夏休みで唯一憂鬱なものと言えば、宿題である。それぞれの先生が他の教科のことなど考えずに宿題を出すから、全体として山のような量になるのは中学時代と同じだ。いや、むしろ高校では悪化したかもしれない。あるいは、中学の頃は私は夏休みは一人で暇していたから、宿題の量が気にならなかっただけかもしれない。
帰宅部の面々に宿題との向き合い方を聞いたら、絢音はいかにも優等生らしく、７月中には大半を終わらせたいと言っていた。私も絢音同様、前半に終わらせる派だが、理由が違う。私は８月に後顧の憂いなく遊ぶためだが、絢音は自分のしたい勉強をするのに、宿題は邪魔だと言っていた。意味がわからない。夏休みにやる勉強など、宿題だけで十分ではないか。
涼夏は後半に一気にやると言っていた。先延ばしにしたところで、量が減るわけではない。絢音が冷静にそう指摘すると、涼夏は笑いながら持論を述べた。
「先にやったら、実テの前にまた勉強しなくちゃいけないじゃん？ でも、最後に宿題をやったら、それがそのまま実テの勉強になるでしょ？」
涼夏の言葉に、私は思わず絢音と顔を見合わせた。確かに、８月上旬までに一気に詰め込んだ内容は、９月の実力テストの時まで覚えていない。涼夏の言うことにも一理ある。あながち間違ったことは言っていないが、どうも言い訳がましく聴こえるのはどうしてか。
「じゃあ、宿題は二人でやろうか」
仕方なさそうに絢音と二人で頷き合うと、涼夏が血相を変えて割り込んだ。
「待って。そういうことなら一緒にやるから！」
「でも、内容忘れちゃうよ？」
「お許しください、絢音様。わたくしめには、あなた様のお力が必要なのです」
泣きすがる涼夏の頭を、絢音が微笑みながら撫でた。ひどい茶番だ。
そんなわけで、私も涼夏もバイトのない日に、宿題会を開くことにした。私がお昼に涼夏の手料理を所望したら、慣れた台所がいいと言って、涼夏の家でやることになった。母親は仕事だし、妹は部活で夕方までいないらしい。絢音も夜は塾があるので、丁度いい。
奈都も部活もバイトもなかったので声をかけると、喜んで参加すると言った。クラスは違うが、宿題は同じである。
「誘ってくれてよかった。去年までは一緒にやってたけど、今年はチサ、きっと私のことなんて忘れて、帰宅部の友達と仲良くやるんだろうなって一人で泣いてた」
奈都がわざとらしく鼻をすすって目元を拭った。こんな滑稽な芝居をするような子だっただろうか。帰宅部に毒されてきたように見えるが、それなら嬉しい。
「涼夏も絢音も、奈都のこと好きだよ」
「歓迎の空気は感じてるよ。でも、帰宅部は結束が強すぎて、誘われたら入れるけど、自分からは声をかけづらい」
「そんな遠慮、要らないのに」
私が呆れながら言うと、奈都はわかってないなぁと苦笑いを浮かべた。確かに、そんなようなことを言うのは奈都だけではない。クラスの中でもそういう声はあるが、実際に彼女たちのことは求めていない。だが、奈都は私の大事な親友だし、涼夏も帰宅部に引き込もうとしている。他の子のように距離を置かれるのは少し寂しい。
涼夏の家の最寄り駅で待ち合わせて合流すると、涼夏が仲間を求めるように奈都の肩に手を置いた。
「そういえば、ナッちゃんは期末の順位はどうだった？」
「んー、可もなく不可もなく」
「半分より上？」
「半分よりは上だけど、半分よりは上ってくらいだよ」
奈都が明るく笑う。誇れるような成績ではないが、悪いとも思っていないようだ。みんな同じように勉強しているのだから、半分より上なら上等ということだろう。
「じゃあ、私と同じくらいだ」
涼夏がにこにこしながら奈都の手を握った。
「相変わらず、帰宅部はスキンシップが多めだね」
奈都が困惑気味に笑う。嫌そうではないので、大丈夫だろう。涼夏が繋いだ手を子供のように振りながら、もう片方の手で私を指差した。
「この人が、いつも私のことをバカだって言うんだよ。ナッちゃんも同じくらいの成績なら、つまり……」
涼夏がニヤッと笑って、私は慌てて手を振った。
「違う。そういう意味じゃない！」
「チサ、人にバカとか言っちゃダメだよ。チサにはできなくて、涼夏にだけできることだって、たくさんあるでしょ？」
