四対二、一見フィリーゼ達の圧勝に見えた。ところが、ユエナは四人の想像していたより遙かに強かった。
「この野郎!」
ユエナの剣が凄まじい速さで突き出され、何十もの兵士を一人で打ち倒したルークスの剣をあっさりと払い飛ばした。
「なにっ!」
常に冷静なルークスの顔に驚愕の色が芽生えた。
ユエナはにやりと笑うと、ルークスの首もと目がけてさらに剣を突き出す。
その瞬間、四人が同時に動いた。
「火の精霊よ。あの少女を焼き尽くせ!」
「植物の精霊よ。彼女の動きを封じよ!」
ユサフとウェリアがユエナに向けて魔法を放ち、フィリーゼがルークスの前に立ち、彼女の剣を受け止める。ルークスは機敏に後ろに跳んで、自分の剣を拾い上げた。
リシィルもまた動く。
「火の精霊よ。妹を束縛せんとする蔦を燃やして下さい」
火が、ぼっと彼女の足に絡みつこうとしていた草を焼いた。
そしてユエナ本人は、フィリーゼに止められた剣を一旦引くと、ユサフの魔法を横に躱して、再びフィリーゼに斬りかかっていった。
フィリーゼとユエナが数合打ち合う。
その間に、リシィルは巨大な魔法を放つべく準備を整えていた。
「土の精霊王よ。大地を揺るがし、あの者達をあなたの許へ連れ去り給え」
途端に大地が大きく揺れて、後方の三人の足許に亀裂が走った。
ルークスは素早くその場から離れて、再度ユエナに斬りかかる。
二人はそれぞれ魔法を唱え始めた。
「風の精霊よ。僕たちを空に浮かばせよ!」
「火の精霊よ。あの者に炎の衣を!」
「水の精霊よ。火を……」
リシィルが魔法を唱えるより早く、彼女の衣が燃え上がった。しかし彼女はまったくたじろがず、魔法を続ける。
「……火を消し給え」
じゅっと火が消え、後には美しいままのローブが残った。
「対魔の魔法が込められてるわ!」
ウェリアが叫んだ。
「だったら、消去すればいい」
ユサフが余裕の笑みを見せる。
「ウェリア、援護お願い! 彼女の衣を護りしものよ……」
ユサフが魔法を唱える間、リシィルの放つ魔法をウェリアがことごとく受け止める。
そして魔法が完成して、ユサフは両手を彼女の方に突き出した。
「くらえ! ディスペル・マジック!」
「くっ!」
少年の手から光の筋が何本も現れて、彼女の身体を包み込んだ。そしてそれは彼女の衣を護っていた精霊を死滅させ、消える。
ユエナと違い、魔法勢の方は、リシィルがユサフの力を見誤り、苦戦していた。
一方、フィリーゼ達の方は、相変わらずユエナが押していた。
二人はユエナから繰り出される剣戟を防ぐのが精一杯で、未だに彼女に指一本触れていなかった。一方で、ユエナもまた彼らに致命的な打撃を与えられずにいた。
「ルークス! ちょっとユサフと代われ!」
このままでは負けると見て、フィリーゼが言った。
ルークスは無言で頷いて、リーダーの命に従う。すぐにユサフがフィリーゼの加勢に入った。
「植物の精霊王よ。彼女の動きを封じよ!」
先程の数倍の草や蔦が彼女に襲いかかった。ところが彼女はそれをまったく意に介さず、剣で一閃する。
はらはらと草が散った。
その一瞬に、フィリーゼは動いていた。
「もらった!」
フィリーゼの剣が彼女を捕らえた。その時、
「火の精霊よ。この者の身体を焼き尽くして下さい」
ユエナが魔法を使った。
たちどころに彼の身体が火に包まれる。
しかしそれは、フィリーゼには何の効果も及ぼさなかった。
「残念だったな。俺には魔法は効かない」
「知ってるよ」
「な、何っ!?」
火の消えたそこに、彼女の姿はなかった。
「フィリーゼ、後ろ!」
ユサフの声に振り向いた時、すでに彼女の剣が胸の直前まで来ていた。
「くっ!」
必死に躱したフィリーゼの左腕を、ユエナの切っ先が捕らえた。
袖が血で染まった。
「フィリーゼ!」
慌ててユサフが駆け寄る。それを見てユエナが勝ち誇ったように言った。
「ここに来る途中にうちの部隊の奴らに会ってね。あんたのその体質のことはとっくに承知よ」
「そうか。だが、勝負はまだこれからだ!」
再びフィリーゼが斬りかかった。
戦況は双方互角といったところだった。ところが、時間軸のある一点を境に、戦況が一変した。
すっと天からの光が失われ、六人が同時に空を見上げると、分厚い黒い雲が空を覆っていた。
一瞬、強く精霊の風が吹き抜けた。
皆何事かと思ったが、それ以上何も起こらなかった。
彼らは再び、各々自らの敵に目をやった。
まず初めにウェリアが動いた。
「風の精霊よ。眼前の敵を切り裂きなさい!」
同時にルークスがリシィルに走り寄る。躱したところを、或いは魔法を放って一瞬無防備になったところを斬ろうという魂胆だ。
ところが、リシィルは不敵に笑うと、
「風の精霊王よ……」
