■ Novels


一滴の光

これは、『One of the Stars』 で掲載中のソードワールドRPGのキャンペーン、『エリックとエルメス』 の第11話 『偏愛』 を小説化したものです。
内容はキャンペーンの本筋とは直接関係しないものなので、『エリックとエルメス』 を知っている人はもちろん、知らない人にも楽しめる内容になっています。

名前 種族/性別 プレイヤー 技能
エルメス 人間/女 水原ほずえ ファ4、プリ3、セー3、レン2
ホルウェン エルフ/女 岸川由佳里 シャ3、ソー2、セー1
ドラフ 人間/男 雪島琴美 ファ4、レン3、セー2、シー1
リウス 人間/男 NPC(水原渉)

 なんであたしがこんな目に遭わなくちゃいけないのかって、全部ドラフが悪い。
 あたしはアナタシアの森のエルフ、ホルウェン。自慢じゃないけど、そんじょそこらのエルフよりずっと高潔にして、知性豊かで、とにかく他より一目置かれる存在だと、子供の頃から教わってきた。
 自尊心なんて言葉を使うと、なんだか悪い意味に聞こえるけれど、高貴なエルフはそれ相応の自尊心を持って初めて高貴と言えるのだ。あたしは常々、高貴なエルフでありたいと願っているから、当然それなりの自尊心を持っている。
「そのあたしが、なんで……」
 ぶつぶつ言いながら歩いていると、ドラフががははと品のない笑い声を上げた。
「まだ言ってるのか、ホルウェン。あきらめが悪いぞ?」
 大きな声と言い、まるで低脳なドワーフみたい。あたしは顔をしかめてドラフを睨み付けた。
「張本人が何を言ってるのよ。あんたのせいでしょ?」
「いつまでも過去に縛られるのはよくないぞ? 時間は未来にしか進行しないんだからな」
 そういう考え方は、まったく人間のそれだ。しょうがない、ドラフは人間なのだから。
 ドラフは昔、あたしのお父様がどこかで拾ってきた人間で、あたしと一緒にアナタシアで育った。当時はあたしよりずっと小さかったのに、今ではもうすっかりおじさんになってしまった。
 もちろん、別にそんなことはあたしにはどうでもいいんだけどね。ただ、一抹の寂しさを覚えないでもない。
 ドラフはエルフの村で育ったくせに、やっぱり人間くさい発想をする。今だって、もしエルフなら、「時間」なんて概念は決して持ち出さないだろう。
「そんなことわかってるわ。でも、過去のあんたの過ちが、今なお継続してるんだから、それに文句を言っても別におかしくないでしょ?」
「起きたのは過去だよ」
「それこそおかしな話よ。今あたしたちが話してるって事実だって、次の瞬間には過去になってるんだから」
「ふ〜む」
 ドラフが腕を組んで唸り声を上げた。ようやくあたしの言ってることが理解できたみたい。
「大事なのは継続してるかってことね。だからあたしがぶつぶつ言っても悪くないのよ」
 ようやくくだらない話し合いにケリをつけると、ドラフが負け惜しみの一言を吐いた。
「ホルウェン。そんなにムキになってまでもぶつぶつ言いたいとは、どうしてそんな根暗な娘になってしまったんだ?」
「な、なんですって!?」
 あたしが怒るより先に、一歩前から心底可笑しそうな笑い声がした。
「あははは。二人とも、可笑しい」
「エルメス! 何が可笑しいのよ!」
 あたしが顔を赤らめて声を荒げると、エルメスは笑顔で振り返って穏やかな声で言った。
「だって、二人ともなんだか難しいこと言いながら、すごくくだらないケンカしてるんだもん」
 エルメスの言葉に、少し離れたところを歩いていたリウスも小さく肩を震わせた。
 あたしは無性に自尊心を傷付けられた気がしたけれど、エルメスの笑顔を見て言い返すのをやめた。この少女は他人を侮辱したりしない。
 エルメスとリウスは人間で、あたしたちと行動をともにしている。仲間かって聞かれると難しいけど、まあエルメスは仲間だって言っていいだろう。
 プルーグって町で出会ってから、色々な話を聞かせてもらった。どうもちょっと前まではエリックって人間と一緒に旅をしていたらしいけど、ケンカして今はリウスと一緒にいるらしい。
 そのリウスは旅の笛吹きだけど、ただの旅人じゃないのは明白。でも、決して過去とか目的とかは話してくれず、一緒に旅をしているエルメスさえ全然知らないって話。よくそんな人と二人でいられるなって思うけど、そこはまあ、人間の種族特性ってことで納得しておいた。
 そうしてくだらない言い合いを続けながら歩いていると、遥か前方に町が見えてきた。規模はプルーグより少し小さいくらいで、低い壁に囲まれている。
「あれは?」
 誰にともなくあたしが聞くと、エルメスは小さく首をひねった。ずっと旅をしている割に、あんまり知識がないらしい。よほどエリックって人に頼ってたのか。それは知らないけど、女だからってそれではいけないと思う。
 あたしが一人で頷いていると、リウスが低い声で答えた。
「カナンです。ザイン領の町の一つですね」
「ザイン、か……」
 あたしは無表情で呟いた。
 ザインについては少しだけ知っている。今あたしたちが向かっている大きな街で、魔法嫌いの風習があるらしい。