奈都が声を低くする。本気で少し怒っているようだ。涼夏が困ったように微笑む。絢音が口元を押さえて肩を震わせる横で、私は冷静に頭を振った。
「違うの。逆なの。涼夏が可愛いし優しいし女子力高いし天使だし、あまりにも完璧ガールだから、私は涼夏の欠点を探す旅の途中なの」
「嫌な旅だね」
奈都が呆れたように笑った。帰宅部ジョークだと理解してくれたらしい。
そもそも涼夏の頭は悪くない。ユナ高に入学できた時点で一定の偏差値はあるし、学年でも半分より上なのだから、決してバカではない。あくまで、学年６位と３３位との比較で話しているだけだ。
「ナッちゃんは宿題は先にやる派？ 後にやる派？」
話を変えるように涼夏が聞いた。涼夏の住むマンションまでは、日差しを遮るものが少なく、歩いているだけで汗が滴り落ちる。涼夏と奈都はずっと手を握っているが、暑くないのだろうか。
「たぶん、放っておいたら溜まりそう。中学の時はチサと一緒にやってたから、自然と早く終わってたよ」
「じゃあ、今年もそうなるね」
「だといいけど。部活もバイトもあるから、あんまり参加できないかも」
「バイトって言うと、カラオケどう？ っていうか、別にバイトする気なかったんでしょ？ 千紗都への愛を感じるよ」
涼夏が喋り続ける。しかも、一方的にではなく、ちゃんとキャッチボールになっているから、相変わらずのコミュニケーション力だ。
奈都のバイトの話を聞いている内に、マンションに到着した。１０階建てで玄関はオートロックだが、建てられてからそれなりに年月が経っていそうだ。私が薄汚れた壁をじっと見つめていると、涼夏が陽気に笑った。
「今度、大々的に壁の補修をするって。そしたら、きっと綺麗になるよ」
「いや、違う。別にそんなことを思ってたわけじゃない」
私は思わず顔が熱くなって、慌ててそう言い繕った。少し古く感じたのは事実で、しかもそれを住んでいる本人に見透かされた。恥ずかしい上に、失礼すぎる。しばらく手をバタつかせてから、しゅんとして「ごめん」と呟くと、涼夏が私の背中をバシッと叩いた。
「壁の汚れとか知らんし。千紗都もそうでしょ？」
確かにそうだ。うちもマンションで、築浅だから綺麗だが、それは野阪家とは何も関係がない。古いから家賃が安いというわけでもないし、そもそも比較したわけでも見下したわけでもない。ただ、リンゴを見て「赤い」という感想を抱いたような、その程度の話だ。そう力説すると、涼夏は「わかったわかった」と笑いながら、私たちを中に導いた。
リビングの方が広いので、誰もいないしリビングでやろうと、涼夏は真っ直ぐ私たちを一番奥に導いた。先程のことがあったので、私が本音を遠慮すると、絢音がくすっと笑って涼夏の腕に触れた。
「涼夏の部屋が見たいな」
「まあ、そうだよね。別にいいよ」
そう言って、部屋のドアを開ける。物で溢れているが、散らかっている感じではない。全体的に淡い色味の物が多いが、布団カバーとカーテン、カーペットの色に統一感がなく、どうもオシャレな涼夏らしくない。
私が難しい顔でカーテンを見つめていると、涼夏がベッドの端に座って、ポンポンと布団を叩いた。
「私が買ったわけじゃないんだよ」
「ねえ、涼夏。私の心が読めるの？ 私が声に出してないことに、さもそう言ったかのように反応しないで」
先程のマンションの壁もそうだ。確かに私は失礼なことを思ったかもしれないが、声に出してはいない。私が思うより顔に出ているのだろうか。不安に思うと、涼夏が実に明快な答えをくれた。
「私もそう思ってるからね。壁は汚いし、色はバラバラだし」
涼夏の笑顔に、私は大きく息を吐いた。そのまま鼻から空気を吸い込むと、涼夏の香りがした。
「いい匂い」
うっとりと微笑むと、涼夏は「それは声に出すんだ」と苦笑いを浮かべた。
「私も、千紗都の部屋は千紗都の匂いがするって、行くたびに思うけど、声には出してない」
「チサの部屋、いい匂いがするよね」
奈都が笑って頷いて、私は思わず目を丸くした。
「奈都、そんなこと考えてるの？」
