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湖底の冒険

 扉の向こうには、やはり同じような通路がひたすら続いていた。1時間も歩くと、ひょっとして同じところをぐるぐる回っているのではないかと不安になり、目印を付けてみたが、再び目印を見ることはなかった。
 そろそろ一行の気が滅入ってきた頃、目の前に広間のようなスペースが現れ、5つの顔が嬉しそうに輝いた。真っ先にクレイドが駆け出そうとしたが、先程のことを思い出して踏み止まる。
 変化があったからこそ慎重にしなければと考え、シティアが注意深く辺りを窺いながら先に進むと、突然足元の地面が中央を軸にして二つに割れた。クレイドとユウィルが右の穴に、レドリとリアが左の穴に落ちていく。シティアは一瞬早くその気配に気が付いて飛び退いたため無事だったが、青ざめて振り返るとすでに4人の姿はなく、地面も元通りに戻っていた。
「ユウィル!」
 愛する少女の名を叫び、地面を叩く。落ちるのを覚悟の上で穴が開いた場所に乗ってみたが、再び穴が空くことはなかった。
(これは独りでに空いたんじゃない。誰かが作動させたのよ!)
 シティアがレイピアを抜いて広くなった先の空間に足を踏み入れると、果たしてそこには、水色の髪をした背の高い男と、全身鉄で出来たような全長1メートルほどの四つ足の生き物がいた。ひたすら短足だが、しっかりと立てば腹を擦ることはなさそうだ。眉間の上には鋭い角があり、一突きされれば命はないだろう。
「あんた誰? 私の仲間をどうしたの?」
 シティアが毅然として言い放つと、男は首を傾げる素振りをしてから、何やら大きな声で言った。だが、それはシティアたちが使っているルヴェルファストの言葉ではなかったので、シティアには理解できなかった。一応文法を持った言語のようだが、人間の言葉かどうかは疑わしい。
 シティアは話すだけ無駄だと悟ったが、それは相手も同じのようだった。男が軽く短足の尻を叩くと、短足が唸り声を上げて立ち上がった。背丈はシティアの腰くらいだ。目が血走っているので、一応血の通った生物らしい。
 男は一歩下がって壁にもたれ、楽しそうに腕を組んだ。短足が勝つことを確信しているようである。
 短足が地面を蹴った。4本の足は滑稽なほどちょこまかと動き、思いの外速い速度でシティアに襲いかかる。
 相手が奇抜な動きをするといけないと思い、シティアは余裕も持って避けた。短足はシティアのいなくなった空間を通り過ぎると、すぐに向きを変えて襲ってきた。どうやら突然真横に動いたり、空を飛んだりはしないらしい。
 角を振りながら襲いかかってきた短足に、シティアはレイピアを突き付けた。鉄の鎧を突くような感触を想像していたが、ひたすら堅い樹を突く感じだった。切っ先だけ少し刺さったが、外皮を貫通はしなかった。
 すぐに剣を抜くと、シティアは身を翻した。ちらりと男を見ると、口元に笑いを浮かべて立っている。シティアは一瞬、先に男を殺そうかと思ったが、ひょっとしてユウィルの言っていた「特殊な魔法」を使うかもしれないので、今は近寄らないことにした。
 上手く相手の攻撃を躱しながら、シティアは壁を背にした。そして真っ直ぐ突っ込んできた短足を十分に引き付けて身を翻す。短足はそのまま壁に激突し、角が壁に深く刺さった。
「せあっ!」
 シティアは気を吐いて思い切りレイピアを突き出す。かなり深く埋まる感触がしたが、短足は叫び一つ上げなかった。
「こいつ、皮しかないんじゃないの!?」
 シティアはそう毒突きながら、短足の身体を蹴りつけてレイピアを抜いた。こうなればもはや、目を刺すしかない。
 短足は壁を抉って再びシティアに向かってきた。角は相変わらず鉄の輝きを帯び、傷一つ付いていない。
 シティアは再び壁を背にした。だが、短足は同じ失敗を二度繰り返すほど馬鹿ではないらしく、脚を止めるとシティアと睨み合った。
 仕方なくシティアから動いた。レイピアを下段に構え、突撃する。短足も向かってきた。体当たりなら断然負けない自信があるのだ。
 シティアは素早く角を躱すと、レイピアを短足の左目に突き刺した。短足の向かってくる勢いのおかげで、刀身は深く突き刺さり、確かな手応えを感じる。だが、短足は叫び声を上げただけで、そのままシティアの身体を突き飛ばした。
 壁に叩き付けられたシティアに、短足が向かってくる。シティアは素早く立ち上がると、ダガーを抜いて身構えた。だが、先ほどの攻撃に思わず身体がよろめき、回避が遅れる。
