会議には多くの重臣、官僚が参加していたが、主に発言をしているのは、王子エデラス、王女シティア、魔法研究所の所長タクトと軍の総司令官バーグス、そして財政官吏のモンドリィの5人だった。
魔法研究所に関して、5人の意見は再建で一致していたが、その規模と方向性、ユウィルに対する扱いには多種多様な意見があった。
まずシティアの意見は、マグダレイナへの宿場町でリアに話した通りで、市民への魔法の知識の流布と、研究の二本柱を打ち立て、研究内容や成果は公開するべきであるというもの。ユウィルに関しては、本人が研究所への復帰を望んでいるので、そうさせるべきだと考えていた。
エデラスは魔法の流布に関してはシティアと同じ立場を取っていたが、研究内容と成果に関しては極秘で行うべきだと主張した。その代わり、研究所は他国に対して威圧感を与える規模で作る必要はなく、警戒されない程度で自国の発展のために魔法の研究を行うことを推奨した。
規模に関して、バーグスは他国へウィサンを強く印象付けさせるために、以前と同規模のものを建てるべきだと主張した。それによる警戒は、シティアの言うように、研究内容を公開することで緩和し、ウィサンは大陸全土に貢献する国を目指すのがよいと語った。
けれど、同規模のものを建てるにはかなりの金を要し、民の暮らしが逼迫するのは目に見えていた。ただでさえ魔法研究所に対する反感が大きい今、民衆の声を聞かずに研究所のために金を徴収するのは危険だとモンドリィは言い、研究所はエデラスの言うように、小さい規模で十分だと話した。
タクトは規模に関しては言及しなかったが、研究内容の公開には難色を示した。研究の結果が必ずしも世界にとって有益なものばかりとは限らず、図らずも危険な発見をしてしまった場合に、魔法を忌避する声が上がる可能性が否定できない。
ユウィルに関しては、タクトはシティアと同じ意見だったが、エデラスは民衆の反感を考えると、ユウィルは一人だけ別で魔法の研究をさせるべきだと主張し、バーグスはもっと過激に、ユウィルから凝力石を取り上げるべきだと言った。
もちろんそれにはシティアが声を上げて反対した。あの事件は天災として片付けた今、ユウィルに対して特別な措置を取るのは、人災を肯定しているようなものと考えたのだ。
だが、エデラスは本音と建前の必要性を訴え、民の動揺を鎮めるにはユウィルには何らかの制裁を与える必要があると言った。
「ユウィルはもう、十分に制裁を受けているわ! 兄さんは、あの子がどれだけ苦しんでいるか、知らないからそんなことが言えるのよ!」
シティアが声を荒げると、エデラスはそれに真っ向から反論を唱えた。
「民衆が好き勝手に暴力を振るうのは制裁とは言わない。むしろ、国としてユウィルを罰することで、そう言った暴力もなくなるかもしれない」
「国として動いたら、本音が世間に知られます。建前を真実にするのなら、国としてはユウィルを黙認するべきだと思います」
タクトは冷静にユウィルの味方した。シティアは魔法使い全体のことを考えながらユウィルを庇っているが、むしろそうするべき立場にあるタクトが、あからさまにユウィル個人を庇っているのだ。
「しかし、今のままでは民衆は納得しないだろう。ユウィルに対する反感の声は日増しに強くなるばかりだ」
「批難されるべきは、ユウィルを虐げていた魔法使いよ。ユウィルが理由もなく無差別に人を殺すはずがない。冷静に考えれば、誰が悪いかなんて明白でしょ? ユウィルが研究所でどんな目に遭っていたかは、たくさんの証言があるわ」
「国としては天災で処置したんだ。今さら遭えてユウィルの無罪を民衆に訴えるのはおかしいし、逆に民衆を煽ることになる」
「それがわかってらっしゃるなら、国としてユウィルに制裁を加えるのはおやめになった方がいいかと」
「一個人から凝力石を取り上げたり、研究グループへの参加を認めない程度の制裁は、他国に知れることはないだろう。私は、それが一番丸く収まると考えている」
議論は平行線を辿った。結局ユウィルに関する議論は、エデラスとバーグスの意見と、タクトとシティアの意見が反発し、まとまらずに別の議論に移された。
その日も帰りは日が沈んだ後になった。
タクトは城を後にし、一度研究所の設計事務所を訪れた後、シェランの働いている城外の作業場へ行ってみた。すると、すでに仕事を終えた魔法使いや石工たちが火を囲んで、酒を飲みながら議論を交わしていた。議論の内容はユウィルに関するもののようである。
「俺は、絶対にあいつを許さねー。もしもあいつが研究所に戻ってくるなら、俺は研究員を辞める」
血気盛んな青年がそう言うと、それに同調するいくつかの声が上がった。だがそれらは、最終的には自分たちが辞めると言うより、ストライキを起こすことでユウィルを研究所へ入れなくしようと言う方向性になった。
