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マジックプラネット
精霊の国ミナスレイア。あらゆることが精霊力によってなされ、精霊力によって支えられるこの国で、異変が起きた。
長年保たれてきた人間と精霊の調和。それが今、崩れようとしていたのだ。
ミナスレイアの平和を願う二つの正義が、今この大陸の命運をかけて雌雄を決する。

一章 荒れ狂う精霊力

 空にも届かんとする街壁を見上げて、少年はやや皮肉めいた、しかしどこか寂しげな笑みを浮かべた。街壁は長い年月の間風雨に晒され、所々脆く崩れ落ち、日の当たらぬ所は黒く苔生して、威圧感と言うよりはむしろ異様な雰囲気を漂わせていた。 
「こんな街壁、風の精霊に頼めば一っ跳びで越えられるのに」
 少年は無意味に存在する街壁を罵るように笑った。そんな少年の侮蔑の笑い声を聞いて、ローブの女性が彼をたしなめた。
「ユサフ、そんなことを言ってはいけません」
「ウェリア?」
 独り言に反応されて、少年ユサフは驚いて振り返った。
 ウェリアはユサフの左に立つと、彼の方は見ようとはせず、高い街壁を見上げて言った。
「精霊力が人々に知れ渡る以前は、この街壁は確かに蛮族や妖魔達、それに他国の侵略者から街を護っていたのです」
「そんなことはわかってるよ!」
 魔法学院の教師のような口調に、ユサフはふてくされた顔をした。ウェリアはそんなユサフを優しげな瞳で見下ろすと、そっと右手を彼の肩に置いた。
 彼はほのかに頬を赤らめると、彼女から視線を逸らした。そして、子供とは思えぬ重く厳めしい声で呟いた。
「昔はこの街壁も、もっと立派だったんだ。みんなが大切にして、こんなふうに苔生しるなんて考えられなかった。それが精霊力が発見されたせいで、この街壁も打ち捨てられた。剣も矢も折られて、魔法がすべての世界になった。精霊力なんて、見つからなければよかったんだ!」
 ウェリアは何も言わずに、優しくユサフの髪を撫でた。彼の発言はもっともだったが、一つ肝心なことが抜け落ちていた。しかし、それをウェリアは敢えて言わなかった。彼がそれを知っていながらわざと言わなかったことを、彼女は理解していたから。
 後ろで黙って二人のやり取りを見ていた男達も、同じように何も言わなかった。代わりに若い戦士がユサフの背中を軽く叩いて、
「行こうか」
 そう言いながら、街門の方へ歩き始めた。
「フィリーゼ……」
「行きましょ、ユサフ」
 ウェリアもまた、軽く彼の背中を押して、フィリーゼの後に続いた。
「ルークスも早く行きましょ」
 ウェリアに促され、壮年の戦士、ルークスもまた歩き始めた。
 四人はこうしてウルスの街の門をくぐった。街門に門兵はいなかった。

