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第15話 プール
 夏と言えば何か。帰宅部夏遊び会議の議題に対して、絢音が改めてプールを提言すると、涼夏は満足そうに大きく頷いた。
「プールは行きたい。海でもいい」
「海もいいね」
 絢音が賛同の意を示す。夏休みに入ってすぐ、同じような会話をした時に、二人とも私の水着姿が見たいと言っていた。その流れを汲んでの話だろう。
「キャンプとかは? BBQ込みの」
 私が考えなしにそう言うと、涼夏が「えー」と不満そうに声を出した。
「女だけでBBQとか、大変そう。暑いし、シーズンじゃないでしょ。キャンプとか、虫多そうだし」
 滅多切りだ。もっとも、言われてみると確かに、肉は食べたいが、準備や後片付けは面倒くさい。もし賛同されても、言い出しっぺの私が却下したかもしれない。暑いのも苦手だし、もちろん虫も嫌いだ。
「でも、お泊まり会はしたいね」
「そのエッセンスだけは採用しよう」
 絢音の言葉に、涼夏が是非やりたいと微笑んだ。そういえばまだ、帰宅部メンバーでは一度もしたことがない。するとしたら誰かの家になるだろうが、そうなると家族がいる。トイレだって借りるだろうし、同性しかいない涼夏の家ならまだしも、父親や男兄弟のいる家だとちょっと恥ずかしい。
 中学の時、奈都が何度か泊まりに来たが、それは親もよく知った仲だったからだ。涼夏も絢音も誇れる友達だが、まだ一度も親に会わせていない。
「どこか他に、二人と夜を過ごせる場所があれば……」
 考えるように顎に手を当てて呟くと、涼夏が小さく噴いて目を弧の形に曲げた。
「夜を過ごすとか、表現がエッチ」
「いや、涼夏の頭がおかしいだけだって。ねえ、絢音」
 同意を求めると、絢音はうっとりと微笑んで私を見つめた。
「千紗都のエッチ」
 ここには頭のおかしな人しかいないようだ。とりあえずお泊まり会の話は置いておいて、直近で海かプールに行こうと提案すると、先手を打つように絢音が「どっちでもいい」と言った。その言葉にネガティブな響きはない。どっちにしても楽しめるという信頼であり、私たちもそんな絢音の性格を熟知している。
「海だと乙ヶ浜か、フェリーで由舟島に渡るのも面白そうだね。私、行ったことない」
 涼夏が近隣の海水浴場の名前を挙げる。乙ヶ浜は中央駅から私鉄のレッドライナーで1時間くらい。由舟島はそこからさらにフェリーで30分。乙ヶ浜はこの辺りでは有名だが、大して綺麗ではなく、その割には混雑する。由舟島まで渡ると海も綺麗だし人も少なくなるが、行くのが大変だしお金もかかる。
 プールだと、言うまでもなくLSパークだ。遊園地も併設している県下最大級のレジャー施設で、すぐ隣にはホテルもあり、県外からの来客も多い。入場料は高校生には少々高いが、バイトをしている身には問題ない。バイトをしていない絢音には若干厳しいかもしれないが、ご飯でも奢らせてくれたらと思う。
「どっちがいいかな」
 結論を委ねるように涼夏にバトンを渡した。私もどっちでもいい。絢音と二人の時は私が決めるが、3人でいる時は涼夏が決める。涼夏はしばらく腕を組んで首をひねってから、「よしっ」と言って手を打った。
「いずれどっちも行く前提で、まずはプールだな」
 もちろん、異存はない。絢音が「わかった」と微笑む隣で、私も大きく頷いた。

 プールとは何か。言うまでもなくLSパークだとは言ったが、実は一度も行ったことがない。CMでよく見るし、たくさんのスライダーと、グルッと1周流れるプール、それから激しい波が立つプールがあることくらいは認識している。
 改めてサイトを開くと、思いの外スライダーの種類が多く、グルグル回るものから、ほとんど垂直に落ちるもの、ゴムボートに乗るものや、マットで滑るものなど、実に10種類もあった。値段が高いだけはある。これなら1日楽しめそうだ。
 メイクはどうするべきか。スマホは持って入らないだろうし、しなくていいだろうか。禁止ではないようだが、写真を撮らないならするメリットも感じない。それに、汗に強いメイクは研究中だが、プールでも大丈夫かは自信がない。念のため、していかない前提で涼夏にメールすると、「千紗都がしないならやめとく」と返ってきた。
