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夜明けの刻2 エリア・ミザルフ
この小説は、グループSNEのソード・ワールドRPGを舞台にした小説です。2007年に公開した 『夜明けの刻』 の完全な続編になっていますので、未読の方はそちらを先にお読み下さい。
『夜明けの刻』 では、落ちぶれてしまったウィーズが冒険者としてやり直していく話を書きましたが、本作は前作に登場したエリアという少女にスポットを当て、彼女が冒険者になる様子を描いています。立ち直るよりも堕ちていくところを中心に書いているため、全体的に可哀想な感じです。前作同様、最後はハッピーエンドですが、途中の描写にご注意ください。

 その張り紙を見つけたのは、ザインに着いてから4日目の昼、冒険者の店を巡ること9軒目でのことだった。
『魔術師募集。レビテーション、ライトニングなどが使用可能なこと』
 エリアは意外に思って、しばらく張り紙の前で佇んだ。魔法が嫌いな風潮にあるからこそ、魔術師の需要があるとは思っていたが、こうして堂々と募集する文句を見たのは初めてだった。
 エリアはレビテーションもライトニングも使うことができる。もっとも、かなりの精神力を費やすので、休まずに何回も使うことはできないが、信教的な事情でもない限り自分で問題ないだろう。元々そのレベルの魔術師を見つけるだけでも大変な上、ましてやこの国にあって、一人でふらふらしている魔術師など皆無だ。
 出来れば自分が選ぶ立場になりたかったが、やはりこの国でもなかなかパーティーが組めなかったので仕方ない。エリアはひとまず募集の理由や内容を確かめることにした。
 店のマスターに尋ねると、そのパーティーは今は出かけているが、もうじき帰ってくると言う。バラシスという30歳くらいの男性をリーダーに、精霊使いの女性とその息子の少年、そしてエルフの男性の4人パーティーらしい。
 魔術師を募集している理由も尋ねてみたが、マスターは詳しくは知らないと首を振った。恐らく遺跡の類を見つけたのだろうと言われ、後は直接聞くことにした。
 食事をしながらしばらく待つと、やがてその4人が帰ってきた。この店を拠点にしているらしい。
 バラシスはなかなかの好青年で、精悍な顔つきをしている。金属の鎧と分厚い剣からして、戦士のようだ。エリアは一目見ただけでその人の実力がわかるほど優れてはいなかったが、ウィーズと同じくらいだろうと考えた。
 女性は40近くだろうか。マスターが息子だと言っていた少年が15歳前後に見えるので、それくらいだろう。息子の方は軽装をしており、レンジャーかシーフのスキルがあるようだ。エルフの男性も武器には精通していないようで、どうやら魔法中心のパーティーらしい。エリアは戦士としても重宝されるかも知れないと思った。
「魔術師募集の張り紙を見たんだけど」
 エリアが話しかけると、4人は驚いた顔でエリアを見た。それからバラシスが慌てたように立ち上がって挨拶をした。
「いや、すまない。半ば諦めていたから、まさか本当に魔術師が見つかるとは思わなくて。俺はリーダーのバラシス。とりあえず座って。ゆっくり話をしよう」
 エリアは椅子に座ってから、簡単に自己紹介をした。貴族の娘であることや、シェリーディのこと、もちろんファンドリアでのことやウィーズのことなどは一切話さず、ただ見聞を広めるためにロマールから旅をしてきたと告げた。一人旅かと問われたので、二人で来たが一人とは別れたと話した。
「元々ザインまでって約束だったの。ザインで仲間を作るつもりで。ここは魔法に縁遠い国だから、逆に魔術師を必要としてるパーティーがあるんじゃないかと思って。で、あの張り紙を見つけたの」
 適度に嘘を混ぜる。この先ずっと旅をすることになるかもしれない相手に嘘をつくのは、少なからず心が傷んだが、思い出すのも辛い過去をいきなりすべて打ち明ける必要はないだろう。
 エリアの説明で納得したのか、今度はバラシスがパーティーの紹介を始めた。