 街は暑く、乾いた空気に包まれていた。フィリーゼは立っているだけで滴り落ちる額の汗を手で拭うと、そのままそれを額にかざして、燦々と輝く太陽を見上げた。
「どうしましたか? フィリーゼ」
 後ろから、不思議そうにウェリアが声をかけた。
「いや、別に何でもない」
 フィリーゼは答えながら手を下ろし、再び前方に目を向けた。
「この街は火の精霊力が強いなぁ」
「そうですね」
 独り言ともとれるフィリーゼの言葉に、ウェリアが相槌を打った。
 四人は再び歩き始めた。
 太陽は丁度中天付近にあった。大通りは人々でごった返して、彼らは人込みをかき分けながら進んだ。
 まるで祭りの日のように街は賑わっていた。通りには露店が軒を連ね、昼食の買い物客や、異国の旅人達が通りを埋め尽くしていた。
 彼らはそれらのものにはまったく目を向けずに、ひたすら通りを真っ直ぐ突き進んだ。街の人々はそんな彼らを、珍しそうな、或いは嫌悪の眼差しで見ていた。
「フィリーゼ、通りを変えよう」
 突然、人々の視線に堪えかねて、ユサフがフィリーゼの服を引っ張った。フィリーゼが振り返ると、少年は露骨に怒りを表して、彼の顔を見上げていた。
「ここは精霊力の強い国。フィリーゼみたいな戦士は力だけの野蛮人だって、またいつかみたいに言われるよ」
「そうだな……。ありがとう、ユサフ」
 フィリーゼは一度足を止めると、笑顔でユサフに礼を言った。
 ユサフの言う通り、この国では戦士は嫌われる傾向にあった。精霊力の発見により、人々が生活に魔法を使うようになってから、魔力、すなわち精霊力を用いる素質の少ない者は、野蛮人と蔑まれるようになった。
 フィリーゼもまた例に漏れず、人々に受け入れられない類の人間だった。もっとも、フィリーゼは他のそういう人達より幾分特殊ではあったが。
 人々の視線は相変わらず冷たいものであったが、フィリーゼは構わず歩き始めた。そして、早足で隣に並んできたユサフに穏やかな口調で言った。
「だがユサフ、これくらいで参っていてはこの先もたないぞ。俺達はこれからこの街の人、いや、大陸中の人間を敵に回すんだから」
「……そだね」
 ユサフは視線を落とし、寂しそうに笑った。そんなユサフを見て、珍しくルークスが口を開いた。
「悲しがることはない。たとえ大陸中の人間を敵に回そうとも、我々が死んで、なお人々に恨まれようとも、いつの日にか、必ず我々のしようとしていることが理解される日が来る」
「そうよ、ユサフ」
 ウェリアもまたユサフの横に立ち、優しく笑いかけた。
 ユサフはそれだけで随分心が晴れるのを感じた。自分は一人じゃない。たとえ自分のしようとしていることが間違っていたとしても、自分には仲間がいる。悲しむのも悔やむのも、或いは喜ぶのも楽しむのも、決して一人じゃない。
「行こう、フィリーゼ。ぐずぐずしてると悪い精霊達に先を越されちゃうよ」
 少年らしい早い立ち直りを見せて、ユサフがフィリーゼの手を引いた。フィリーゼはそんなユサフに苦笑を禁じ得なかった。と、その時だった。
「何だあれは!」
 突然、街の人々がざわめき出した。そしてそれは波紋のように、すぐに街中に広がっていった。
 彼らの視線の先にあるもの、それは空だった。空に黒い煙がもうとうと立ち上るとともに、真っ赤な炎が天をも焦がさん勢いで吹き上がっていた。
 四人は互いに顔を見合わせると、力強く頷き合った。
「行こう!」
 誰かが初めにそう言って、四人は一斉に駆け出した。