 プールで検索したらナイトプールの情報がたくさん出てきた。LSパークではやっていないようだが、もしナイトプールに行くことがあれば、水に強くて映えるメイクも頑張らなくてはいけないし、行ってみたい気持ちもある。今度夏遊び会議で提案してみよう。
 最後に水着だ。二人に妙に期待されているが、私はビキニの類を1着も持っていない。中学時代は後半ずっとぼっちで過ごしていたし、唯一一緒にいた奈都とも一度も行っていない。あったとしても、ここ1、2年で若干の成長が見られるので、サイズが合わなかっただろう。
 買いに行かなくてはいけないが、楽しみにしている二人を誘うのも興醒めだし、今回一緒に行けない奈都を付き合わせるのも悪いので、一人で行くことにした。色が被ると嫌なので、二人に持っている水着の色だけ聞いておいて、それ以外で探す。思いの外たくさんあってクラクラしたが、明るい色味のシンプルなものにしておいた。フリルで多少は体の隠れるものにしようか迷ったが、何となくがっかりされそうな気がしたのでやめておいた。
 数日後、3人ともバイトも塾もない日に、中央駅で集合する。LSパークまでは高速バスで1本だ。天気は快晴。夜まで晴れ予報。最高気温は35℃を超えるとのことで、そこまで暑くならなくてよかったと、会って早々涼夏が疲れた顔でため息をついた。メイクはやめておくと言っていたのに、日焼け止めも兼ねて少しだけ整えてある。
「裏切り者」
 頬に手を当てて冗談で糾弾すると、涼夏が情けなく笑った。
「もうすっぴんで外に出られない」
「涼夏、可愛いから大丈夫なのに」
 絢音が呆れるように首を振った。実際、絢音はいつもすっぴんだが可愛いし、たぶん自分さえ気にしなければ、私たちは若さだけで戦える。ただ、自分が気になるのだから仕方ない。
「可愛くしようとしてるから可愛いんだよ、私は」
 涼夏がそう言って、天使の微笑みを浮かべた。自分で可愛いと言うのはなかなかだが、実際に涼夏は可愛い。それに、言っていることも一理ある。ダイエットが必要のない体型の子ほどダイエットしているのは、日頃からそうして気にしている成果である。涼夏は元々顔の造形がいいが、それでも肌や髪を手入れしているからこそ、可愛さが引き立てられているのだろう。
 満席に近いバスに乗り、LSパークに向かう。涼夏がパークのサイトを開きながら、考えてきた回り順を披露した。全然気にしていなかったが、テーマパークのアトラクションのように、人気のスライダーは並ぶらしい。
「これなんて、開園ダッシュしないと、1時間待ちだって」
 ほとんど直角に降下するスライダーを指差して、涼夏がうんざりした顔をした。確かに、炎天下で1時間も並びたくない。何か希望はあるかと聞かれたが、特に無いと答えた。正確には、スライダーがそんなに並ぶとは思っていなかったので、順番に全部やるつもりでいた。
「上手に回っても、たぶん4時間くらいかかる。スライダーだけに絞ればいけるかも」
 涼夏がそう言うと、絢音が首を振った。
「私、大きい浮き輪持ってきた。波のプールで3人でのんびりしたい」
「よし、採用」
 バスの中でしっかりと計画を立てて、開園と同時に乗り込んだ。涼夏が迷うことなく私たちを導いてくれる。去年も料理部の友達と来たらしい。聞くと絢音も家族で来たことがあるらしいが、小さかったのでよく覚えていないとのこと。
「涼夏、部活の子とは今でも付き合いがあるの?」
 移動しながら聞くと、涼夏はちらりと私を振り返って頷いた。
「まあ、普通に。でも向こうも忙しそうだし、SNSでたまに話すくらいだよ」
「そっか」
 私のことは聞いてこない。私がバドミントン部を途中で辞めて、卒業の時には奈都しか友達がいなかったことを、二人ともよく知っている。
 更衣室に着くと、とりあえずシャツを脱いだ。ビキニの上を用意してブラジャーを取ると、強い視線を感じて思わず身を引いた。見ると二人がじっと私を見つめていて、私は反射的に胸を隠して首を振った。
「なんで見てるの!? 急ぐんでしょ?」
