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夜明けの刻
この小説は、グループSNEのソード・ワールドRPGを舞台にした小説です。セッションとして捉えるなら、一応シティーアドベンチャーに属する内容でしょうか。ソード・ワールドRPGを知らなくても読むのに支障はありません。魔法名はほとんど英語のため、ニュアンスで読んでいただいて大丈夫です。
最後はハッピーエンドですが、途中は陰惨な描写がたくさんあります。苦手な人はご注意ください。

 俺たちが通路に出ると、牢の女たちが自分たちも助けて欲しいと騒ぎ出した。もちろんそんな気はなかった。それはとても無理な話だったし、牢を開けてやるだけならいいが、殺到されても困る。
 だが、シルバーが足を止めて別の案を唱えた。
「もし上でブレインが待ち構えていたら……案外この女たちが一斉に逃げ出してくれた方が、俺たちも逃げやすくなるかもしれん」
「いや、俺たちの動きの足枷になる可能性もある。どっちにしろ、根拠のない可能性で動くのは危険だ」
 俺が反対すると、シルバーは考える素振りをした。だが、
「僕は助けられる人は助けたい。もちろん、牢を開けたからって逃げ切れるとは限らないけど、ここにいたら未来がない」
 と、心優しい少年が別の角度からシルバーの案に賛成し、エリアもまた違う観点からそれに同意した。
「あの男に、なんでも思い通りにはならないことを教えよう。いい気味だわ」
 確かに、せっかく集めた女たちが一斉にいなくなれば、ブレインもさぞショックだろう。
 3対1では分が悪い。それに、俺の第六感も解放に対してそれほど警鐘を打っていなかったので、俺はシルバーと手分けして牢を開けた。
「ただし、殺されても俺たちを恨むなよ。牢を出るも出ないも、あくまでお前たちの意思だ」
 俺が言い終わらない内に女たちは階段に殺到した。まるで檻から放たれた獣である。
 蓋が塞がれている可能性も考えたが、そんなことはなかった。考えて見れば、ここに俺たちを閉じ込める意味がない。
 俺たちは逃げていく若い女の集団には続かず、階段の手前から斜めに“トンネル”の魔法をかけた。前しか見えていない女たちは、誰一人としてそれに気付かなかった。
 魔法で掘った穴から外に出た。女たちとブレインの争う声が聞こえるかと思ったが、意外にも聞こえたのは女たちの声だけだった。戦っている様子はない。
(気付かれたわけじゃなかったのか?)
 ブレインが待ち構えていなかったことに疑問を抱いた瞬間、離れの角から完全武装の5人の男を従えた若い男が現れた。やや背は低いが、凛々しい眼差しの好青年だった。悪人には見えなかったが、彼がブレインなのは間違いない。
 俺たちからの距離はわずか5メートル。ブレインが余裕の笑みを浮かべて口を開いた。
 刹那──
 誰も予想しなかったことが起きた。俺もシルバーもまさかブレインが裏から出てくるとは思っていなかったので、装備はともかく心の準備まではできていなかった。
 そして恐らくブレインにも、彼女のその行動はまったく予想外だったことだろう。油断していたのではない。ただ、彼女に嵌めた腕輪が外される可能性を考えていなかったのだ。
 穴から出た瞬間に準備していたのだろう。主役の裏をかいた悪人が前口上を述べるというお決まりのパターンをまったく無視して、魔術師の少女がいきなり“ライトニング”をぶっ放したのだ。
 真っ白な閃光が暗闇を切り裂き、ブレインを中心に五人を飲み込んだ。唖然とする俺の隣でシルバーが腕を振り上げ、持っていたダガーを投げ付ける。
 それが正確にブレインの胸元に吸い込まれるのを俺は見ていなかった。レイスが今までの恨みを晴らすかのように“フォース”を使うその横で、俺もまた魔晶石の力を借りて“ストーンブラスト”を放った。
 轟音が鳴り止む前に俺は剣を抜き放った。戦士としての腕は劣るかもしれないが、相手はまともに“ライトニング”を受けた手負いだし、俺の剣はどれだけ落ちぶれても手放さなかった魔法剣だ。
 シルバーは持ち前のスピードを活かして、魔術師の一人に斬りかかっていた。相手がいくら高位の魔術師でも、接近戦ではシルバーに勝てまい。
 相手と切り結びながら、俺は地面に倒れたブレインを一瞥した。彼はもうピクリとも動かず、前のめりになったせいかダガーが胸を貫いており、絶命しているようだった。恐らく魔法の対策くらいはしてきたのだろうが、あれだけの攻撃を一度に食らって生き延びるのは不可能だ。
 不意に俺の剣が炎を帯びた。エリアの“ファイア・ウェポン”だ。切っ先が相手の腕を斬り飛ばす。エリアの時のような罪悪感は微塵も覚えなかった。
 勝てる!