「昔からずっとそう思ってるけど、私も声には出してない」
「千紗都、いい匂いだよね。時々椅子を引いてる時、嗅ぎたくなる」
絢音が便乗するようにふふっと笑った。私は思わず顔を赤くして首を振った。
「やめてよ。後ろで絢音がそんなこと考えてると思ったら、授業に集中できない」
「授業が退屈な時は、髪の毛綺麗だなとか、下着は何色かなとか、噛みたいうなじとか、色んなこと考えながら眺めてるよ」
絢音がいたずらっぽくそう言って、意味もなく舌先で唇を舐めた。涼夏と奈都がニヤニヤした目で私を見ている。ここにいたらヤラれる。私は一歩後ずさりすると、脱兎のごとく涼夏の部屋を飛び出した。
リビングのテーブルに問題集を広げて、宿題に取り掛かる。涼夏の強い要望により、数学から始めることにした。他の教科は時間をかければ何とかなるが、数学だけはわからなかったらどうにもならない。まったくその通りだ。
「数学なんて、四則演算が出来ればそれで十分だよ」
涼夏がぶつくさ言いながら問題を解いていく。わからない問題は学年６位の絢音大先生がいるから安心だ。大体１時間ほど解き進めると、飽きたからと言って他の教科を開いた。今日はご飯もご馳走になるし、ホストの意向に従う。
「ご飯、何作ってくれるの？ 涼夏スペシャルガラムマサラ？」
私が古文の問題を埋めながら聞くと、涼夏がまばたきして不思議そうに私を見た。
「どっから出てきた、その選択肢。しかも、ガラムマサラは料理の名前じゃない」
「えっ？ カレーっぽいインド料理じゃないの？」
「カレーに使う香辛料だ」
思わず固まって後の二人を見ると、二人とも憐れむような目で私を見ていた。私は思わず顔を覆って首を振った。
「そんな目で見ないで！」
「千紗都、それ好きだな」
涼夏が笑う。確かに好きかもしれない。
結局昼はパスタを作ってくれるらしい。ほうれん草やベーコンやしめじやナスの入った、チーズたっぷりのトマトパスタだそうだ。
「簡単で美味しい」
涼夏が笑いながら、そろそろ作ると言って立ち上がった。簡単かどうかは個人差があるが、負担ではなければそれでいい。
「なんか、無理なお願いをした気もする」
今さらそう思い、何か手伝おうかと腰を上げると、涼夏は軽いタッチで私の肩に手を乗せた。
「いいのいいの。みんな、私に惚れちゃうね」
「もう惚れてる。何かお礼をしないと」
いくらなんでも申し訳ない。土産の一つでも持ってくれば良かったと、今さら後悔していると、涼夏が私の頬に触れてとんでもないことを言った。
「じゃあ、キスでもしてって言おうと思ったけど、今日は正妻の前だから我慢だ」
涼夏が楽しそうに笑いながらキッチンへ行く。すぐそこではあるが、会話から離脱できる適度な距離だ。
私は顔を上げずに腰を下ろすと、チラリと目だけで向かいに座る絢音を見た。絢音はまるで何も聞いていなかったように、教科書を開いて一人でうんうんと頷いている。仕草がわざとらしい。
隣から冷たい視線を感じて、背筋がゾワッとした。
「キス？ 今日は？」
奈都がとても静かに呟いた。怖い。殺されそうだ。
キッチンでは爆弾を投げ逃げした本人が、鼻歌混じりに料理の準備をしている。適度に音があるから、ヒソヒソ話なら聞こえないだろう。
「友チューってやつだね」
そう言って、顔を上げずに頷いた。ベッドで抱き合いながら舌を絡めるキスが友チューかは考える余地があるが、涼夏と付き合っているわけではないのも確かだ。
「アヤもしたことあるの？」
奈都が恐る恐るというように絢音に尋ねる。絢音は顔を上げて爽やかに頷いた。
「まあ、友達だし。私が一方的に千紗都の唇を奪った」
ニッコリと微笑むその表情に、私はすぐに絢音の真意を理解した。この子は奈都がポジティブな感想を抱いていないことをわかった上で、自分を犠牲にして私を守ろうとしている。帰宅部の部長として、部員にそんなことをさせるわけにはいかない。そもそも内容が事実ではない。
「いや、私からも普通にする。友達だし」
キッパリそう言い切ると、少し声が大きくなった。向かいで絢音が微かに頬を緩める。会話に気が付いた涼夏が、慌ててキッチンから駆けてきた。