「いや、私は着てきたから、千紗都のおっぱいを眺めようと思って」
「私も」
 二人が当たり前のようにそう言って、さっさと上も下も脱ぐ。当たり前のように水着を着ていて、私は思わず頭を抱えた。その発想はなかった。
「教えてよ!」
「いや、常識かと思って」
「替えの下着を忘れてきて、ノーブラノーパンで帰る二人の姿が目に浮かぶ」
 からかうように言ったが、二人ともまるで動じなかった。そういうミスはしないらしい。仕方なく秒で水着を着たが、少し見られたかもしれない。別にいいけれど。
 とにかく今は、少しでも早くスライダーに行くことだ。ロッカーの扉を閉めて、確かめ合うように3人で大きく頷き合った。

 まだ9時だが、外はすでに暑かった。立っているだけでも汗が滴り落ちるのに、少し走ったから汗だくだ。
 適当な場所に小さなレジャーシートを敷いて陣地を作ると、涼夏が満足げに微笑んだ。
「やっぱり千紗都はスタイルがいいね」
「そんなことはない。早くスライダーに行こう」
 ニヤニヤしている涼夏の手を引く。涼夏は濃いオレンジの水着で、バナナの樹と実がたくさんプリントされたトロピカルな模様だ。全体的に紐で露出度が高く、元気いっぱいの肌は瑞々しい。ただ、胸は私の方が大きいし、ウエストからヒップのラインも、私の方が少し隆起が大きい。涼夏は若干幼さの残る体つきだが、それもまた可愛い。
「抱きしめたくなるね」
 そう言いながら、絢音がふわっと私の腰に手を回した。肌が熱くて、汗ばんだ感触が艶めかしい。私は思わず悲鳴を上げて絢音の体を引き剥がした。
「わかったから! スライダーに行こう!」
 絢音は淡い花柄の水着で、フリルではないが水着の端がヒラヒラしている。可愛い物が好きな絢音にしては大人っぽいデザインだ。私と涼夏より背が高い分、スラリとしているが、若干肉が薄い。痩せているのは羨ましいが、必ずしもそれがスタイルの良さとイコールではない。
「千紗都は、なんかすべてが完璧だよね」
 私の二の腕を指先でむにっとつまんで、涼夏が微笑んだ。完璧かどうかはわからないが、色がかぶらないように選んだ青を基調としたボーダー柄は、少し大人しかったかもしれない。売り場で派手と思ったくらいが、たぶん現地では丁度良かった。
 陣地を作っていた分遅れたが、最初のスライダーは15分待ちで乗ることができた。長いだけで怖いスライダーではない。長い分斜度は緩めだが、スタート地点が高いので足がすくむ。久しぶりに全力でキャーキャー言いながら滑り降りると、先に滑って待っていた涼夏が私の手を引いた。
「お疲れー」
 放心状態で肩で息をしていると、絢音も悲鳴を上げながら滑ってきて、私たちの前に来て「楽しかった」と微笑んだ。
「絢音があんな女の子っぽい声を上げてるの、初めて聞いた」
 私が目を細めてくすっと笑うと、涼夏が明るい笑顔で私の肩を叩いた。
「いや、千紗都の方が意外だった。声が響いてた」
「うん。千紗都、可愛かった。元は取った」
 絢音が同意する。随分安い元だ。次のスライダーに向かいながら、涼夏が私の顔を覗き込んだ。
「お化け屋敷とかどう? 千紗都の悲鳴が聞きたい」
「悲鳴が聞きたいとか、趣味悪すぎ」
「興味はあるけど、問題は私が得意じゃないことだ。たぶん、千紗都を楽しむ余裕がない」
「私は結構平気かも」
 絢音が胸を張る。平気な人がお化け屋敷に行ってもつまらないだろう。誰も楽しめなさそうなので、お化け屋敷は却下になった。私も好きではないので有り難い。
 次は大きなゴムボートに乗って滑り降りるスライダーにチャレンジしたが、後ろ向きになると先が見えず、かなりスリルがあった。混む前にもう一度という涼夏の希望に賛成し、長い列に並ぶ。1回目は15分で済んだが、2回目は倍かかるかもしれない。プールはだいぶ混み始めている。
「みんなでできるっていうのはいいね。はしゃいでる千紗都をずっと楽しめるし」
「うん。千紗都可愛い」
「二人とも、私のこと好きすぎでしょ」
 呆れながら言ったが、否定する言葉は出なかった。少し歪んでいる気がしないでもないが、好きになってくれるのは嬉しい。
