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五宝剣物語

3−7

「さて、リスター」
 油断なく剣を構えたまま、ニィエルは視界の端で壁から起き上がった青年に語りかけた。
「魔法使いにはこういうのもいる。これに関してはどうする?」
 王子の言葉に、リスターは自らの怪我を治しながら答えた。
「あの男の魔力はそれほど高くない。にも関わらずこれだけの被害が出たのは武器のせいです。そしてあの剣を作ったのは、王国だ」
 リスターが言葉を言い終わった瞬間、ジレアスが剣を振り下ろした。青い光のようなものをまとった風が、一直線にニィエルを襲う。
 彼はそれを避けると、一気にジレアスとの間を詰めた。素早い動きだ。
 けれど、ジレアスがもう一撃放つ方が早かった。
「ちっ!」
 舌打ちをして飛び退いたニィエルのすぐ脇を風が擦り抜け、壁を削った。
 ジレアスはカッと目を見開くと、雄叫びのような声を上げながらがむしゃらに剣を振り回した。
「な、なんて奴だ!」
 ニィエルは慌ててリスターのいる場所へ走る。
 長身の青年はユアリとジレアスをかくまうようにして立つと、魔法の障壁を張り巡らせた。
「くそぅ。これじゃあまったく近付けない」
 悔しそうに爪を噛んだ青年の後ろで、王子が声を張り上げた。
「リスター! あれは『青宝剣』かっ!?」
 一般的に有名なものではないのだが、さすがに王子という立場の人間だ。聞いたことくらいはあるらしい。
「そうです。魔法使いを倒すために70年前に作られた剣ですが、諸刃の刃でしたね」
「まったくだ。先祖も余計なものを作ってくれた」
 もちろん、そう愚痴を言いながらも、作らなければ魔法使いに滅ぼされていたのはニィエルも知っていた。
 リスターは崩れて落ちてきた天井に気弾を放ってその進路を逸らすと、笑いながら彼に言った。
「王子。どこまで本気かはわかりませんが、その気持ちを覚えておいてください」
「どういうことだ?」
 怪訝そうに聞き返したニィエルに、リスターは背中を向けたまま低い声で答えた。
「俺たち魔法使いも、その大半が先祖に対して余計なことをしてくれたと思っています。まったく会ったこともない先祖のした責任を、俺たちが取らなければならないなんて滑稽でしょう」
 ニィエルは何も言わなかったが、頷いたのが気配でわかった。
「リスター。奴が力尽きるのと、君が力尽きるのと、どっちが先だ?」
 不意に王子が声を上げて、リスターは考えた。
 剣から迸る魔法はさほど強いものではない。だが、この障壁を張り続けるのは楽ではない。
 ジレアスの体力がどれくらいかはわからないが、このままでは先に力尽きるのはリスターだろう。
「誰か援護でも入らない限りきついですね」
「そうか……」
 呟いた王子をちらりと振り返り、リスターはすっと先程曲がった角を指差した。
「王子。俺がここで持ちこたえる間に、ユアリを連れてあの角まで逃げてください」
「どうする気だ? まさか私たちのために犠牲になる気か?」
 大真面目にそう言った王子に、リスターは思わず声を上げて笑った。
「守る人間がいなければ障壁を張り続ける必要がなくなるってことです。そいつをそのままにして死ぬわけにはいきません」
 ユアリは無事に帰すと幼なじみに約束した。今リスターがいなければ、つまり魔法を使わなければ少女は助からない。
「わかった。あの男のことは任せよう」
 言うが早いか、ニィエルはユアリを抱き上げて走った。
 リスターは彼が角を曲がるのを見届けてから、ジレアスに怒鳴りつけた。
「お前は何が目的でこんなことをしている!?」
 破壊音が鳴り響いていたが、彼の声が聞こえたのだろう。