 短足が咆哮し、そのままシティアの身体を飲み込んで壁にぶち当たった。男が何か歓喜の声を上げる。だが、すぐに表情を険しくゆがめた。
 砂埃が収まったそこには、シティアの服を縫い付けるように壁に角を埋めた短足と、握り締めたダガーを短足の右目に深く突き刺したシティアが立っていた。
「惜しかったわね」
 シティアはダガーを抜き、それを放り投げると、素早くレイピアの柄を握って短足の顔を蹴り付けた。両目を潰された短足がそこら中を駆け回り、シティアはレイピアに付着した血を振り払ってから、ダガーを拾って鞘に収めた。
 油断なく身構えて男を見据えると、男は不愉快そうな顔をしたまま壁から背を離し、三歩歩いて立ち止まった。そこに理性を失った短足が猛然と走っていく。
 男は軽やかな身のこなしで短足の突進を躱すと、鉄色の身体に手を当てた。そして何か気合いを込めるように唸ると、短足の目が緩やかに閉じて、そのまま床の上に倒れ込んだ。
 注意深く観察すると、どうやら眠っているらしい。シティアは魔法に詳しくないが、日頃ユウィルやリアの使う魔法とは異なるようである。
(触られると良くないことになりそうね)
 シティアは一度レイピアを左手に持ち替え、右手を軽く振った。再び右手でしっかりと柄を握ると、男の出を窺う。他にどんな魔法を持っているかわからないので、自分から攻撃を仕掛けるのは危険だと考えたのだ。
 だが男は幾分真面目な面持ちでシティアを見つめたまま、その場を動こうとしなかった。短足がやられたことで、シティアの評価を改めたのだろう。シティアはいっそ油断していてくれた方が良かったと思ったが、今さら言っても仕方ない。
 どうやら男の方から仕掛けて来ることはないと判断し、シティアは床を蹴った。本来ならば相手が痺れを切らすまでじっとしていることもできるのだが、今は穴に落ちた仲間が心配である。長期戦は望むところではない。
「せあぁっ!」
 一気に間を詰め、声を張り上げてレイピアを突き出す。まるで突風のようなシティアのスピードに、男が目を見開いた。
 舌打ちをして大きく横に跳んだ男の肩を、シティアの切っ先が深く抉った。男はくぐもった声を上げて床に転がる。シティアは着地した左足を軸にして身体を捻ると、すぐさま男に二撃目を放った。
 男は身体に浅い傷を負いながら、シティアの方に向かってきた。そして突き出されたシティアの細い腕を掴もうとする。眠らせる魔法を使うのかはわからないが、どうやら彼らの魔法は接触しないと使えないらしい。
 そう判断したシティアは接近戦に持ち込まれるのを嫌い、一旦退いた。男は肩で息をしながら、シティアにはわからない言葉で何やらぶつぶつ言っている。呪文の類ではなさそうだ。
 再びシティアが地面を蹴った。レイピアの刀身はそれほど長くはないが、それでも男の腕よりは長い。上手く間を取りながらちくちく男の身体を突き刺していると、ついに男は最終手段と言わんばかりに、悪魔のような形相で突進してきた。
 シティアはそれを難なく躱すと、男の心臓にレイピアを突き刺した。その腕を、男ががっしりと掴む。
「しまった……!」
 シティアは思わず青ざめた。油断していたわけではない。ただ、胸を貫く衝撃で、男は手を出せないと考えていたのだ。
 一瞬だった。突然視界が真っ白になり、全身から力が抜ける。甚大な精神力を持ってしても抗えない。
(ユウィル……)
 先に男が倒れ、次いでシティアも、一度辛そうに顔をしかめてから意識を手放した。
 フロアがしんと静まり返る。程なくして、コツコツと足音が近付いてきたが、シティアは地面に横たわったまま、その足音に気が付くことはなかった。

 時は少し遡る。
 シティアたちが洞窟を探検し始めた頃、ウィサンの魔法研究所の一室で、サリュートとタクトが一冊の本を挟んで、深刻な表情で向き合っていた。
「湖の民? 聞いたことがないな。大陸西部に住むと言われる、妖精族みたいなものか?」
 研究所の所長が眉をひそめて首を傾げると、本を持ってきた青年は椅子にもたれてため息をついた。
「わかりません。ただ、ここに書かれた内容から判断する限り、人間とは思えません」
 シティアたち一行が意気揚々と城を出て行った後、サリュートは城の図書室で彼女が見つけたという洞窟について調べ続けていた。もちろん、すぐに行き止まりで何もなかったと言って戻ってくる可能性もあったが、反面何か悪いものにつながっている可能性もある。
 その結果、図書室の奥にあった民話集に、それらしき記述を見つけたのである。その民話集はウィサンが建国される以前からこの地方に住んでいた人々から伝わったもので、それによるとウィサン南部に広がるスノートウィス湖の湖底に城があるらしい。
