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五宝剣物語

2−12

「一つ、教えてください」
 突然セフィンから発せられた言葉に、ホクシートが顔を歪めた。
 もはや戦うしかないというこの瞬間に、一体何を言うつもりなのか。
 時間稼ぎかも知れないと、ホクシートが警戒するのも無理はないだろう。ティランのように殺されるわけにはいかない。
「なんだ?」
 周囲に注意深く気を配りながら、ホクシートが答えた。
 セフィンは感情を一切孕まない声で尋ねた。
「マネグヤという村を知っていますか?」
「マネグヤ?」
 王女の言葉に、ホクシートは怪訝な顔をした。
 考える素振りをしたが、どうやら思いつかないらしい。
 セフィンは言葉を続けた。
「森に囲まれた小さな村です。近くに川が流れていました。5年前に、あなたたちが滅ぼした村です」
 5年前と聞いて、ピンと来たらしい。
 ホクシートがいやらしい笑みを浮かべて頷いた。
「『緑宝剣』のあった村だな。知っているが、それがどうしたんだ?」
「『緑宝剣』!?」
 驚いたのはセフィンだけではなかった。
《ルシア、今の話は?》
 セフィンの言葉に、ルシアは大きく首を横に振った。
「なんだ? 知っていて聞いたんじゃなかったのか?」
 あきれたようにホクシートが首を傾げた。
 何故滅ぼしたのか聞こうと思っていたのだが、今の話からするに、剣を奪うためだったのだろう。もちろん、そこまでする必要性はわからなかったが、セフィンはそれには言及せずに質問を変えた。
「何故、その村にそんなものがあったの?」
「さあな。辿っていったら行き着いただけだ」
「辿る? 一番初めは? 剣は『赤宝剣』以外のすべての剣が、王国にあったのでしょう」
「そうだ。それを40年ほど前に、一人の魔法使いが全部盗んだ。いや、『赤宝剣』以外のすべてを、だな」
 セフィンは混乱した。
 40年前、その魔法使いは何故剣を盗んだのか。
 何故その剣が各地に散らばってしまったのか。
 初めの魔法使いは今どうしているのか。
 けれど、もはや男は質問に答える気がないようだった。
「お喋りはこれくらいにしよう。どうせお前はこれから死に行く身だ。知っても仕方ないだろう」
 嘲笑うホクシートの挑発には乗らずに、セフィンは冷酷な瞳で彼を見た。
「この身体の持ち主の女の子が、マネグヤ出身なんです。村があなたたちに滅ぼされるのを間近で見ていました」
「ほぅ」
 大層珍しいものを発見したかのような目で、ホクシートが驚いて見せた。
 セフィンは70年ぶりに、静かな怒りに燃えた。
「私は、あなたを許しません」
 剣の発動呪句を唱え、セフィンは大地を蹴った。
「これであなたの魔法は私には効きません!」
「ほざけ!」
 ホクシートは怒鳴りつけ、大地に手をついた。
 途端にセフィンの踏み出した地面が盛り上がり、バランスを崩す。
「効かないのは直接お前にかけようとする魔法だけだ。今のお前の魔力と、その女の剣技で俺に勝てるなどとは思わないことだな!」
 素早く斬りかかってきた男の剣を、セフィンは頭上で受け止めた。
 ずしっとした手ごたえに、手が痺れる。
 返す刀で斬り付けてきた一撃は、後ろに飛んで避けた。
「甘い甘い!」
 男は前に踏み込み、彼女の頭部に魔法を叩き込む。
 セフィンはそれを吸収するために剣を掲げた。
 がら空きになった腹部に、ホクシートの足がめり込んだ。
「ごふっ!」
 セフィンは身体を折り曲げ、胃の奥から上がってきたものをぐっと飲み込んだ。
 途端に肩に痛みを覚える。早くもホクシートが斬りかかってきたのだ。
「ええいっ!」
 必死に剣を振るうも、あっけなく払い除けられる。
 剣の重さに身体を振られたセフィンの太股から血がしぶき上がった。
「痛っ!」
「ほらほら、どうしたんだ? 俺を許さないんだろ?」
 ホクシートが剣を振るうごとに、一つずつセフィンの身体が赤く染まっていく。
 セフィンは渾身の一撃を込めて魔法を放ったが、それもホクシートの前であっけなく霧散した。ホクシートの方が、今のセフィンよりも遥かに魔力が強いのだ。
 ずっと魔法を頼りに生きてきたセフィンだ。如何に力が弱いとはいえ、自分の魔法がまったく効かなかったことに絶望的な気持ちになった。
 ホクシートは残忍な笑みを浮かべながら剣を振っている。殺そうと思えばいつでも殺せるのだが、敢えて少女をいたぶって楽しんでいるのだ。
 セフィンは大地に倒れ、体中に痛みを感じながらその瞳に涙を滲ませた。
《ダメ……。今の私じゃ、歯が立たない……》
 身体が痛くてまるで力が入らなかった。
 思い切り踏まれた左脚の骨が大きく鳴り響く。
「うぐぁぁぁっ!」
 セフィンの額から汗が噴き出した。
「はははははっ! かつて最強の魔法使いとして名を馳せた王女が、無様なものだ!」
 ホクシートが哄笑する。
 セフィンは王女としてのプライドを著しく傷付けられ、悔しそうに唇をかんだが、それでも歯向かう術はなかった。
 このままでは間違いなく殺される。
《ごめんなさい、ルシア……。身体、返せなくてごめんなさい……。私のせいでごめんなさい……》
 うつ伏せに倒れたまま、ただ剣だけはしっかりと握りしめて、セフィンは何度も何度もルシアに謝った。恐らく気を失うまでそうし続けるのだと思った。
 その時、ふとルシアが言った。
(なあ、セフィン)
《は、はい……》
(その剣は、単に魔力を吸収するだけじゃなくて、増幅できるんだよな?)
《えっ……?》
 思わず痛みを忘れてセフィンは黒髪の少女を見た。
 確かに、できる。
 バリャエンの攻防でヨキから放たれた魔法を、セフィンは何倍にも増幅させて空へ放った。
 今にも殺されようとしているのに、ひどく冷静にルシアが言った。
(自分の魔力も、剣に吸収させられるのか?)
 セフィンは聡明な少女だったので、それだけでルシアの言いたいことを理解した。
《やってみます。ありがとう、ルシア》
 セフィンはホクシートに気付かれないように、重傷を負わされたところだけを魔法で治癒した。
 彼は未だに笑いながら剣を振り続けている。どうやら、本当に一度として致命傷を負わせることなく、いたぶり殺すつもりらしい。
 それが、彼の命取りとなった。
 セフィンは剣を握る手から、自分のありったけの魔力を剣に注ぎ込んだ。なけなしの魔力を、気を失いそうになるまで、最後の一滴までを搾り取るようにして封入した。
 この一撃で必ず倒す。
「おら、どうしたんだ、王女様!」
 ホクシートはセフィンの身体を蹴り飛ばし、仰向けになった彼女の胸を思い切り踏みつけた。
「うっ!」
 肋骨が数本折れる音がして、セフィンは大量の血を吐いた。
 それでも決して剣だけは離さなかった。
 意識が一気に遠くなったが、セフィンは仰向けにさせられたこの瞬間を逃さなかった。
 何か一言言ってやろうと思ったけれど、喉の奥に血が溜まっていて声が出なかった。
 セフィンはほんの少しだけ口元をゆがめると、頭上から思い切り剣を振り抜いた。
 ホクシートの身体を、光の奔流が飲み込んだ。

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