ティランに会い、彼女たちが何をしようとしているのか、何のために剣を集めているのかを知るために旅に出るらしい。
別れ際、セフィンは彼に、まだ王国を恨んでいるかと尋ねた。
彼は「わからない」と首を振った。
「君の話を聞いて、僕はみんなとともに平和に暮らしたいと思うようになった。その方法を考えたいと思っているし、ティランにも考え直して欲しいと思ってる。でも、もし王国が変わらないなら、やはり僕は戦うと思う」
セフィンは何も言わなかった。
ヨキは最後に、彼女について行っても良いかと聞いてきたが、セフィンは静かに首を振った。
彼は王女の心中を察してか、それ以上何も言わず、一度だけ握手を交わすとそのまま彼女に背を向けた。
(良かったのか?)
街道を歩きながら、心配そうにルシアが尋ねた。もちろんヨキのことである。
せっかく王女があのような演説をしたのに、彼にはまだ戦う意志があった。ルシアはそれが納得いかなかった。
いや、それについて何も言わないセフィンに、である。
セフィンはいたずらっぽく笑ってルシアを見た。
《言ったでしょ? ルシアさん一人の魔法嫌いを直すのでさえ大変だって。あなたの魔法嫌いはまだ5年くらいだけど、彼の王国嫌いはもう二十何年。そんな簡単に捨てられるはずがないわ》
(じゃあ、もし彼がティランと合流して、戦争を起こしたら……)
不安げに言ったルシアの肩を、セフィンが優しく叩いた。
《大丈夫。もしも彼らが『五宝剣』をすべて集めなければ戦争を始められないのなら、戦争は絶対に起こらないから》
そういえば、セフィンは言っていた。『赤宝剣』を手に入れるのは不可能だと。
(わかった。信じることにする)
ルシアがそう言うと、セフィンは力強く頷いた。
街道は真っ直ぐ王国の首都ライザレスに続いている。
さすがに人の往来も多くて、所々に休憩所があり、幾人もの人と擦れ違った。
セフィンは前から歩いてきた三人組の男女に軽く頭を下げてから、静かにルシアに言った。
《平和はいいですね……》
(…………)
ルシアは一瞬躊躇したが、すぐに頷いた。
基本的に彼女の商売は平和では成り立たない。
もちろん、遺跡探索などで金品を得ることもあったが、やはり主となる仕事は厄介ごとを引き受けることだ。
それは常に誰かが平和を乱したときに発生する。世の中に争い事がなくなれば、ルシアは職探しをしなければならなくなるだろう。
けれど、セフィンの言う平和は、そんな小さないさかいも含めた上でのものかも知れない。
彼女は、7歳の時から戦争に参加し、以後王国に捕まって肉体を殺されるまでずっと戦い続けていたのだ。
「生まれてきて良かったなんて、一度も思ったことがない」
そう呟いた彼女は、きっとルシアが普段何気なくしていることが眩しくてたまらないのだろう。
こうしてのんびりと歩くこと。前から来た人と挨拶を交わすこと。笑うこと。そんな、すべてのことが幸せなのだ。
(なあ、セフィン……)
爆発する感情を抑え切れずに、ルシアは言った。
(もしも……もしもあたしが、セフィンにこの身体をあげるって言ったら、どうする?)
セフィンはふと足を止めたが、急に立ち止まった一人旅の少女を見る視線が気になって、再び歩き始めた。
真面目な話は、なにも歩きながらでも可能だ。
《もちろん、断ります》
(なんで? セフィンは、生きたくないのか? この平和な世の中で、もう一度やり直したいって思わないのか?)
まるで肯定して欲しいと言わんばかりに、ルシアは哀願した。自分でも意外なのだが、この少女のためなら、自分の身体を犠牲にしても構わないと思ったのだ。
セフィンは嬉しそうに答えた。
《もちろん、思います。せっかくこうして魂を解放してもらったのだから、思い切り遊びたいし、恋だってしたい。やり直せるものならやり直したい》
(なら……)
《だけど、それとルシアを犠牲にするのは別問題なのよ》
ぴしゃりとそう言い、セフィンは明るく笑った。
《私はすでに70年前に死んでいます。ルシアは、不自然なことは嫌いなのでしょう?》
いたずらっぽくそう言われて、少女は言葉を失った。
子供の意見などころころ変わるものだ。
確かに70年前の少女が今この世界にいるのは不自然だが、それだけは認めてもいいと、ルシアは思った。
《ありがとう、ルシア。私のことをあんなに嫌っていたあなたにそんなことを言ってもらえて、私はそれだけですごく幸せです》
言い終わると、セフィンの目から涙があふれた。
《あ、あれ?》
王女はびっくりしたように慌ててそれを拭ったが、涙は後から後からあふれ出てきて、王女の頬を濡らした。
こんなとき、優しく肩を抱いてあげられたら大人だと思う。
思ったけれど、ルシアにはできなかった。
(セフィン、あたし……)
ルシアも同じようにぼろぼろと涙を零し、すがるように彼女の身体を抱きしめた。
(あたし、セフィンと別れたくない! セフィンがいなくなっちゃうくらいなら、ずっとこのままでいい! お願い、セフィン。忘れ物なんてそのまま忘れちゃって、あたしと一緒にいて!)
セフィンは泣きじゃくる少女の背中を思い切り引き寄せ、もうあふれる涙を拭いもせずに感情を爆発させた。
《私も嫌! 本当はすごく嫌。死にたくない。消えたくない! ずっとルシアと一緒にいたい。悲しいし、怖いし、寂しいし、こんなことならルシアと出会わなきゃよかったって……ごめんなさい。ひどい罰だって、今わかった。きっとこれが、王国が私に与えた罰なんだって。私、ルシアと一緒にいたい……》
セフィンが大人だなんて、どうして思ったのだろう。
なんでセフィンは悲しくないなんて思ったのだろう。
泣きすがる王女を見て、ルシアは自分を恥ずかしく思った。
やはりセフィンは、自分とたったの1つしか違わない少女なのだ。
(一緒にいよう、セフィン)
両肩につかむように手を置いて、ルシアは真っ直ぐセフィンを見つめた。
けれど、そこにいたのはもう、いつもの大人の王女だった。
《ありがとう、ルシア。でもやっぱり私、行かなくちゃいけない》
(ど、どうして!?)
愕然となってルシアが叫ぶ。
本人が良いと言っているのに、何故この少女はここまで拒むのか。ルシアには理解できなかった。
セフィンは穏やかに微笑んだ。
《今わかりました。私はなるべく早くあなたから出て行かなくてはいけない。これ以上、あなたの傷が深くなる前に》
ずっと一緒にはいられない。
ルシアにはルシアの人生がある。彼女を愛する姉がいて、仲間の青年がいる。
村で一緒に遊び、別れた友達がいる。旅の中で出会ってきた人たちがいる。
わかっている。自分の言っていることが子供のわがままなんだとわかっている。
けれど、こんな時にでも涙を隠して笑わなくてはいけないのが大人だというなら、自分は子供のままでいい。
ルシアは泣いた。泣きながら叫んだ。自分がいかにセフィンが好きか、どれだけ離れたくないかを、もはや自分で何を言っているのかわからなくなるくらい並べた。
セフィンはそんなルシアを優しく抱きしめ、そっと髪を撫でていた。
《本当にありがとう、ルシア……》
セフィンはもう一度だけ涙を零した。
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