 そこには水の中でも呼吸することのできる人々が、魚や海草を食べて暮らしており、時々地上に上がってきては村民と衝突していたという。
「本当に水の中でも呼吸できるなら、人間ではないだろうな。人魚というものを聞いたことがあるが、その類かもしれない」
「僕はそんなものが存在するとは思えませんが……もしシティアの見つけた穴が本当にこの城に繋がっていたとしたら。もしそこに湖の民とかいうのがいたとしたら……」
 サリュートは眉をひそめて言葉を切った。果たしてその民は人間に害を及ぼす存在なのか。
 サリュートの心配を汲み、タクトも神妙な表情になった。
「あの王女にユウィルがついている。大抵のものには負けないだろうが、それは相手が人間の話だ」
「僕はシティアが心配です!」
 サリュートが語調を強めた。シティアの強さは誰よりもよく知っているし、シティアがその強さに慢心することなく、冷静に相手の力量を判断できることも理解している。だがそれも、相手が既知の存在の場合である。
「もちろんわたしも心配だが……君はどうしたいんだ? 行きたいのか?」
 タクトが怪訝な顔でサリュートを見た。サリュートには剣も魔法も使えない。足手まといになることがわかっていたから、今回の旅も自ら辞退したのである。穴がどこか悪い場所に繋がっている可能性があることがわかったからといって、サリュートが行ってできることなどないに等しい。
 もちろんそれはサリュートにもわかっていた。彼は元より自分に何かできるなどとは考えていなかった。つまり、ユウィルを凌駕する魔法使いであるタクトに、5人の様子を見てきてほしかったのだ。
 けれど、そんな他力本願なことを言えるはずがない。サリュートは自分の無意識の願いに気が付いて、恥ずかしさのあまり顔を赤くした。
「僕にできることはないでしょうか……」
 力なく言うと、タクトもサリュートが自分を頼りにしていたことに気が付いた。もちろん、だからといって彼を責めるつもりも蔑むつもりもない。力のない者が力のある者に頼るのは当然である。シティアがユウィルとリアに同行させたのも、二人が自分にはない力を持っているからだ。
「サリュート、もし君が行きたいというなら、わたしが君の護衛として同行しよう」
 タクトは優しい瞳でそう提案した。実際、彼としても王女はもちろん、二人の優秀な研究員の身が心配だったのだ。
 サリュートは顔を綻ばせてタクトを見上げた。
「本当ですか!? あ、ですが、研究所は……」
「なに、コリヤークがいるし、他にも優秀な所員はいる。わたしが王女のために少々抜けるくらい、どうってことはないだろう」
 サリュートの返事を待たずに、タクトは早速行動に移した。部屋を出ると真っ直ぐ副所長であるコリヤークのもとに向かう。
 サリュートは慌ててその背中について行きながら、困惑気味に尋ねた。
「あ、あの、僕は何を準備すればいいですか? 現地まで歩いて行くんですよね? あ、そもそも場所は……」
「大丈夫だ。魔法で飛ぶ」
「場所がわかるんですか!?」
 シティアが迷いに迷った末に見つけた洞窟の場所を、タクトは魔法で探し当てることができるのだろうか。サリュートが驚いて声を裏返すと、タクトはさも当たり前というふうに答えた。
「ユウィルがいる」
 サリュートには意味がわからなかった。しばらく考えてから、ようやく理解したように頷いた。
「愛、ですね?」
 先を歩くタクトが思わず崩れそうになりながら、背を向けたまま呆れた声で言った。
「君もわたしとユウィルをくっつけたがる一人か? そういう研究員は多いが、子供に手を出すほど飢えていないぞ?」
「それならどうしてユウィルがいるとわかるんですか?」
「目印……魔法的なものだがな。外に出るときは、必ずそれを持たせている。さあ、無駄話はそれくらいにして、君も家に帰って着替えて来い。あのリアですらズボンで行ったのに、君はそんな学者服で行く気か?」
 ちらりとタクトが振り返り、サリュートは足を止めて頷いた。確かに、学者然としたぶかぶかの貫頭衣では冒険などできない。
「では、準備してここに戻ってきます」
「ああ。両親に別れの挨拶をして来いよ」
「不吉なことを言わないでください! シティアと一緒に帰ってきます!」
 生真面目に声を荒げたサリュートに小さく笑ってから、タクトはコリヤークの部屋の扉をノックした。
 サリュートは踵を返して、今上がってきた研究所の螺旋階段を駆け下りていった。

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