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Prisoners
孤児の少女ユウナは、スラムの古びた教会で子供たちと暮らしていた。ユウナは大陸でも数少ない魔法使いの一人で、日々の糧もスリと魔法によって得ていた。
そんなある日、突然城からやってきた魔法使いに捕まり、「魔法使い養成施設」に叩き込まれる。そこは魔法使いたちの檻であり、実際には魔法使いの暗殺者を育成する施設だった。
一緒に暮らしていた子供たちを人質に取られ、ユウナは渋々暗殺者としての道を踏み出すことになる。

ユウナ : 孤児の少女。魔法使いであることが知られ、無理矢理城で暗殺者として育てられる。
タンズィ : ユウナを捕えた城の魔法使い。残忍な性格をしており、魔法使いたちを脅かしている。
ノーシュ : ユウナより先に施設にいた青年。感情がなく、タンズィに従順に仕えている。
サレイナ : 心優しい少女。その優しさのために人を殺せず、悲しい思いばかりしている。

12

 計画の第二段階への移行も速やかに行われた。三人が計画の全貌を話すと、エドリスはこの壮大な話を自分一人の判断では対処できないと、王への謁見を願い出たのだ。
 こうして、王の間には重臣が集まり、異例の深夜会談が行われることになった。
 エドリスは国王ヨハゼフの前に跪き、それから縛り上げたままの三人を紹介した。もちろん、彼らの周りには兵士が抜き身の剣を持って立ち、万が一に備えている。
「ここにいる者たちは、ブラウレスの暗殺者です」
 エドリスの言葉に、周囲が緊迫したムードに包まれた。サレイナは怯えていたが、ノーシュとユウナは真っ直ぐ国王を見据えていた。命の保証があるわけではなかったが、今さらじたばたしたところでどうにもならない。
 ヨハゼフは興味深そうに三人を見回したが、ふとユウナを見て怪訝そうに首を傾げた。ユウナもまた、いきなり国王が自分を見て表情を変えたので、何事だろうと驚いた顔をする。
 エドリスはそんな二人のやりとりには気付かず、説明を続けた。
「しかし、この者たちは暗殺に来たのではなく、我が国にとって有益な情報を持ってきたのです。実際この者たちは、我が国の兵士に刃を向けられても、これに一切危害を加えようとはしませんでした。話の信憑性はともかくとして、話を聞く価値はあると考え、無理を言って至急の謁見を願った次第です」
 エドリスはそれだけ言うと、三人の後ろに下がった。
 ヨハゼフはしばらく細い目でユウナを見つめていたが、やがて見るからに最年長のノーシュに目をやり、低い声でゆっくりと言った。
「わかった。私が国王ヨハゼフだ。望み通り、話を聞こう」
「ありがとうございます。私はノーシュ・バラメイン。ブラウレスの街で父の残した宿屋を経営していましたが、ある日自分が魔法使いであるという理由で城に拘束され、それ以後、暗殺者としての教育を受けさせられてきました。ここにいるユウナとサレイナも同じです」
 サレイナはいきなり名前を呼ばれて、驚いて頭を下げた。ユウナも小さく会釈し、自分のことを話そうと思ったが、ちらりとノーシュを見て口を噤んだ。自分はノーシュが思い付く以上のことは思い付かないので、彼が発言を求めるまでは何も言わない方がいいと思ったのだ。
 ノーシュはまず、自分たちが人質を取られて仕方なく国に忠誠を誓っていることと、本心ではできることならは人質を解放し、城から逃げ出したい旨を話した。
 次に計画を話そうとしたのだが、重臣の一人に城での魔法使いの扱いについて質問を受けたので、ノーシュは、彼らが必要ならば平気で人質や役に立たない魔法使いを殺すこと、そしてそれらはすべて仲間の手によって行われることを話した。
「なんというひどいことを……。こんな子供に」
 尋ねた重臣が呻くように言って、ノーシュは一度頷いてから言葉を続けた。
「御国の刺客がどのように育成されているかはわかりませんが、少なくとも私たちは奴隷と変わりなく、心から国のために働こうなどという者はおりません。そして今回、ヨハゼフ様を始めとした、こちらにおられる御国の皆様を暗殺するよう命令され、私はある決意をしたのです」
 そしてノーシュは、自分の計画、すなわちアルブランスにブラウレスを落とさせる計画を話した。
