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一滴の光

これは、『One of the Stars』 で掲載中のソードワールドRPGのキャンペーン、『エリックとエルメス』 の第11話 『偏愛』 を小説化したものです。
内容はキャンペーンの本筋とは直接関係しないものなので、『エリックとエルメス』 を知っている人はもちろん、知らない人にも楽しめる内容になっています。

名前 種族/性別 プレイヤー 技能
エルメス 人間/女 水原ほずえ ファ4、プリ3、セー3、レン2
ホルウェン エルフ/女 岸川由佳里 シャ3、ソー2、セー1
ドラフ 人間/男 雪島琴美 ファ4、レン3、セー2、シー1
リウス 人間/男 NPC(水原渉)

 エルメスがレンガ造りのオシャレな宿を見つけてきて、今夜はそこで泊まることになった。もっとも、オシャレっていうのはエルメスの感性であって、あたしはそうは思わない。こういう、石だけでできた建物はむしろ嫌いだった。
 もちろん、そんなことを嬉しそうにはしゃいでいるエルメスに言うほど子供ではないので、我慢して後に続いた。
「いらっしゃい!」
 店主と思われる鼻の大きな男の陽気な声と、人間たちの話し声。エルメスが、人間の町のほとんどは、宿屋が酒場と冒険者への仕事の斡旋をまかなってるって言ってたけど、どうもここには冒険者って人間はいないらしい。
 あたしが物珍しげに辺りを見回していると、中にいた人たちも物珍しげにあたしの方を見てきた。エルフを見るのが珍しいみたいだけど、あたしは見世物になった気がして憮然となった。
 ふと顔を上げると、すでにエルメスはカウンターにいて、店主と何やら話をしていた。慌てて追いつくと、ちょうど部屋を二部屋取ったところだった。
「ドラフとホルウェンで一部屋ね。ほら、リウスと一緒だと嫌だと思って」
 エルメスが部屋の鍵を差し出しながらそう言った。あたしは意味がよくわからず、それを受け取ってからリウスを見た。
「リウスはあたしと一緒の部屋じゃ、嫌なの?」
 あたしのことが嫌いなのかと思って、声がちょっと小さくなってしまった。別にリウスのことを特別な目で見てはないけど、嫌われて嬉しいはずはない。
 でも、それは誤解だったみたいで、リウスは面白そうに頬を綻ばすと、
「僕が、じゃないですよ。ホルウェンが嫌だろうっていう、エルメスの心遣いです」
 と説明してくれた。あたしはさらに首をひねってエルメスを見た。
「あたしは別に嫌じゃないけど……」
 エルメスはしばらくぽかんと口を開けてあたしを見ていたけど、その内にっこりと笑って、あのお姉さん風を吹かせた調子で言った。
「いいからいいから。わかったから、気にせずに元々のパーティーごとの部屋にしましょう」
 ちらっとリウスを見ると、何やら残念そうにしていて、その肩をドラフががははと笑いながら叩いていた。
 人間ってよくわからない……。
 一旦部屋に荷物を置きに行き、あたしたちはすぐに食事にするために食堂に戻ってきた。リウスは肉が好きらしく、エルメスと一緒にステーキを頬張っていたけれど、あたしは菜食主義なので、パンとサラダだけを食べた。この点では、いくら人間のドラフもあたしと同じだ。アナタシア育ちのドラフは、肉を食べたことがない。
 食事が済むと、エルメスは早急に解決すべき問題に取りかかった。
「マスター。何か仕事はないですか?」
 カウンターでいきなりエルメスがそう言って、あたしは驚いた。何かもっと前置きとか、そういうのなしで通じるのかしら。
 でも、やっぱりあらかじめエルメスが教えてくれた通り、宿屋が仕事を斡旋しているのはこの世界の常識らしく、店主はまったく動じた様子なく応対した。
「どんなんがいいんだ?」
「できるだけ手軽で簡単、お金が良くて、危ない橋を渡らずに済むやつがいいわ」
 もちろん、それはエルメスの冗談。って思ったら、横顔は結構真剣だった。
 幸いにも店主も冗談で受け止めたらしく、楽しそうに顎に手を当てて答えた。
「じゃあうちで働くか? お嬢ちゃん、可愛いから給金は弾むぞ? 力のありそうなおっさんはいるし、笛吹きもいる。おまけにエルフまでいるとなりゃ、客寄せには困らねぇ」
「う〜ん」
 自分が真面目に言った発言に対して店主がそう返してきたので、エルメスはその申し出に対して真剣に考え始めた。ちょっとちょっと……。
 あたしが心配するまでもなく、リウスが低い声で店主に言った。
「素敵なお誘いですが、今は目的のある旅の途中ですから。何か冒険者のする普通の仕事はないですか?」
 店主もちょっと安心したらしい。ほっと息をついてから、いよいよ本気の目をして言った。
「実は選ばせるほどなくて、今は一件しかないんだ。だが、この一件は急を要する仕事で、この俺からも是非引き受けて欲しいものでな」