 そう思った瞬間、俺の耳に入ってきたのは聞き覚えのある三つの悲鳴だった。
 凄まじい冷気が俺の横をすり抜け、見ると仲間の三人が全身を震わせながら地面に倒れていた。顔を上げると血まみれの魔術師がニヤリといやらしい笑みを浮かべていた。“ブリザード”だ。
 まさかそこまで高位だとは思っていなかった。
 俺は蒼ざめたが、魔術師が魔法を放った直後で体勢を整えていないのを見て、強く地面を蹴った。
 炎を帯びた魔法剣が驚きに目を見開いた魔術師の首を切り落とす。それと、真っ白に輝く光の槍が俺を貫くのは、ほとんど同時だった。
 “エネルギー・ボルト”ではない。
(“バルキリー・ジャベリン”……!)
 俺は全身がバラバラになるような痛みを覚えながら遥か後ろに吹っ飛ばされた。崩れ落ちたそこにレイスがいて、魔法で自分の傷を治していた。
 気力で立ち上がると、すぐ後ろでエリアが荒い息をしながら立っていた。シルバーも無事のようだが、短剣を握る手に力が入っていない。
 精霊使いはすでに次の魔法の用意をしていた。“シュートアロー”だ。
(負ける……)
 俺も負けじと“ストーンブラスト”の準備を始めたその時、突然女たちの悲鳴が響き渡り、野太い男の声と一緒にこっちに近付いてきた。
「なんだっ!?」
 俺は思わず間抜けな声を上げ、勢い良く振り返った。
 背後から現れたのは、先程の女たちと“赤鷲亭”にいたようなゴロツキたちだった。恐らく事前にブレインが呼んでいたのだろう。
 さしもの精霊使いも困惑した顔になった。女とゴロツキは合わせて30人はいる。その群集が狂った象のように真っ直ぐ突っ込んでくるのだ。
 対応する間もなく飲み込まれた。幸いにもゴロツキたちは女にしか興味がないらしく、傷付いた俺たちに攻撃しては来なかった。
「逃げるぞ、ウィーズ!」
 シルバーの鋭い声がした。俺は反射的に、呆然としているレイスの腕を掴んだ。
 事態に気が付いたゴロツキの一部が追いかけてきた。精霊使いは女たちに踏み付けられ、悲惨なことになっている。
 俺たちはゴロツキたちを撹乱するため、打ち合わせていたように二手に分かれた。
「あっ!」
 エリアが声を上げる。振り向くと、金髪の哀れな少女は、いつか見せたあの助けを乞うような目で俺を見つめていた。薄い唇が何か言いたげに揺れている。
「お前は、お前に乱暴した俺に、何か用なのか?」
 もう一度、あの時の台詞を吐いた。
 意外にも、エリアは真摯な瞳で大きく頷いた。
「ええ。ウィーズさん、私……」
 続きを聞くことは出来なかった。ゴロツキの一人が鈍い太刀で斬り付けてきて、俺はその対応に追われた。万全の状態なら一蹴できる相手だが、“バルキリー・ジャベリン”で受けた傷は軽くない。
 先に逃げたレイスが“キュアー・ウーンズ”を飛ばしてきた。先にここから離れたのは賢明だ。レイスは身の程を知っている。俺はまだ燃え盛っている剣で男を一閃し、レイスのもとへ駆けた。
 一度だけ振り返ると、エリアはシルバーに手を引かれてもうずっと遠くを走っていた。
 俺はレイスを伴って塀まで駆け、最後の力を振り絞って“トンネル”の魔法をかけた。
 ゴロツキどもが声を上げながら追いかけてくる。
 俺はレイスを伴って、ファンドリアの夜の闇に飛び込んだ。

 俺とレイスがようやく心から落ち着けたのは、それから一週間後、レムリアに入ってからだった。
 あの後ゴロツキを撒いた俺たちは、灯台下暗しという言葉を信じて、“夜の太陽亭”に戻って息を潜めた。外は喧噪に包まれ、見物人とゴロツキの衝突する声も聞こえてきた。
 連中はともかく、俺はあの精霊使いを恐れていた。ブレイン亡き後、もはや役目は終わったと言わんばかりに屋敷を出て行けばいいが、敵討ちに燃えていたら厄介である。
 正直、シルバーとエリアがいればともかく、レイスと二人では万全の状態でも勝つ自信がなかった。
 その夜は一睡もできなかったが、何事もなく朝を迎えた。仲間の二人も来ることはなかった。
 いや、もはや「仲間だった」と言った方がいいかも知れない。元々エリアを助けるまでの繋がりだった。今度会うときは敵かも知れない。
 さらにもう一日息を潜めて、二日後の明け方に俺たちは宿を出た。昼の喧噪に紛れた方が良かったかも知れないが、相手もどうせ起きているなら昼だろうと思い、明け方という微妙な時間にしたのだ。
 行き先は、ラムリアースかオーファンに向かいたかったのは言うまでもないだろう。俺はロマールから離れるために北上したのだから、再び南下するのは当初の目的に反する。
