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Prisoners
孤児の少女ユウナは、スラムの古びた教会で子供たちと暮らしていた。ユウナは大陸でも数少ない魔法使いの一人で、日々の糧もスリと魔法によって得ていた。
そんなある日、突然城からやってきた魔法使いに捕まり、「魔法使い養成施設」に叩き込まれる。そこは魔法使いたちの檻であり、実際には魔法使いの暗殺者を育成する施設だった。
一緒に暮らしていた子供たちを人質に取られ、ユウナは渋々暗殺者としての道を踏み出すことになる。

ユウナ : 孤児の少女。魔法使いであることが知られ、無理矢理城で暗殺者として育てられる。
タンズィ : ユウナを捕えた城の魔法使い。残忍な性格をしており、魔法使いたちを脅かしている。
ノーシュ : ユウナより先に施設にいた青年。感情がなく、タンズィに従順に仕えている。
サレイナ : 心優しい少女。その優しさのために人を殺せず、悲しい思いばかりしている。

 翌日、朝食の後、ユウナは同室者とともに鉄格子の外に出され、小さな庭に集められた。庭というのは魔法使い養成施設の中であり、養成施設は城壁の中にありながら、さらに背の低い壁に四方を取り囲まれていた。
 ユウナは集まった魔法使いの数に驚いた。30人ほどいたのだ。
「結構多いのね。魔法使いは稀少だって聞いていたけど」
 小声で尋ねた相手はノーシュだった。結局のところ、ユウナは情報を集めるだけなら、感情を持たない人間が相手の方が話しやすいことを悟ったのだ。
 案の定ノーシュは、何も言いにくそうにすることなく、淡々とユウナに回答を与えた。
「ブラウレス中の魔法使いが全部でこれだけしかいないなら、確かに少数だろう。それに、他国から連れてこられた奴もいるしな」
「なるほどね」
 ユウナはそれ以上聞かなかった。やがて彼らの前に顎鬚の男が現れて、ごほんと咳払いした。昨日ユウナを連れてきたタンズィだ。
 タンズィの両脇にはさらに二人のローブの男がおり、鋭い目付きで魔法使いたちを睨み付けていた。その冷酷な瞳にはほとんど感情が宿っておらず、聡明なユウナはその目を見ただけで自分たちの出世先を理解した。
 無事に生き残り、タンズィに認められる優秀な魔法使いになったら、ああして正式な国の兵士として使われるのだ。もちろん、そうなればある程度自由な暮らしができるだろう。つまり生きることに希望を見出すなら、それを目指すしかないということである。
 もちろん、それがわかることと、理性的に振る舞うのは別問題だった。
 タンズィが口を開くより先に、ユウナは一歩前に出て大きな声で怒鳴り付けた。
「タンズィ! 子供たちはどこ!? 私をみんなのところに帰して!」
 アイバールを始めとした、優秀でない魔法使いたちが驚いたようにユウナを見た。タンズィに歯向かうなど、彼らには考えられないことだったのだ。
 ユウナもすぐにそれを理解することになった。
「それはできないな。お前はこれから国のために……」
 言い終わる前に、ユウナは毅然として言い放った。
「私、嫌よ。痛め付けられたって、あんたたちのためには働かないわ!」
 タンズィは露骨に顔をしかめた。ユウナの言っている内容にではなく、話を遮られたことが気に障ったのだ。
 タンズィは真っ直ぐユウナの許に歩み寄ると、素早くその肩をつかんで“沈黙”の魔法をかけた。
「人の話は最後まで聞くことだな」
 ユウナはキッと睨み付けると、一歩前に出てタンズィの胴に触れた。そして昨日試みた“催眠”の魔法をかける。すぐに疲労が押し寄せてきたが、まるで命を削るようにして魔法を使った。
 ユウナの魔法は強力だった。タンズィは抵抗するのにかなりの力を使い、鬼のような形相になるとユウナの肩をグッとつかんで低い声で言った。