 2回目もキャーキャー言いながら楽しんで、一度陣地で休憩してから、別のゴムボートのスライダーを楽しんだ。こちらはラフティングをテーマにしているようで、それほどスリルはなかったが、そもそもスライダーはスリルだけを楽しむものではない。
 少し早めのご飯にして、ラーメンやらカレーやらを注文してテーブルを陣取る。ここは私も含めて涼夏が奢ってくれた。もちろん絢音のためで、次の休憩は私が奢ることになっている。絢音には体で払ってもらおう。
「プールはありだね」
 ラーメンをすすりながら涼夏が言った。何か楽しめない懸念があったのかと首をひねると、涼夏が可愛らしく指を立てた。
「私たち、実はそんなに色んなことしてないし、遠出するのも初めてだったし、不安がなくもなかった」
「テーマパークで喧嘩になる話、たまに聞くよね」
 絢音が同意するように頷く。確かに、一緒に行く時点で仲はいいはずだが、それでも喧嘩になることはあるのだから、油断は禁物だ。
「私は、二人と喧嘩したくない」
 私がそう訴えると、涼夏が「そりゃそうだ」と笑った。
「でも、色々挑戦しないとね。海も行こう。プールとはまた違った感じになる」
「例えば?」
「ビーチボールが登場する」
 シンプルな答えに、私は思わずカレーを噴きそうになった。実際、プールは人目が気にならないし、ナンパの心配もなさそうだし、慌ただしくてせわしない。それと比べると、海はのんびりした時間が流れそうだ。友達と海水浴などという雅な経験は一度もないが、想像に難くない。
 食後は日焼け止めを塗り直してから、流れるプールに揺られることにした。致死の暑さだし、人出もピークだ。今スライダーに並ぶのは得策ではない。
 絢音が持ってきた大きな浮き輪を頑張って膨らませて、何故か私が放り込まれる。お尻を入れてプカプカ浮かびながら流されていると、いきなりお尻を強めに撫でられた。変な声が出そうになるのを堪えて絢音を睨むと、絢音は両手で浮き輪に掴まったまま、ふるふると首を振った。
「明らかに私じゃない。しようかなって思ったけど、さすがに自重した」
 涙目で涼夏を睨むと、涼夏は片手で浮き輪を押しながら神妙な顔をした。
「もしかして、痴漢?」
「涼夏の右手はどこにあるの?」
「いけずやなぁ」
 さも私が悪いかのように涼夏がため息をつきながら、性懲りもなく私のお尻を撫でた。絢音が「私だけ我慢するのは不公平だ」と言って、二人でお尻やら太ももやら、色々撫で回す。小さく悲鳴を上げて浮き輪から出ようとしたが、すっぽりはまっている上、上から押さえられて動けなかった。
「まあまあ」
「まあまあじゃない! くすぐったいからヤメて!」
「ヤメなきゃ絶交って言われたら考える」
「そこまでじゃないけど……」
 思わずトーンダウンすると、二人がくすくすと笑った。完全に遊ばれている。
 腹ごなしがてらのんびり1周して、波の立つプールに向かった。せっかく浮き輪を膨らませたし、スライダーはどれも長蛇の列だ。
 波のプールは実際、のんびりできるような状況ではなかった。これでもまだ平日だから、空いている部類なのだろう。土日だと一体どうなってしまうのか。
 浮き輪は持ち主が所有権を放棄したので、次は私だと涼夏が中に座って両手を投げ出した。波が強くなる奥の方まで引っ張りながら、さっきのお返しをしてやろうとお尻を撫でると、涼夏が可愛らしい悲鳴を上げた。
「何するの!?」
「いや、さっきさんざん私のお尻触ってたじゃん」
「それはそれだから!」
「どれがどれよ」
 意味がわからない。気にせず揉むように指を動かすと、むにむにと柔らかな肉の感触に胸がときめいた。果たしてここはお尻なのだろうか。前の方をいじっていると、涼夏が固く目を閉じて恥ずかしそうに首を振った。何をしても可愛い子だ。
 波のプールは四六時中波が出ているわけではなく、一定の時間間隔で波が立つ。水深が私たちの身長より深いところまで来て浮き輪に掴まっていると、やがて水面が大きく揺れ始めた。
 思ったよりも波が高くて、慌てて浮き輪にしがみつく。足が届かないので若干の恐怖を感じるが、涼夏は暢気に笑っていた。
「涼夏、座るのやめて普通に入ってよ。二人入れるでしょ?」