 だが、俺は安全を優先させた。もしもあの精霊使いや、その他のブレインの手下につけられた時、見知らぬ土地よりも一度歩いたことがある道の方が逃げやすい。
 俺たちはなるべく街道を避けるようにしてレムリアに向かった。そのおかげかはわからないが、レムリアまでに刺客に襲われることはなかった。
「たぶんもう、僕たちのことは追いかけてないんじゃないかな?」
 レイスが恐る恐る言った。根拠はあるようだったが、確信はなく、常に誰かに見られているような錯覚に随分心がまいっているようだった。
「多分な。少なくとも、俺たちを狙ってはいないだろう」
 実際俺も、連中は国外までは追いかけてきていないだろうと考えていた。ブレインが生きていれば別だが、屋敷の主はもはや死んだのである。敵討ちなどという殊勝な心がけを持った人間がいるとは思えないし、今頃全員でブレインの遺産をどうやって分配するか考えていることだろう。
 万が一追いかけているとしたら、それはブレインを殺した相手ではなく、ブレインが逃がした女である。つまり俺たちではなく、エリアとシルバーの方だ。
 不安がないと言えば嘘になるが、あの二人なら大丈夫だと思う。シルバーは凄腕の盗賊だし、エリアの腕前も相当なものだ。もちろん、仲良く力を合わせていればであるが。
 エリアは俺と同様、シルバーのことも恨んでいた。今頃どうしているか、俺にはさっぱりわからない。
「エリアが大人しくシルバーについていくとは思えないけど……」
 レムリアの街に入ると、レイスはようやく安心したように息をついてから、別れた二人の話をし始めた。
「たとえロマールに帰るにしても、冒険者を雇うんじゃないかな? 自分を狙った刺客と一緒に旅をするなんて考えられない」
「シルバーがそれを良しとするはずがないし、エリアももう一人旅は懲りただろう。ブレインの刺客のこともあるし、少なくともレムリアまでは一緒にいると思うが」
「エリアはロマールに帰るのかなぁ。わざわざ逃げてきた結果がこれで、またロマールに戻ったら、僕ならヤケになるね」
「じゃあどうする? お前みたいに冒険者になるか?」
 俺が冗談半分そう尋ねると、レイスは力強く頷いた。
「それがいいね。エリアは強いし、やっていけるんじゃない?」
 俺は軽く手を振った。
「強いだけで上手くいくほど甘くない。実際ロマールを出てからのエリアは俺に襲われブレインに捕まり、ろくな目に遭ってない。いくら親族に狙われようと、ロマールに土地も家も金もあるんだ。親族と折り合いをつけて上手くやっていくだろうさ」
 レイスは憮然とした表情になったが、何も言わなかった。俺は直感的に、レイスがエリアに好意を抱いていることに気が付いた。まあ、エリアは綺麗だし、レイスもブレインが認めたほどの美少年なので釣り合いは取れているだろう。ただ、相手は今頃男性不信になっているだろうが。
「ロマールに着いたら、お前俺と別れてミザルフ家で働いたらどうだ?」
 からかうように言うと、レイスは驚いたように顔を上げ、その顔を真っ赤にした。わかりやすい反応だ。
 しかしすぐに首を振り、大きなため息をついた。
「誰かに仕えるのはもう懲りた。僕はウィーズと一緒に冒険者になる」
「こいつ、偉そうに」
 軽く頭を小突いてやったが、内心レイスの言葉が嬉しかった。レイスがブレインから逃げるためではなく、本心から冒険者になりたいのだとわかったから。
 俺はレイスを連れて、以前泊まった“芦毛の駿馬亭”を訪れた。もしもあの日あの後、エリアが森でのことをマスターに暴露していたら捕まる可能性もあったが、あの少女がそんなことをするはずがない。大衆の前で犯されたことを言う気があれば、初めに酒場で俺に気が付いた時点で声を上げていただろう。
 案の定マスターは明るい表情で出迎えてくれた。そして俺たちの座ったテーブルに自らやってきて、意外なことを口にした。
「いや、半信半疑だったが、まさか本当に来るとはな」
「どういうことだ?」
 怪訝な瞳で聞き返すと、マスターは一通の手紙を俺に突き付け、話を続けた。
「もう四日になるか、あの子が銀髪の男と一緒にうちに来て、この手紙を置いて行ったんだ」
「四日前?」
 俺が聞き返すと、マスターは大きく頷いた。意外に思ったが、どうやら馬車を使ったらしい。なるほど、金持ちは機動力で追っ手を撒いたわけか。