「死ぬなよ」
 刹那、身体中にまるで雷に打たれたような痺れが走った。
 ユウナの身体はビクンと跳ね、折れるほど背を仰け反らせて、大きく開かれた目からは涙がこぼれた。口からは沫だらけの唾液が頬を伝い、身体は小刻みに震えている。
 ユウナは絶叫したが、“沈黙”のために声にならなかった。
 どさりと地面に落ちると、異常な量の汗が身体中から噴き出し、心臓は破裂するほど早く打って、ユウナは全身を震わせたまま呻いた。
 魔法使いたちは小さな悲鳴を上げて目を背け、スーミなどの小さな女の子の中には泣き出す者もいた。実際、タンズィのこの攻撃で死んだ魔法使いもいたのだ。
 さしものタンズィも疲れたようで、しばらく膝に手をついて肩で息をしていた。自分が使役する魔法使いの前でこういう姿を見せるのは、彼にとっては屈辱以外の何ものでもなかったが、これはユウナに対する罰で取り戻そうと決意した。
「あのガキどもなら無事だ。いつまで無事かは知らないがな。ここでの生活でのことは同室の連中に聞け。ノーシュ、お前が教えろ」
 タンズィに言われて、ノーシュは無言で頷いた。
 タンズィはノーシュに頷き返すと、力なく倒れているユウナの髪をつかみ、そのまま頭を自分の顔の高さまで引っ張り上げた。
「お前はここが初めてだからな。後でノーシュに場所を聞いて特別室に来い。そこでガキにも会わせてやる」
 にやりと笑ったタンズィの表情を、ユウナは見ていなかった。それに、タンズィがそう言った時の、魔法使いたちの悲痛な表情も。
 その方が幸せだったのかも知れない。ユウナは全身の痛みを堪えながら、子供たちに会える喜びに浸っていた。

 ユウナの身体は、タンズィの命令でノーシュが治癒した。ユウナは自分で“治癒”を使えないほど衰弱していたのだ。
 特別室に向かいながら、ユウナはそれがどんな部屋であるか尋ねた。
 ノーシュは振り向くことなく、そっけない返事をした。
「行けばわかる。そして、もう二度と行きたくないと思うだろう」
 ユウナは表情を曇らせた。
「拷問部屋?」
 自分で言って、「拷問」という言葉の響きに身体を震わせる。ユウナは魔法は使えても、ただの女の子だ。身体だって強くないし、痛みにも慣れていない。
 ノーシュはちらりとユウナを見たが、何も答えなかった。
 暗い表情で部屋の前まで来ると、不意にノーシュがユウナの名を呼んでから、一本のロープを取り出した。
「手を縛れという命令だ。逆らうのは勝手だが、痛い思いをしたくなければ素直に従うんだな。結果は同じだ」
 ユウナは先程の魔法を思い出して、思わず泣きそうになった。あんなに痛くて苦しい思いをしたのは、生まれて初めてだった。
 唇をかんで両手を出すと、ノーシュは手の平を空に向けさせて、胸の前で両腕を縛った。それから特別室のドアを開けるとユウナの背中を押し、無言でドアを閉める。
 がらんとした部屋の中には、やや奥寄りに一本の太い柱があるだけで、他には何もなかった。そして今、その柱には一人の少年が縛り付けられていた。
「ランドス!」
 それは、ユウナの仲間の一人だった。ディオルより少し年上で、いつも明るく、孤児院時代もよく遊んだ親友である。
 ランドスは柱に括り付けられ、絶望的な表情をしていたが、ユウナを見てパッと顔を明るくした。そして口をぱくぱくさせたが、言葉は出なかった。すでに“沈黙”をかけられていたのだ。
 ユウナは思わずランドスの許に走り寄った。手の自由が利かないので、顔を彼の肩に埋めてにっこりと笑う。
「よかった。無事で本当によかった」
 不意に、ユウナは第三者の気配を感じて身体を放した。もちろん、タンズィである。
 タンズィは壁にもたれていたが、ユウナに睨み付けられて一歩前に出た。
