食事は美味い魚料理が山のように出たが、金はほとんど取られていない。ルシアはご満悦だった。
《ルシアさん、すごく幸せそうです》
やはり他人の喜ぶ顔を見るのが好きなのだろう。セフィンが嬉しそうに声を上げた。
ルシアは上機嫌だったので、またもや確執を忘れて笑った。
(あたし、美味しいもん食べてると、生まれてきて良かったって思うんだ。今日はもうこのまま寝たい)
少女の言葉に、王女の顔に陰りが帯びた。
《それは、羨ましいですね》
(何が?)
別に意識したわけではないが、大した話ではないと思って軽い口調で聞き返した。
セフィンはルシアを心配させないように、明るい声で言った。
《生まれてきて良かったなんて、私は一度も思ったことがないから》
(…………)
横っ面を引っ叩かれたような衝撃を受けた。
けれど、彼女の言葉を皮肉に取らなかったのは、誰もが認めるルシアの長所だろう。
少女は何と言ってよいかわからず、話を変えるように言った。
(魚、美味かったな)
《え、ええ……》
ルシアの対応が良かったのか悪かったのかはわからない。セフィンは本当は突っ込んで聞いて欲しかったのかも知れないが、彼女は自分の話をやめてルシアの問いかけに答えてきた。
《実は私、海を見たのも初めてで……。料理もとても美味しかったです》
ルシアはまるで自分が誉められたように、満足げに頷いた。
(海でしか食えないのが残念だな。魚は鮮度が命。どうしても場所を選ぶんだよなー)
ベッドの上でごろりと寝転がり、枕を抱きしめて顔を埋めた。猛烈な眠気が襲ってくる。
《魔法を使えば、鮮度を保ったまま陸に運ぶのも可能でしょう》
セフィンが真面目な口調でそう言った。
魔法という言葉の響きに、ルシアがむっとなって言い返す。
(残念は残念だけど、あたしはもしも陸で魚が出てきても食べる気がしない。だって、それは不自然だろう)
《それは魔法が当たり前に使われてないからです。当たり前になれば不自然だなんて思わないはずです》
柔らかな口調でセフィンが反論した。こういう喋り方は少し姉に似ている。
ルシアが何も言えずにいると、セフィンは母親のように穏やかに笑った。
《木こりが木を切り、大工が家を建てる。みんなそれぞれ、自分にできることをして生きています。あなたもそうでしょ? 魔法使いも同じ。魔法にできることはたくさんあります。魔法使いが魔力を持たない人の替わりとなって何かをして生計を立てる。ずっと昔、私が生まれるよりも遥か昔は、それが当たり前だったのです……》
ルシアは、言葉を選びながら静かに尋ねた。
(そういう国を再起するのが、お前の目的なのか……?)
それは気の遠くなる作業だと、ルシアは思った。達成されるのを待っていては、生涯身体を取り戻すのは無理だろう。
けれど、セフィンは小さく笑って首を振った。
《あなた一人の魔法嫌いを直すのさえ難しいのに、私にそんなことができるはずないでしょう》
自嘲はしていない。
恐らくルシアの言ったことなど微塵も考えてなかったから、少女の発想が面白かったのだろう。
そういえばセフィンは、ティランの誘いを迷いもせずに断った。どういう気持ちであの魔法使いを見ていたのだろうか。
ルシアは尋ねようと思って、やめた。
どうせ尋ねても答えてはもらえないだろう。結局セフィンの目的もまだ教えてもらっていない。
ルシアは目を閉じて心を落ち着けた。
(もう寝よう、セフィン。おやすみ……)
呟くと、ルシアは睡魔に急襲された。意識が闇に閉ざされる。
《おやすみなさい、ルシアさん》
セフィンはもう少し寝るための仕度をしたいようで身体を起こしたが、ルシアはすでに眠っていた。
なるほどそういうこともできるのかと、ルシアは起きてから思った。自分の意識はまったく独立して存在しているらしい。
朝、窓から入り込む朝陽を浴びながらそう話すと、セフィンはまったく他人事のように「良かったですね」と笑った。
(一体誰のせいでこうなってると思ってるんだ!?)
ルシアは思わず声を張り上げたが、不思議と腹は立たなかった。
セフィンはやはり穏やかに微笑んでいた。
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