「どうされたんですか?」
アルースの話だと、ポミアはデュラハンのことは知らないらしい。どうせ知っていても知らなくてもできることはないのだから、それなら怯えずに済む分、知らない方がいいだろう。
言葉に貧したあたしの代わりに、エルメスが明るく答えた。
「一応、万が一別のヤツが、また町に来るといけないからって」
「そうなんですか! じゃあ、また冒険のお話、聞かせてくれますか!?」
一点の曇りもない笑顔で、ポミアがエルメスを見上げた。
「もちろんよ」
エルメスが大きく頷くと、ポミアは嬉しそうに顔を綻ばせた。エルメスが命懸けで守りたいと思った笑顔。あたしも拳を握って、改めて決意を固くした。
そして緊迫した二日間が過ぎた晩、突然庭が騒々しくなって、あたしたちは頷き合った。ついにデュラハンが来たんだ。
そう思って完全武装で飛び出したあたしたちを待っていたのは、デュラハンじゃなかった。
「ダブラブルグ!?」
エルメスが驚いて声を上げる。
そう。そこにいたのは、真っ黒な容姿に赤い線の入った二体のダブラブルグだった。
「どういうこと? やっぱりまだ残ってたの?」
困惑するエルメス。あたしはドラフに言われて、二人にプロテクションの魔法をかけた。相手が何であろうと、どうせ戦闘は回避できない。
魔術師の杖を持って身構えたその時、いきなりダブラブルグが言った。
「よくも夫を!」
「……え?」
あたしは思わず人間たちを見たけど、エルメスもドラフも首を傾げている。言葉がわからないのだ。
あたしはダブラブルグと同じ下位古代語で言い放った。
「お前たちの仲間を倒したのはあたしたちよ! 文句があるなら、こっちに言いなさい!」
ダブラブルグは自分にもわかる言語で話され、つかんでいた屋敷の男を放すとあたしを睨み付けた。もちろん、睨み付けたって言っても、相手に目はないけど、雰囲気でわかる。
ダブラブルグは低い古代語で言葉を続けた。
「約束が違うじゃないか! 時が経てば、夫も子供も無事に返すと!」
「約束?」
あたしが眉をひそめると、ドラフがあたしの袖を引っ張った。
「おいおい、あいつは何を言ってるんだ?」
「え? ああ」
あたしはダブラブルグの言葉を通訳してから、約束について聞いた。
ダブラブルグは何やらよくわからないことを延々と口走った。それはまったく意味不明だったけど、しばらく問答してようやくあたしは理解した。
それによると、ダブラブルグは彼らの卵、つまり子供をこの家に者に取られたらしい。そして、返して欲しければある期間中、冒険者や町の人間を襲うよう命令されたそうだ。
彼らの話がわかった分、あたしはさらに混乱した。
「それじゃあ、何? アルースは自分で引き起こした事件を解決するよう依頼してたわけ?」
わけがわからず頭を抱えると、ドラフが複雑な表情であたしの肩を叩いた。
「少なくともこいつらを倒せるレベルの冒険者を探していたんだろう。見つかればこいつらは倒されるし、見つからなかったらこいつらをデュラハンにぶつけるまで」
「そ、そんな……」
あたしは頭の中がいっぱいになって、涙が込み上げてきた。
「そうだ! じゃあ、その卵を返せば……」
言いかけたあたしを、エルメスの声が遮った。
「もうないでしょうね。来るわよ!」
「ええい、もう!」
猛然と襲いかかって来たダブラブルグの一体に、あたしは泣きながらストーン・ブラストを放った。魔法はアルースからもらった魔晶石を使ったから、精神力は消耗しなかったけど、別の意味で疲れ果てた。
魔法は的確にダブラブルグを傷付けたけど、彼らはひるむことなく迫ってきた。
エルメスとドラフが剣を抜き、ダブラブルグに向かっていく。けれど、ドラフの剣には若干の迷いが見て取れた。そのせいだろう。ドラフの剣はなかなか当たらない。
「ドラフ! 何を迷ってるの!」
あたしはもう無我夢中でストーン・ブラストを使い続けた。魔晶石を使い果たそうと、精神力が尽きて倒れようと構わない。
あたしはもう、これ以上戦うつもりはなかった。デュラハンが誰を狙おうが、そんなこともう知らない!
「せあっ!」
あたしの魔法で弱っていた一体にとどめを刺すと、エルメスはすぐにもう一体に向かっていった。すごい気迫。
瞳に涙を浮かべながら斬りつけると、ダブラブルグはドラフの方に吹っ飛んだ。
「ドラフ!」
「ええい!」
ドラフは迷いを断ち切って剣を振り下ろした。それは正確にダブラブルグを切り裂き、死に至らせた。
訪れる静寂。
あたしはとてつもない虚無感に囚われて膝をついた。
人は、なんて身勝手なんだろう。あの人たちの涙は、あの懇願は、一体なんだったんだ。
あたしが激しく首を振ると、エルメスが軽くあたしの肩に手を乗せて、神聖魔法で精神力を分けてくれた。
「どうして……?」
もう戦いは終わったのに。もう戦いは起こらないのに。
エルメスは悲しそうに笑った。何も言わずに、ただ瞳に涙を浮かべて笑った。
「エルメス……」
呟くと、屋敷からレフリト夫妻が、娘を伴って現れた。
ドラフは目を背け、あたしはきつく睨み、そして静かにエルメスが立ち上がる。
リウスは、エルメスから少し離れたところに立ち、目を閉じていた。その表情にはドラフと同じ絶望が見て取れたけど、彼のそれはドラフのような一時的な、直情的なものじゃない。もっと本質的な、言ってみれば彼の人間性を表しているかのようだった。
そうか、リウスは現実的なんじゃなくて、絶望的なんだ。きっと、人間に対して。あの時エルメスに向けた期待は、自分の持つ人間観を変えて欲しかったのかも知れない。
ゆっくり近付いてきた三人に向かって、エルメスが珍しく感情のこもらない、低い声で言った。
「ご覧の通り、ダブラブルグが二体、襲いかかって来ました。彼らは、約束を破られた恨みだと言っていました」
「……そうか」
アルースがあきらめたように項垂れた。
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