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五宝剣物語

3−3

 ガシャンと大きな音を立てて閉じられた鉄格子に、リスターは大袈裟にしがみついて見せた。
「なんでだ! 魔法なんて知らない! 魔力がなんだって言うんだ!? 俺は魔法使いじゃない! 開けてくれ!」
 鍵をかけ、奥へ歩いていこうとする看守に向かって無様に叫んで見せた。
 けれど看守は、まるで家畜を見るような目で彼を一瞥すると、そのまま何も言わずに奥へ消えていった。
 リスターはしばらく失意のどん底に叩き落されたように膝をついて震えていたが、やがて看守の足音が完全に聞こえなくなると顔を上げて息を吐いた。
「ふぅ。芝居も疲れるな」
 彼は今、ライザレス城の地下牢に入れられていた。
 アルボイには大掛かりな牢や監視体制が整っていないために、2日間かけて運ばれてきたのだ。
 その間、リスターはあくまで自分が魔法使いではないと主張し続けた。その方が安全だと判断したからだ。
 事実、彼の言葉は信じてはもらえなかったが、身体に危害は加えられなかったし、特別な拘束もされずに済んだ。
 もしも魔法などを使って反抗していたら、70年前に王国に囚われたセフィンの二の舞になっていただろう。
 もっとも、本気で魔法を使ったら、その場にいた兵士のすべてを、一瞬で消し炭にする自信があったが。
 彼がそうせずに、敢えて城に運ばれてきたのには2つの理由があった。
 一息吐いてから、入れられた牢をぐるっと見渡すと、早速その1つ目と思しき人物を発見した。
「グネスか?」
 リスターの入れられた牢には2人の先客がいた。
 一人はがっしりとした体躯だが背の低い青年で、歳はリスターよりも少し若いくらいだ。
 もう一人はまだ年端もいかない少年だった。10歳くらいだろうか。今は疲れ切ったように眠っている。
 リスターの声に、青年は驚いたような顔をした。
「僕を知っているのか?」
 案の定、彼がウェリーの恋人の青年だった。ということは、隣の少年も魔力を検知されて、王国に狩られた犠牲者なのだろう。
 リスターは深く頷いてから、ウェリーのことを話した。
 グネスは大袈裟とも思える素振りで頭を抱えた。
「なんてことだ。何故僕が……。平和に暮らしていたのに……ウェリーにも迷惑をかけてしまって……」
 彼は石作りの床に膝をついたまま懺悔した。
 その様子に魔法使いの青年は、「思ったより元気そうだ」と、やや場違いな感想を抱いた。隣の少年の方がよほど囚人らしい。
「その子は?」
 リスターが尋ねると、グネスは憐れむような目で少年を見下ろした。
「キーケッドっていうらしい。僕と同じで、魔力だけあって魔法が使えるわけじゃないそうだ」
「偉そうな名前だな」
 リスターが屈託なく笑うと、グネスはそれにつられるように笑みを零した。
「もう後10年も経てば似合うようになるだろうよ」
「それもそうか」
 納得したようにリスターは頷いた。
「それで、あなたは? さっき見ていた感じだと、僕らと一緒のように見えたけど……」
 グネスに尋ねられて、リスターはちらりと奥を見た。
 そして人の気配がないことを確認してから答える。
「俺はリスター。正真正銘の魔法使いだ。ウェリーに依頼されて、あんたを助けに来た」
「そ、そうなのか……」
 グネスは複雑な顔で呟いた。
 つい3日前まで、彼は他の人々同様、魔法使いを悪だと教わって育っていた。それが突然、自分がその「悪」なのだと知らされて、魔法使いという人種に対してどう接すればよいのか解りかねているのだ。
 リスターは大股で彼らの方へ歩くと、そのまま敷かれていた薄っぺらい布団に、転がるようにして腰を下ろした。
「まあそんな顔をするな。俺が来たからには、少なくとも命は大丈夫だ。もっとも、その後のことは知らんがな」
「その後?」
 グネスは怪訝そうに尋ねた。
「もちろん、無事にここを出た後の話だ。もう前までのようにアルボイで住むことはできまい」
 まるで大してことではないような軽い口調でリスターは答えた。
 彼の役目は、グネスを無事にウェリーの許へ帰すことだけだ。彼が魔法使いでなくなるわけでもなければ、反逆者であることに変わりもない。
