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マジックプラネット
精霊の国ミナスレイア。あらゆることが精霊力によってなされ、精霊力によって支えられるこの国で、異変が起きた。
長年保たれてきた人間と精霊の調和。それが今、崩れようとしていたのだ。
ミナスレイアの平和を願う二つの正義が、今この大陸の命運をかけて雌雄を決する。

三章 さまよえる精霊宮

 四対二、一見フィリーゼ達の圧勝に見えた。ところが、ユエナは四人の想像していたより遙かに強かった。
「この野郎!」
 ユエナの剣が凄まじい速さで突き出され、何十もの兵士を一人で打ち倒したルークスの剣をあっさりと払い飛ばした。
「なにっ!」
 常に冷静なルークスの顔に驚愕の色が芽生えた。
 ユエナはにやりと笑うと、ルークスの首もと目がけてさらに剣を突き出す。
 その瞬間、四人が同時に動いた。
「火の精霊よ。あの少女を焼き尽くせ!」
「植物の精霊よ。彼女の動きを封じよ!」
 ユサフとウェリアがユエナに向けて魔法を放ち、フィリーゼがルークスの前に立ち、彼女の剣を受け止める。ルークスは機敏に後ろに跳んで、自分の剣を拾い上げた。
 リシィルもまた動く。
「火の精霊よ。妹を束縛せんとする蔦を燃やして下さい」
 火が、ぼっと彼女の足に絡みつこうとしていた草を焼いた。
 そしてユエナ本人は、フィリーゼに止められた剣を一旦引くと、ユサフの魔法を横に躱して、再びフィリーゼに斬りかかっていった。
 フィリーゼとユエナが数合打ち合う。
 その間に、リシィルは巨大な魔法を放つべく準備を整えていた。
「土の精霊王よ。大地を揺るがし、あの者達をあなたの許へ連れ去り給え」
 途端に大地が大きく揺れて、後方の三人の足許に亀裂が走った。
 ルークスは素早くその場から離れて、再度ユエナに斬りかかる。
 二人はそれぞれ魔法を唱え始めた。
「風の精霊よ。僕たちを空に浮かばせよ!」
「火の精霊よ。あの者に炎の衣を!」
「水の精霊よ。火を……」
 リシィルが魔法を唱えるより早く、彼女の衣が燃え上がった。しかし彼女はまったくたじろがず、魔法を続ける。
「……火を消し給え」
 じゅっと火が消え、後には美しいままのローブが残った。
「対魔の魔法が込められてるわ!」
 ウェリアが叫んだ。
「だったら、消去すればいい」
 ユサフが余裕の笑みを見せる。
「ウェリア、援護お願い! 彼女の衣を護りしものよ……」
 ユサフが魔法を唱える間、リシィルの放つ魔法をウェリアがことごとく受け止める。
 そして魔法が完成して、ユサフは両手を彼女の方に突き出した。
「くらえ! ディスペル・マジック!」
「くっ!」
 少年の手から光の筋が何本も現れて、彼女の身体を包み込んだ。そしてそれは彼女の衣を護っていた精霊を死滅させ、消える。
 ユエナと違い、魔法勢の方は、リシィルがユサフの力を見誤り、苦戦していた。
 一方、フィリーゼ達の方は、相変わらずユエナが押していた。
 二人はユエナから繰り出される剣戟を防ぐのが精一杯で、未だに彼女に指一本触れていなかった。一方で、ユエナもまた彼らに致命的な打撃を与えられずにいた。
「ルークス! ちょっとユサフと代われ!」
 このままでは負けると見て、フィリーゼが言った。
 ルークスは無言で頷いて、リーダーの命に従う。すぐにユサフがフィリーゼの加勢に入った。
「植物の精霊王よ。彼女の動きを封じよ!」
 先程の数倍の草や蔦が彼女に襲いかかった。ところが彼女はそれをまったく意に介さず、剣で一閃する。
 はらはらと草が散った。
 その一瞬に、フィリーゼは動いていた。
「もらった!」
 フィリーゼの剣が彼女を捕らえた。その時、
「火の精霊よ。この者の身体を焼き尽くして下さい」
 ユエナが魔法を使った。
 たちどころに彼の身体が火に包まれる。
 しかしそれは、フィリーゼには何の効果も及ぼさなかった。
「残念だったな。俺には魔法は効かない」
「知ってるよ」
「な、何っ!?」
 火の消えたそこに、彼女の姿はなかった。
「フィリーゼ、後ろ!」
 ユサフの声に振り向いた時、すでに彼女の剣が胸の直前まで来ていた。
「くっ!」
 必死に躱したフィリーゼの左腕を、ユエナの切っ先が捕らえた。
 袖が血で染まった。
「フィリーゼ!」
 慌ててユサフが駆け寄る。それを見てユエナが勝ち誇ったように言った。
「ここに来る途中にうちの部隊の奴らに会ってね。あんたのその体質のことはとっくに承知よ」
「そうか。だが、勝負はまだこれからだ!」
 再びフィリーゼが斬りかかった。

