖なものとして扱い、魔法を使うときも精霊に力を貸してくれるよう頼むんだろ? そうやって人間が精霊に感謝し、敬い、頭が上がらなくなるようにすること。それこそが精霊達の狙いだったんだよ」
ウェリアの言葉にフィリーゼが続けた。
それを聞いてユエナが眉をつり上げ、声を荒立てて怒鳴った。
「それはあんた達だって同じだろ? たとえ表面上であるにしろ、精霊は人間の生活を潤してくれている。礼を尽くすのは当然だろ!」
そんなユエナに、神経を逆撫でするようにユサフが言った。
「僕は精霊に頭下げて魔法を使ったことなんてないけどな」
「き、貴様ら……」
ユエナは我慢しきれず剣を抜き放った。
「さっきから聞いてりゃ、でかい口叩きやがって!」
「ユエナ!」
再びリシィルが強い口調でユエナを叱りつけた。
「だ、だって姉さん」
情けない声を上げるユエナを無視して、リシィルは再び四人の方に向き直った。
「あなた方の言い分はよくわかりました。しかし、それはあなた方の想像に過ぎません。実際、精霊達が本当に善意で私たちの力になってくれている可能性だってあります。確かな証拠のないうちは、私たちはあなた方の行動を黙って見過ごすわけにはいきません。たとえ暴走していようとも、今の私たちには精霊力は必要です。ここミナスレイアの民は、特に精霊力がなければ生きてはいけません」
一歩前に出て、フィリーゼがそれに応える。
「このままではミナスレイアは必ず滅ぶ。俺達はたとえ人々に恨まれようと、それを黙って見ていることは出来ない。滅びの時までもう時間がない。あんた達を納得させられるような十分な証拠を集めている暇はない。あくまで俺達の邪魔をするというのなら、俺達も全力をもってあんた達の相手をしよう」
彼らの間に、緊張の糸が張り詰めた。
どちらも黙ったまま動かない。
やがて地平線から朝日が昇って、東の雲を赤く染めた。
森から鳥の鳴き声がする。木々が風にざわめく。
草はさやさやと揺れ、昆虫達が光を求めて姿を現し始める。
こうして、ミナスレイアの命運を分ける朝が、静かに訪れた。
「仕方ありませんね」
リシィルのその一言が、戦闘開始の合図となった。
ユエナとフィリーゼ、そしてルークスの三人が一斉に動いた。