 グネスにせよウェリーにせよ、これまでの人生が根本的に覆るような決断を下さねばならなくなるだろう。
 グネスはしばらく思案げに腕を組んでうんうん唸っていたが、やがてはっと顔を上げて魔法使いの青年を見た。
「そういえば、肝心なことを忘れていた。あなたはここから出られるのか? 魔法使い用の牢なんだろう? ここは」
「リスターでいい」
 堅苦しい呼ばれ方が苦手だったので、早口にそう言ってから、彼は呑気に壁にもたれて腕を組んだ。
「物を破壊するだけが魔法じゃないからな。開錠はできないが、地面に穴を掘って向こう側に抜けることくらいなら可能だ」
 魔法についてまるで知識のない農家の青年は、ひどく驚いた顔で声を上げた。
「それはすごい!」
「おいおい、あまり大きな声を出すなよ」
 諌めるように言いながらも、内心悪い気はしていなかった。
 グネスは何度か牢とリスターを交互に見てから、小さく口を開いた。
「僕にも、できるのか?」
 魔法を使えるのか、ということらしい。
「魔力を持っているだけで魔法使いだと言われて、こうして牢に入れられるのなら、いっそ魔法が使いたい。もし僕にも使えるのなら、何か一つでいい。僕自身やウェリーを守れるような魔法を教えて欲しい!」
 真摯な瞳で見つめる青年を、リスターは睨みつけるようにして見た。
 教えることは可能だ。一番簡単な風を起こす魔法くらいなら、1日もあれば使えるようになるだろう。
 だが、今の彼は魔法の良いところしか見えていない。単に便利だというだけで、その危険をわかっていない。
 また、性格的にも魔法に不向きだろう。恐らくグネスは、魔法を一つ覚えるだけでは飽き足らず、そのままどんどん魔法の魅力に溺れていくはずだ。
 他の多くの魔法使いがそうであるように。
 一人一人のそんな魔法への好奇心が、80年前の悲劇を生んだのだ。
 リスターは深く目を閉じて首を振った。
「ど、どうして!? 無理なのか?」
 リスターはどう言ったものが考えあぐねたが、無難な選択肢を選ぶことにした。
「お前にはウェリーの将来の夫として、ただの農夫の方が似合っている。彼女も、お前に特別な能力なんか持って欲しくないだろうよ」
 本当かどうかはわからないが、あの一介の農家の娘が、自分の夫に魔法使いなど望んでいるとは思えない。
「でももう特別にされてしまった……。今さら遅い」
 グネスは悔しそうに唇をかんだ。自分の生を呪っているようには見えないので、恐らく王国を恨んでいるのだろう。
 リスターとしても王国のやり方は好きではないので、その点については放っておいた。
 とりあえず今は、彼が魔法への好奇心を捨ててくれさえすればそれでいい。
「誰がなんと言おうが、お前は魔法使いじゃない。だからウェリーも安心できる。彼女だけはお前を信じている。一時の感情や欲望で、本当に大切な関係を壊してしまうなよ」
 グネスは決して世界を動かすような人間ではないが、ウェリーへの愛だけは本物だ。だから、彼女の名前を出すのが、彼には一番の薬になるだろう。
 案の定、グネスはしばしの逡巡の後、納得したように頷いた。
「わかった。無理言ってすまない」
「いや。ウェリーを守ってやりたいという思いは立派だと思うぞ。その気持ちを大切にな」
 身体がむず痒くなるような心地がしたが、こういう時は歯の浮くような台詞の方が効果的だろう。
 リスターが口元が引き攣りそうになるのを堪えながらそう言うと、グネスは恥ずかしそうに頭を掻いた。
 良くも悪くも単純な男だ。
「さてと。とりあえず夜まで休ませてもらうぞ」
 不意に明るい声でリスターが言うと、グネスが怪訝そうな顔になった。
「夜? 今すぐではいけないのか?」
 リスターはごろりと横になりながら答えた。
「もう一つしたいことがある。まあ、お前たちには迷惑かけんから、そう心配するな」
 そう言うなり、リスターは日頃の旅の習慣からか、すぐに小さな寝息を立て始めた。
 グネスは青年の「したいこと」が気になったが、ひとまず絶望の境地から希望が垣間見えた現状に満足することにした。

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