そうそう、通常の場合、依頼は依頼主のところに言って話を聞き、そこで正式に受けるかどうかを決定するらしいけど、今回はその敵を退治して証拠を持っていけばいいらしい。レフリトさん個人の問題ではないし、行っても特に話すことがないからだそうだ。
「とりあえず、遭遇に関しては問題なさそうね。元々冒険者を狙っていたっていうし、冒険者の私たちは、外にいればすぐに狙われるでしょう」
物騒なことを、エルメスがさも嬉しそうに言った。確かに、さっさと解決したいあたしたちとしては、すぐに遭遇できるに越したことはない。けど、あんまり嬉々として言われると、エルメスがすごく好戦的に見える。
「じゃあ、後はそいつがどんなヤツか、ね。ダークエルフかしら」
あたしは露骨に顔をしかめた。人間がダークエルフをどう思ってるか知らないけど、あたしたちエルフにとってそれは絶対の敵。許されざる存在。世界から真っ先に排除すべきだって、昔からそう教わっている。
けれど、やっぱり人間にはそれほどでもないらしく、エルメスは普通の敵と同一視しているように言った。
「ダークエルフだと……まあ、レベルにもよるけど、一人が相手なら大丈夫ね」
「けど、ダークエルフは特徴が多いし、いくら弱っちい冒険者でもわかるだろう」
ドラフの言葉に、人間たちは納得したように頷いた。確かに、相手がダークエルフなら「人間の姿をした者」なんていう表現を使うまでもないだろう。
「ただの乱心した人かも知れないですね。人間にも強い人はいますから」
「その線が濃厚かしら。とにかく、人間の格好をして一人でいるヤツを見かけたら注意ね」
エルメスがそう締め括って、あたしたちは頷き合った。
あ、そういえば気が付くとエルメスがリーダーみたいになってるけど、この子もそんなに世慣れしてるように見えないし、大丈夫かしら、このパーティー。
あたしは一度不安げにエルメスを見たけれど、少女は相変わらずのんびりした様子で笑っていた。
さて、それからあたしたちは武装して外に出た。
まだ夕方と呼ぶには早い時間で、日の光も強い。けれど、町にはあまり人がおらず、いてもみんな集団で武装していた。
「物々しいわね」
あたしは金属が好きじゃないから、ちょっと顔をしかめた。もちろん、事態が事態だからしょうがないのはわかるけど、愚痴の一つくらい零しても罪にならないわよね?
「まあ、見た目だけで襲われなくなるなら、それでいいんじゃないか?」
ドラフが無表情で言った。こういう時のドラフは、何を考えてるのかよくわからない。
思うに、人間の40年とエルフの40年では、物事の吸収力や、成長力が違うんじゃないだろうか。短命な分、人間の方が成長が早い。ドラフは確かに見た目と同じだけ成長している。あたしはそれを少しだけ悔しく思った。
何にも遭遇することなく夕方になり、町には人影がなくなった。宿屋の主人は、襲ってくる時間はバラバラだって言ってたけど、やっぱり人間の特性として、夜の方が危険って思うのだろう。彼らはあたしたちみたいに夜目が利くわけじゃないし、その気持ちはわからないでもない。
そうこうしていると、不意に前方から一人の戦士風の男が歩いてきた。今、町の人はみんな武装しているし、その人はどう見てもただの人間だったから、エルメスはあまり気にかけていないようだった。
けれど、不意にドラフが表情を険しくして、小声で言った。
「あいつ、怪しいな。警戒しておけ」
あたしはドラフに命令されてムッとなり、意地悪く言い返した。
「本当? 勘違いじゃない?」
ドラフはあたしのこういう発言には慣れているので何も言い返さなかったけど、代わりにエルメスが柔らかな声で忠告した。
「ホルウェン、警戒するに越したことはないわ」
「そうね」
ドラフの言うことなんかを疑うことなく真に受けるエルメスもどうかと思ったけど、あたしは素直に従った。なるほど、この子には実力以上の風格があるのかも知れない。リーダーとしての。
結果として、ドラフの忠告のおかげで、あたしたちは最初の一撃を回避することに成功した。
あたしたちが通り過ぎた瞬間、その男は突然剣を抜いて斬りかかってきたのだ。攻撃対象は先頭の少女だったけど、エルメスは敏捷な動きでそれを躱すと、素早く剣を引き抜いた。
ドラフも剣を抜き、あたしは二人の後ろに隠れるように移動すると、二人にファイア・ウェポンの魔法をかけた。
炎をまとった剣を豪快に振り下ろしたエルメスの攻撃を、男は身軽な動きで回避した。けれど、続くドラフの剣を肩に受け、数歩よろめく。
ちらりとリウスを見ると、彼は平然と突っ立ったまま、何もしようとしていなかった。恐らく、あたしたちの腕を信じているのだろうけど、あたしはちょっと腹が立った。こういう時は、振りでも戦うものでしょ?
ドラフの攻撃を受けた男は、すぐに体勢を立て直してドラフに斬りかかった。
「ドラフ!」
あたしは思わず声を上げたけど、重傷には至らなかった。もちろん、それでも古くからの友人を斬られて、平常心でいられるほどあたしは薄情じゃない。
「エネルギー・ボルト!」
あたしの放った魔法は、確実に相手の生命力を削ったようだった。それに乗じるようにエルメスが気合いを入れて斬りかかるけど、いきなりつまずきそうになってよろめく。
この人、本当に強いの……?
エルメスは戦闘中だってのに、あたしの方を見て照れたように笑った。大物には違いないようだけど。
次のドラフの一撃を受けた男は、敵わないと見て逃げ出した。
なかなか速い動きだけど、もちろん逃がすあたしたちじゃない。すぐにドラフが追いつき、男はドラフに捨て身の一撃を放った。
「うおぉっ!」
振り向き様の攻撃に、ドラフは派手に斬られて地面に崩れた。
「ドラフ! このぉっ!」
声の主はリーダー。エルメスは渾身の力を込めて男を斬り付け、ようやく男は動かなくなった。
あたしはすぐにドラフに駆け寄り、魔法で傷を治した。
「悪いな、ホルウェン」
「別に。でも、もうちょっと考えて戦いなさいね!」
あたしはドラフが平気そうだったので、そう軽口を叩いて返した。
突然、エルメスが小さな悲鳴を上げた。
「きゃっ!」
まさか敵が復活したのかと思って素早く振り返ったけど、そうじゃなかった。でも、異様なことに変わりない。
男の死体が見る見る黒くなっていき、最後には人の形をした真っ黒な物体に変わった。顔のところに一本の赤い線が入っていて、それがいっそう不気味に写る。
「こ、これは?」
あたしは、もちろんこんな化け物は見たことがなかった。ドラフも同じで、首をひねる。
「とりあえず、確かに相手が人間じゃないことはわかったが……」
エルメスも生憎見たことがなく、頼りのリウスも苦笑しながら首を振った。
「とにかく、これをレフリトさんの家に運びましょう」
エルメスの言葉に反対する理由はなかった。
それにしても、こんな化け物がどうして町で人を襲ってたんだろう……。
あたしは一人で首を傾げた。
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