昼頃、王城に四度目の敗戦の知らせが届いた。
「第七氷晶部隊百五十人、すべて打ち負かされました!」
「な、何だと!」
ミナスレイア王、ジャスラム・リスタンスは驚きの声を上げて、思わず玉座から立ち上がった。
「それは誠か? たった四人に、百五十の兵士が負けたというのか?」
「残念ながら間違いありません」
冷静さを欠いて話す王にやや怯えつつ、氷晶部隊の隊長であるその男は、悔しそうに戦いの様子を報告した。
「逆賊フィリーゼとその一派の者は、不思議な魔法で我らが魔法をことごとく消し去ります。そして異常なまでに剣の腕が立ち、魔法をかき消された我らが部隊はまったくなす術なく、無念にも打ち破られてしまいました」
「なんということだ……」
ジャスラムは呆然と、再び玉座に腰掛けた。
「ウルスがやられてから一月半、その間にファリエス、サプス、そして今回イレユルがやられた。このままでは本当にこの国、しいてはこの大陸の精霊脈がすべて枯渇してしまう……」
王の無念そうな声に、部隊長もまた項垂れた。
そんな二人に、先程から黙って見ていた王女ユエナが、呆れたように言った。
「まったくだらしないなぁ。伯父さん、やっぱりあたしが行くよ。あたしと姉さんの二人で行けば、そのフィリーゼとかいう悪人も敵じゃないわ」
その言葉に、ジャスラムは激しく反対した。
「それはいかんと言っておろう。フィリーゼとやら、義賊ぶっているのか人殺しはしないが、それでも危険が多すぎる。もしもお前に死なれたら、死んだ弟に私は何と言ったらいいのだ」
王の真剣な表情に、ユエナもそれ以上何も言えなかった。そして結局その日も出撃許可は下りなかった。
夕方、ユエナは城の訓練場でぼんやりと兵士達の訓練の様子を眺めていた。王弟の娘にして炎星部隊隊長、ユエナ・リスタンス。王女には似つかわしくないお転婆娘で、魔法の稽古より剣を好み、幼少の頃より剣技に励んで今に至る。
十七歳の時、ラカザウ山地から迷い込んできた火竜を一人で退治して、その武勇を全国に馳せ、炎星部隊隊長の座を譲り受けてからは、人々にはより慕われ、兵士からは羨望の眼差しで見られるようになった。
もっとも、王を「伯父さん」と呼ぶことからもわかる通り、堅苦しいことや身分の上下関係は嫌いで、誰とでも気軽に話をし、彼女の父代わりである王ジャスラムは、そのことでほとほと手を焼いていた。
もちろんユエナは、次女である気楽さからだろうか、そんなことはまったく気にせず、マイペースに生きていた。
「フィリーゼ……一体どんな奴なんだろう……」
腕を組み、座ったままじっと地面を凝視して、ユエナは呟いた。
兵士達が悩む隊長を心配そうに見ていたが、彼女は気にかけなかった。
「なんでそいつらは精霊力を枯らすんだろう。精霊力がなければこの国は滅んでしまう。それに、枯らすことで何の利益があるんだろ……」
彼女は魔法をほとんど使わない。しかしそれは、決して魔法が嫌いだからではなく、単に使う必要がないから使わないのである。
彼女は魔法の必要性を認めている。魔法がこの国を豊かにし、この国のすべてを維持していることも知っている。
だからそんな彼女には、魔法を消し去ろうとしている彼らの考えなどわかりようもなかった。また彼女にとって、実のところ、そんなことは半ばどうでもよいことだった。
「フィリーゼか……。一回会ってみたいな。会って……戦ってみたい」
それこそが彼女の本心だった。
「よしっ!」
膝をぱんと叩いて、彼女は力一杯立ち上がった。そして、不思議そうに自分を眺める兵士達を後目に、
「姉さんに相談に行こう」
元気よくそう言って、訓練場を出ていった。
残された兵士達は、鍛錬も忘れて、呆けたようにそんな彼女の背中を眺めていた。