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五宝剣物語

1−10

 エリシアがまだ13歳の夏のことだった。
 当時、やはりまだ11歳だった妹のルシアと二人で、黒髪の少女は村の近くにある川で水遊びをしていた。
 他にも幾人かの子供たちがいたが、それはルシアの友達や、さらにその友達ばかりで、エリシアはあまりよく覚えていない。
 いや、その後に起きたことがあまりにも衝撃的だったから忘れてしまったのかも知れない。
 不意に血生臭い風を感じて、エリシアは振り返った。
「どうしたの? お姉ちゃん」
 水の中から上がってきたルシアが、不思議そうに姉の顔を覗き込んだ。彼女はこの頃まだ、姉の能力を知ってはいたが、よく理解していなかった。
「何か嫌な感じがするわ。村に戻りましょう」
 不安げに眉をひそめて、エリシアは厳しい眼差しを向けた。
 けれど、遊び盛りの少女がそんなことで納得するはずがない。
「ええーっ!? あたし、もっと遊びたいよ!」
 ルシアを初めとする年下の子供たちにせがまれて、エリシアは結局村には帰らなかった。
 結果的に、それが幼い姉妹の命を救ったのだが、エリシアは戻らなかったことを後悔している。戻っても殺されていただけなのはわかっているのだが、ひょっとしたら何かできたかも知れないという思いも同じくらい強くあった。
 どんどん強くなっていく血の匂いを感じ続けながら、やがて彼女は子供たちをつれて村に戻った。
 ……そのときすでに、彼女たちの村は完全に破壊し尽くされていたのだ。
 村の入り口で彼女たちが見たのは、不思議な力で次々と家を壊し、人を殺していく魔法使いたちだった。
 隣でルシアが、痛いほど強く手を握ってきたのを覚えている。
「もう5年も前の話よ……」
 大地に魔法陣を書き続けているリスターの背後で、エリシアが落ち着きなく歩きながら言葉を切った。
 両親を魔法使いに殺されたという話は前に聞いていたが、詳しく話されるのは初めてだった。
「それで、連中は一体何が目的でエリシアの村を襲ったんだ? ただ殺戮したいがためとは思えないが」
 地面に描いてる魔法陣はもうじき完成する。簡単な人探しの魔法陣だが、書くのにはなかなか時間がかかる。
 ただ丁寧に形をなぞればよいというものではないのだ。それなりの手順があり、途中途中で魔力を込めなければいけない。
 エリシアは溜め息を吐いて答えた。
「『緑宝剣』よ」
 エリシアの言葉に、リスターは思わず手を止めて振り返った。
「またなんでそんなものがって、思ってるわよね」
「……まあな」
 再び魔法陣の方を向き直り、リスターは魔力を集めた。
 彼女の話した『緑宝剣』とは、70年前に終結した戦争の際、王国が魔法使いを倒すために作り出した五本の剣の内の一つである。
 5つの剣にはすべて強力な魔力が込められており、通常の人間では太刀打ちできなかった魔法使いも、この剣の前には為す術もなかったという。
 これらの剣にはそれぞれに数多くのエピソードがあったが、どれも悲話が多かった。
 そもそも魔法使いを倒すための剣が魔法剣なのである。つまり、作ったのは魔法使いなのだ。
 剣が作られたのにはいくつかの逸話があるが、最も有力なのが、王国が他の魔法使いとは違う扱いをするという約束の下に強力な魔法使いを雇い、剣を作らせたというものだ。
 しかし、剣が完成するや否や、魔法使いたちは謀殺されたと言われている。
「戦争が終わってからは、『五宝剣』は王国の宝物室で眠っていると聞いているが」
「表向きはね。でも剣は、今から40年近く前に、すべて盗まれたのよ」
「すごい話だな……」
 にわかには信じられないという面持ちでリスターは呟いた。彼女の話が本当なら、それは歴史的事件だろう。
 エリシアは小さく笑って言った。
「でも本当の話なのよ。魔法使いの子孫が侵入して盗んだんですって。王国は不名誉なことだからって、事実をひた隠しにしているわ」
「なるほど有り得る話だな」
「でしょう。その後の他の剣の行方はよくわからないけれど、少なくともその内の一つ、『緑宝剣』は私が生まれるずっと前から村にあったのよ」
 ひょっとしたら、彼女の村は剣を作った魔法使いの育った村だったのかも知れない。
 リスターはそう思ったが口には出さなかった。いずれにせよ真偽はわからないし、不思議な能力があってもエリシアが魔法使いでないのは確かだ。
 話を変えるようにリスターは尋ねた。
「それで、その話を今したってことは、今回の件と何か関係があるかも知れないってことだな?」
「その可能性もあるというだけ。この話は元々、あなたが魔法使いであることを話してくれたら言おうと思っていたことなの。あ、誤解しないでね。魔法使いに村を滅ぼされた話じゃなくて、『緑宝剣』の話を、よ」
「わかってる。それで、結局その剣はどうなったんだ?」
 魔法陣を書き終えて、リスターは立ち上がった。
 ふとエリシアを見ると、彼女は真摯な瞳で彼を見つめていた。
「私が、持ってるわ」
「何っ!?」
 思わず大きな声を上げたリスターに、エリシアはルシアがさらわれて以来、初めて笑顔を見せた。
「冗談よ。剣はあの日奪われてしまったわ。仇討ちもそうだけどね、私はこの旅でその剣も探しているのよ」
「なるほどな。その話、ルシアは?」
 エリシアは穏やかな瞳で答えた。
「村に剣があったことも知らないわ。なんで魔法使いの作った剣が村にあったのか、なんで魔法使いが剣を奪ったのか。あの子には、答えの出ないそういった多くの疑問を抱えて欲しくなかったのよ」
「そうか……」
 リスターは複雑な溜め息を吐いた。
「ならあの子は、まったく理不尽に村が破壊されたと誤解しているわけだ」
 エリシアは横に首を振った。
「誤解じゃないわ。私たちは何もしていない。剣にどんな秘密が隠されているかは知らないけれど、少なくともあれは理不尽な暴力よ」
「そうだな……悪かった」
 リスターは小さく頭を下げてから、軽く手を打った。
「さて、魔法陣が完成した。奴らの目的はわからんが、なんとしても阻止してルシアを助け出そう」
「ええ。期待してます、リスター」
 真顔で頷いたエリシアの影が西の方角へ長く伸びた。
 夜明けだ。

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