「水の精霊よ。猛る火の精霊達を鎮め給え!」
 街の者が手を組み、そう精霊に語りかけた。途端に彼の手から、正確には手の少し前方の空間から水が溢れ出し、紅蓮の炎を消さんと迸った。
 しかしその量は少なく、猛威を奮う炎の前に霧散した。
 続けて街の者達が、皆火を消さんと水の魔法をかけた。魔力の強い者、弱い者、歳若き者、老いた者、皆一丸となって消火に当たったが、この日は水の精霊力が弱いのか、火は一向に消える気配を見せなかった。
 四人が現場に駆けつけたとき、火は出火した家から隣家へと燃え移り、火事はますます大きくなっていた。
「やはり火の精霊力が異常なほど強まっている」
 緊迫した面持ちで、フィリーゼが言った。
 精霊力は普通、日によって強さに多少の違いはあれど、一つの精霊力が他の精霊力に変化をもたらすことはない。つまり、火の精霊力が強い日でも、それは水の精霊力が弱いということにはならないのだ。
 ところがこれには例外がある。この日のように、桁外れに精霊力が高まった時などがそれに当たる。科学者達はこれの原因を、『精霊力の変換』と題し、例えば今回の場合は何らかの理由により、水の精霊力が火の精霊力に変わるのだと言っている。
 もっとも、ウェリアはこれは間違っていると考えている。水の精霊はあくまで水の精霊であって、決して火の精霊にはなり得ない。それは、人間が犬や猫にはならないように。
 精霊力の強まる原因はただ一つ。彼らの気分、これに尽きよう。
「どうしますか? フィリーゼ」
 炎を眺めながら、ウェリアが言った。
 フィリーゼはやや驚いたふうに、
「もちろん助ける」
 ウェリアを見てそう答えた。
「それとも、ウェリアはこれを見過ごすというのか?」
「結果的にはそういうことになります。私たちにはもっと先にしなければならないことがあるはず。今ならば街の人達もこの火事に気を取られてますし、行動が起こしやすいでしょう」
「ウェリア、俺達が用を済ませたからといって、すべてが終わるわけじゃない。大半の人たちは、また新しい生活を始めることになる。この家の人も、周りにいる人達もだ。行動が起こしやすいという理由で火事を放っておくのは、俺達の最終的な目標にも反する」
「……そうですね。私が愚かでした」
 ウェリアはぺこりと軽く頭を下げて、すぐに真剣な表情でユサフを見た。
「ユサフ、お願い」
「わかってるよ」
 言うが早いか、ユサフは群衆の中に駆け出していた。そして、消火活動に勤しむ者達をも押しのけて、炎を纏った家の前に立った。
 人々の注目が彼に集まった。
「こら。手伝ってくれるのは有り難いが、そんなに前に出るな!」
 後ろからそんな声もしたが、ユサフは構わず目を閉じて印を結んだ。
「火の精霊よ……」
 呟きながら、意識を精霊界とこの世界の狭間に飛ばして、火の精霊達に語りかける。
「我今ここに、火の精霊王を喚ぶ。汝ら直ちにそこを退き、彼とともに精霊界に帰るがいい」
 きっと目を見開き、ユサフは両手を前に突き出した。
「火の精霊王よ。荒れ狂う愚かな火の精霊達を戒めよ!」
 途端に、彼の両手から凄まじい炎が吹き上がり、巨大な膜のごとく広がって家々を包み込んだ。
 人々は驚愕の眼差しで彼を見た。彼らには、目の前の少年が火事に拍車をかけているようにしか見えなかったから。
 あまりのことに、人々は怒りを通り越して呆然としていた。
 ところが、どれだけ経っても、その炎は家屋には燃え移らなかった。
 一分くらい経ったろうか。ユサフは頃合いだろうと、指をぱちんと一つ鳴らした。
 すると、次第に火の膜が薄れていって、同時に先程まで燃え盛っていた炎も消えていった。
 人々は再び驚愕の念に駆られた。火の魔法を火の魔法で打ち消すなど、彼らの常識の範囲を超えたことだった。
「逆魔法……」
 群衆の中の一人のある老人が、ぽつりとそう呟くまで、彼らの中に動く者はなかった。
「逆魔法?」
 誰かが老人を見て尋ねた。途端に一同の視線が彼の許に集まったが、老人はそれ以上何も語らなかった。彼にとってもまた、少年の使った魔法は尋常ならざるものだったのだ。
 逆魔法。端的に言うと、ある精霊力を、もっと大きな、しかもそれと同じ精霊力で打ち消す魔法である。
 この魔法はその使い手を失ってから久しく、現在ではその名前さえ失われようとしていた。何故ならば、この魔法を使うには各精霊の王、つまり精霊王に喚びかける必要があるのだが、それは極めて困難で、最近では精霊自体の力が強まり、彼らへの干渉さえままならない状況にあるからである。
 それをまだ年端もいかぬ少年があっさりとやってのけたのだ。驚くなと言う方が無理であろう。
 ようやく人々は我に返り、火事の後始末をするべく動き始めた。そしてまた彼らは、街の恩人とも言える少年の姿を求めたが、その時すでにユサフはその場を離れていた。

「あの火事ですが、あの家の娘が料理をしようとして火の魔法を使ったところ、いつもの数倍の炎が吹き出して家に燃え移ったんだそうです」
 歩きながらウェリアが三人に言った。
「そうか……。急がないと、また同じような事件が起こるな」
 陽はすでに西の空を紅に染め、影を大地に長く伸ばしていた。
 彼らは人気のない裏通りを一心に進んでいた。
 向かう先は、街の中心部にぽっかりと空いた大空洞。すなわち、精霊の泉……。
 通りを抜けると、わずかな街の人の姿とともに、広範囲に張り巡らされた柵が目に入ってきた。街の中心部。そこに精霊の泉はあった。   

 そもそも精霊とは何であるか。この問いに答えられる者は極めて少ない。
 人間の姿をしていて、人の目には見えず、人間界と重なり合う別世界に住む者だという学者もいれば、姿形はないが人間界に住む、いわゆる空気のような存在だという者もいる。
 ウェリアもまた自らの考えを所有する学者で、精霊とは、精霊界に住む非常に小さな生き物で、その世界に干渉し、喚び出すことで人間界に具現化し、それぞれの司っている形になるものだと考えている。つまり火や水は、それ自身が精霊の集合体であるという、非常に珍しい説を唱えているのである。これならば火それ自体が、火の精霊王の力で消えたことにも納得がいく。
 なおこの場合の精霊界とは、人間界と重なり合う世界で、精霊はどんなものであれ、位置的には人間界の至る所に存在する。その数こそその土地の気温や湿度、それこそ光の加減から天気、地質、それらすべてに影響はされるが、まったくいないということはあり得ないのである。
 そして、精霊の密度、それがすなわち精霊力の強さであり、精霊達の故郷、それこそがこの精霊の泉なのである。