 元々バラシスとエルフの男性ルゥーライが数年来の旅の仲間で、何度かパーティーを変えながら冒険をしていたらしい。そこにカレントとノルキーの母子が加わった。それがおよそ1年前。
「夫も冒険者だったんだけど、3年前に先立たれてね。冒険者を続けるか息子と話したんだが、まあこの通りさ」
 カレントは少し自虐的な笑みを浮かべてそう言った。ノルキーはそわそわしながら、時々母親を見たり店内を見回したりしている。緊張しているようにも見えるし、関心がないようにも見える。
「それで、魔術師を募集しているのはどうして? レビテーションって書いてあったけど、飛ばないと行けないような場所に何か見つけたの?」
 エリアがいよいよ本題に入ると、バラシスが少し身を乗り出して声のトーンを落とした。
「情報は冒険者の命だ。少し小さな声で話すよ。エア湖から山脈の方に森があって、その森の中に古い神殿を見つけたんだ」
「よく見つけたわね」
「精霊使いが二人もいるからね」
 得意げなバラシスに、エリアは少し首を傾げてから小さく手を振った。
「意味が違うわ。何か他の依頼でその辺を探索していたの? それとも、初めからその森に神殿があることを知っていたの?」
 一瞬驚いた顔をしてから、バラシスは顔を綻ばせた。
「エリアは賢いね。いや、バカにしたわけじゃない。そう、初めからその森にあることを知っていたんだ」
 バラシスの話だと、200年ほど前にマトティダスという小さな宗教団体があり、無名の神を崇めていた。この宗教団体は10年ほど活動をしたが、メンバーの一人がザイン国内で問題を起こし、その罪によって解散に追いやられた。
「罪? 宗教に関すること? それとも単なる窃盗とか?」
「本には『罪』としか書いてなかった。だけど、たぶんそれ自体は大したことじゃなかったんだ」
 元々ザインの人間はマトティダスを快く思っていなかった。叩き潰すための理由を探していたところに、メンバーが問題を起こしてくれたというのが真相ではないかと、バラシスは言った。
 マトティダスは邪教に近い宗教だったが、殺すのは野生の動物ばかりで、市民はもちろん、家畜などにも一切危害を加えなかった。野生の動物を供物として捧げ、その代わりに何らかの奇跡を享受していた。
「それは? そもそもどんな教義の団体だったの?」
「それもわからない。ただ、そのマトティダスがザイン国内の他にもう一つ拠点を持っていて、神事はそこで行われていたのがわかった。それがその森にある神殿だ」
「なるほど、面白そうね。それで、あなたたちはその神殿に入ったの? 入るのに魔法が必要なの? 中に何があるか知ってるの?」
 エリアは次々と浮かぶ疑問を投げてみた。バラシスが一瞬言い淀み、初めてルゥーライが口を開いた。
「中には少し入りました。宝があるかはわかりませんが、宝がある可能性があるだけで、冒険する理由としては十分です」
「そうね」
 エリアは話を打ち切るように、短く賛同の意を示した。バラシスの態度が少し気になった。恐らく、まだ一緒に行くかを表明していないエリアに、どこまで情報を与えていいのか迷っているのだろう。だが、それだけではない。他にも何かあるような気がしたが、エリアは気付かない振りをした。
「わかったわ。先のことはわからないけど、その神殿の冒険には私も参加させて。きっと役に立つわ」
 エリアが笑顔でそう言うと、バラシスは安堵の息を漏らした。素早く他の3人に目を遣ると、カレントは相変わらず癖のある笑みを浮かべ、ルゥーライは口調に似合う穏やかな表情をしている。そして、ノルキーが初めてエリアと目を合わせた。
 彼はエリアを仲間として認めた。そう解釈するのが自然だろう。しかし、これまで散々他人に騙されてきたエリアはそうは思わなかった。この少年は何かを含んでいる。
 恐らく取り越し苦労だ。これから一緒に冒険をする仲間を疑うことは、明らかに良いことではない。エリアもそうは思う。
「良かった。じゃあ、これからよろしく」