 私が悲鳴を上げると、涼夏は「しょうがないなぁ」と言いながら腰を上げた。絢音を見ると、手で中に入るよう促されたので、浮き輪と涼夏の隙間に体を滑り込ませる。両腕で浮き輪を抱え込むと、抜群の安定感にほっと息を吐いた。確かにこれなら怖くない。
 時々水を飲みそうになりながら波を楽しんで、やがて静かに揺らぎが止まった。いつの間にか絢音は私の前側から浮き輪に腕をかけて私の体を足で挟み、涼夏は私の後ろで、私の体ごと浮き輪を抱きしめている。
「これはどういう状況なの?」
 私が呆れながら聞くと、二人はしれっと言った。
「千紗都が中に入ってきたから、浮き輪の代わりに抱き付いてた」
「溺れそうだったから、全身でしがみついてた」
 波がなくなると、みんな次のプールやスライダーに移動するために波打ち際に戻って行く。私も涼夏に抱き付かれたまま、絢音に岸まで引いてもらった。背中に張り付く感触が柔らかくて気持ちいい。
 LSパークにはスライダーの他にもアトラクションプールがあり、専用の浮き輪で激流に流されるのが面白そうだったので行ってみることにした。近付くだけで悲鳴や歓声が聴こえてくる。グルッと1周回る細い通路を、激流に押されて元の場所に戻ってくるらしい。
 待つ必要はないようで、転がっていた浮き輪に体を通してプールに入る。なかなかの混み具合で、はぐれないように手を繋いで奥に進んだが、一定間隔で噴き出す激流に飲まれると、あっと言う間に二人ともどこかに行ってしまった。
 これは楽しい。その内発見されるだろうと、プカプカ浮かんでいたら、後ろから絢音が来て私の浮き輪に手をかけた。
「一瞬だった」
「人は水の前に無力だね」
 少し先に涼夏がいたので、捕まえて2周目に向かう。キャーキャー言いながら何周かすると、やがて力尽きた。
 そろそろ休憩にしようと、昼とは違うレストランでかき氷を食べる。まだ日は高いが、そろそろ帰り始めている人もいる。かき氷を食べ終えて、残り1時間半。空いているスライダー2つに、もう一度2つ目に乗ったゴムボートのスライダーを楽しんで、最後に温泉プールでくつろいでから陣地に戻った。
「満足した。中学の時より断然楽しかった」
 陣地を片付けながら、涼夏が満面の笑みを浮かべる。私も初めてだったが、確かに楽しかったし、1年分くらいはしゃいだ気がする。また来たいと言ったら、絢音が無念そうに眉根を寄せた。
「お金がもたない」
「私と援交して」
 思い付きでそう言うと、涼夏がギョッとしたように目を丸くする隣で、絢音が可笑しそうに口元を緩めた。
「そうする。ねーちゃん、5千円で私を好きにしていいよ」
「絢音、安売りはよくない」
「友達価格だよ」
 悪びれずにそう言う絢音の胸をなんとなく撫でてから、更衣室に戻った。シャワーを浴びて着替えてからバス停に行くと、長い列になっていた。県内とはいえ、車がないとアクセスが難しい場所にある。高速バスだと1時間は待ちそうだったので、涼夏のアイデアで最寄り駅までタクシーを使って、電車で帰ることにした。タクシーという発想は私にはなかったが、3人で高速バスに乗ることを考えたら、それほど変わらない。
 運転手に料金を確認してから、一番近い駅まで乗せてもらう。駅で電車に乗り換えると、平日ということもあり車内は空いていた。それに、冷房も効いていて気持ちがいい。ロングシートだったので私を真ん中にして座るや否や、涼夏があくびをしながら私にもたれかかった。
「楽しかったけど、疲れた」
 目を閉じて私の手をギュッと握る。絢音も同じように私の手を握って、肩に頭を乗せた。両腕が幸せだが、重たい。
 仕方ないので、私も目を閉じると、睡魔が襲い掛かってきた。思ったよりも疲れていたようだ。
「帰ったら、次の夏遊び会議をしよう」
 呟くように言ったが、返事はなかった。あるいは、誰か答えてくれたけど、私がもう寝ていたのかもしれない。
 涼夏が、中学の時より楽しかったと言っていた。遊び場のポテンシャルは大事だが、最後は結局、誰と行くかだ。
 もっとこの二人と一緒にいたい。夏休みも、秋も、冬も、それからもずっと。そうしたらきっと、毎日が楽しい。