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Prisoners
孤児の少女ユウナは、スラムの古びた教会で子供たちと暮らしていた。ユウナは大陸でも数少ない魔法使いの一人で、日々の糧もスリと魔法によって得ていた。
そんなある日、突然城からやってきた魔法使いに捕まり、「魔法使い養成施設」に叩き込まれる。そこは魔法使いたちの檻であり、実際には魔法使いの暗殺者を育成する施設だった。
一緒に暮らしていた子供たちを人質に取られ、ユウナは渋々暗殺者としての道を踏み出すことになる。

ユウナ : 孤児の少女。魔法使いであることが知られ、無理矢理城で暗殺者として育てられる。
タンズィ : ユウナを捕えた城の魔法使い。残忍な性格をしており、魔法使いたちを脅かしている。
ノーシュ : ユウナより先に施設にいた青年。感情がなく、タンズィに従順に仕えている。
サレイナ : 心優しい少女。その優しさのために人を殺せず、悲しい思いばかりしている。

 それから3日間、タンズィは魔法使いたちの前に姿を現さなかった。
 もちろん、特別室での一件は関係ない。単に彼はユウナたち特殊部隊の統率者であり、ブラウレスでも高い地位を持つ者として、今回の事後処理をするとともに、今後の対策のために忙しく働いていたのである。
 その間に魔法使いたちに変わったことはなかったが、ユウナにとっては一つ大きな出来事があった。
「ユウナ、私もうダメかも知れない……」
 ある夕方、庭の片隅でサレイナが肩を落として弱音を吐いた。ユウナは悲痛な面持ちで、その横顔を見つめていた。
 先日の襲撃事件で魔法使いの数が減り、部屋割りに大々的な変更があった。その時ユウナはアイバールと別れ、ノーシュとサレイナと3人になったのだが、あの特別室での一件以来、サレイナが食事のたびに戻しているのは知っていた。
 ある程度は魔法で維持していたが、それでもサレイナは見るからに顔色が悪く、弱り切っているのは明白だった。
「ノーシュに聞いたわ。ユウナ、あの事件の時も随分活躍したんですってね。どうしたら……どうしたら、人を殺せるようになるの?」
 サレイナは顔を上げて、懇願するようにユウナを見つめた。
 人殺しなんてできない方がいい。ユウナは今でもそう思っていたが、それでは生きていけないのだ。サレイナは真剣だった。
「わからない……。私だって、辛いわ。こないだもすごく辛かった。でも、事件の時は平気だった。殺さなければ殺されるような、そんな瀬戸際の戦いになったら、サレイナも変わるかも知れないわ」
「でも、私はあの事件の時も、足が震えて動けなかった。私、自信がない……。生き延びる自信が……」
 サレイナは両手で顔を覆い、静かに泣き出した。
「私、死にたくない……」
 嗚咽を漏らすサレイナの肩を抱きしめると、サレイナはしばらく泣いてから、顔を覆ったまま話し始めた。
「姉がね、人質として捕まってるの……」
 ユウナは驚いて顔を上げた。もちろん、姉が捕まっていることにではなく、サレイナが自分のことを話し出したことにである。
 サレイナは手をどけると、ユウナの目を見て小さく微笑んだ。
「もちろん、両親も捕まってるし、姉の婚約者も捕まってる。私に関係する人はみんな捕まっていて、人質は8人もいるのよ……」
 ユウナは驚いて声を出しそうになったが、話の腰を折りたくなかったから黙っていた。
 今ユウナの人質は、ディオルを含めた5人の子供たちである。ユウナはそれを多い方だと思っていたから、サレイナの8人という数字に驚いたのだ。
「私ね、姉と仲が良かったの。姉は婚約者の男の人と本当に仲が良くて、すごく幸せそうだった。でも、私のせいで、その生活がなくなってしまった……」
「お姉さんも、魔法使いなんでしょ?」
 ユウナの言葉に、サレイナは首を横に振った。二人は実の姉妹だったが、姉は魔力を持って生まれなかったらしい。もちろん、今となってはどっちが幸せかはわからないが。
