彼女は幼少時代に一度、その能力のために魔法使いと誤解され、家族もろとも取り調べを受けたことがあった。
もしも現在なお魔力を持つかどうかを正しく判断する方法がなかったとしたら、恐らくエリシアはこの時、王国に殺されていただろう。
幸いにも少女も、そしてルシアを含めた彼女の家族も全員魔力は検知されず、無事に釈放された。
その時のトラウマで、エリシアは能力のことを誰にも話さなくなった。知っているのは彼女の両親と妹、それに仲間の青年だけだったが、今生きているのは後者の二人だけである。
少女が何故このような能力を持っているのか。
それは未だにわからないが、少なくともエリシアだけが特別に強いというわけではなく、彼女の母系の家族は全員強い能力を持っていた。
ルシアとて例外ではない。
恐らくそんなルシアの第六感とも言えるその能力が発揮されたのだろう。
湖に来てから2日後の夕方、ようやく魔法陣の解除を終えた瞬間、セフィンは自分のものではない微量な魔力の気配を察知して慌てて立ち上がった。
「そこにいるのは誰ですかっ!?」
森の方に厳しい眼差しを向け、咎めるように声を張り上げた。
自然界に魔力を持つ者は人間だけである。となれば、木々の間に隠れているのはウサギや狐ではあるまい。
案の定、あきらめたように平然と現れたのは、顎に無精髭を生やした、目つきの悪い中年の男だった。
男はつまらなそうに王女を見て溜め息を吐いた。
「王女様が剣を取ってくる瞬間まで隠れていようと思ったんだが……。魔法陣が解除されたのを見て、つい集中を途切れさせちまったかな」
男の言葉に、王女は苦い顔をした。
いくら気配を隠していたといっても、この瞬間まで気付かなかったのは失態以外の何物でもない。今はルシアの身体が持つ能力のおかげで気が付くことが出来たが、もしもセフィンが自分の身体と、その身体に宿る魔力を持っていれば、男が近付いてきた瞬間に気が付いたはずだ。
「あなたは誰ですか? ティランの仲間ですか?」
彼が魔法使いであり、剣を集めているのは明白である。しかも彼はルシアの姿をした自分を、何事もなく「王女」だと言い当てた。やはりティランの仲間なのか、それとも彼女と同じことを目的とした別の組織の人間なのだろうか。
男は興味なさそうに答えた。
「俺はホクシート。ティランが仲間かって言われると何とも言えんが、敵でないのは確かだな」
「そうですか……。つまり、私はこのために復活させられたというわけですね」
セフィンの顔がわずかな悲しみを帯びた。
ティランたちは『五宝剣』を集めている。そしてその内の一つはセフィンがいないと手に入れることが出来ない。
彼女は王女に何も強制しなかったが、初めから『赤宝剣』を取りに行くことを知っていたのだ。
自分は踊らされていた。そう思ってセフィンが俯くと、男が意外なことを口にした。
「いや、生憎『赤宝剣』の場所をつき止めたのはつい最近だ。あの女がお前を復活させたのはまったくの偶然だな。まあ最期に大きな仕事をやってのけたと誉めてやろう」
「最期?」
セフィンは顔をしかめて聞き返した。
ホクシートはにやりと笑った。
「あいつは殺された」
ぞくりと背筋に悪寒が走った。
ルシアはともかく、セフィンは彼女を恨んでいなかった。
今の彼の話を聞き、やはり彼女が純粋に自分を助けるためだけに動いていたことを知って好感すら持っていた。
その女が殺された。セフィンは悲しみに睫毛を揺らした。
「誰に、殺されたのですか? ルシアの仲間たちですか?」
男は肩をすくめて手を振った。
「ルシアというのがどの女かは知らんが、殺したのは弓使いのガキだ。まったく、あんな年端もいかない女に、情けない」
「ユアリか……」
セフィンはわずかに救われた心地がした。
もしもティランを殺すことが許される人間がいるとしたら、それは父と兄を殺されたユアリだけだ。
セフィンはティランのことは無理矢理納得することにして男を睨みつけた。
「それで……あなたは『赤宝剣』を手に入れてどうするつもりですか? ここに『黄宝剣』があります。ティランがくれました。あなたはこれも取り返すつもりですか?」
言いながら腰から『黄宝剣』を抜き放った。
ホクシートは一歩下がって不敵に笑った。
「いや、その剣はもう用なしだ」
「何故?」
「元々剣自体には用はない。『赤宝剣』も同じだ」
「そうですか……」
セフィンは納得した。
恐らくそれぞれの剣には何らかの付属品が存在するのか、もしくは抽象的な何かが埋め込まれているのだろう。
「それで、すべての剣を集め終わったら、何が起きるというのですか? 剣を集めて何を起こそうと言うの?」
王女の言葉に、男はふと視線を逸らせ、考えるような素振りをした。
そしてその体勢のまま、悩ましげに尋ねてきた。
「お前は、『五宝剣』がどうして作られたか知っているか?」
「どうして?」
思わぬ質問にセフィンは驚いた顔をした。
「どうしてって、私たちを滅ぼすためでしょう。『五宝剣』にはすべて、相手の魔法を封じたり、跳ね返したりする力があります。対魔法使い用に作られたとしか考えられません。この剣も、魔法使いが相手でなければただの剣と何ら変わりません」
「まあ、そうだな」
ホクシートは頭をぽりぽりと掻いた。
「質問の仕方が悪かったかな。目的はお前の言った通りだ。さすがに直接見ただけはあるな。俺の言いたかったのは、どうやって作られたか、だ。魔法嫌いの王国が、専属の魔法使いを抱えていたとは思えないし、どうやって剣に魔力を込めたと思う?」
「それは、魔法使いの奴隷を使ったのでしょう……」
セフィンは慎重に答えた。
あまりにも簡単な質問なので裏でもあるのかと思ったが、そうでもなかったらしい。
ホクシートはあっさり肯定してから、いたずらを思い付いた子供のように笑った。
「そうだ。『五宝剣』は魔法使いが作らされた剣だ。そいつらはもちろん、自分たちを滅ぼすための剣など作りたくなかった。でも作らざるを得なかった」
「わかっています……」
苦々しくセフィンは言った。
剣を作ったのは自分の国の者たちだ。彼らが奴隷として剣を作らされたという話は、わかっていても胸が苦しくなる。
男はそんなセフィンは楽しそうに見つめながら言った。
「だからそいつらは王国への恨みを込めて、剣にある力を込めた。それを発動すれば、王国に大きな被害を与えられる」
「ある力?」
セフィンは聞き返したが、男は答えなかった。
「お前が俺たちに協力してくれるなら教えてやろう」
もったいぶったが、どうせ平和な力ではないだろう。
セフィンは溜め息を吐いた。
「力がどうあれ、あなたたちが戦争を起こそうとしているのはわかっています。だから、私はあなたたちを手伝うわけにはいきません」
「そうか。なら、話は決裂だな」
男は言いながら剣を抜いた。そして残虐な笑みを浮かべる。
その時、不意にセフィンの胸の中でルシアが強張った声を洩らした。
(セフィン……)
《どうしたんですか?》
男を睨みつけたまま、セフィンが聞き返す。
ルシアは苦渋に満ちた顔で、必死に怒りを堪えるように答えた。
(あいつ、あたしの村を襲った魔法使いの一人だ)
《えっ!?》
(だから……あたしの代わりに、殺してほしい……)
ルシアの言葉に、セフィンは緊張を抑えるように大きく息を吸った。
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