 精霊の泉は人間界から見てもただの穴に過ぎない。ただしその深さは、光の精霊を底目がけて飛ばしたところでそれが見えないほど深いのだが。
 一度冗談半分でユサフが小石を穴目がけて放ってみたが、結局底に当たる音を聞くことは出来なかった。
「じゃあ、そろそろ始めるとするか。観客も増えてきたしな」
 フィリーゼのその言葉に、三人が周りを見回すと、いつの間にか柵の外側に街の人たちが群がっていた。彼らの目は皆一様に不安そうだった。彼らにとって精霊力は生活のすべてといってもよかった。あらゆるものが精霊力によって動き、あらゆることが精霊力によってなされていた。
 彼らにとって精霊とは神聖なものであり、それ故精霊の泉は立入禁止とされ、こうして柵が巡らされているのである。 
「急がないと街の軍の奴らが来ちゃうよ」
 やや慌てたようにユサフが言った。
「そうだな。じゃあ始めよう」
「うん。せっかくだから盛大に行こうよ!」
 人々の不安を余所に、彼らは動き始めた。
 まずユサフが泉の前に立ち、そっと目を閉じた。
「精霊達よ。お前たちの司る力となりて、その姿をここに現せ!」
 まったく反論を言わさぬような、強い力ある言葉でユサフがそう語りかけると、街中の精霊達が一斉にその場で具現化した。それらは火であったり水であったり、精霊によって形は様々であったが、どの精霊もユサフの言葉に怯えたように、ゆらゆらと揺らめいていた。
 人々の中に、ざわめきが起こった。
 その時、丁度街に駐屯している軍の者が二十人ほどでやってきて、彼らを取り囲んだ。
「貴様達、ここで何をしている!」
「さあ。見ていればわかると思うよ」
 挑発するようにユサフが言って、すっと位置をルークスの前に変えた。その横にはウェリアが立ち、フィリーゼはルークスのさらに後ろ、泉の前に立っていた。
「な、何だと! 貴様、ガキの分際で生意気な口利きやがって」
 ユサフの挑発に怒り狂う大人達。そんな彼らをおもしろそうに眺めながら、ユサフは小さな声で後ろのフィリーゼに話しかけた。
「フィリーゼ。ここは僕たちに任せて、早く魔壊石を」
「わかった」
 ユサフの言葉に大きく頷いて、フィリーゼは振り返り、再び泉を前にして立った。そして腰の小袋から、虹色に光り輝く拳大の美しい石を取り出した。
 軍の兵士達は、自分達が無視されたことにさらに腹を立てて、魔法を使うべく精霊達に語りかけた。
「火の精霊よ……」
「水の精霊よ……」
「光の精霊よ……」
「闇の精霊よ……」
 自分たちの魔法が強力な一撃の魔法で消されないよう、彼らは様々な精霊を喚び出した。
 それと同時に、ユサフもまた精霊界に干渉していた。
「精霊王を統べる王。精霊界の深きに眠り、すべてを見ながら動かざるもの……」
 ユサフの額に汗が滲み、顔が苦しげに歪んだ。
「大地よりも大らかで、水よりも清く、炎よりも熱く燃え、風よりも速きもの……」
 彼の声と共に、大気が震えた。何か巨大なものが来る。目には見えない巨大な何かが。
 人々は畏れ、ただ黙して目を見張り、中には緊張と不安に耐え切れずに逃げ出す者もあった。
 ユサフより一瞬早く、兵士達の魔法が完成した。
「火よ吹き荒れて、眼前の少年を焼き尽くせ!」
「水よ! あのガキを押し潰せ!」
「暗き闇よ。彼を恐怖に包み込め!」
 様々な魔法が、一斉に形をもって小さな少年に襲いかかった。同時に、
「時の精霊よ。かの精霊達の時間軸を狂わせなさい」
 凛としたウェリアの声が響き、途端に迫り来る魔法の速度が遅くなった。
 ユサフは仲間を信じているのか、動かない。ただ一心に精霊界に交信を続ける。
「今その力もて立ち上がれ。眼前より迫り来る愚かなしもべどもに、その力をとくと味あわせるがいい」
 気を抜いたら精霊力が暴発し、自らの肉体が無事では済まない。ユサフは大きな力が体に流れ込んでくるのを感じて、いっそう集中力を高めた。
 精霊の矢は飛んでくる。無数の矢が具現化し、その空間を色とりどりに染めながら、もう彼らの眼前まで迫ってきていた。
 そしてまさにそれがユサフの小さな身体にことごとく突き刺さろうとした瞬間、ユサフは精霊力を一気に解放した。
「いけぇ! スプライト・シールド!」
 ぐんっ、という音がして、彼らを包み込むように、白く輝く光の盾が現れた。僅差で、精霊達がそれに突き刺さっていく。精霊の矢は、彼らを統べる王の盾の前にまったく無力であった。無数の矢のすべてがそれに飲み込まれ、消えていった。
 人々は驚愕の眼差しで四人を見た。兵士達もまた同じように呆然としていた。
 やがてゆっくりと光の盾は消えていった。と同時に、ルークスが凄まじいスピードで動いた。
 彼は背中から剣をすらりと抜き放つと、兵士達に斬りかかっていった。そして、彼らにまったく反撃を許さず、次々と打ち倒していく。もちろん殺してはいない。
 ルークスが兵士らのすべてを片づけるのとほぼ同時に、精霊の泉から巨大な光の柱が天に向かって真っ直ぐ伸びていった。そしてそれはすべて空に飲み込まれて、泉の方から消えていった。
 人々は固唾を呑んで空を見上げた。
 やがて空が真っ白に輝いて、流星群のように大地に無数の光が降り注いだ。
 それはこの街の精霊達をことごとく食らい尽くして、大地を渦巻いた。
 次にフィリーゼは石を、ユサフが魔壊石と呼んだ光の宝玉を高々と掲げた。すると今度は大地を渦のようにうねっていた光が、川のように流れてすべてその石に吸い込まれた。
 静けさが街を包み込んだ。それは本当に一瞬の、夢のような出来事であった。しかしその間に、ユサフが先程作り出し、空中を漂っていた小さな火や水の固まりがすべて消え、街のありとあらゆる精霊力が失われたのは紛れもない事実だった。
 精霊の泉は枯渇した。
「さあ、次の街に行きましょう」
 静寂を、ウェリアの美しい声が打ち破った。
 それでも人々は動かなかった。立ち尽くし、現実を受け止めようと葛藤していた。
 そんな街の住民を余所に、四人は街から去っていった。
 彼らを止める者はなかった。