 手筈は、まず第一に、アルブランスは国王以下、重臣を暗殺されたという噂を流す。その裏で、ブラウレスを侵略するべく、戦争の準備を行う。
 ノーシュたちはブラウレスの見張り塔を潰しながら城に戻り、合図とともに橋を下ろして城門を開ける。以後、戦争には関与せず、混乱に乗じて人質を解放して城を脱出する。
「もちろん、必要とあらば御国のために戦争に参加することは厭いません」
 力強くノーシュが締め括ると、王の間はざわめきに包まれた。
 彼らの口から語られるすべてがノーシュたちにとって有り難いものばかりではなかったが、ブラウレスを陥落させるというのはあまりにも魅力的な話だったので、賛成意見も多かった。
 けれど、ある重臣の一人の言葉が、賛成ムードを一瞬にして消し去った。
「恐れながら、国王。私は、確たる証拠がない状態で、この者たちの話を信じるのは危険かと存じます」
「そ、そんな!」
 思わずサレイナが腰を上げたが、ノーシュが一瞥して座らせた。
「確かに、今の話のすべてが作り話だった場合、我々はこの城の守りを手薄にすることになる」
「仮に本当だったとしても、城門が開かなければ同じことだ。リスクはあまりにも大きい」
 ユウナはちらりとノーシュを見て、重臣たちには聞こえない声で囁いた。
「まずいわね……」
「信じるしかないだろう……。信じてもらわなければ、俺たちの自由は有り得ない」
 二人の会話を、エドリスは聞いていた。もちろん、そうでなくても彼はノーシュらの話を信じていたので、何とかして実現させたいと考えていた。そして、ブラウレスの城は自らの騎士団が制圧する。
 けれど、エドリスとて確証があるわけではなかったので、肩を持つことはできなかった。静かに目を閉じて重臣たちの話に耳を傾けていると、不意にヨハゼフが口を開き、周囲は再び沈黙に包まれた。
「ユウナ、と言ったな」
「え? あ、はい」
 ノーシュと話をしていたユウナは、突然話しかけられて驚いて顔を上げた。
 ヨハゼフはユウナを真っ直ぐ見据えていたが、その瞳は不安と期待に揺れていた。
「お前の話を聞きたい。ノーシュは宿屋を営んでいたと言ったが、お前は何をしていた? 今に至る過程をすべて話せ」
 ユウナはどうしたものかと、一度ノーシュを見た。
 さしものノーシュもヨハゼフの意がわからないらしく、怪訝そうにしていたが、ゆっくりと頷いて話すよう促がした。
「えっと、その、私は孤児なんです。物心ついた時にはもうブラウレスの孤児院にいて……あ、でもユウナっていう名前は本名らしいです」
 ユウナは生まれてこの方、丁寧な言葉で話をしたことがなかったので、あたふたしていた。タンズィに対してもぞんざいな口調だったし、タンズィもそのこと自体を怒ることはなかった。
 ユウナは自分の言葉遣いで雰囲気が険悪になってくことに気が付いていたが、どうすることもできずにどもりながら続けた。
「院長さんの話だと、私は孤児院の前で捨てられていたらしいです。それから、今から4年くらい前に院が潰れてしまって、それで私、子供たちと一緒に教会で暮らしていたの。そうしたら、さっきノーシュが言ったみたいに、タンズィに連れてこられて……」
 ユウナはどんどん周囲の空気が冷たくなっていくのを感じて、泣きたい気分になった。王がなぜ自分を指名してきたかはわからないが、自分が原因で計画が失敗するのだけは避けたかった。
「お前は、どうして魔法を使えるようになった? 教育を受けずには使えまい」
 ヨハゼフはユウナを安心させるように、ゆっくりとした口調で尋ねた。けれどその瞳は鋭く、すべてを見透かすようだった。
「気が付いたら使えたの。ある日、私は自分が魔法使いなんだって自覚して……」
「嘘をつくな!」
 声は周囲から上がった。
「誰にも教わらずに魔法を使えるはずがない。王の前だぞ!」
「ほ、本当よ! タンズィにも同じことを言われたけど、本当に誰にも教わってないの! 誰が孤児の私に魔法を教えてくれるって言うの? 私はある日魔法が使えるようになっていて、魔法を使って生き延びてきたのよ。タンズィに見つかったのもそのせい。どうして嘘だなんて言うの!?」
 ユウナは思わず涙をこぼして叫んだ。ふと横を見ると、サレイナもノーシュも唖然とした顔でユウナを見つめている。彼らの常識でも、魔法は誰かに教わらずには使えないのだ。ユウナは無性に悲しくなった。
