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Prisoners
孤児の少女ユウナは、スラムの古びた教会で子供たちと暮らしていた。ユウナは大陸でも数少ない魔法使いの一人で、日々の糧もスリと魔法によって得ていた。
そんなある日、突然城からやってきた魔法使いに捕まり、「魔法使い養成施設」に叩き込まれる。そこは魔法使いたちの檻であり、実際には魔法使いの暗殺者を育成する施設だった。
一緒に暮らしていた子供たちを人質に取られ、ユウナは渋々暗殺者としての道を踏み出すことになる。

ユウナ : 孤児の少女。魔法使いであることが知られ、無理矢理城で暗殺者として育てられる。
タンズィ : ユウナを捕えた城の魔法使い。残忍な性格をしており、魔法使いたちを脅かしている。
ノーシュ : ユウナより先に施設にいた青年。感情がなく、タンズィに従順に仕えている。
サレイナ : 心優しい少女。その優しさのために人を殺せず、悲しい思いばかりしている。

 翌日の会議でタンズィの口から語られた計画は、確かに危険なものだった。それは計画というより、ただの上の人間たちの理想でしかなく、目的のみが存在して、具体性がまるでなかった。
 主たる目的は極めて単純である。
「王及びその親族と重臣の暗殺」
 そう書かれた下に、アルブランス国王ヨハゼフ以下、王子や重臣の名前が書き連ねてあった。
「無理よ、こんなの。私たちに死ねって言ってるようなものじゃない!」
 ユウナが食ってかかると、タンズィは怒るでもなく、深く目を閉じて溜め息をついた。
「やらなければならないんだ。文句を言う暇があったら考えろ。決定は覆らない」
 それから、諜報員がここ数年間で集めた膨大な資料を渡された。これには、城や街の見取り図はもちろん、城門の兵士の見張りの交替時間から、朝の市場の始まる時間まで、アルブランスに関するありとあらゆることが書かれていた。
「情報はある。もちろん、自分たちが差し向けた暗殺者部隊が返り討ちにあってるからな。見張りも厳重になっているだろうし、すべてがこの通りには行くまいが」
「これはただの報復だ。暗殺者を返り討ちにされた今、逆にアルブランスはブラウレスに手を出しにくくなったはず。今が動くのに一番適さないことくらい、わかりそうなものだが……」
 珍しくタンズィの前でノーシュがぼやいた。さしものノーシュも、この計画には呆れ返っているらしい。もちろん、自分たちの命がかかっているのだから、呆れるだけでは済まないが。
「そんなことは俺も言ったよ。ダメだな。上の連中はすぐ目の前のものしか見えていない」
 タンズィの言葉に、ノーシュは何か言おうとして開きかけた口を閉じた。タンズィに何を言っても事態は変わらない。悔しいが、愚痴を言う暇があったら少しでも成功する可能性が高い計画を練るのが先決だ。
 その日は4人で丸一日話し合ったが、結局生きて帰ることができそうな計画を考え付くには至らなかった。いくら城の見取り図があると言っても、それはほとんど欠けていたし、王や重臣がどこで寝ているかなどはわからないのだ。
「連中もバカじゃない。ブラウレスみたいに暗殺者を養成していたくらいだからな。城に入ってからのんびり探していたら、呆気なく殺されるだろうよ」
 さしものノーシュも頭を抱えた。

 夜、ユウナはサレイナを置いて二人きりでノーシュと会った。どうしても確認しておきたいことがあったのだ。
「ノーシュ。あなたは、この計画を実現させるつもりでいるの? それとも、その前に動くつもりなの?」
 これまで、ノーシュが感情のない、タンズィの操り人形のようになっているのは、そう見せかけているだけであるということを直接口にしたことがなかった。けれどこの夜、ユウナはとうとうそれを前提にした上でノーシュに話しかけたのだ。
 ノーシュは少し目を細めて真っ直ぐユウナを見つめていたが、やがて静かに首を振った。
「動くというのは何のことだ? 計画にはもちろん従う。そうしなければ、人質の命がないからな」
「……まだ話せないってこと? 私は、あなたを信じて待っていればいいのね?」
 ユウナは悲しげに瞳を伏せたが、ノーシュは何も言わなかった。
 ユウナは一瞬、実はすべては自分の気のせいで、ノーシュはやはりタンズィの忠実な僕なのではないかと思った。けれど、すぐに首を振って否定する。
(そんなことはない。私がランドスを殺した日、ノーシュは『お前なら、あるいは』って言っていた。ノーシュは必ず自分の計画のために私を使う気でいる)
 ユウナは一度拳を握った。そして、自分の持てる力をすべてノーシュのために、ひいては自分と子供たちのために使うことを心に誓った。