「もしかして、千紗都とナッちゃん、まだキスしてなかった？ わかった！ ナッちゃんは正妻だから、千紗都はタイミングを窺ってるんだね！」
慌てた様子でそう言うと、奈都が困ったように首を傾けた。
「友達同士でキスとかするの？ 私の常識にはないんだけど」
「世界には色んな常識があるんだよ」
「涼夏とアヤも？」
「もちろん！」
涼夏は大きく頷くと、そのまま絢音の前に座って肩を引き寄せた。絢音も涼夏の背中に手を回して、何でもないように口づけを交わす。
奈都は驚いたように目を見開いてから、モジモジと恥ずかしそうに俯いた。とても可愛らしいが、それを楽しむ余裕はない。
「帰宅部の友情の証みたいなものだから、難しく考えないで」
私がそっと奈都の手を取ると、奈都は私の指先をキュッとつまんで、頬を赤らめたまま非難げに私を見上げた。
「帰宅部は、みんな頭がおかしい」
「ナッちゃんも帰宅部に入ったらキスしてあげるね。いや、入らなくても特別に……」
そう言って涼夏が飛びかかると、奈都が可愛らしい悲鳴を上げて体を引いた。絢音が口元に手を当ててくすくすと笑う。
ひとまずそれで納得してくれたのか、奈都はすぐにいつもの笑顔に戻って教科書を開いた。咄嗟に絢音とキスをした涼夏の機転に感謝したいが、そもそも涼夏の失言が招いた事態だ。もっとも、別に隠していたわけではないので、涼夏を責めるのも筋違いである。
宿題を続けていると、いい匂いとともに涼夏の特製パスタが完成した。具沢山でとても美味しそうだ。机の上を片付けて食べ始める。見た目通りの美味しさに、思わず頬が緩んだ。涼夏の料理を初めて食べる奈都が、感激の声を漏らした。
「えっ？ 美味しい。天才？」
奈都がキラキラした瞳で涼夏を見つめる。涼夏はぽりぽりと頭を掻きながら微笑んだ。
「いや、パスタで感動されても嬉しくない。超手抜き料理」
「そんなに可愛くて料理も得意とか、ヤバイでしょ」
奈都の反応がとても良かったので、私は満足して大きく頷いた。
「欠点を探す旅に出たくなるでしょ？」
「なる！」
「ならんでいい」
涼夏が冷静に突っ込んで、フォークを口に運んだ。
食事中は奈都の質問に答える形で、涼夏が料理部の話をした。私も詳しく聞いたことはなかったが、和食も洋食も和菓子も洋菓子も作っていたらしい。それを週に何日か、引退するまでほぼ３年続けた上、実際に家でも料理をしている。パスタなど、目をつむっても作れるのだろう。
「私も今度教えてもらお」
そう呟く奈都に、涼夏が陽気に言った。
「夏休み中に料理もしようって話してるから、ナッちゃんも参加してね」
「楽しそうだなぁ。お金は欲しいけど、バイトが微妙に重荷だ。時間を制限される」
「帰宅部に入ればすべて解決！」
「バトンは辞めないから！」
奈都が声を上げて、涼夏が楽しそうに笑う。絢音も穏やかに微笑んでいる。食事前はどうなるかと思ったが、奈都の誕生日会の時のような和やかな空気に戻っている。私はほっと胸を撫で下ろした。
それからも平和に宿題をやり、涼夏がいよいよ飽きたと喚き出したので、少しだけトランプをして解散した。駅まで送ってもらい、「また遊びに来て」と涼夏が可愛らしく手を振る。もちろん、何度でも遊びに行きたいし、今度は涼夏の部屋で楽しみたい。
絢音とは逆方向なので改札で別れると、奈都と二人で電車を待った。
「今日、楽しかったね」
いつものノリでそう言いながら奈都の手を取る。その手を奈都はギュッと握ってくれたが、何やら深刻そうな顔で私を見つめた。急に昼前のことを思い出して背筋が冷たくなる。案の定、奈都は少しだけ躊躇うように唇を引き結び、決心したように切り出した。
「チサ、涼夏やアヤとよくキスするの？」
一瞬、言葉に詰まった。嘘をつく気はないから、答えは決まっている。ただ、どういうトーンで伝えるのが正解か。
そもそも奈都は、それを確認してどうするのだろう。それを聞くことで、どういう感情が芽生えるのだろう。涼夏と絢音のキスを見て、何を思ったのだろう。
例えば、私のことが好きで涼夏に嫉妬したとかなら、まだいい。いや、良くはないが、それよりも怖いのは、嫌悪感を抱かれることだ。女同士で気持ち悪いと思われたら、もうおしまいだ。