 戦況は双方互角といったところだった。ところが、時間軸のある一点を境に、戦況が一変した。
 すっと天からの光が失われ、六人が同時に空を見上げると、分厚い黒い雲が空を覆っていた。
 一瞬、強く精霊の風が吹き抜けた。
 皆何事かと思ったが、それ以上何も起こらなかった。
 彼らは再び、各々自らの敵に目をやった。
 まず初めにウェリアが動いた。
「風の精霊よ。眼前の敵を切り裂きなさい!」
 同時にルークスがリシィルに走り寄る。躱したところを、或いは魔法を放って一瞬無防備になったところを斬ろうという魂胆だ。
 ところが、リシィルは不敵に笑うと、
「風の精霊王よ……」
 ウェリアと同じく風の魔法を使った。
「迫り来るあなたのしもべ達を抑えて盾となり、また刃となりて私を護り給え」
 ぐんっと、竜巻が立ち上った。
「ぎゃ、逆魔法!」
 ウェリアが気が付き、声を上げたときはすでに遅かった。
 彼女の魔法はかき消され、さらにルークスが、勢い余ってその竜巻に突っ込んだ。
「う、うぐあっ!」
 彼の身体は宙を舞い、血を撒き散らしながら地面に落ちて、大きく一度跳ね上がった。
 そして再び地面に落下し、伏したまま彼は動かなかった。まだ息はあったが、気を失っているようだった。
 しかし、彼の犠牲は決して無駄にはならなかった。
 リシィルが風の精霊王を喚んだとき、ウェリアもまた動いていた。
 ルークスが倒れると同時に、竜巻が炎を巻き込んで吹き上がった。
「な、何っ!?」
 リシィルは驚愕に目を見開いた。風の精霊王に他の精霊が干渉するなど、彼女の記憶には一度もなかった。
 火がリシィルに迫った。その時になって、ようやく彼女は気が付いた。
「さっきの風!」
 先程の精霊の風。あれが火の精霊を、風の精霊王を圧倒するほど多量に運んできたのだ。
「火の精霊よ……」
 再度ウェリアが魔法を唱えた。
 リシィルはもてる限りの力をもって、迫り来る竜巻の炎を大きく横に跳んで躱した。
 そのリシィルを、紅蓮の火球が襲った。
(間に合わない!)
 そう悟ったリシィルは、火に包まれる瞬間、風の精霊王に生まれて初めて命令した。
「風の精霊王よ! そのまま彼女を焼き尽くせ!」
 炎吹く竜巻が、その言葉に応えてウェリアを飲み込んだ。
 二人の叫び声が重なり合って、やがて余韻を残して消えていった。

