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魔法師ミラン2 黄昏の街角

 クレスを伴って、俺たち3人は探検家ギルドへ向かっていた。彼を探検家の一員として登録するためである。
 別に急ぐ必要はないのだが、一時的に組むパーティーではないのだ。長期に渡ることがわかっているなら、早めにパーティー登録するに越したことはない。
 クレスは俺の隣を軽快な足取りで歩いていたが、ふと後ろを振り返って、不安げな顔で聞いていた。
「ミラン、僕がパーティーに入るの、やっぱり嫌なんじゃないのかな……」
 同じようにちらりと振り返ると、魔法師の少女は俺たちの2歩後ろを俯きがちに歩いていた。あれからずっと何やら考えているようだが、何かはわからない。
 俺を信用してないわけではないようだが、彼女はあまり自分の悩みを吐露しない。俺も、よほど深刻でない限り自分から聞くことはなかった。
「悩める年頃だからな。たまにああして考え込むことがあるけど、気にすることはない。別にお前のことじゃないだろう」
「そう……だといいんだけど……」
 クレスは少しだけしょんぼりした様子で言った。
 まったく、ミランは何を考えているのか。クレスが不安がることなど容易に想像がつくだろうに、時々周囲に対して気が利かなくなる。
「いいか、クレス。女の考えることをわかろうなんて、男の俺たちが思っちゃダメだ」
 冗談めかして言うと、クレスは嬉しそうに微笑んだ。恐らく同性の友情のようなものを感じたのだろう。
「わかった。女は難しいね。ミシルもずっと一緒に住んでたけど、よくわからないことが多かったよ」
「女は複雑だからな。特にミランはそうだ。ああ見えて頭がいい。結構高次元なことを考えてるかも知れないし、単に今夜何を食おうか考えてるだけかも知れない。俺ももう1年くらい一緒にいるが、今でもさっぱりだ」
「うん。お互いもっと勉強しないとね」
 ふと後ろから足音が聞こえなくなって怪訝に思って振り返ると、ミランが5歩後ろで立ち止まり、頬を膨らませて俺たちを睨み付けていた。
「さっきから悪口言ってる。ひどい……」
「い、いや、これはその……教育だよ、教育」
 あたふたしながら俺が言ったが、ミランはむしろ白けたように半眼になって唇を尖らせた。
「いいの。エリアスは、私の悪口を言う相手が欲しくてクレスを仲間にしたのよね……」
「そ、そんなわけないだろ」
 俺は機嫌を損ねた少女をなだめるのに必死になった。
「僕、今ちょっとだけ大人になった気がする……」
 後ろでクレスの呆れたような呟きが聞こえてきた。