シェランは意見を求められ、少し考えてから答えた。
「あたしは魔法が好きだからね。ユウィルがいようがいまいが、今までと同じように魔法の勉強をするわ」
今度はシェランに同調する声が上がる。
「元々俺たちはユウィルにこだわり過ぎてたんじゃないか? 要するに嫉妬してたんだよ。今度のことだって、初めからあいつのことなんか気にしてなければ起こらなかっただろ?」
「いじめていた俺たちが悪かったのは認めるよ。だけど、あいつのやったことは行き過ぎだろ? シェランだってそう思わねーか?」
殺された魔法使いと一緒にユウィルをいじめていた何人かが、少し情けない顔になってシェランを見る。シェランは大して魔法が上手くもないが、研究員たちのヒロインなのだ。
「やり過ぎは明らかよ。でも、ユウィルは昨日も大怪我を負わされたって聞くし、今度はみんながユウィルに対してやり過ぎてると思う。そう思わない?」
シェランに意見を求められ、数人が項垂れた。確かに、今思えば、ユウィルは果たして研究所の中であそこまで追い詰められるほどの何かをしていたのだろうか。
納得できない別の数人が声を上げた。
「あいつのやり過ぎは度を越えていただろ。親兄弟を殺された奴らが、あいつに仕返しをするのはしょうがないさ」
「あたしは、そのやられたらやり返す的な精神は良くないと思うわ。ユウィルはもう十分に反省してるし、自分をいじめていたあの人たちや、あなたたちを批難もしていない。必要なのは赦すことよ。これは、感情的に攻撃するよりずっと辛くて、難しいわ。だからこそやらなくちゃいけないのよ」
シェランは一息ついてから、周囲の者たちを一人一人見つめるようにして続けた。
「あたしだって、何人も友達を殺されたわ。友達はユウィルだけじゃないし、あなたたちみんなも、私の大切な友達だし、仲間よ? でも、ユウィルもやっぱり仲間なの。元々仲間同士の仲違いが原因で、それが仲間同士の殺し合いに発展しちゃった。そろそろ止めない? すぐには無理かもしれないけど、ユウィルを傷付けたって、死んだみんなは帰ってこないのよ?」
魔法使いたちは静まり返り、周囲には火の爆ぜる音だけが残った。
タクトはそれを聞きながら、シェランのことを考えていた。
単に魔法使いとして見たら、率直なところシェランは戦力外である。研究所は国家の施設だが、今のところシェランは趣味の域を出ず、自分の魔法が少しずつ上手になるのを喜んでいるだけだった。国や世界のために貢献する気もないし、そもそもそういう観点で物事を考える頭もなかった。
けれど、そんな魔法使いは他にもたくさんいたし、シェランはまだ勤勉で真面目な分性質が良かった。だが何よりも、このリーダーシップだ。あれだけユウィルに対して憤っていた人間に、自分を省みさせることなど、シェラン以外の誰にもできない。
言っている内容ではないのだ。彼らにそうさせているのはシェランのカリスマである。タクトが同じことを言っても、恐らく彼らは聞かないだろう。
話し合いを終え、彼らが帰路に着くと、タクトはシェランを捕まえた。そしてシェランの本音を尋ねる。
「シェランは、実のところ、研究所のためにユウィルは必要だと思うか? この際、ユウィルの希望や感情は抜きにしよう」
シェランはしばらく考えてから、溜め息混じりに答えた。
「事件の前からユウィルに対する批難はあって、今度の事件もそれが原因で起こりました。状況は前より悪いことを考えると、ユウィルが戻ってきたら、もう研究どころじゃないでしょうね」
「君の力でも無理か? わたしは、君のリーダーシップを認めているが……」
シェランは少し照れたように笑ったが、小さく首を横に振った。
「事件の前から、あたしはみんなで仲良くするよう訴えてましたよ。でも、ダメでした。さっきの話も……聞いてらしたんでしょ? あれだって目の前にユウィルがいないから、みんなあんなに冷静に聞いてただけで、きっとユウィルを見たらあたしの話なんて忘れちゃうわ」
シェランは、タクトより的確に研究員たちの心を把握していた。自分も研究員で、最も彼らに近い場所にいるからだろう。タクトはいざとなればシェランを頼ろうとはずっと思っていたが、こうして二人で話し合うのは初めてだった。
「ウィサンの研究所は、ハイデルやヴェルクにある、金を払って入る勉強学校とは違う。研究員は金をもらって研究している以上、国に対して貢献しないといけない。率直なところ、今ユウィルに文句を言っていた数人よりも、ユウィル一人の方が国としては有益なんだ」