 ジレアスは剣を振るのをやめてリスターを見た。思った以上にタフなようで、息一つ切らしていない。
「アルボイのことは知っているでしょう」
 黒髪の男は歳に似合わない明るい声で言った。
 いや、歳だけではなく、行動とすら合っていない。
 リスターは逆に21とは思えない厳格な声で返した。
「知っているが、お前はそれを理由にしているだけだろう。大義名分を得たつもりかも知れないが、結局していることは王国の魔法使い狩りと同じだ」
「なに?」
 憎むべき王国と同じと言われて、男の目がスッと細まった。
 リスターは悠然と睨み返した。
「そうやって剣を集めて、私欲の為に罪もない人間を殺すのは、魔法使いだからと言うだけの理由で虐殺を繰り返す王国と同じだろうが」
「黙れ!」
 プライドを傷付けられたのか、ジレアスが声を荒げた。
「やられたらやり返す! 何がいけない!」
「そういうことをしているから、いつまで経っても変わらないんだ」
 リスターは風を起こして砂埃を巻き上げた。
 実のところ、攻撃魔法はあまり得意ではない。リスターの専門は、あくまで生活的なものなのだ。
 相手の視界を奪うと、リスターは剣を抜いて天井付近まで飛び上がった。
 ジレアスは闇雲に剣を振っているようだが、魔法はすべてリスターの下を飛んでいる。
 砂埃の向こう側に男の姿を認めると、彼は気弾を放った。対したダメージを与えられるものではないが、ほとんど魔力を消費せずに、しかも素早く使うことができる。
「上かっ!?」
 ジレアスはリスターに気が付いたようだったが、気弾が彼を直撃するのが先だった。
 いや、それは彼に当たらなかった。ジレアスは振り下ろした状態の剣を器用に切り上げて見せたのだ。
 迸った魔法がリスターの気弾を飲み込み、そのまま彼に襲いかかる。
「何っ!?」
 リスターは慌てて回避を試みたが、元々飛行は得意ではない。一撃目は避けられたが、連続して襲いかかってきた風に屈して、敢え無く地面に落ちた。
「くそっ!」
 瓦礫に埋もれた床に片膝をつく。ふと顔を上げると、すぐそこにジレアスの顔があった。
 左肩をやられたようだったが、治療している余裕はない。
 いや、治療などより先にすることがあったのだ。
「死ねっ!」
 落ちた場所が良かったとしか言いようがない。ジレアスはすでにリスターの剣の間合いに入っている。
 だが、それは向こうから見ても同じだった。
 立ち上がりながら剣を振るうリスター。
 一瞬、それよりも早く『青宝剣』が彼を襲う。
「僕の勝ちだね、王国の魔法使い君!」
 リスターとしては心外な台詞だったが、内容は正しかった。
(ダメかっ!)
 もはや捨て身の覚悟で彼は剣を薙いだ。
 確かな手ごたえの後、苦しそうな呻き声が漏れ、ジレアスの身体がゆっくりと崩れ落ちる。
 リスターは無事だった。
「これは!?」
 倒れたジレアスの足首に、小さなナイフが刺さっていた。包丁よりもずっと小さいものだ。
 どうやらこれのせいで、ジレアスはリスターより優位にあった「一瞬」を手放すことになったらしい。
「王子か?」
 ちらりと背後を振り返ると、慌てたように立ち尽くすニィエルと、膝立ちになっている青髪の少女が目に入った。
「ユアリ!」
 動けるはずのない傷だった。
 リスターが駆け寄ると、ユアリは顔中を汗で濡らして、震えながら小さく笑った。
「ざ、ざまぁ……みろ……」
「ユアリ……」
 リスターが安堵の溜め息を吐くと、気丈な弓使いの少女は今度こそ意識を手放した。
「大した娘だ」
 呆れたように呟いたニィエルに、リスターは苦笑で返した。
 そっと治療の魔法をかけ始めると、少女は安らいだ微笑を浮かべた。

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