 そして、あの一瞬にユエナもまた動いていた。
 火竜殺しの剣を胸の前に固定して、素早い動きでユサフに向かっていった。
 ユサフはそれを余裕の表情で迎え撃った。
「ユサフ。一撃で決めろ!」
 フィリーゼの言葉に頷いて、ユサフは精霊に喚びかけた。
「精神の精霊王よ。今我らを仇なす愚かなる姫の精神を、お前の鋭い刃でずたずたに斬り裂いてやれ!」
 途端に、空気が震えて見えない刃が彼女を襲った。
 そこで、彼らは信じられないものを見た。
 彼女が片手で胸元から首飾りを引っぱり出してそれを掲げると、飾りの石が虹色に強く輝き、ユサフの魔法が弾けるような音を立ててかき消えたのだ。
「そ、そんな……まさかその石は……」
 驚愕するユサフの左肩を剣が貫いた。
「うあぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ユサフは痛みに絶叫した。
 しかし、ユサフもまたただでは倒れなかった。
 彼は焼けるような痛みを必死に堪えて、左肩にぐっと力を入れた。筋肉が剣を締め付ける。
 ユエナは剣を抜こうとして、初めてそれに気が付いた。
「こ、この野郎!」
 ユエナは慌てて彼の小さな身体を前蹴りした。
 剣が抜け、血を迸らせてユサフが倒れる。しかしそれだけで十分だった。
「覚悟!」
 フィリーゼがユエナに思い切り剣を振り下ろす。ユエナはそれを懸命に避けようとしたが、避けきれなかった。
 剣が鎧の肩当てを割り、ユエナのまだ治りきっていない鎖骨が、ぼきりと鈍い音を立てて折れた。
「うあっ!」
 喘ぎながら一歩後ろに跳んで、ユエナは体勢を立て直した。左肩は血で染まり、剣は右手一本で持っている。 
「終わったな」
 フィリーゼが言った。
「まさか。あんたみたいな弱いのはこれで丁度いいくらいよ」
 ユエナが額に汗を浮かべて笑う。
「強がりを!」
 再びフィリーゼの足が大地を蹴った。ユエナもまた走る。
 そして二人が交差する直前、唐突にユエナが剣を投げ出して屈んだ。
「何っ!?」
 驚くフィリーゼの足を、ユエナの足が見事に払う。
 フィリーゼは意外な攻撃に抵抗する術なく倒される。その拍子に、腰の袋から魔壊石が転がり落ちた。
 そのまま倒れたフィリーゼに組み付いて、ユエナは剣を拾い上げた。
「これで終わりよ!」
 ユエナが剣を振り上げる。そして剣が振り下ろされ、まさにその切っ先がフィリーゼの首を貫こうとしたその時、
 キイィィイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィンン……。
 そう奇怪な音を立てて、ユエナの首飾りとフィリーゼの魔壊石が輝き出した。
「な、何?」
 ユエナが驚きのあまり、フィリーゼを殺すのも忘れて首飾りを見る。
 光はやがて治まっていき、魔壊石のそれとともに一条の光の筋を作った。そしてそれが東の方角を指す。
 光の射した場所。見るとそこには宮殿が、荘厳な門扉を開いて建っていた。
 二人は目を見開いた。
「せ、精霊宮……」
 意外にも、そう呟いたのはユエナだった。

 さまよえる精霊宮は、暗く静かに佇んでいた。開かれた門扉の奥は真っ暗で何も見えない。
「精霊宮……」
 もう一度ユエナは呟いた。それから取り憑かれたようにふらりと立ち上がって、剣を鞘に収めた。
 フィリーゼもまた立ち上がり、剣を収めて彼女に問うた。
「ここを知っているのか?」
「うん……。前に一度来たことがあるんだ」
 不気味なほど穏やかにそう言って、ユエナはゆっくりと歩き出した。
 そのユエナの背中を眺めながら、フィリーゼは考えた。
(やはりあの石はあの時の破片の一つか。しかし何故、ここにきて精霊宮が現れる)
 精霊宮は応えない。ただ彼らを招くようにしてそこにある。
(まあいい。これですべてがわかる。そして、王女も真実を知ることになるだろう)
 フィリーゼもまた、彼女に続いて歩き出した。
 そして二人は宝玉の広間にやってきた。

