ポミアが下がると、あたしはエルメスに確認方法の曖昧さについて聞いてみた。エルメスはきっと、あたし以上に何かを感じ取ったに違いない。
そう思ったら、期待は呆気なく打ち砕かれて、エルメスはのんびりした様子で語った。
「何か事情があるにはあるようだったけど、私たちとしてはお金がもらえればそれでいいし。話したくないことは追求しなくていいんじゃないの?」
「気にならないの?」
さらに追求すると、エルメスは「別に」と笑ってから、ちらりとリウスを見た。
「私には全然関係ないあの人の秘密なんて気になってたら、とてもじゃないけどリウスとは一緒にいられないわ」
その言葉にリウスは目を閉じて小さく笑った。
確かに、パーティーの中にさえ謎だらけの人がいるだから、それを思えば赤の他人の秘密なんてどうでもいいか。あたしは納得してそれ以上の追及をやめた。
やがてポミアが呼びに来て、あたしたちは食堂に案内された。テーブルの上には即席用とは言え、さっきの宿屋では考えられないような豪勢な食事が並んでいた。
「うわー!」
あたしは思わず目を輝かせると、席につくが早いかスープをすすった。ドラフもあさましくパンにかじりついている。
そんなあたしたちを見て、エルメスが困ったような微笑みを浮かべた。さっきの宿屋でも同じ食べ方をしていたのに何だろうと思ったら、どうも人間界には時と場合によって食事の作法が違うらしい。
エルメスは一人だけ上品な食べ方をしていたけれど、それはあたしたちの中にあってむしろ浮いたものになっていた。
あたしたちが一通り食べ終えると、ポミアが期待に満ちた眼差しを向けた。
「あの、みなさんはどちらから来たんですか?」
「どうして?」
エルメスが一度あたしたちと顔を見合わせてから、首を傾げて聞き返した。冒険者に過去を尋ねるのは非常識なのかも知れない。冒険者の中には人には言えない事情を持った者も多いし、かく言うあたしもその一人だ。
ポミアもそれを感じ取ったのか、慌てて手を振って申し訳なさそうな顔をした。
「いえ、その、ただのわたしの好奇心です。その、わたし、ほとんどこの家を出たことなくて……」
「ああ、そういうこと」
エルメスが納得したように頷いてから、しょげ返っている少女を安心させるように質問に答えた。
「出身はタラントよ」
「タラント? それはどこですか? オランの方ですか?」
あたしもタラントを知らないので、興味津々にエルメスを見た。ちなみにあたしは、オランも知らない……。
ドラフも同じらしく、期待の眼差しをエルメスに向けている。リウスはあまり興味がないようだ。あるいはすでに知っていたのか。
「タラントは西部にある街よ」
「あ、思い出しました! テン・チルドレンの一つですね?」
「そうそう」
何やらポミアが納得したように手を打ったけど、あたしはそのテン・チルドレンとやらも知らない。
何だか自分が非常に無知な人間に思えてきたけど、あたしは森を出たばかりのエルフなんだからしょうがないと、自分を慰めた。
「そこからエリックと……」
と言いかけて、エルメスは一度言葉を切った。そしてほんの少しだけ何か思い出すような素振りをしてから、改めてポミアを見る。
「エリックと二人でザーン、ベルダインを通って、レイドに入って、それからロマールに行って……」
エルメスは何事もなかったように街の名前をたくさん挙げているけど、それはきっとすごく長い旅だったのだろう。案の定ポミアも驚いた顔でエルメスを見てから、感激したように手を打った。
「すごいですね! わたしが本でしか読んだことのない街を、そんなにたくさん見てきたなんて!」
「まあね」
エルメスは複雑な微笑みを浮かべた。
それだけ旅をしてきたのには、それだけ旅をしなければならない事情があったのだ。エルメスは昔お嬢様だって言ってたし、本当は冒険者になんかなりたくなかったのかも知れない。
それでも、ポミアがあんまり嬉しそうな顔をするからか、エルメスはそういうところはまったく表に出さずに、冒険の楽しいことだけをポミアに語って聞かせた。どうせポミアが冒険者になることなんてないのだから。
ポミアは一通りエルメスの話に満足すると、今度はあたしにも聞いてきた。
あたしは特に話を持ち合わせてなかったので困ってドラフを見ると、ドラフはあたしにとっては何気ないアナタシアでの生活のことを話し始めた。
ポミアはそれを聞きながらひどく感心し、エルメスも物珍しそうに頷いている。
なるほど。人間にとっては、エルフの生活や集落の様子、そんな一つ一つが珍しくて面白いのだ。
今度はあたしがエルメスを感心させてやる番だと、あたしもドラフと一緒にあれこれと話して聞かせた。
最後にポミアは、恐れ知らずにリウスにも質問した。
「リウスさんは、どこから来られたんですか?」
一瞬部屋に緊張が走った。あたしは息を飲み、ドラフは目を逸らせ、エルメスは意外にも細い鋭い目をしてリウスを見た。
そうか。エルメスはリウスに何も聞かないけど、気になってないわけじゃないんだ。ただ、それが失礼なことだと知ってるから聞かないだけなんだ。
リウスはちらりとエルメスを見てから、少年らしい顔つきでポミアを見て、明るく笑って言った。
「僕のはそんなに面白くないですよ。出身はオランで、家は結構金持ちでね。趣味で笛を吹き始めたのですが、なかなかセンスがあるからって言われて、呪歌を習ったんです」
「へー」
あたしはリウスが過去を語っているという事実に驚きながら、その話に聞き入った。ふとエルメスを見ると、あからさまに落胆した様子でリウスを見ている。どうしたんだろう。
やがてリウスが、自分で言う通り「面白くない」話を終えると、もう随分遅い時間になっていた。
ポミアは「ありがとうございました」と頭を下げて立ち上がった。
「今夜はいっぱいお話を聞かせてもらっちゃって……わたし、興奮して寝られないかも知れません」
元気にそう笑ったポミアに、エルメスが微笑み返した。
「喜んでもらえてよかったわ。おやすみなさい、ポミア」
「はい。おやすみなさい、皆さん」
そう言って、ポミアは部屋を出て行った。
急に部屋がしんとなって、あたしは深く息を吐いてからリウスを見た。そして口を開きかけた瞬間、先にエルメスが小さく笑って言った。
「リウス、咄嗟に作った話にしてはよくできてたわね」
「え? 作った?」
あたしはびっくりして声を上げた。
リウスは何事もなかったように笑うと、静かに立ち上がって窓辺まで歩いた。そして、窓枠に切り取られた夜空を見上げて、独り言のように言った。
「僕のことは、一緒に旅をしていればその内わかりますよ」
エルメスは満足そうに微笑むと、同じように音も立てずに立ち上がった。
「それじゃあ、その日が来るのをのんびり待つことにするわ。私、こう見えて結構好奇心旺盛なのよ」
そう言って、エルメスは静かに部屋を出て行った。
あたしはそんなエルメスとリウスの背中を交互に眺めながら、人間って面白いと思った。魔法の研究もいいけど、人間の研究も面白いかもしれない。
幼い頃から唯一知っている人間に目をやると、ドラフは何事にも関心がないように、ふんぞり返って紅茶を飲んでいた。
あたしはやれやれとため息をついた。
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