 バラシスが差し出した手を、エリアは笑顔のまま固く握った。
「こちらこそ」
 信じてはいけない。気を許してはいけない。そんな警鐘を鳴らし続ける自分を醜く思いながら、それでもエリアは、醜く生きようと考えていた。

 エリアの意見により、出発は2日後になった。バラシスたちはすぐにでも出発したがったが、エリアはパーティーに入ったばかりで連携も不安だし、宿の拠点も移さなくてはならないし、装備も不十分だと言って、メンバーを説得した。
 エリアは一人でいる時間以外は、なるべくメンバーとの親睦を深める努力をした。カレントと二人で食事に出たとき、彼女はこんな話をし始めた。
「あたしはね、あの子を連れてこの先も冒険者としてやっていこうか、迷ってるんだ」
 あの子とはもちろんノルキーのことである。
「どうして? ノルキーは賛成したんでしょ?」
「あの子は冒険者以外の世界を知らないからね。消極的賛成って言うか、要は知らないことはしたくないから、今のままがいいってだけさ」
 カレントは元々冒険者ではなく、街の商人の娘だった。そして店を訪れた冒険者の男と駆け落ちして冒険者になった。
 とは言え、カレントは一般市民で、剣も魔法も使えず、随分苦労した。やがて子供が出来てしばらく冒険から離れたが、今度は夫の方が普通の生活に馴染めず、結局ノルキーが5歳になると再び冒険者に戻った。
 そして3年前に夫を亡くした時、カレントは冒険者を辞めようと考えた。
「いつかはね、冒険者は辞めなくてはと思うんだ。死ぬまで続けるかどうか。あんたはどう思う? 歳は倍以上違うが、同じ女のあんたの意見が聞きたいね」
 エリアは悩んだ。それはシェリーディにも言われたことだった。冒険は手段なのか目的なのか、いつか辞めるのかずっと続けていくのか。答えはもちろん、まだ出ていない。
「今辞めても、私には他に出来ることがないから。カレントは商才があるんでしょ? 冒険者って、好きでやってるか、それしかない人がやるものだって思うの。極端かもしれないけど」
「ふん、なるほどね」
 カレントは満足そうに頷いた。
「気に入ったよ、エリア。誘ってくれたお礼に、ここはあたしが奢ろう。よかったらノルキーとも話をしてやってくれ。あいつ、思春期なのか、最近よくわからないんだ」
 エリアはまたルゥーライとも二人で話をした。エリアはあまりエルフと接したことがなかったし、ルゥーライが冒険者をしている意味は、エリアにとって今後の指針の一つになる気がしたのだ。
 エリアがそんなことを言うと、ルゥーライは恥ずかしそうな顔をして答えた。
「そんな素敵な教訓を与えられるようなことは何もないですが、そう言ってもらえるのは嬉しいですね。わたしはエルフの森にいたときに、偶然訪れた人間の女性に恋をしましてね」
「恋!?」
 思わぬ単語に、エリアは思わず目を丸くした。ルゥーライは「意外ですか?」と笑ってから、冒険者になった経緯を語った。
「恋は結局叶いませんでしたが、人間に興味を持ちまして。丁度同じように人間の世界に興味を持った女性──もちろんエルフです。その人と一緒に森を飛び出しました」
 ルゥーライはしばらくその女性と一緒に旅をしていたが、やがて女性は人間の男に恋をして結婚した。もう何十年も昔のことらしい。
 バラシスとチームを組んだのは数年前だが、ルゥーライはやはり冒険者だったバラシスの父親と一緒に冒険をしたことがあり、バラシスのことも彼が死ぬ間際にルゥーライに頼んだのだった。
「ルゥーライはいつまで冒険者を続けるの? エルフって寿命が長いでしょ? 人と一緒にいると、どうしても人が先に年を取って死ぬじゃない。寂しかったりとか、しないの?」
 エリアの質問に、ルゥーライは愉快そうに顔を綻ばせた。
「素晴らしい出会いと別れ、感動と興奮、それがわたしが人生に求めるものです。バラシスも恐らくわたしより先に死ぬでしょう。彼がどんな生き方をして、どんな死に方をするか、それも楽しみの一つです。わたし自身は世に名前を残す欲もなければ、子を遺すような使命感もありません。冒険の最中に死ぬのはむしろ本望です」