 広間は十五年前の状態のまま、何も変わっていなかった。床には割れた石の破片が散らばっていて、残りの一つが像の前に置かれたまま寂しげに輝いていた。
 フィリーゼは、懐かしそうに辺りを見回しているユエナにそっと話しかけた。
「ユエナ王女。あんたはいつ、どうやってここに来たんだ? そして、ここで何をした?」
 ユエナは破片の一つを拾い上げて、その光をうっとりと眺めながら話し始めた。
「ここに来たのは九年前、あたしがまだ十歳の時さ。ラカザウ山地に遊びに来ててね。馬鹿みたいにはしゃいで、一人で遊び回って、気が付くとあたしは迷子になってた。その時にあたしは深い谷間の森でここを見つけた」
 すっとフィリーゼに視線を移して彼女は続ける。
「その石……あんたもここに来たことがあるんだろ? 知ってるよな、ここの主の若い人。あたしは彼に出会って、精霊について色んなことを教えてもらった。精霊が人間が好きで、それで人間に力を貸してるんだって、人間達の嬉しそうな顔が見たくて魔法を授けたんだって、彼は言ってた。それで、お土産にってこの石をもらった」
 最後の方は声が沈み、ユエナは視線を床に落としていた。そして不安げに眉を歪め、破片を持った右手でそっと左肩に触れる。
 そんなユエナに、敢えてフィリーゼが冷たく言った。
「ユエナ王女。あんたはあいつにだまされたんだよ。あいつは人間を道具としか考えていない。人間が好きだなんて嘘っぱちだ」
「嘘っ!」
 ユエナの瞳が怒りに燃えた。同時にまた、声が不安げに震えていた。
 ユエナは一瞬心によぎった不安を振り払うため、虚勢を張って大声で怒鳴った。
「フィリーゼ。嘘つきはあなたよ! あなたの言っていることには、まったくその証拠がない。人々を死に追いやる逆賊め。この場で叩き斬ってやる!」
 ユエナは石を捨て、右手で剣を抜いた。左腕は、首飾りのおかげでだいぶ治ってきてはいるが、まだ鎖骨はつかず、痺れて動かない。
 片手一本で剣を構えて、ユエナは鋭い目でフィリーゼを睨み付けた。しかしそんな表情に相反して、足が微かに震えていた。
 フィリーゼはそんなユエナを見て、威厳ある声で言った。
「剣を収めよ、ユエナ!」
 その言葉に押されて、ユエナの肩がびくりと震えた。
 フィリーゼは目を細めてユエナを睨める。
「俺にはやらないといけないことがある。聞いてるんだろ、精霊の主。隠れてないで出て来いよ!」
 広間中に声が響いた。そしてその余韻が完全に消えると、彼の背後から足音とともにいつかの若者が姿を現した。
「久しぶりですね、フィリーゼ」
「ああそうだな」
 フィリーゼはユエナに背を向けて、彼と向かい合った。その後ろで、ユエナが安堵と不信感を顔に浮かべて立っていた。
「それで、突然現れて、今日は何のようだ?」
 すごみを効かせてフィリーゼが詰問した。
「なに、我らのよき理解者であるユエナ王女が苦戦を強いられているようでしたので、そのお手伝いをしようと思いましてね」
「何だと?」
 フィリーゼの眉がつり上がった。
「何が理解者だ。小さな女の子に嘘八百教えやがって。お前達の本当の目的を言ってみろよ。ユエナも必要がなくなったら殺す気なんだろ?」
 その一言に、ユエナがぴくりと反応した。追い払ったはずの不安が、精霊の国での出来事が、再び胸を覆ったのだ。
「嘘! ねえ、嘘って言ってよ。悪いのはフィリーゼ達なんだろ? 精霊はあたし達に善意で力を貸してくれてるんだろ?」
 少し怯えながら尋ねるユエナに、若者は澄み切った笑顔で応えた。
「もちろんですよ、ユエナ王女。この男の言うことを信用してはいけません」
「貴様!」
 フィリーゼは剣を抜いた。
「話し合いはもういい。ここで貴様を倒して、俺はこの世界から精霊を消し、ミナスレイアを救う!」
「ふざけるな! 精霊はあたし達の生活を支えてくれている。精霊を消し、ミナスレイアを滅亡に導く死の使徒め。今度こそこの手で殺してやる!」
 ユエナもまた剣を握る手に力を込めて身構えた。もう足は震えていなかった。
 フィリーゼはゆっくりと振り返り、ユエナを睨み付けた。
「聞き分けのない娘だ。どうしても俺の邪魔をするというのなら、ユエナ、お前も殺す」
「おもしろい。出来るもんならやってみろ!」
 答えたユエナの瞳は、不思議とフィリーゼにすがるように揺れていた。
 フィリーゼは瞬時にユエナの意を汲み取った。
「この馬鹿が!」
 フィリーゼがユエナ目がけて斬りかかった。
「逆賊覚悟!」
 ユエナもまた体勢を低くして、下からフィリーゼを斬りつけに行く。
 勝負は一瞬で決まった。
 フィリーゼは上段から思い切り剣を振り下ろした。
 ユエナは下段から思い切り彼を斬り上げた。
 鋭い切っ先が身体を斬り裂き、真っ赤な鮮血が迸った。
 ゆっくりと、フィリーゼの身体が崩れ落ちた。

