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湖底の冒険

 明け方、小雨が降り出して、5人は軽い食事を摂ってからすぐに洞窟の入り口に移動した。近くの樹から様子を窺ったが、人が出て来ることはなかった。
 足音を立てないように入り口までやって来る。地面はわずかに湿ってその色を変えていたが、ぬかるむほどではなかった。慎重に降りれば、滑り落ちたりはしないだろう。
「明かりはどうしますか?」
 レドリが穴を覗き込んでいるシティアに尋ねた。松明はリアとユウィルを除く各自の袋に入っており、レドリがその内の一本を取り出した。
 その隣でユウィルがさっと手を振って、魔法で小さな光の玉を浮かべた。
「こういうのなら出せます。でも、あたしは集中し続けないといけません」
 あまり魔法を見たことのないクレイドが、感心したように目を丸くした。それから尊敬の眼差しをリアに向ける。
「お前もできるのか? ああいうの」
 リアはいきなり話しかけられて少し驚いた素振りをしてから、慌てて首を横に振った。
「あんな簡単にはできません。ユウィルは特別です」
 その声はユウィルに届いていたが、特に何も言わなかった。本当はリアもすごいのだと言いたかったが、魔法を使っている最中は無駄話はしたくない。
 シティアがかすかに首を傾げながら尋ねた。
「ころんだらどうなるの?」
 クレイドが思わず可笑しそうに口元を押さえる。「ころぶ」という言葉がいかにも子供っぽくて、その響きが面白かったのだ。
 やはり必要ないことは言わずに、ユウィルは答えた。
「魔法が消えます。爆発はしません」
「消すときは、ころばなくても消せるのよね?」
「当たり前です」
 シティアの真顔の冗談に、ユウィルが早口で答えると、とうとうクレイドが笑い声を立てた。ユウィルは憮然となって光の魔法を消して見せた。
「じゃあ、とりあえずクレイドとレドリが松明を持って。この下り坂がどこまで続くかわからないけど、平らになったらユウィルに魔法を使ってもらうわ。灯かりは多いに越したことはない」
 レドリが頷き、松明に火をつける。クレイドも同じようにしながら言った。
「それで、誰が最初に降りますか? 見ての通り、一人なら通れますが、二人一緒には無理ですよ」
「ウィサンの歴史的な発見の第一歩を、あなたに譲るわ。光栄に思いなさい」
 シティアの言葉に三人が頬を緩め、クレイドは渋々頷いた。
 樹にしっかりとロープを結ぶと、クレイドはもう片方の端を穴の中に投げ入れた、そして左手で松明を持ち、右手でしっかりとロープを握りながら降り始める。
「案外器用ね。見直したわ」
 シティアが感心したように呟くと、クレイドは余裕の表情で笑った。
「惚れ直したって言ってください」
 シティアは不敵な笑みで頷いた。この状況下でさらに冗談まで言えるなら、転落の危険もなさそうだ。
 シティアがクレイドに続き、次いでユウィル、リア、レドリの順に穴に入った。
 壁と天井は剥き出しの土で、床には時々石が敷かれていた。空気は冷たく、地面は少し湿り気を帯びている。
 やがて、坂の角度が緩やかになり、さらに歩くと平らな通路に出た。四角とは言いがたいが、床と壁と天井の境ははっきりした形をしている。
 天井は剣を振り回すには低いが、シティアの背丈なら立って歩くことができるほどある。横は二人並べるくらいに広い。
 まずシティアとクレイドが先頭を行き、リアと魔法を浮かべたユウィルがそれに続く。背後を警戒しながら、レドリが殿を務めた。
 クレイドは何か言いたそうにちらちらシティアを見ていたが、口は開かなかった。お調子者だが、この緊迫した空気の中で声を出すほど気が付かない男ではない。
 しばらく真っ直ぐな道が続き、やがて、行き止まりになった。両側の壁と同じ赤茶けた土が、前方の道を塞いでいる。
「そんな!」
 思わずシティアが声を出し、クレイドも呆然と足を止めた。
「予想外ですね。何もありませんよ?」
 クレイドの声を背中に、シティアは慎重に壁まで歩いた。そしてそっと触れてみる。リアもシティアの隣に立って壁を触ったが、リアルな土の感触に閉口せざるを得なかった。
「どこかに、隠し扉のようなものはないのでしょうか」
 リアが泣きそうな顔で言った。探検が無駄に終わったのが残念なのではなく、シティアの弾んだ心がしぼんでいくのを見ているのが辛かったのだ。
 シティアはレイピアを抜き、しばらく壁や天井を突付いていたが、だんだんその表情を険しくし、それに反比例して手の動きが止まっていった。
 落ち込むシティアに、ユウィルが一旦魔法を消して小さな声で言った。
「何か、ある気がするんですが……」
「何かって何? 何もないじゃない」
 思わずシティアは声を荒げ、ユウィルは自分の曖昧な発言がシティアを怒らせたのだと思って、すぐに謝ってしょんぼりと項垂れた。シティアは何のフォローもしなかった。
「やれやれ無駄足か」
 クレイドが両手を頭の後ろで組んで、壁にもたれる。レドリも松明を持ったまま静かに逆側の壁にもたれ、「うおっ!」と似つかわしくない声を上げると同時に、壁に吸い込まれるように床に倒れた。