「そっか」
 冒険を目的にしているルゥーライ。エリアは冒険を手段としか考えたことがなかったので、冒険の中に楽しみを見出せたなら、ずっと冒険者を続けていくのも良いかもしれないと思った。
 エリアはノルキーにも話しかけてみた。子供というほど若くはないし、人間の男に対する恐怖心は拭い切れなかったが、今や彼は仲間なのだし、いつまでも避け続けるわけにはいかない。
 そんなエリアの決意とは裏腹に、ノルキーは陽気にエリアの誘いに乗ってきた。
「エリアみたいな綺麗な子と二人でお茶できるなんて、嬉しいね」
「そう? それはありがとう。この先、一緒に旅をするなら、いくらでもそんな機会はあるわ」
 実際はあまり有り難くなかったが、とりあえずエリアは礼を言った。異性を意識されるのは好きではなかったが、綺麗と言われて喜んだり謙遜するのは礼儀の一つだ。
 エリアの言葉に、意外にもノルキーは何も言わなかった。代わりにこんな質問をしてくる。
「エリアは僕たちのことをどう思う? これから一緒にやっていけそう?」
 無邪気な笑みを浮かべているが、エリアは試されているように感じた。
「まだ会ったばかりでよくわからないわ。でも、第一印象が悪かったら、誘いには乗ってない」
「じゃあ、今の時点ではいいイメージを持ってるんだね? 良かった。バラシスもルゥーライもいい人だし、母さんはともかく、このチームは居心地がいいよ」
「ノルキーは冒険が好きなの? 冒険者を辞めたいと思ったことはある?」
 エリアは話を変えるようにそう尋ねた。カレントに頼まれていたし、自分でも興味があった。年齢的には一番近いノルキーの話も、きっと自分の参考になるだろう。
「僕は冒険が好きだよ。辞めたいと思ったことは何度もあるけど、また少しすると冒険したくなるんだ。夢と浪漫が詰まってると思わない? 今度の神殿も、何もないかもしれないけど、ものすごい宝があるかもしれない。母さんは現実的だから、そういうのがわからないんだ。エリアはどう思う?」
 そう言ってエリアを見つめる瞳には、一点曇りもなかった。ただ好奇心だけが詰まっている。
「すごい宝が見つかったら、とても素敵ね」
 その光景を想像して、エリアはそう答えた。まだその喜びはよくわからないが、古い寂れた神殿から、宝石がざくざく出てきたら、それは確かに胸が躍る。
 エリアがにっこり笑うと、ノルキーが頬を赤らめて俯いた。可愛いところもあるのだと思い、エリアは今まで不信の眼差しで見てきたことを反省した。
 そうして時を過ごし、いよいよ迎えた旅立ちの日は、雲一つない快晴だった。メンバーとも心が通い合った気がするし、2日の間を置いたことをあまり良く思っていなかったバラシスも、エリアがメンバーと交流しているのを見て満足げな表情だった。
 エリアは久しぶりに明るい気分になっていた。しかし、そんな晴れやかな気分が、門をくぐった瞬間に消し飛んだ。
「ほう、エリア・ミザルフ。仲間ができたんだ。よかったな」
 振り返ると、いつかの衛兵が皮肉めいた笑みを浮かべてエリアを見ていた。明らかに相手をバカにした口調に、バラシスやノルキーも表情を険しくする。
「私はこの街に、仲間を探しに来たって言ったでしょ?」
「じゃあもう用済みだな。戻って来なくていいぞ」
 そう言って、衛兵は厭らしい笑い方をした。そして事情を知らない他の衛兵に、面白可笑しく、あること無いこと説明し始める。エリアの言葉など聞く気はないらしい。
「行こう。この国の人は、魔術師が嫌いなのよ」
 エリアは努めて冷静に振る舞って見せたが、爪が食い込むほど固く拳を握っていたことに、後から気が付いた。
 ただ、初めてのこの冒険が、無事に終わって欲しい。
 決してそうならないことがわかっているかのように、エリアはそうなることを一心に願った。

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