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White Dreams
従来の、「お兄ちゃんが恋人だったら」とか、「一人の男としてお兄ちゃんが好き」といった、「どうしてあなたはロミオなの?」チックな妹小説ではなく、「お兄ちゃんだから好き」というのをテーマに書いた、水原初のオリジナル萌え萌え妹小説!

1月29日

 浜北島の受験日は1月31日。喜ぶべきか否かは、非常に判別の難しいところだったが、それはミエの受験するすべての学校の中で、最も早い日にちだった。
 ちなみに、星条が2月の2日、北高が4日、第四志望の中丘高校がその翌日の2月5日という日程になっていた。
 正月より先、ミエは何事もなく、順調に勉強を続けていた。ミエ自身が言ったとおり、ここに来てようやく運が戻ってきたらしい。「何事もなく生活できる」という、ひどく当たり前とも思えるそのことに、ミエが手放しで喜んでいることに対して、俺は複雑な心境だったが、少なくともミエの前では素直に喜んでいる振りをしていた。
 さらに月日は過ぎ、いよいよ受験日まであと3日と迫った1月29日、皮肉にも事態が一変した。ミエが熱を出したのだ。
 俺たち二人は、一緒にはしゃいでいるところを、思い切り足元をすくわれた挙げ句、そのまま奈落の底へと蹴り落とされたような衝撃を受けた。
 38度7分。ミエの脇から抜き取った体温計の文字盤を見て、俺は渋面になった。
 ミエの体調管理は完璧だった。ミエ自身も気を配っていたし、俺も常に気にかけていた。
 にも関わらず、ここでミエが熱を出したのは、もはや「何か」の悪ふざけとしか思えなかった。「何か」は、最後の最後で俺たちを突き落とそうと、今まで敢えて何もせずに放置していたのだ。
 ミエのふさぎ込みようと言ったら、目も当てられなかった。涙の跡の残った顔を壁の方に向け、すさんだ表情でじっと枕の端を凝視していた。俺が何を言っても返事をせず、ただご飯の時にだけ、生気の宿らない顔でベッドから身を起こした。
 そのまま、事態は好転することなく夜を迎えた。
 俺は、ミエの悲運を思うと、涙の出てくる思いだったが、ここで俺までまいってしまっては、本当にミエの人生が終わってしまうと思い、心を奮い立たせてミエの部屋に入った。
 ミエは相変わらずの薄明かりの中、ベッドに横たわっていた。ドアを閉め、声をかけると、小さく身じろぎした。どうやら起きているらしい。
「ミエ……」
 俺は電気を点けず、そっとミエの傍らに腰掛けた。ミエは相変わらず、こっちを見ようとはしなかった。
 一体何を考えているのか、もはや俺にも皆目見当がつかなかったが、それでも俺はなるべく無難な言葉を選んで、ミエに話しかけた。
「なあ、ミエ。まだ終わったわけじゃないんだ。病は気からって言うだろ? ここでお前があきらめたら、治る風邪も治らないし、叶う願いも叶わなくなるぞ?」
 そっとミエの髪の毛に手を置くと、小さく鼻をすする音がした。泣いているのだろうか。
 消え入りそうな涙声でミエが言った。
「もう……無駄だよ……」
 まるで、自分の人生をすべて悟った者の出すような声だった。実際にそのような運命の上に立ったことのない俺が、一体この少女に何を言えばいいのだろう。どんな言葉が、この子の心を動かすのだろう。
 俺の思考は迷走した。
 たった一つ、俺の中に、ミエを説得できる要素があるとすれば、それは俺がミエの兄であることだった。ただそれだけが、ミエの気持ちを理解できない俺の持つ武器だった。