「おじさんも?」
 あたしが首を傾げると、店主は大きく頷いた。
「町全体の問題ってヤツだ」
「ほう。面白そうだな」
 ドラフが身を乗り出して、あたしは「不謹慎よ」とたしなめた。もっとも、かく言うあたしも、内心ちょっとワクワクしていたけど、ドラフと同じってのは癪に障るから黙っていた。
「それで、一体何が起きたの?」
 聞き手に回るつもりだったけど、好奇心を抑えられずに尋ねてみた。店主は腕を組み、少し芝居がかった調子で答えた。
「端的に言うと、化け物騒ぎだな」
「ほう。詳細に言うと?」
 ドラフが変な促がし方で先をせがむ。黙ってはいるがエルメスも同じ気持ちらしくて、瞳が輝いていた。
 ただ、リウスはあまり関心がないようで、感情のこもらないその目は、村のためとか人のためとか、そういうのは関係なく、仕事を単に金儲けの手段だと割り切っているみたいだった。あたしはかすかに首を傾げた。
 店主はそんなリウスの様子なんてまったく気にならないみたいで、自分の話にのめりこんできた二人に、声を潜めて話を続けた。
「詳細に言うとだな、ひと月くらい前だったかな? ある冒険者のパーティーが、この町の中で人間の姿をした者に襲われた」
「曖昧な表現ね。人間じゃないの?」
 エルメスが不思議そうな顔をした。「人間の姿をした者」っていうのは、例えばあたしなんかもその一人だろうか。
 店主は「わからん」と首をひねってから、さらに詳細を教えてくれた。
 店主の話だと、その事件からさらに何組かの冒険者グループが襲われて、ついには町に冒険者が近寄らなくなってしまった。町の人間による、冒険者への怨恨という見方をされたのだ。
 けれど、冒険者が来なくなると、今度は町の人間が襲われ始めた。そして、このままではいけないと町の人間が集まり、その代表としてレフリトという人が正式な依頼として解決に乗り出した。
「レフリトさんってのは?」
 ドラフが口を挟むと、店主は「町一番の大富豪さ」と笑って答えた。
「『依頼』になってからは冒険者も来るようになったんだが、次から次へと返り討ちにあってな。報奨金もどんどん上がっていって、今じゃなんと8,000ガメル!」
「8,000! また結構な額ね」
 エルメスが仰天しながら高い声を上げた。8,000ガメルというのがどれくらいかよくわからないけれど、さっきのあたしの食事代が8ガメルだったことを考えると、1,000回分の食事ということになる。一日三食の計算で、このミッションだけで約1年分の食事が保証されると解釈すれば、確かに結構な額だとわかった。
「そんな金額になるまで、誰も倒せなかった相手を、俺たちがなんとかなるのか?」
 心配そうにドラフが言った。確かに、エルメスなんかはもう解決した気になって、「8,000、8,000」と喜んでるけど、あたしたちの手に負える仕事かどうか。
 ドラフの言葉に納得したエルメスが、大体これまで挑んできたパーティーの腕の程を尋ねると、ゴブリンの親玉を倒して喜んでいるようなレベルのパーティーだったらしい。
 もちろん、実際冒険者パーティーの大半がそれくらいのレベルだってことくらい、森を出たばかりのあたしにも想像がつくけれど、あたしはゴブリンの親玉くらい一人で倒す自信があるし、ドラフだって伊達に歳を食ってるわけじゃない。アナタシアは決して平和な森じゃなく、あたしたちは何十年という間に、何度も妖魔の類と戦闘してきた。
 リウスも歳の割にしっかりしているし、エルメスも腕には自信がありそうだ。同じことを思ったのか、エルメスは満足そうに頷いた。
「たぶん、私たちなら大丈夫ね」
 強気の発言に、宿屋の主人はほっと息を吐いて安堵の表情を浮かべた。例え成功しようと失敗しようと、この人自身は何も失わないし、もしも成功すればまた冒険者がこの町に戻ってきて、宿屋も繁盛する。気楽な立場だ。
「それで、その敵のことはもっとよくわからないの? 発生場所とか、時間とか」
「あと、頻度ね。敵の数も気になるわ」
 あたしの発言に、エルメスが質問項目を付け足して店主に渡すと、店主はそれに一つ一つ答えて言った。
「場所や時間はのべつまくなし、いつでもどこでも。頻度は、ここ最近どんどん増えている。まるで何かを焦っているような……」
「焦ってる?」
 エルメスが怪訝そうな顔をすると、店主は慌てて手を振った。
「いや、それは単に俺の考えだよ。表現が悪かったかも知れんが、とにかく増えてるってことだ」
「なるほどね」
「数は、常に一人だって言う話だが、毎回同じヤツかどうかはわからない」
 店主が最後にそう言って、あたしたちの情報収集は終わった。
 あたしが森を出てから初めてのミッション。なんとなく簡単そうに思えるのは、あたしが甘く見過ぎているだけかしら?

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