「さっきも言った通り、他のガキどもも全員無事だ。今は城で保護している」
「城で?」
 ユウナは意外な気がして、思わず聞き返した。
 タンズィは残忍な笑みで頷くと、「人質だ」と言った。
「お前は、どうして連中が俺に逆らわないか知ってるか? それはな、全員親族や仲間を、人質に取られているからだ」
 それは、ユウナが疑問に思っていたことだった。なぜノーシュや他の魔法使いたちは、タンズィにあんなにも従順なのか。
 もちろん、先程のように直接的な暴力も振るわれるのだろう。だが、それだけならば堪えられもするし、別に魔法を駆使すれば逃げることだって可能なはずだ。
 そうできないのは、人質を取られているからだ。あのノーシュでさえ、誰かを人質に取られているから、あんなにも素直に従うのだ。
 ユウナが見た目にわかるほど蒼ざめたせいか、タンズィが満足そうに頷いた。
「逆らえば人質の命はない。そして、人質が全員いなくなったら、最後は自分の番だと、連中は知っているんだ。それを、これからお前にも知ってもらおう」
 ユウナはかばうようにしてランドスの前に立った。そして震えながらも毅然として言い放つ。
「ラ、ランドスは殺させない!」
「お前に何ができるんだ?」
 嘲笑われて唇を噛んだ。ユウナは賢い子供だったから、すぐにどうするのが一番いいかを悟り、その場に膝をついて頭を下げる。
「わ、わかりました。もう、決して逆らいませんから、ランドスを助けてください……」
 屈辱のあまり、涙が止め処なく溢れてきた。それでも、ランドスを殺されないためにはこうするしかない。
 けれど、それは先ほどのタンズィの屈辱を拭うのには不十分だった。
「ダメだな」
 タンズィは冷酷にそう言うと、強引にユウナを立たせ、ランドスの方を向かせた。そして後ろからユウナの身体を押さえ付けると、無理矢理その手にナイフを握らせる。
 ランドスはナイフを見て怯え、じたばたともがいた。ユウナは手を開いてナイフを握らない努力をしたが、徒労に終わった。タンズィに押さえ付けられ、ナイフはしっかりとユウナの手に収まった。
「お前の、記念すべき初めての人殺しだな」
「や、やめて! お願い、やめて!」
 ユウナは絶叫した。必死にもがいたが、タンズィの身体はびくともしない。“強化”の魔法をかけているのだ。
 切っ先がランドスの心臓にあてがわれた。
「いいか? 胸を刺す時は、刃を肋骨に水平に入れるんだ」
 そんなことを妙に神妙に言いながら、タンズィは後ろから身体ごとユウナを押した。
 ユウナの手の平に、ずぶりと肉を裂く感触がし、ユウナはもがきながら泣き叫んだ。
「お願い! 何でも聞くから! 言うこと聞くから、こんなことしないで!」
 そう言う間にも、ユウナの持つナイフは、少しずつランドスの身体に埋まっていき、ランドスは涙をこぼしながら口を開けて天井を仰いだ。
 不意にナイフの先にあった抵抗がなくなり、刃が先程より緩やかに進んだ。
「今、肉を破ったんだ。これから心臓に達するぞ?」
 耳元で嬉しそうに教えるタンズィ。ユウナの手に、また違うものを突き破ろうとする感触が生まれた。
「いやあぁぁぁぁっ! もういやっ! 誰か、誰か来て! 誰か助けてぇぇぇぇっ!」
「神は無慈悲だな」
 哀願虚しく、タンズィに背中を押されて、ナイフがランドスの心臓を貫いた。
 その感触に、ユウナは頭が真っ白になり、そのまま気を失った。
 ナイフが引き抜かれると、ランドスの穴の空いた胴から血が噴き出し、それが彼の足元でうずくまるようにして倒れているユウナの髪や服を朱に染める。
「何度見ても、血の赤は綺麗だ」
 タンズィはもはや誰も聞いていない部屋でそう呟くと、静かにその場を後にした。

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