ウェリアと同じく風の魔法を使った。
「迫り来るあなたのしもべ達を抑えて盾となり、また刃となりて私を護り給え」
ぐんっと、竜巻が立ち上った。
「ぎゃ、逆魔法!」
ウェリアが気が付き、声を上げたときはすでに遅かった。
彼女の魔法はかき消され、さらにルークスが、勢い余ってその竜巻に突っ込んだ。
「う、うぐあっ!」
彼の身体は宙を舞い、血を撒き散らしながら地面に落ちて、大きく一度跳ね上がった。
そして再び地面に落下し、伏したまま彼は動かなかった。まだ息はあったが、気を失っているようだった。
しかし、彼の犠牲は決して無駄にはならなかった。
リシィルが風の精霊王を喚んだとき、ウェリアもまた動いていた。
ルークスが倒れると同時に、竜巻が炎を巻き込んで吹き上がった。
「な、何っ!?」
リシィルは驚愕に目を見開いた。風の精霊王に他の精霊が干渉するなど、彼女の記憶には一度もなかった。
火がリシィルに迫った。その時になって、ようやく彼女は気が付いた。
「さっきの風!」
先程の精霊の風。あれが火の精霊を、風の精霊王を圧倒するほど多量に運んできたのだ。
「火の精霊よ……」
再度ウェリアが魔法を唱えた。
リシィルはもてる限りの力をもって、迫り来る竜巻の炎を大きく横に跳んで躱した。
そのリシィルを、紅蓮の火球が襲った。
(間に合わない!)
そう悟ったリシィルは、火に包まれる瞬間、風の精霊王に生まれて初めて命令した。
「風の精霊王よ! そのまま彼女を焼き尽くせ!」
炎吹く竜巻が、その言葉に応えてウェリアを飲み込んだ。
二人の叫び声が重なり合って、やがて余韻を残して消えていった。
そして、あの一瞬にユエナもまた動いていた。
火竜殺しの剣を胸の前に固定して、素早い動きでユサフに向かっていった。
ユサフはそれを余裕の表情で迎え撃った。
「ユサフ。一撃で決めろ!」
フィリーゼの言葉に頷いて、ユサフは精霊に喚びかけた。
「精神の精霊王よ。今我らを仇なす愚かなる姫の精神を、お前の鋭い刃でずたずたに斬り裂いてやれ!」
途端に、空気が震えて見えない刃が彼女を襲った。
そこで、彼らは信じられないものを見た。
彼女が片手で胸元から首飾りを引っぱり出してそれを掲げると、飾りの石が虹色に強く輝き、ユサフの魔法が弾けるような音を立ててかき消えたのだ。
「そ、そんな……まさかその石は……」
驚愕するユサフの左肩を剣が貫いた。
「うあぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ユサフは痛みに絶叫した。
しかし、ユサフもまたただでは倒れなかった。
彼は焼けるような痛みを必死に堪えて、左肩にぐっと力を入れた。筋肉が剣を締め付ける。
ユエナは剣を抜こうとして、初めてそれに気が付いた。
「こ、この野郎!」
ユエナは慌てて彼の小さな身体を前蹴りした。
剣が抜け、血を迸らせてユサフが倒れる。しかしそれだけで十分だった。
「覚悟!」
フィリーゼがユエナに思い切り剣を振り下ろす。ユエナはそれを懸命に避けようとしたが、避けきれなかった。
剣が鎧の肩当てを割り、ユエナのまだ治りきっていない鎖骨が、ぼきりと鈍い音を立てて折れた。
「うあっ!」
喘ぎながら一歩後ろに跳んで、ユエナは体勢を立て直した。左肩は血で染まり、剣は右手一本で持っている。
「終わったな」
フィリーゼが言った。
「まさか。あんたみたいな弱いのはこれで丁度いいくらいよ」
ユエナが額に汗を浮かべて笑う。
「強がりを!」
再びフィリーゼの足が大地を蹴った。ユエナもまた走る。
そして二人が交差する直前、唐突にユエナが剣を投げ出して屈んだ。
「何っ!?」
驚くフィリーゼの足を、ユエナの足が見事に払う。
フィリーゼは意外な攻撃に抵抗する術なく倒される。その拍子に、腰の袋から魔壊石が転がり落ちた。
そのまま倒れたフィリーゼに組み付いて、ユエナは剣を拾い上げた。
「これで終わりよ!」
ユエナが剣を振り上げる。そして剣が振り下ろされ、まさにその切っ先がフィリーゼの首を貫こうとしたその時、
キイィィイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィンン……。
そう奇怪な音を立てて、ユエナの首飾りとフィリーゼの魔壊石が輝き出した。
「な、何?」
ユエナが驚きのあまり、フィリーゼを殺すのも忘れて首飾りを見る。
光はやがて治まっていき、魔壊石のそれとともに一条の光の筋を作った。そしてそれが東の方角を指す。
光の射した場所。見るとそこには宮殿が、荘厳な門扉を開いて建っていた。
二人は目を見開いた。
「せ、精霊宮……」
意外にも、そう呟いたのはユエナだった。