 朝日が昇る。
 東の空はうっすらと明く、ひんやりとした朝の空気が草原を包み込んでいた。
 大地を一筋の川が流れ、水面が風に揺れている。彼らは土手に座り、その水面を眺めていた。
 声を出す者はない。皆何かを想い、思案と苦悩に曇った瞳で川を見つめていた。
 そっと、ウェリアのしなやかな指が地面に転がっていた石ころを拾い上げた。そして川に下投げに放られ、放物線を描きながら、石ころはぽちゃんと音を立てて川底に沈んでいった。
 それを見届けた後、ウェリアが静かに言った。
「この川はどこからわき出して、どこに流れていくのでしょうか……」
 誰もウェリアの方を見ようとしない。ウェリアもまた、それを望んではいなかった。
「ゆっくりと、絶え間なく流れ続ける雄大なこの川に、私たちの放った小さな石ころは、一体どれだけの変化を及ぼすのでしょうか」
 朝日が地平線から顔を出し、眩しい光が彼らの目を眩ませた。
 朝露に濡れる草が輝いて、大地に雫を落とす。
 静かにフィリーゼが立ち上がった。
「信じよう。俺達のやっていることは正しいのだと。そして意味があるのだと。きっと世界は変わる。水面は石に揺るがされても、すぐにまた元通りに戻って川は流れ続ける。いつかルークスが言っていたけど、きっと俺達の投げた石ころの意味を、人々は理解してくれる。そう信じよう」
「そうですね」
 笑顔でウェリアが立ち上がった。
「行きましょう、次の街へ。次からはミナスレイアの軍隊が黙ってはいないでしょう。すべてはまだこれからです」
 後の二人も立ち上がり、四人は大きく頷き合った。
 再び大地に朝が来た。 

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