「な、何?」
 シティアが見ると、壁からレドリの足だけが出ていた。真っ先にクレイドが駆け付け、そっと壁に触れてみる。
 手は壁をすり抜け、クレイドは気持ち悪くなって慌てて手を引っ込めた。
「でかしたわ、レドリ!」
 シティアは満面の笑みで駆け寄ると、まるで臆することなく壁をすり抜けて向こう側に出た。魔法というものを中途半端に理解しているからこそだろう。
 それが証拠に、魔法をほとんど知らないクレイドも、逆に熟知しているがゆえに、今目の前で起こっていることは、自分たちの使っている魔法では実現できないと知っている二人の少女も、気味悪そうに壁を見つめている。
「早く来なさいよ」
 ちっとも来ようとしない三人を、シティアが弾んだ声で呼び寄せた。
 壁の向こう側はやはり同じような構造の通路になっており、真っ直ぐな道がずっと先へ続いている。
 レドリはすでに起き上がっており、何事もなかったようにシティアが先を見やすいように松明をかざしていた。
 同じ隊列でしばらく歩くと、今度は前方に石でできた頑丈そうな扉が現れた。石と言っても良く磨かれ、まるで金属のような輝きを放っている。縦に一本線が入っており、どうやら押すか引くか両側に開くようにできているらしい。
 とは言え、取っ手の類はなく、扉には巨大なクジラのような絵と、円を組み合わせて構成された紋章が彫られているだけだった。
「見たことのない模様だわ」
 シティアが明るい声で言い、後ろでリアが優しい瞳をした。
 クレイドが扉に近付き、片手で扉を押してみる。しかし、扉はびくともせず、やがてクレイドが手を離して肩で息をした。
 レドリが静かに壁の一点を指差した。
「王女、あそこにレバーがあります」
 見ると、壁の低い位置に、やはり石でできたレバーがあった。クレイドが嬉々として近付き、シティアの顔に緊張の色が走る。
「クレイド!」
 シティアが地面を蹴るのと、クレイドがレバーを引くのは、ほとんど同時だった。
 レバーの真上の天井が一瞬光り、そこから槍が勢い良く落ちてくる。その切っ先が、クレイドを蹴り飛ばしたシティアの太ももをざっくりと抉り、シティアの苦痛の呻き声が響いた。
「王女!」
 すぐに身を起こして、クレイドがシティアに駆け寄った。レバーは自動で元に戻り、槍も天井に戻っていく。
「不用意に、近付かないで……」
 クレイドの腕の中で、シティアが弱々しくたしなめた。太ももは真っ赤に染まり、それを押さえる指の隙間から、血がだらだらと零れ落ちて床に染みを作る。
「す、すみません! すみません、王女!」
 クレイドが泣きそうな顔で謝ると、シティアは優しく微笑んで、もう片方の手でそっとクレイドの肩を持った。
 息を飲んで立ち尽くすユウィルと、卒倒しそうな表情のレドリの間をすり抜けて、リアがシティアの足元へやって来る。そして、問答無用でズボンを脱がせると、手の平を傷口に当てて目を閉じた。
 淡いオレンジの光が手から溢れ出し、シティアの呼吸が穏やかになっていく。流れる血が止まり、やがて傷口が完全になくなると、リアが長い息をもらして地面に座った。
 シティアは布を水に浸すと、手と太ももを拭った。そしてズボンを履いて立ち上がると、珍しくレドリが厳しい声で言った。
「王女。危険を冒して部下をかばう真似はしないでください」
 射るような視線を真っ向から受け止めて、シティアは疲れて座り込んでいるリアの髪をなでながら答えた。
「わかってるわ。でも、今のは天井の穴が見えていたのよ。だから、死ぬことはないって思ったの。私がクレイドのために命を捨てるような人間に見える?」
 いたずらっぽく笑うと、クレイドも泣きそうな瞳のまま、ようやく顔を綻ばせた。レドリはため息をついてから、低い声で答えた。
「昔の王女なら、そもそもわたしたちと一緒に行動することもなかったでしょう。今の王女は、他人に対して優しいと、わたしは思っています」
「ありがと」
 シティアが静かに言った。
 その間に扉をぺたぺた触っていたユウィルが、話が終わったのを見て声を出した。
「シティア様、この扉、きっと向こう側からしか開かないんですよ」
「へぇー。じゃあ、外に出た人は、どうやって中に戻るわけ?」
 半眼になったシティアに、ユウィルは悪びれずに答えた。
「きっと、特殊な魔法です。でも、それはあたしたちには使えませんから、使える魔法で解決しちゃっていいですか?」
 シティアは一瞬堪えたが、すぐに噴き出して笑った。過激なことを淡々と言うユウィルは、シティアの好きなユウィルのベスト3に入る。ちなみに残る2つは、自分がいじめることで拗ねているユウィルと、自分に甘えて来るユウィルである。
「いいわ。その代わり、音は立てないでね」
「わかりました」
 嬉しそうにユウィルが頷いて、袋から取り出したチョークで扉に魔法陣を描き始める。
 それから数分後、扉の隅に、直径60センチほどの穴がぽっかりと空いた。
 二人の兵士が目を丸くして手を叩き、ユウィルは得意げに微笑んだ。

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