 ミエが俺を信頼していて、たとえそれが幼稚な想いであったにしろ、俺のことを好きでいてくれれば、まだ希望があった。ミエが感情的でありながら、反面論理的でもあるという、前に俺の思ったことが正しければ、俺にはまだ、ミエを立ち直らせる自信があった。
「ミエ、お兄ちゃんの話、聞いてくれるか?」
 自分でも情けなくなるような声だった。けれどもそれは、妙に自信に満ちあふれた声であるよりも、嬉しかったらしい。ミエは少し間を置いてから小さく頷いた。
 俺はミエの髪をなでたまま、静かに言葉を紡いだ。
「お前さ、前に俺になんて言った? 正月に、帆夏ちゃんと別れた後、俺になんて言ったか覚えてるか?」
「……あれは、私の勘違いだったんだよ」
 顔を向こう側に向け、目を閉じたままミエが答えた。そしてすさんだ声で続ける。
「幸運なんてなかったんだよ。いつもそう。いつだって……結局私は、何したってダメなんだね」
 世を儚んだ、今に自殺でもしそうな声色だった。
 そう考えて、俺は慌てて首を振った。冗談にもなっていなかった。
 このままミエが立ち直れなかったら、高校に行くことも出来ずに、この先どんな人生を送っていくのだろう。いや、それ以前に、この風邪すら治らないかも知れない。
「でも、クリスマスもクリスマスイブも、ミエの願いは叶ったじゃないか」
 俺は数少ない武器を惜しみなく投入した。けれどもミエは、それらの回避方法を用意していた。
「あんなのは叶って当たり前の、願いなんていうのもおこがましいものだったんだよ。そもそも、あれくらいのことで喜んでたのが間違いだったんだね」
「でも……」
 俺はすがるように言葉を絞り出した。
「でも、嬉しかったんだろ?」
「…………」
「俺と一緒にいれて、すごく嬉しかったんだろ?」
 自惚れにも取れる発言。俺個人としては言いたくない台詞だったけれど、今は言葉を選んでいる余裕はなかった。ミエを説得するための効果的な武器があるのなら、たとえそれが俺の身体を傷付けようとも、ここで使ってしまいたかった。
 ミエが目を開けてじっと俺の言葉を聞いていたから、俺は自信を持って言葉をつなげた。
「ミエは、浜北島に、俺といたいから入りたいんだろ? それは、クリスマスイブに一緒にいたかったっていうのと、本質的には同じ願いじゃないのか? もしもイブの日の願いを、願いじゃないなんて言うのなら……、あの時の喜びを間違いだなんて言うのなら、ミエは浜北島なんて来ずに、帆夏ちゃんと一緒に星条に行けばいい。俺は止めないぞ?」
「お兄ちゃん……」
 ミエは悲しそうに呟いた。ギュッと目を閉じた顔には、悲壮の色が見て取れた。
 俺はアメと鞭のごとく、言葉を巧みに使ってミエの説得を試みた。
「俺はな、ミエ。お前と一緒にいたいから、ずっと勉強を教えてきたんだぞ。本当は星条に行った方がいいと思ってる。今でもそう思ってるけど、それでもミエが俺といたいって言ったから、俺は嬉しくて、だからお前のために頑張ってきたんだ。お前のために、それから、俺のためにも。お前が浜北島に来てくれたら、俺も嬉しいから」
「……ほんと?」
 ミエは初めて俺を見て、潤む瞳で問いかけた。俺はできる限り優しく頷いた。
「当たり前だ。だからミエ、元気を出してくれ。そんなふうにふさぎ込んでたら、治るものも治らなくなるぞ?」
「…………」
 ミエは再び視線を落とした。思ったよりも傷は深いらしい。
 それはそうだろう。幼い頃からずっとそうだったのだ。
 願いが強ければ強いほど、叶わなかったときの衝撃が大きいのは誰だって同じだった。その気持ちだけは、俺にも理解することができた。