「2年前の話よ。夏が来ると、私がここに来てから2年になるわ。私、早く姉さんや両親、他のみんなを元の生活に戻してあげたいの。でも、そのためにはどうしたらいいのかわからなくて……」
「それは、私も同じよ……」
 ユウナは深く息をつきながら言った。
 一体どうすれば子供たちを解放してもらえるのか。ずっと国のために働き続ければ、いつか自分はともかく人質の子供たちだけでも元の生活に戻してもらえるのか。
 ノーシュは一体何を考えているのだろう。ユウナはそう言ったことをサレイナに話した。サレイナも、ノーシュがただの感情のない、タンズィに従順なだけの魔法使いだとは考えていない一人だったのだ。
 サレイナは小さく首を振ってから、溜め息をついた。
「2年ここにいるけど、未だにわからないわ。でも……でもね。一つだけ確かなことは、私が死ねば、みんな殺されるってことよ。役立たずの烙印を押されて殺されても同じ。だから私、死にたくないの! 強くなりたいのよ! 優しさなんて要らない。みんなを助けられるなら、今の私の個性なんて、別になくなってしまっても構わないのよ!」
 それをユウナは静かに聞いていた。
 どうすればいいのか。ユウナも同じことを半年間考え続けていたが、未だに答えは出ていない。
 ただ、サレイナよりもう少しだけ理解していることがあった。
 それは、自分から動かない限り、彼らが解放してくれることはないということ。本当に国に忠誠を誓い、正規の魔法使いになったとしても、今人質となっている者たちは生活にある程度の制限を受けることになるだろう。
 今ではすっかりこの特殊部隊のことが当たり前になっているが、一般にこの組織は極秘なのである。外部に漏れたら事だ。
 結局のところ、自分から逃げ出さない限り、自由は在り得ない。ユウナはそれを悟っていたが、タンズィに少しでも期待を抱いているサレイナには言わずにおいた。
 自分ですら何度も早まったことをしそうになってはノーシュに止められてきたのだ。サレイナが早まらないとも限らない。
(ノーシュはいつかきっと動く。すべてはその時に……)
 ユウナは同室の青年の顔を思い出しながら、すっかり暗くなった空を見上げた。

 事態が急転した。
 いや、それは恐らくノーシュには予想の範囲内のことだったのだろう。
 あの襲撃事件の際、ユウナはいつか自分たちがこうして他国に乗り込まなければならなくなるのだとぼやいた。その時、ノーシュは近い内にそうなることを予見していた。
 事件から5日後、ついに姿を現したタンズィは、詳しい事情を話さずに施設の一室にノーシュとユウナ、そしてサレイナの3人を呼び寄せた。
 タンズィは苦渋に満ちた表情で座っていた。この男がこんな顔をしているのは極めて珍しい。少なくとも、ユウナは見たことがなかった。
 ノーシュはいつも通り平然としていたが、ユウナはサレイナと顔を見合わせて不安げに瞳を曇らせた。
 タンズィは三人を見ると、静かな口調で伝えた。
「結論から言うと、お前たち三人を、隣国アルブランスに送り込むことになった」
「えっ?」
 ユウナは思わず声を上げ、仲間の二人を見回した。さしものノーシュも驚いたようで、わずかに眉を上げている。
 タンズィは深く息を吐くと、机の上に肘をつき、組んだ拳に額を当てた。
「たった今会議で決まった。俺は反対したんだが……上からの命令だ。逆らうことはできない」
「どうして反対したの?」
 思わずユウナは声に出して尋ねた。ひょっとして怒らせてしまったかも知れないと、すぐに不安に駆られたが、タンズィは深く目を閉じて大きく首を横に振っただけだった。
「危険すぎる。俺はお前らのことなんかどうでもいいが、この部隊は俺の生き甲斐なんだ。この部隊がなくなれば俺の居場所はなくなる。そして、お前らがいなくなれば、もうこの部隊は終わりだ」
 ユウナは、じわじわと事の重大さを認識し始めた。あのタンズィが自分たちの前で弱音を吐いている。あのいつも偉そうで、残忍で、部下のことなど虫けらのようにしか考えていない男がだ。
「どうして私たち三人なんですか? いいえ、どうして私が入っているのですか?」