 出発までの間に、ユウナたちの暗殺計画は曖昧な形でしか仕上がらなかったが、三人の監視体制は驚くほど完璧に練り上げられた。
 まずアルブランスまではタンズィの部下がつく。そして、アルブランスの諜報員と合流し、ユウナたちの行動を見届ける。
 それとは別にブラウレスの暗殺者がアルブランスに入り、今回の計画を諜報員に伝える。そうすることで、万が一ユウナたちがアルブランスに入る前に裏切り、辿り着かなかったとしても、諜報員がその裏切りを把握できるというわけだ。
 ちなみに、その暗殺者に誰が使われるかは聞かされなかった。恐らく探しても見つけることはできないだろう。
「上の人間もあなたも、よほど俺たちが信用できないらしいですね」
 ユウナが憤る隣でそう呟いたノーシュに、タンズィは、
「仕方ないだろう」
 と、無感情に呟いた。

 いよいよ出発を翌日に控えた夜、ユウナはサレイナと二人で空を眺めていた。
「こうしてのんびりしていられるのも、今日で最後かも知れないね」
 ユウナが落ち着いた声で言うと、サレイナがそっとユウナの手を握って微笑んだ。
「あの日、あれだけの数の暗殺者が返り討ちに遭ったのよ? 私たちが三人で行って、成功するとは思えないわ」
「そうね……」
 ユウナはサレイナの笑顔の理由がわからなかった。ひょっとしたら、もう笑うしかないのかと思ったが、そうではなかった。
 サレイナはそっとユウナの肩に頭を乗せて目を閉じた。
「みんな死んじゃうのね、お姉さんも、みんな。みんな、私のせいで……」
「まだ失敗するって決まったわけじゃないわ」
 ユウナが勇気付けるようにそう言ったが、サレイナは微笑んだまま首を振った。
「いいの。自棄になってるわけじゃないのよ。なんだかよくわからないけど、嬉しいの。あなたといられることが。例え死んだとしても……」
「サレイナ……」
 ユウナはそっとサレイナを腕に入れ、きつく抱きしめた。ユウナはサレイナに友情以外のものは感じていなかったが、サレイナが愛情を向けてくれたことが嬉しかった。真の愛は、年齢や性別などどうでもいいのだ。
 もちろん、世の中にはそう思わない人間もいる。
 ユウナがサレイナと唇を重ねようとした時、背後から困ったような声で呼びかけられて、二人は驚いて身体を離した。
「お前ら、そういうことは女同士でするものじゃないだろ? 相手に飢えてるなら俺が代わるぞ?」
「ノーシュ!?」
 声の主はノーシュだった。それがあまりに屈託のない言い方だったから、二人は呆然となった。
 ノーシュは驚く二人の前に座ると、いたずらっぽい笑みを浮かべた。そしてユウナの方を見て、優しい眼差しで軽く頭を下げた。
「待たせてすまなかった、ユウナ。いよいよ明日出発だからな。お前ら二人に、俺の計画を話そうと思って来た。来たんだが……邪魔だったか?」
 意地悪くそう言われて、ユウナは思わず破顔した。あの彫像のようなノーシュがこんな顔もできるのかと、なんだか嬉しくなったのだ。
「ノーシュ、あなた本当にノーシュなの?」
 サレイナが混乱のあまりそんなことを口走ると、ノーシュは可笑しそうに小さな笑い声を立てた。
「俺はなるべく犠牲を少なくする生き方をしてきただけさ。だが、今回の上の連中のバカな計画に乗ると、これまでの努力がすべて無駄になるからな」
 ユウナは意外な面持ちでノーシュを見た。今度の計画を、誰よりも真剣に練っていたのはノーシュだった。それは、ユウナがやはり自分の考えは幻想だったのではないかと思ったほどである。
「ノーシュ、あなたあんなにも必死に考えてたのに、やっぱり無理だと思うの?」