それが、タクトが重臣たちの前で露骨にユウィルを庇っていた理由だった。もちろん、個人的にあの少女を気に入っていたこともあるが、何より研究所の存在意義を考えたとき、自分よりも魔力が強く、頭の回転も速いあの少女は不可欠なのだ。
シェランはそれを認めた上で言った。
「相容れることはないでしょう。ユウィルを残すなら、あの子をいじめていたみんなはクビにしないと、また事件が再発するかも知れません。ユウィルだって人間だから。でも、そんなことをしたら、ますますユウィルへの反発は強くなって、いつかユウィルは、逆上した誰かに殺されるかもしれない……」
「あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあっちが立たず、両方立てればどっちも立たず……」
タクトが溜め息混じりにそう呟くと、シェランが隣でくすっと笑った。
「タクトさんがそういうことを言うのは、ちょっと意外」
「そうか?」
タクトがおどけてシェランを見ると、シェランは大きく頷いて微笑んだ。
「ええ。タクトさんって言えば、いつも冷静で大人びていて、どこか近寄りがたい、そんな印象ですから」
タクトは小さく笑ってから、再び前を向き、昔を思い出しながら言った。
「ハイスが聞いたら笑いそうだ。俺はヴェルクでは、君たちと同じ、ただの研究員だったんだよ。それが、ハイスに推薦されて所長に祭り上げられたが、本当はそんな柄じゃない。俺なんかより、君の方がずっとしっかりしてるよ」
タクトは、無意識の内に自分を「俺」と呼んでいたことに気付かなかった。けれど、それがシェランに親近感を与え、シェランは興味深そうに聞いてみた。
「タクトさんは、実際今回ユウィルがしたことをどう思ってるんですか? あ、ユウィルには言いませんから」
「とんでもないことをしてくれたよ」
タクトは大きな声で即答した。
「飼い犬に手を噛まれたようなものだ。今まで作り上げてきたものを全部壊された挙げ句、俺まで殺されかけた」
「それでも、やっぱりユウィルが大切?」
シェランがいたずらっぽい目でタクトを見上げると、タクトは真顔で頷いてから、懐かしむような微笑みを浮かべた。
「あの子は、俺に似てるんだ。出会ったときから気に入っていた」
シェランはくすっと笑った。
「将来、ユウィルがタクトさんのお嫁さんになったりしてね」
「おいおい」
タクトは思わず苦笑し、シェランに何か言おうとしたが、不意に前方の空が赤く輝いているのを見て表情を険しくした。
「おい、シェラン。あれは火事じゃないか?」
シェランが顔を上げると、確かに前方で火の手が上がっており、周囲がにわかにざわめき出した。ぞくりと、シェランの背筋に悪寒が走った。
「あっちはユウィルの家の方向よ。嫌な予感がする」
二人は一度顔を見合わせ、頷き合うや否や駆け出した。集まり出した人々をかき分け、ようやく燃え盛る家に辿り付くと、シェランの不安通り、そこはユウィルの家だった。
それだけでなく、火は隣家にまで燃え移り、弱まるどころかどんどんその勢力を強めている。隣家の前で一人の婦人が膝をついて泣いており、やがて家の壁が内側からの衝撃に崩れ落ちた。子供の泣き声とともに姿を現したのは、栗色の髪をした小さな少女だった。
「ユウィル!」
シェランは思わず声を上げた。二人の小さな子供は、ユウィルの手を離れるとそのまま婦人のところに駆けより、婦人が子供たちの頭を撫でながら、何度もユウィルに頭を下げた。
ユウィルはそれに対して何か言ってから、再び燃え盛る家の方に身体を向けた。そしてじっと何か考え込む。
ふと、シェランは少女の背後に見知った顔をいくつか見つけた。
「タ、タクトさん! あれ!」
それはユウィルを恨んでいた魔法使いたちと、その仲間と思われる者だった。どうやら火を放ったのは彼らのようである。彼らはユウィルに対して何か叫んでいたが、ユウィルは聞こえていないようにじっと火を見つめていた。
「てめぇがいけねーんだよ! これは全部てめぇのせいだ!」
やがて、二人のいるところにまで届くような大声で男が叫び、懐からナイフを取り出した。ユウィルは相変わらず自分の家を見つめたまま動こうとしない。いや、男たちのことなどまるで気にすることなく、そっと両手を広げて何か魔法を使おうとした。
「い、いけない!」
シェランとタクトは勢いよく駆け出した。タクトは魔法を使おうとするが、間に合わない。
男がユウィルの小さな身体に突進し、ユウィルが大きく背を反らせた。
周囲から悲鳴が上がり、男がナイフを抜くと、ユウィルの身体がぐらりと傾いた。
「ユウィル!」
シェランの絶叫とともに、ユウィルの身体が大地に落ちた。
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