「ミエ。もう一頑張りだ。イブに願いは叶ったろ? あの日も障害はいくつもあったけど、全部俺たちの力で払い除けたじゃないか。ミエの言ったとおり、風は今、背中の方から吹いている。ちょうど海から吹いた風が、また海へ帰るように、ミエは今、自分の呪わしい運命を払拭する転機に立ってるんだ。だから、二人で叶えよう。な、ミエ」
 ミエは泣きそうな顔で俺を見上げると、小さく頷いた。
「うん、わかった……」
「そうか……」
 俺はほっと胸をなで下ろした。もちろん、まだ根本的な解決はなされてなかったけれど、これで当面の問題は解決したと言って良いだろう。あとは、ミエに元気さえ戻れば、きっと風邪も吹き飛ばせる。
 俺は笑顔で部屋を出ようと、口を開きかけたその時、先にミエが言った。
「お兄ちゃん、今夜は……側にいて」
「ミエ……」
 俺はその言葉に一瞬気が動転したが、すぐに持ち直した。
 ミエの真っ直ぐな瞳は、相変わらず一切の不純をはらんでいなかった。こいつは純粋に、俺と寝ると安心できるのだ。
 俺はどぎまぎしながら、それでも明るく取り繕って頷いた。
「わかったよ、ミエ。お兄ちゃんがミエの風邪を全部もらってやるから、ミエは遠慮なくうつせばいいぞ」
「えっ? わ、私そういう意味で言ったんじゃ……」
「わかってるよ」
 俺はさっと布団に入ると、必死に弁解しようとしていたミエの唇をふさいだ。
「あっ……」
 驚きに目を丸くするミエ。しかし、すぐに目を閉じて、強張らせていた力を抜いた。
「ミエの不運ももらってやる。二人で分かち合って、二人で乗り越えよう」
 唇をつけたまま熱っぽくそう語りかけると、ミエは同じように熱い吐息を吐きながら頷いた。その熱さが、熱のためか、それともミエが、イブの夜には感じなかった何かを感じているためかはわからなかったけれど、ミエの唇が、そして鼻息が、俺の心を昂ぶらせた。
 俺はいつか以上に、ミエの身体を強く抱きしめた。ミエは一瞬、苦しそうに呻いたけれど、すぐに表情を緩めて、そっと俺の身体に腕を回した。
 早鐘のように打つ鼓動が、二人の間で鳴り響いていた。
「熱い……」
 ミエがうわごとのように呟いた。俺は一度放した唇を再びミエの顔に押し当てた。
「ミエの風邪、俺が全部吸い取ってやるよ」
 事態に便乗した下手な嘘だとは思ったけれど、心は痛まなかった。俺は欲望のままに、ミエの舌を吸い上げた。
「ん!」
 ミエの口の中に、固くした舌先を挿入して、かき回した。ミエは初め、どうしたらよいのかわからないように、ただじっと俺の欲望を受け入れていたが、やがてぎゅっと俺にしがみつくと、同じように舌を動かし始めた。
 唾液の弾ける水っぽい音が、いやらしく鳴り続けた。
 むさぼるようにミエの身体を引き寄せ、しばらく舌でミエの口の中を蹂躙してから、俺は唇を離した。ミエは「はぁ……」と長い息を洩らしてから、うっとりとした目で俺を見た。
「お兄ちゃん……」
「ん? なんだ?」
 ミエは照れ臭そうに笑った。
「大好きだよ」
 俺はなんだか順番が逆のような気がして、苦笑した。そうなってしまったのも、全部俺のせいだからしょうがない。
 俺は真っ直ぐミエの目を見つめながら、
「俺も好きだぞ、ミエ」
 はっきりとそう告げて、再びミエの唇を吸い上げた。
 俺たちはそれからしばらく、互いの存在を確かめるようにキスをし、抱きしめ合った。
 どれくらいそうしていたか、気が付くとミエが俺の腕に頭を乗せて、小さな寝息を立てていた。
 俺はそれ以上は何もせず、ただじっとミエの安らいだ寝顔を見つめながら、いつしか眠りの淵へと落ちていった。

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