 まだ日が高いせいか、ギルドは閑散としていた。それでも、探検家が一人もいないなどということはない。
 そこかしこで行われる商談の声や、相談の声。ゴミゴミとした空間に染み付く酒の匂い。
 この独特とした空間に立ち、まだ13の少年は始終緊張しっ放しでいた。
「クレス。そんなに緊張しなくてもいいぞ?」
 あの度胸と勇気のある少年にしては珍しいと思いつつそう声をかけると、クレスは恥ずかしそうに笑った。
「僕、こういう大人の世界……っていうの? そういうの、初めてなんだよ」
「なるほどな」
 ずっと道場にいたのだから仕方ないだろう。余所では13にしてすでに一人前に働く子供もいるが、クレスはそうではなかったらしい。
「まあ、無理かも知れないが、胸張って堂々としていろ。別に引け目を感じることはないし、お前は大人と戦っても負けないくらい強い」
「わ、わかった」
 そう言って、クレスはぴんと背筋を伸ばしたが、顔は強張ったままだった。
 俺はカウンターに座ると、3人分の飲み物を注文してからマスターを呼んだ。
 探検家になろうという人間は毎日100人も来るわけではないので、基本的に登録はマスター自らが本人と会って行う。
 しばらく待つと、奥から顎に髭を生やした男がやってきた。
 ギルドマスターだ。二度ほど会ったことがあるが、話したことはない。
「エリアスだ。こいつを探検家として登録してやってくれ」
 クレスの前に座ったマスターにそう言うと、クレスが緊張した面持ちで「お願いします!」と頭を下げた。
「子供のようだが……なるほど。素質のある目をしてるな」
 マスターはそう言うと、ぶっきらぼうに「名前は?」と尋ねた。
 クレスが名前を言い、住んでいた家を言うと、マスターは記録していた手を止めて面白そうな顔をしてクレスを見つめた。
「ああ、道場のガキか。強いらしいな」
「知っているのか?」
 俺は驚いて尋ねた。隣を見ると、クレス本人もびっくりしたように目を丸くしている。まさかまったく会ったこともない偉い大人が、自分なんかを知っているなどとは夢にも思わなかったのだろう。
 マスターはさも当たり前だと言わんばかりに答えた。
「どんな情報でも入ってくるからな。いつか探検家になるんじゃないかとは思っていたが、まさかここに入ることになるとは」
「ここ?」
 彼の言葉に、思わず俺は聞き返した。
 世の中にはいくらでも探検家のパーティーがある。にも関わらず、今の口ぶりは、まるで俺たちのことを知っているかのようだった。一度も話したことすらないのにだ。
 マスターは「不思議か?」と問いかけながら俺を見た。
「探検家には知られなくても、ギルド員には伝わってくる情報はいくらでもある。あのエルザーグラのミランのいるパーティーだ。どこの街に行こうと、知らないヤツはいない」
 マスターの話に、クレスが驚いた顔でミランを見た。まさか隣に座っている少女が、そんな有名人だとは思ってなかったのだろう。
 けれど、魔法嫌いのミランがそのことを喜ぶはずがない。彼女は自分が魔法師として有名なことが、この上もなく嫌なのだ。案の定少女は、憮然とした顔で睨みつけるように自分のグラスを見ていた。
 事情を知っているのか、マスターが声を上げて笑った。
「まあそんな顔をするな、ミランさんよ。魔力が強いのも一つの個性だ。自分の身体とは一生付き合っていかなきゃならない。大事なのはどう捉えるか、ただそれだけだ」
 ミランが、初めて顔を上げた。
「個性……?」
 マスターは大きく頷いて、奥深い瞳で言った。
「まあ、お前はまだ若い。こいつと旅をする中で、色々なことを許容できるようになるだろう」
 こいつとは俺のことらしい。ミランがびっくりしたように俺を見て、俺は怪訝な気持ちでマスターに尋ねた。
「ミランはともかく、あんたは俺なんかのことまで知ってるのか?」
 自慢ではないが、俺はごく一介の村人だ。何の取り得もなければ、有名になるようなこともしていない。ミランやクレスとは違う。
 けれど、マスターは片目をつむって笑って見せた。
「お前はあのコスバンに気に入られた男だ。俺も会ってみたいと思っていた」
 俺はそれだけで納得した。
 コスバンとはエルザーグラのギルドマスターで、俺の尊敬する探検家である。俺は何故かそのコスバンに気に入られ、ほんのわずかな時間だったが、共に剣を持って戦ったこともあった。
 このマスターもコスバンを尊敬している。それで、理由としては十分だった。
「僕は、ひょっとしてすごいパーティーに出会ったのかな?」
 クレスが込み上げてくる感動を抑え切れないように震えながらそう言った。
 マスターは飄々として首を傾げて見せた。
「さて、どうかな。所詮は二人きりだしな。このパーティーがよくなっていくか、それとも落ちぶれるか。そいつは案外、3人目のお前にかかってるかも知れんぞ?」
 彼の台詞に、クレスが緊張のあまり凍りついてしまった。
「おいおい。13のガキを脅かすなよ」
「いや、悪かった悪かった。そんなに固くならんでも、こいつの言う通りにやっていけば、それなりの探検家になれるだろうよ」
 マスターがポンポンと肩を叩いて、クレスはようやく安心したように大きく息を吐いた。
 俺はマスターを顔を見合わせて声を立てて笑った。
 ふとミランを見ると、彼女はまだ何やら考え込むようにグラスを見つめていた。
 登録は済んだからと言って、奥に呼ばれて戻っていくマスターに一声かけてから、俺はミランを見て言った。
「ミラン。さっきから何をそんなに悩んでるんだ?」
 ミランはちらりと俺を見てから、俺たちの間にいるクレスを見た。
 少年は緊張した面持ちで少女を見つめていた。いくら俺が「違う」と言っても、やはり自分が嫌われているのではないかと不安がっているようだ。
 ミランは久しぶりに大人びた表情をして軽くカウンターに肘をつき、クレスに問いかけた。
「クレスは、どうして私たちのパーティーにしたの?」
 どういう意味か、俺にはわからなかった。もしも言い方に少しでもきつさがあれば、反語的に「あなたには来て欲しくなかった」という意味にも取れたが、そうではないらしい。
 クレスも意味を図りかねているようだが、「女の考えることをわかろうなんて、男の俺たちが思っちゃダメだ」と考えたのか、素直に答えた。
「エリアスが気に入ったから……」
 本人である俺の目の前で言うのが恥ずかしかったのか、できるだけ俺から目を逸らせて答えた。
「お金を返すためじゃなかったの?」
 かすかに意地悪げな瞳でミランが問うと、クレスは気まずそうに言った。
「それは一番もっともらしく聞こえる建前ってヤツで……」
「そんなに怖がらなくても、別に解雇したりしないから心配するな。思ったことを言え」
 恐らく本当のことを言ったら怒られると思ったのだろう。
 俺は真面目な少年が可哀想になったので、そう助け舟を出してやった。
 クレスは安堵の息をついて言った。
「冒険は、元々したかったんだ。そこにエリアスが来て、あんなふうに大金投げつけて。かっこいいって思ったから……」
「そう……。ありがとう」
 ミランは穏やかに微笑むと、それで満足したらしい。何も言わなかったが、なにやら嬉しそうに顔を綻ばせた。
 クレスが何がなんだかわからないというふうに、困ったように俺を見上げた。
 もちろん俺にもわかるわけがない。
「女は難しいな」
 俺がそう言うと、クレスは大きく二度頷いて笑った。

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