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Prisoners
孤児の少女ユウナは、スラムの古びた教会で子供たちと暮らしていた。ユウナは大陸でも数少ない魔法使いの一人で、日々の糧もスリと魔法によって得ていた。
そんなある日、突然城からやってきた魔法使いに捕まり、「魔法使い養成施設」に叩き込まれる。そこは魔法使いたちの檻であり、実際には魔法使いの暗殺者を育成する施設だった。
一緒に暮らしていた子供たちを人質に取られ、ユウナは渋々暗殺者としての道を踏み出すことになる。

ユウナ : 孤児の少女。魔法使いであることが知られ、無理矢理城で暗殺者として育てられる。
タンズィ : ユウナを捕えた城の魔法使い。残忍な性格をしており、魔法使いたちを脅かしている。
ノーシュ : ユウナより先に施設にいた青年。感情がなく、タンズィに従順に仕えている。
サレイナ : 心優しい少女。その優しさのために人を殺せず、悲しい思いばかりしている。

11

 街に入った三人は、イルエグルとともに派遣されている諜報員たちのアジトヘ向かった。アジトと言っても、外観は普通の家である。
 出迎えたのは五人の男たちで、タンズィが言っていた通り、彼らはユウナたちが来ることをすでに知っていた。
 三人は旅の疲れを取るのと、実際の城の様子を調査するための期間として二日の自由時間を与えられた。彼らは表向きはイルエグルを交えて作戦を練り、タンズィの計画に従っているよう見せかけていたが、裏では密かに違う調査を進めていた。
 それは、ブラウレスの諜報員の正確な数である。二日間それを調べた結果、どうやらここには五人の他にはいないことが判明した。
 いよいよ城に潜入する日の夕方、ユウナはサレイナと二人で街を歩いていた。ノーシュは自らの計画をより完璧なものにするために、一人で作戦を練り上げたいと言って部屋にこもっている。
 本当かどうかはわからない。いずれにせよ、ノーシュがそう言ってくれたおかげで、ユウナはこうしてサレイナと二人きりになることができた。もちろん、イルエグルには「調査」と言ってある。
「今夜で最後になるかも知れないのよね……」
 しんみりとサレイナが言って、ユウナの手を握る手に力がこもる。ノーシュの計画では、戦いは今日ではない。けれど、計画はうまく行かない可能性もあるし、最悪の場合はタンズィの計画を遂行することになる可能性もあった。
 どちらの計画を実行するにしろ、危険なことに変わりない。
「怖い?」
 ユウナが聞くと、サレイナは寂しそうに目を伏せてから、小さな声で答えた。
「それは、怖いわ……。ユウナは、怖くないの?」
「私も、怖いわ」
 ユウナはそう言って、にっこり笑った。
 街は今日も活気付いている。恐らく今夜、家族の待つ家に帰り、語らい、そして明日のために眠る人々。そんな、彼らにとって何事もない夜に、こうして命をなくすかもしれない戦いに臨む自分。
「いっそこのまま二人で逃げようか。追手も来ないような、ブラウレスなんていう国があることすら知らない、遠い遠い街に……」
 ユウナは冗談で言ったのだが、それを聞いたサレイナは真顔で少女を見つめた。
「ユウナ、私……」
「冗談よ」
 きっぱりとユウナは言った。逃げ出せるはずがないのだ。
 人質だっている。今逃げれば、ノーシュの命も危ない。そう言ったすべてを捨てて逃げ出せるほど、ユウナは情の薄い人間ではなかった。
 ふと、二人の目に女性用の装飾品を扱う露店が目に入った。何気なく眺めていると、そこにシンプルな指輪が二つあり、サレイナが目を輝かせた。
「あれ、可愛いね」
 ユウナもそれを可愛いと思った。けれど、二人は金を持っていなかったので、それを買うことはできない。
 ユウナは一度キョロキョロと辺りを見回してから、サレイナに「ちょっと待ってて」と行って走り出した。簡単に盗ることができそうな金入れを発見したのである。
 投擲用の小型ナイフを手に取ると、ユウナはいとも簡単にそれを懐に収めた。3年もそうして生きてきたのだ。半年くらいやっていなくても腕前は変わらなかったし、むしろ暗殺者として鍛えられたことで手つきはより鮮やかになっていた。
「へへ。ほら、サレイナ。これで買えるよ」
 お金を見せると、サレイナは明るく微笑んだ。指輪が買えることもそうだったが、スリを働く「昔のユウナ」を見られたのが嬉しかったのだ。
 ユウナは指輪を二つ買うと、サレイナとお揃いで填めた。
「ありがとう、ユウナ。これ、私の宝物にするね」
「うん。今日、紛れもなく二人でここにいた証。私を置いて死なないでね」
「ユウナも……。二人で帰ろう。それが叶わなかったら、一緒に死のう」
 ユウナは頷いて、指輪を填めた手でしっかりサレイナと握手した。
 いつの間にか日は沈み、アルブランスの空に星が輝いていた。