 一瞬、まさに瞬きするようなごく僅かな時間差で、ユエナの剣が先にフィリーゼを捕らえた。
 勝ったユエナは剣を持ったまま、床に倒れるフィリーゼを見つめていた。
 しばらくそうしていて、やがて床に視線を投げかけたまま、小さな声で呟いた。
「これでミナスレイアは、また精霊の溢れる豊かな国に戻る……」
 それから若者を見上げ、寂しげに笑って言った。
「そうだよね?」
 若者は先程の穏和な表情ではなく、鋭く厳しい眼差しでユエナを見つめていた。そして、さらに目を細めて彼女に言った。
「そなたの心は猜疑心で満ちている。精霊達がそう言っている。一体何がそんなにそなたを不安たらしめているのか、よかったら話してはくれまいか?」
 しばし逡巡して、彼女は意を決したふうに話し始めた。
「最近、精霊達があたし達の国に必要以上に力を及ぼしてる。人々はどうしたのか不安がっている。もしよかったら、これに解答がほしい」
「私たちはあくまで人間に善意で力を貸している。そなた達の必要に応じているわけではない。まずそれを理解してもらいたい」
「…………」
「しかし案ずるな。フィリーゼが何を言ったかは知らないが、私たちは人間界に危害を加える気はない」
 その一言に、ユエナは一瞬眉をしかめた。しかしすぐにまた元に戻して、若者の話に耳を傾けた。
 若者はそのユエナの表情の変化に気が付かなかったのか、精霊の主らしく威厳ある態度で話を続けた。
「ただ確かに最近、精霊達が強く人間界に干渉しすぎている感がある。そなた達が不安がるのももっともだ。そのことについては、私が各精霊王に言って聞かせよう」
「ありがとう」
 事務的にユエナが礼を言った。
 その態度に今度は若者が眉をしかめた。
「そなた、まだ何か気になることがあるようだな。話してみろ」
 いつの間にか命令口調になっていることに、彼は気付いていなかった。
 それが決して苛立ちからきているものでないことを、ユエナは知っていた。自分も王女の立場にあって、たまにそういうことがあったから。
 相手より優位に立つ者の言葉。
 ユエナは絶望的な想いを抱きながら、それでも光を求めて彼に言った。
「十日ほど前、あたしは姉と二人で精霊の国に降りました。そしてそこで、あたし達は思いもかけない歓迎を受けました。ご存じですよね? あれはどうしてですか?」
 ユエナの目から涙が零れた。話せば話すほど、どんどん自分の信念が覆されていく気がした。
 そして、彼の言葉がさらにユエナを絶望の淵に追いやった。
「あそこは人間の立ち入る場所ではない。そなた達は禁忌を犯した。生きて出られただけでも幸運だと思うんだな」
 ユエナは泣きながら、フィリーゼを見下ろした。そして、怒りと悲しみと恨みを込めて彼に言った。
「あんたは馬鹿だよ。自分で自分の首を絞めた。あたしは精霊力が強くなってるって言っただけで、危害を加えられてるなんて一言も言ってない。けど、あんたは言われもせずにそれを否定した」
 若者の目が怒りを帯びた。ユエナは気にせず話し続けた。
「あんたにはあたしみたいな盲目的に精霊を信じる馬鹿が必要だった。だからあたしを利用した。あたし達が精霊の国に降りたとき、精霊に疑問を抱き始めたあたし達を、あんたは消そうとした。別にあたし達がいなくたって、その気になればいつでもあんたはフィリーゼを殺すだけの力を持っていたから」
 ユエナは剣を握りしめた。
「フィリーゼ、あんたは正しかったよ」
 若者はそんなユエナを見て笑い出した。
「愚かな娘だ。知らなければもっと生きられたものを」
 若者は両手をユエナの方に突き出した。
「精霊の真の王たる私の力、その身をもって知るがよい!」
 風が吹き荒れて、宮殿内の空気が打ち震えた。
 炎が、雷が、濁流が、地震が、寒気が、熱が、おおよそこの世の自然災害のすべてが凝縮されて、ユエナの身体に迸った。
 その時、床に伏していたフィリーゼがゆっくりと起き上がり、ユエナの前に立ち塞がった。
「フィリーゼ……あんたは正しかったよ」
 もう一度、ユエナがフィリーゼに言った。
 凄まじい精霊の風がフィリーゼの身体を飲み込んだ。
 その横を、若者目がけてユエナが駆けた。
 若者は一瞬驚愕し、そしてすぐに気が付いた。
 魔法がユエナまで届かなかった理由……。
「あんたは最後の最後まで馬鹿だったな」
 ユエナの剣が若者の胸を刺し貫いた。
 若者の身体から眩しい光が溢れ出し、精霊宮を埋め尽くした。

「あの光は……?」
 夜のような闇が包み込む大地で、傷ついた四人が一斉に宮殿を見上げた。
 精霊宮は光り輝き、やがてその光が闇をうち払い、空を覆っていた黒い雲を貫いて、天と地を結ぶ巨大な光の柱になった。
 光はやがて宮殿の方から消えていき、すべて空に溶け込んだ。
 空が太陽の何百倍にも輝いていた。
「魔壊石の光……」
 そう呟いたのはユサフだった。
 四人は、そしてフィリーゼとユエナが、ジャスラムが、ウルスの民が、大陸中のすべての人が、皆一様に空を見上げた。
 まるで天が落ちたかのように、眩い光が大陸を包み込んだ。

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