 ノーシュは軽く両手を開くと、さも当然というふうに笑った。
「無理に決まってるさ。だけど、ああでもしなくちゃ、タンズィが信用しないだろ? それに、ああやって頭使って考えるのは悪いことじゃない」
 ユウナはなんだか全身の力が抜けるのを感じた。
 実際、最終的に計画は出来上がった。計画が形になると、ユウナはなんとなく成功するのではないかという思いにさえ駆られていたのだ。
 それを、計画し、「恐らく大丈夫です」と力強く頷いていた本人に、あっさりと否定されたのだ。ユウナは、自分の思い付くすべては大したことがないのだと悟った。
「私はどうも物を考えるのが苦手みたいね。元々あなたに従うつもりだったし、いいわ。話してちょうだい」
 頭の回転が速いのと、何もない状態から考え出すことができるのは別だ。ユウナは察しがいいだけで、ノーシュとは根本的に頭の作りが違う。
 ノーシュは苦笑してからサレイナを見た。
「サレイナ、お前も俺の計画に乗るか?」
「えっと、どういうことなの? 私……そりゃ、ノーシュが単にタンズィに従ってるだなんて思ってなかったけど、計画とか、よくわからない」
 困り果てているサレイナの肩を、ユウナは軽く叩いた。そして一度周囲を見回し、近くに人の気配がないことを確認してから限りなくひそめた声で言った。
「つまりね、ノーシュは前からずっと、人質を殺さずにここから逃げ出す方法を考えていたのよ。私たちと同じ」
「ノーシュが……?」
 サレイナは、ノーシュは出世することで人質を解放するつもりなのだと思っていた。そのために自分を捨て、感情を押し殺してタンズィに従っているのだと。
 ノーシュはしばらくサレイナの反応を面白そうに見つめていたが、不意に笑いを収めて二人に顔を近付けた。
「ただし、いいか? 俺の計画は、今回のアホな計画よりは可能性が高いってだけに過ぎない。人質を解放して上手く逃げ出せるか、それとも全員死ぬか、どっちかだ。覚悟はいいか?」
 その言葉に、サレイナは怯えたような顔になった。ユウナはそんなサレイナを片手で軽く抱き寄せて、笑顔で頷いた。
「アホな計画に従えば、全員死ぬだけなんでしょ? どうせなら、死なない可能性が高い方を選ぶわ」
「わ、私も……。私はユウナを信じてるから、ユウナがあなたを信じるなら、私もあなたを信じるわ」
 ノーシュは右手をサレイナの左肩に、左手をユウナの右肩に置いて、二人をぐっと近付けた。そして三人で顔を突き合わせるようにすると、本当に小さな声で計画を語った。
「結論から言うと……」
 ノーシュがタンズィの言い方を真似て、ユウナは小さく笑った。
「アルブランスにこの国を攻め込ませ、混乱に乗じて人質を助け出す。タンズィもできればその時に殺す。この国がなくなっちまえば、上手く逃げ出せた後も、脅かされずに済むだろう」
「アルブランスに……」
 ユウナはごくりと息を飲んだ。
 人質を解放するのが容易でないのはわかっていたが、まさかノーシュが一国を動かす計画を練っているとは思ってなかった。
「でも、そんなこと、できるの?」
 かすれる声でそう聞いたサレイナに、ノーシュは「さあ」と笑ってから、静かに計画を話し始めた。
 二人は息をするのも忘れてノーシュの計画に聞き入った。それはあまりにも壮大で、大胆な計画だった。
 話し続ける三人の横を、穏やかな晩春の風が吹き抜けていく。
 ブラウレス最後の長い夜が、ゆっくりと更けていった。

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