「そうだね。スキンシップの一環だよ」
電車が来たが、奈都は動こうとしなかった。音のしない場所で喋りたいのだろう。仕方なく、手を引いて駅のベンチに腰掛けた。
奈都はしばらく考えるようにじっと駅の表示板を見つめてから、私の方を見ないで口を開いた。
「アイドルの女の子とか、結構チューしたりしてるよね。百合営業ってやつかと思ったけど、友チューって、私が思うより一般的なのかもしれない」
どこか自分に言い聞かせるような口調。やはり受け入れられないものを、どうにか飲み込もうとしているのだろうか。
「特別な友達だけだよ。そういう友達は、私には３人しかいない」
暗に奈都ともできるとほのめかす。望まれれば今この場でしてもいいが、奈都の心が読めないので、誤魔化しの効く言葉で様子を窺うのが精一杯だ。
奈都は繋いでいない方の手を口に当てると、一度深く目を閉じた。アナウンスとともに次の電車がやってきて、待っていた客が乗り込んでいく。再び電車がホームから出て行くと、奈都がわずかにかすれた声で言った。
「チサは、女の子同士でキスしたり、イチャイチャしたりすることに、まったく抵抗がないんだね？」
「ないけど。奈都ともベッドで１時間抱き合ってた」
「あれは……。うん。私の中では、あれとキスは全然別だと思うけど、チサの中では延長線上にあるんだね？」
「スキンシップの一環」
ゲームの選択肢を選ぶように、一つずつ答えていく。何かの性格診断の設問のようでもある。奈都はこの話をどこに持って行きたいのだろう。横顔を見つめて息を呑むと、奈都は一度唇を舐めて私を見た。
「チサは、女の子同士の恋愛はどう思う？」
不思議な質問だった。真っ直ぐ見つめ返すと、奈都は恥ずかしそうに俯いた。
急に話が飛んだように感じたが、奈都の中では繋がっていたのだろうか。奈都には、私と涼夏が付き合っているように見えるのだろうか。
「何の偏見もないよ」
「例えば、涼夏が本気で付き合ってって言ってきたら、どうする？」
これは違うなと、私は直感的に理解した。意図的なミスリードだ。私と涼夏の仲がいいから、もしかしたら涼夏は私のことを恋愛的に好きかもしれない。そうなった時、友チューはできたとして、恋愛的にも涼夏を受け入れられるかという質問をしているように見せかけて、奈都はまったく別のことを考えている。
「私は今の４人の関係を崩したくない」
「断るってこと？」
「断ったら崩れるでしょ。付き合っても崩れる。それがわかってるから、涼夏はそんなこと言わない」
ズルい答えだ。奈都はそんなことを聞いているのではない。不満そうに唇を尖らせた奈都に、私はいたずらっぽく笑った。
「関係が崩れないなら、付き合ってもいいよ。涼夏とも、絢音とも、奈都とも。一人に決めなきゃダメ？」
これでいい。ギリギリのところで、奈都の求める答えになったはずだ。
「それでいいよ。ありがとう。だいぶすっきりした」
そう言って、奈都が笑顔で立ち上がった。いつもの勝気な瞳に、私はほっと息を吐く。
簡単なことだ。奈都は涼夏をだしにして、私が女の子と恋愛をするのが大丈夫かを確認しただけだ。可愛いのに浮ついた話はなく、私と一緒にいたいからと言ってユナ高に来た奈都が、どういう意図でそれを確認したのかは言うまでもない。
ただ、その割には奈都は私を置いてバトン部に入ったし、その間に出会った帰宅部の仲間を、私は本当に大事にしている。それだけは奈都にもわかって欲しい。さっきの答えは、そういう牽制にもなっただろう。
空いていた席に座ると、奈都が私の耳に顔を近付けてくすっと笑った。
「今日、アヤをかばってたチサがカッコよかった」
「それを言ったら、先に私をかばった絢音がカッコよかったでしょ」
「そうだね。帰宅部の絆をすごく感じた」
そう言って、奈都が楽しそうに笑った。
羨ましかったら、仲間に入ればいい。涼夏も絢音も歓迎してくれる。
けれど、奈都には奈都の、学生時代は思い切り部活をやりたいという青春がある。お互いに、絶妙なバランスで仲良くしていこう。その感覚を、私たちはきっと言葉にしなくても共有できている。