 真っ直ぐタンズィを見つめて、サレイナが尋ねた。
 言い直した理由は単純だ。上の連中は、恐らくできるだけ少人数で事を進めたいと提案したのだ。そうなれば、真っ先にノーシュとユウナが選ばれるのはわかる。
 けれど、如何に魔力が強く、体術に優れていても、サレイナは人を殺すことができない。正直連れて行って役に立つとは、ユウナにも思えなかった。
 タンズィは手を組んだまま答えた。
「賭けだよ」
「賭け?」
「そうだ。お前には、これからある仕事をしてもらう。その結果次第では……ノーシュ、ユウナ。お前たち二人で行ってもらうことになるかも知れない」
 サレイナは露骨に不安げな顔でユウナを見た。
「サレイナをどうする気なの?」
 ユウナは思わずサレイナをかばうように立って、タンズィを睨み付けた。この男に逆らっていけないことはわかっていたが、サレイナはこの施設一の友人であり、今や孤児院の子供たち以上に大切な仲間だったのだ。
 タンズィもユウナの気持ちを知っていたので、特に怒ることなく静かに言った。
「お前にも立ち会ってもらう。今は、それよりもアルブランスのことだ……」
 タンズィが呻くと、ついにノーシュが口を開いた。
「その内容は後から詳しく話してもらいます。その前に、一つ教えてください」
「なんだ?」
 ノーシュはいつも通り感情のこもらない声で言った。
「万が一失敗した時、俺たちの死亡はどうやって確認されるのですか?」
「どういうことだ?」
 タンズィは驚いた声を上げた。
 ノーシュは淡々と続けた。
「成功したのに帰りが遅くなったからと言って人質を殺されたらたまりませんから。別に失敗を前提に話をしているわけじゃないですよ」
 タンズィはその答えに満足したらしく、安堵の息を吐いて答えた。
「アルブランスには諜報員がいるからな。成功すればわかるよ。もちろん、失敗してもわかる。暗殺者が差し向けられたかどうかは、嫌でも広まるものだ」
 忌々しい顔で言ったところを見ると、恐らく先日の襲撃事件がブラウレスの街に広まってしまったのだろう。タンズィが担当したかはわからないが、国はその対応にも追われたはずだ。
 ノーシュは静かに頷いた。そしてもはや話すことはないと言うように、背もたれにもたれて目を閉じる。
 そんなノーシュを見ながら、ユウナは緊張のあまり鼓動が速くなるのを感じた。内容はわからないが、ノーシュは今回、何らかの行動をしようとしてる。それがわかったからだ。
 もちろん、ユウナはそれに乗るつもりだったし、ノーシュも間違いなくユウナが乗ってくることを確信している。自分や子供たちの命を賭けた戦いが、今静かに幕を開けたのだ。
 けれど、ユウナにはその前にしなければならないことがあった。
「じゃあ、まずサレイナの件を片付けるかな……」
 そう言って重々しく腰を上げたタンズィの顔には、いつもの残忍な笑みはなかった。もちろん、安心はできない。
 ユウナは一旦ノーシュのことは頭から切り離して、サレイナのことだけを考えることにした。
「二人は俺について来い。ノーシュ、お前は部屋に戻っていろ」
 そう言って、タンズィが部屋を出て行く。
 サレイナが後に続こうとした時、ノーシュが二人にだけ聞こえる声で言った。
「サレイナ、無事に戻ってこいよ。ユウナ、サレイナを頼む」
 サレイナは驚いた顔でノーシュを振り返った。ユウナはそんなサレイナの肩に手を置くと、力強く頷いて見せた。
「わかってる」
 初めて会った日、ノーシュはユウナに、「他人に対して下手な情は持たないことだ」と言った。けれど、今ではノーシュはユウナを仲間だと認め、頼りにしている。サレイナに対しても同じだ。
 今度の計画には、ユウナとサレイナ、二人の力が要る。ノーシュの目はそれを雄弁に語っていた。
「じゃあ、行ってくる」
 ユウナは毅然とした眼差しでそう言うと、不安げな瞳のまま立ち尽くしているサレイナの背中を軽く叩いた。

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