「国王、この女の話は辻褄が合っていません。孤児という話も嘘かも知れません」
「本当よ!」
「お前は黙れ!」
 怒鳴り付けられて、ユウナは涙をこぼして項垂れた。ユウナは暗殺者としての教育こそ受けたが、それまでは自分に正直に生きてきたのだ。嘘などつかない。本当のことをありのままに話しているのに、なぜ信じてもらえないのか。
 けれど、そんな無力に打ちひしがれるユウナをかばったのはヨハゼフだった。
「その娘に話をさせたのは私だ。お前が娘にそんなことを言う権利はない」
 王に睨まれて、重臣の男は一歩下がって恭しく頭を下げた。
 ヨハゼフは再びユウナを見て、慈愛に満ちた瞳で語りかけた。
「それで、お前は一緒に暮らしていた子供たちを人質に取られたのだな?」
 ユウナはぱっと明るい顔をすると大きく頷き、肩で涙を拭ってから口を開いた。
「そうです。それに、ランドスを……大切な私の仲間を無理矢理殺させられて……。私、タンズィも、国も、すべてが許せない! みんなを助けたいし、できることならランドスの仇を取りたい! だから、だから……どうか力を貸してください。もし叶わないなら、私たちを国に帰して! そうしたらもう、私は誰にも頼らずにタンズィを討つわ!」
 ユウナは込み上げてきた感情を抑え切れずに、大きな声で叫んだ。それからうずくまるようにして泣いていると、隣でサレイナがもらい泣きをして涙をこぼした。
 しばらく沈黙がわだかまったが、ついにヨハゼフが腰を上げて大きく一度頷いた。
「エドリス、この者たちの縄を解け。ユウナ、私はお前を信じよう」
 その一言に、その場にいるすべての人間が唖然となった。エドリスはもちろん、ノーシュや、声をかけられたユウナ自身もである。ユウナは、まさか自分の話が一国の王を動かすなどとは考えてもいなかった。
「王、それは危険です! この娘の話にも、信じるに足る根拠がありません!」
 重臣の一人が蒼ざめた様子で、悲鳴のような声を上げた。けれど王は静かに首を振ると、ゆっくりとユウナの前まで歩き、膝をついて解き放たれた少女の手を取った。
「いや、この娘は間違いなく孤児だ。そうであろう、ユウナ・アドレイル」
「わ、私を……知っているの?」
 驚いたのはユウナだけではない。ノーシュも目を丸くし、サレイナは動揺を抑えられずに声に出した。
「ユウナが……王様と知り合い……?」
 ユウナはサレイナを見て勢いよく首を横に振った。
「わ、私は知らないわ。だって、私はブラウレスから出たことのない孤児よ」
「わかっている」
 ヨハゼフは大きく頷いてから、懐かしむような瞳で少女の顔を覗き込んだ。
「私は、いや、この国はお前の母親に恩があるのだ。お前は若い頃のシンシア殿にそっくりだ」
「シ、シンシアって……お前、まさか、あのシンシア・ファーリンの娘なのか!?」
 珍しくノーシュが驚きに声を張り上げ、その言葉に周囲もざわめき出した。サレイナはシンシアを知らないらしく、怯えたような表情でユウナを見つめている。
 ユウナは困り果てて王を見上げた。
「母を、知っているのですか? 母が私を捨てた理由も……?」
 小さく儚げに震える少女の肩に手を置いて、ヨハゼフは一度深くを目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「シンシア殿は、お前を自分のそばに置いておくよりも、孤児院に未来を託した方がまだ安全だと考えたのだ。母上を恨まないでほしい」
「未来……安全……?」
 混乱する少女の肩を小さく叩いてから、ヨハゼフは立ち上がった。そして再び威厳ある顔に戻ると、周囲を見回して言った。
「これから緊急会議を行う。ただちに会議の準備を整え、皆を招集せよ。エドリス、三人を会議室に連れて行け。丁重にな」
「はっ」
 エドリスは敬礼してから、三人に向き直って笑って見せた。
「よかったな。戦いになったら、俺の部隊が真っ先にブラウレスに攻め込むぞ」
「期待している」
 ノーシュは不敵に笑い返してから、二人の少女に目をやって安堵の息をついた。
「なんとか、第二段階も突破したな」
 ユウナは母親のことでひどく動揺していたが、ノーシュの笑顔に力強く頷き返した。

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