「ひょっとしたら後からお前さんが来るかも知れないから、もし来たらこの手紙を渡して欲しいってな。ひと月経っても来なければ捨ててくれと頼まれていたが、こんなに早く来るとは思わなかった」
 俺は手紙を見た。表に『ウィーズさんへ(スペルは合ってるかしら?)』と書いてある。ちなみに名前のスペルは間違っていた。
「エリアは……どんな様子だった? その銀髪の男とは仲良くしていたか?」
「そうだな。少なくとも俺が最後に見たあの子は、刺客に襲われた後で魂が抜けたみたいになっていたからな。それに比べたら随分ましになっていたが」
 確かに、最初にここに来たときは俺に犯された後、出て行くときは刺客に襲われた後で、およそ笑顔など見せる状態ではなかった。思えば結局エリアの笑顔は見れず終いだった。
 マスターは気を利かせてか、奥に引き下がった。宛名が俺だけだったから、レイスに悪く思いながらも、まず俺だけが読むことにした。
 乱暴な文字で書かれた短い手紙だった。恐らくシルバーの目を盗んで書き、内緒でマスターに渡したのだろう。

『ウィーズさんへ

 言い逃したことがあります。助けてくれてありがとうございました。本当にありがとう。
 でも、私はあなたを心から恨んでいます。だから、今度ロマールに来たら一度殴らせてください。それでもういいです。忘れます。
 あなたがシルバーと呼んでいた男は、私が会ったこともない叔母の息子だそうです。本人はあまり関心がないようだけど、私は祖父の財産の相続権を彼にあげようかと思います。彼にも助けてもらったし。
 もう何もかもが嫌になったので、一度人生をリセットして、冒険者にでもなろうかなって考えています。ウィーズさん、どこか魔術師を探しているパーティーを知りませんか?
 時間がないのでこれで。この手紙をあなたが読んでいることを祈りつつ。

 エリア・ミザルフ』

 俺は手紙をレイスに渡して頭を抱えた。まったく意味がわからない。
 レイスは興味津々に手紙を読んだ。それから満面の笑みを俺に向けて、信じられないことを口走った。
「僕たち、魔術師が欠けてるよね?」
「どうしてそうなる? 俺はあいつを犯した。どう考えたって有り得ないだろう」
「殴らせてくれればもういいって書いてあるけど」
「社交辞令だろ。あいつは俺を殺そうとしたんだぞ?」
 レイスは首を傾げ、それから一人前の口を叩いた。
「殺し合ってた人たちが、翌日には力を合わせる不思議な世界なんでしょ? 前にウィーズ、そう言ってたよ」
「それとこれとは話が別だ」
「エリアはきっと、ウィーズが本当は優しいんだってわかったんだよ。ウィーズも僕も感謝されるとは思ってなかったけど、エリアは心から感謝してくれた。ちょっとヤケになってるようにも見えるけど、あの子も優しいんだね。本当は人を憎める性格じゃないんだよ」
 俺は恥ずかしさのあまりむず痒くなって顔を背けた。神官という連中は、時々こういう台詞を素面で吐くのだ。
「お前、エリアに惚れてるだろ。単にエリアがパーティーに入ってくれたら嬉しいと思ってるだけじゃないのか?」
 俺がからかうようにそう言うと、レイスはしかし臆面もなく頷き、逆に挑戦的な眼差しを俺に向けた。
「あんなに可愛い子なら好きにもなるよ。でも僕はブレインさんと一緒にさんざん女の子を犯してきた悪人だから、エリアはウィーズにあげる」
「おいおい。俺はあいつ本人を襲ったんだぞ?」
「エリアがウィーズを好きになれば問題ないよ。むしろ初体験がブレインさんじゃなくて、ウィーズだったことを喜ぶかもね」
 俺は思い切り脱力して、テーブルに突っ伏した。
「お前、思ったより前向きだな」
「まあね。とにかくもう北には行けないし、南にはロマールしかない。それに腕輪を闇市で売るんでしょ? 僕たちの道はロマールにしか続いてないんだよ」
 俺は苦笑した。テーブルから見上げたレイスは、自分に酔いしれるように拳を握ってあらぬ方向を見つめていた。出会った時はこんなヤツだとは思わなかったが、まあいい。こっちの方が面白い。
「そうだな。先のことはわからんが、とにかく一発殴られに行くか」
 投げ遣り気味にそう言うと、レイスが首が千切れるほど大きく頷いた。
 マスターが素晴らしいタイミングでワインを二つ持ってきて、何も言わずにカウンターに戻って行った。
 俺は起き上がってグラスを取った。
「とりあえず今は、俺たちのファースト・ミッションの成功に乾杯しよう」
Fin
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