 月明かりの眩しい夜だった。潜入にはふさわしくない快晴で、イルエグルは顔をしかめて日を改めることを進言したが、ノーシュがそれを突っぱねた。
 こういう夜だからこそ敵の警戒も薄くなるというのが彼の言い分だったが、もちろん、嘘である。基本的にはアルブランスと戦うつもりのない三人には、天気などどうでも良かったのだ。
 黒装束を身にまとい、城壁の下で一度二人の少女を見て、ノーシュはかすれるほど小さな声で言った。
「最終確認だ。絶対に三人離れないこと。チャンスはこれで最後だと思わず、状況に応じて第二案に移ることも、タンズィに従うことも辞さない。いいな?」
 二人は息を飲んで頷いた。
 彼の言う第二案とは、万が一計画通りに行かず、また暗殺も無理だと判断した場合は、逃げるというものだった。ただ逃げるだけではない。そのままブラウレスに帰り、自分たちのいない、手薄なブラウレスに侵入、人質を解放するというものである。
 もちろん、それはあまりにも危険が伴うし、じっくり練られた策でもなかった。あくまで第二案でしかない。
 ノーシュは“浮遊”の魔法で壁に張り付くようにして城壁を登ると、慎重に中の様子を窺った。そして誰もいないことを確認すると二人を手招きして中に入る。
 三人が降り立ったのは、城の裏手だった。城までは20メートルほどあり、今いる場所には木々があって身を隠せたが、城の壁まで行くにはどうしても姿をさらけ出す必要があった。
「人が来てくれた方が楽なんだが……」
 壁まで行ってもドアがあるわけではない。侵入するにはドアを探すかさらに登る他になかったが、見つかって騒がれたら事だ。
 判断を迷っていると、向こうから小さな足音が聞こえてきた。もちろん、魔法で五感を強化していなければ聞こえないほどかすかなものだったが、三人には十分だった。
 足音は二つ。息を押し殺して見ていると、城の壁沿いに二人の兵士が歩いてきた。
「あれを使おう」
 ノーシュの囁きに、ユウナは大きく頷いた。そして、彼らが行き過ぎたのを見計らって、音を立てずに飛び出し、彼らを後ろから引っつかんだ。
「なっ!」
 兵士の一人が声を出しかけたので、ノーシュはその喉元にグッとダガーを押し付け、押し殺した声で言った。
「騒ぐな。俺たちはお前らと戦う気はない」
 兵士が二度頷いたので、ノーシュはダガーを降ろして兵士と向き合った。もちろん、ダガーは抜き身のままで、いつでも使えるようになっている。
 兵士は怯えた表情で侵入してきた暗殺者を見ていた。相手は自分よりも幼い、まだ子供と言っていいような年齢だったが、とても自分たちの歯が立つ相手ではないと悟ったのだ。
 ノーシュは油断なく構えたまま言った。
「俺たちは話し合いに来た。上の人間と話がしたい。お前たちの指揮官のいる場所を教えろ」
 三人は兵士から、アルブランスの騎士であるエドリスという男の居場所を知ると、彼らを木々の方に連れて行って魔法で眠らせた。
「できれば魔法は使いたくないな」
 疲れた顔でノーシュが言って、“浮遊”を使って城に潜入する。城の4階に当たる場所から城内に侵入したのだが、城内の警備は外のそれより遥かに強固だった。