 魔法が好きで、魔法の研究をするために森を出たくて出たくて仕方なかったあたしには、非常に行きたくない街の一つなんだけど、仕方ない。ドラフのせいで行かなくちゃいけないんだから。
「魔法嫌いだかなんだか知らないけど、あたしは絶対に魔法の研究をするからね!」
 あたしはドラフの目の前に指を突き立てて宣言した。魔法の研究ができなかったら、それこそ何のために森を出たのかわからなくなっちゃう。まして、人間に使役されるだけのためなんて、考えるだけで怖気が走る。
「大丈夫よ、ホルウェン。別に魔術師は死刑ってわけでもないし、ギルドだってあるでしょう。そんなに怯えることないわ」
 あたしを安心させるように、優しい声音でエルメスが言った。あたしの方がずっと年上なんだけど、見た目のせいか、どことなくお姉さん風を吹かせている。別に嫌なわけじゃないけど、子供扱いされるのは好きじゃない。
「別に怯えてなんていないわ」
 あたしはツンとそっぽを向いた。エルメスは楽しそうに微笑んだだけで、それ以上何も言わなかった。何故か憎めない人だ。
「ところで……」
 不意に話の流れを断ち切って、リウスが口を開いた。まだ16歳だって言ってたけど、すごく大人びていて、無口で、滅多に自分から話すことはない。そのリウスが、ちょっと真面目な顔で話し始めたものだから、エルメスも表情を改めた。
 リウスの話は確かに深刻なものだった。
「ドラフさんたちは、お金を持っていますか?」
 ドラフよりあたしの方が格が上だってのに、あたしにではなくドラフにそう聞いたのは許せないけど、内容の方が遥かに重要だったから黙っていた。
 こんな時はちらりとあたしを見て、従者よろしく話してよいかと合図でもすればいいのに、あたしなんか気にもしないで、ドラフはさっさと答えた。
「生憎、まったく。なにせ、エルフの森を出てきたばかりだからな」
 そう言ってから、ドラフはまたがははと笑った。この人は、状況がいかに切迫しているかわかってないらしい。
 リウスもやや呆れたように苦笑してから、
「実は、僕もあんまり持ってないのです」
 と言いにくそうに告白した。それから、珍しくエルメスに少年らしい期待した眼差しを向けると、エルメスも困ったように胸の前で小さく手を振った。
「わ、私も、お金はほとんどエリックが持ってたから……」
「そうですか……」
 リウスががっかりしたように項垂れて、あたしは不安を覚えた。最年少なんだけど、リウスが一番しっかりして見えるから、この人にこういう反応をされると心中穏やかじゃない。それに、森を出て間もないけれど、お金には嫌な思い出があった。
 あたしがそれを思い出して身体を震わせると、リウスが「どうしたんですか?」と丁寧な口調で尋ねてきた。
 あたしは明るく顔を上げて、「何でもないわ」と言おうとしたけど、それよりも先にドラフが能天気に話し始めた。
「いや、実はな」
「ちょ、ちょっと!」
 あたしは慌ててドラフの口を手で抑えて、今度こそ「何でもないわ」と笑った。少々引きつった笑いになっていたけど、リウスもエルメスもそれ以上追求してはこなかった。
 実は、そのお金の思い出が、イコール、ドラフの失態であり、今ザインに向かっている理由でもあった。
 ある大義名分を得てアナタシアの森を出たのは良かったけれど、あたしたちはお金を持っていなかった。そんなわけで、せっかく人間の町プルーグに辿り着いても食べ物にありつけず、終いにはごたごたに巻き込まれて、乱闘の末ドラフが人間を殺してしまった。
 捕まったあたしたちに、モンテローザとかいう偉そうな男が、「ムオー教団に入信した、娘のアンナを取り戻して来い」って命令して、あたしたちにクエストの魔法をかけた。おかげであたしは、屈辱にもこの命令に従わなくちゃいけなくなったのだ。
 そして、その教団のある場所がザイン。偶然出会ったエルメスとリウスもこの教団を追っていて、今こうして4人で旅をしているのである。
 もっとも、この話の前半は二人には話していない。そんなのはあたしの自尊心が決して許さない!
 未だに困った顔をしているリウスに、エルメスが不思議そうな顔をした。
「リウス。そんなに深刻に考えなくても、私たちは冒険者なんだから、仕事をすればいいだけじゃない」
 あたしは冒険者なんてものになったつもりはないんだけど、今あたしたちのしていることが冒険者なのだと言われたら閉口するしかない。あたしはあくまで研究者の立場を貫きたかったけど、生業が職業であって、研究がお金になってない以上、あたしは職業としての研究者じゃないって話。人間界は厳しい。
 リウスはエルメスの言葉にしばらく考える素振りをしてから、あきらめたように目を閉じた。
「そうですね。先を急ぐ身ですが、今のままではザインまでもちませんし……。お二人も手伝ってくれますね?」
 リウスがあたしとドラフに交互に目を向けた。もちろん、嫌なんだけど仕方ない。
 複雑な表情で頷いたあたしに、ドラフが陽気に笑って見せた。
「まあ、ここでの金の稼ぎ方ってのを教えてもらういい機会だ。お前も前向きに考えた方がいいぞ?」
 まったく、どこまでも能天気なヤツ。あたしは静かに溜め息をついた。

  次のページへ→