「何者だ!」
 いきなり背後から大声でそう言われ、ユウナは慌てて振り返った。同時に、それ以上騒がれないよう走り出し、叫んだ兵士の意識をなくさせる。
 けれど、もはや遅かった。三つとも四つともわからない足音が、「侵入者だ」という声とともに近付いてくる。
 サレイナが蒼ざめてノーシュを見た。
「どうするの?」
「計画通りにやるさ。二人とも、殺しも殺されもするなよ」
 現れた兵士に向かって、ノーシュは叫んだ。
「俺たちは話し合いに来たんだ! 戦う気はない!」
「黙れ!」
 兵士の一人が一気に間合いを詰めて剣を振り下ろす。サレイナはそれを避けると、強力な回し蹴りを放った。元々体術は得意だし、殺さないで済むのはむしろ助かった。
 兵士は壁に叩き付けられたが、すぐに身を起こして突進してくる。
 三人はそれを刃物を使わずに対処しながら、ただひたすら話し合いたい旨を叫び続けた。
 何箇所か怪我を負いながら、50人目の兵士を撃退した時、奥からまた新しい一団とともに、黄色の甲冑を着けた位の高そうな男が現れた。ノーシュが鋭い目で男を見据える。
「あんたは話がわかりそうだな。俺たちは話し合いに来たんだ。エドリスという人間に会いたい」
「エドリスは俺だ」
 男は剣を抜き、油断なく構えてそう言った。
「俺に何の用だ? この状況でお前らを信用しろというのはいささか無理があるとは思わんか?」
 エドリスと向かい合う三人の背後で、一人が目を覚まして斬りかかってきた。ユウナはそれを俊敏な動作で躱すと、その胸に蹴りを放つ。男は壁にぶち当たって息を詰まらせた。
「私たちは一人も殺しちゃいないわ。それに、話し合いに応じてくれるなら武器だって捨てる」
「あんたに用があるわけじゃない。ただ、あんたなら話がわかると思ったから探していただけさ。それとも、あんたもこいつらと同じで、侵入者を見たら斬りかかるしか能がない男か?」
 ノーシュはそう言って、真っ直ぐエドリスを睨み付けた。エドリスの眼光は獣すら恐れをなして逃げそうなほど鋭く、実際に周りにいた兵士たちは息苦しそうに唇を引き結んでいたが、ノーシュはむしろ余裕の表情でそれを見返していた。
 しばらく緊迫する空気の中で睨み合っていたが、やがてエドリスが剣を収めて長く息を吐いた。
「わかった。ならば、武器を捨てて縛られてくれ。話はまず俺が聞こう。命は俺の名誉にかけて保証する」
 サレイナが不安げにユウナを見た。ユウナは「大丈夫よ」と小さく微笑んでから、腰に帯びた小剣を抜いて、それを床に放り投げる。
 サレイナとノーシュも同じようにしてから、床の上に座った。
「よし、こいつらを縛り上げろ。それから俺の部屋に連れて来い」
 エドリスはそう言うと踵を返して歩き始めた。
 両腕を束縛されながら、ノーシュはユウナを見てニヤリと笑った。
「とりあえず、計画の第一歩は成功したな」
「そうね。エドリスが話のわかる人でよかったわ」
 三人は兵士たちに立たされ、背中を押されるようにしてエドリスの部屋に連れて行かれた。

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