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五宝剣物語

1−13

 ティランとリスターの魔力はほぼ互角だったが、体力的にリスターは彼女を追い詰めていた。
 もっとも、ルシアのことで焦っている分、精神的な余裕はなかったし、エリシアをかばってもいたので、戦況はほぼ互角と見ていい。
「お前は……何故これだけの魔力を持ちながら、普通の人間と一緒にいるんだ……?」
 肩で息をしながら、ティランが問いかけた。
 リスターは心底意味がわからないという顔で言った。
「俺は魔法が使えるというだけの普通の人間だ。お前こそ、魔法が使えるからといって、なんで特別なことをしようとする? 自分が特別だと考える?」
 興味はあったが、あまり答えは求めてなかった。いや、それより一刻も早くルシアを助けたかった。
 けれど、もう遅いかもしれない。ルシアは先ほどから宙を見つめたまま動かないし、魔法陣が簡単に壊せないのは実証済みだ。正攻法での解除をすれば、1時間以上は時間がかかる。
 リスターは内心で舌打ちをした。
「王国は魔法使いを未だに根絶しようとしている。つまりそれだけで、私たちはここでは普通の人間ではない。お前はそんな状況に何故甘んじる?」
 リスターはその質問には答えずに、逆に聞き返した。
「つまり、お前たちの目的は魔法使いも住める国づくりか? それとも、魔法使いが支配する国づくりか? いずれにせよ、また戦争を起こすのだろう。それでは80年前と同じだ」
「お前は王国を支持するのか? 魔法使いを忌み嫌い、騙し、挙げ句は魔法使い狩りなどと言って、魔法使いでない者まで殺した。こんな王国などなくなるべきだ」
「俺は王国支持者じゃないが、戦争は反対だ。確かにこの国では魔法使いは生きながらにして罪人だが、生き方一つでどうにでもなるだろう。今は魔法使い狩りなど行われていない。要は使わなければいいんだよ、魔法を!」
 事実、リスターはそのように生きてきたし、それで不自由したことはなかった。
 けれど、ティランはそうではなかった。
「何故だ? 何故使えるものを使ってはいけない? 我慢しなくてはいけない時点でおかしい」
「普通の人間には魔法は使えないんだ」
「違う! 元々人間には二種類あり、どっちが普通というわけではなかった」
「その秩序を初めに乱したのは魔法使いだ」
「先祖の過ちから生じた罪を、私たちが背負わなくてはならないのか?」
「同じ過ちを繰り返す可能性がある者は淘汰される。それは仕方のないことだろう。それに、なんだかんだ言いながら、お前たちのしようとしていることは過去の繰り返しじゃないか。お前たちみたいなのがいるから、いつまで経っても魔法使いは恐れられるんだ」
 リスターは吐き捨てたが、ティランはあくまで食い下がった。
「順序が逆だ。いつまで経っても魔法使いが淘汰されるから、私たちは行動を起こすんだ」
 リスターは深く溜め息を吐いた。ここまで凝り固まった考えを正すことなど無理だ。少なくともここでのわずかな話し合いでは。
 もはや話し合いは無駄だと悟り、リスターは手をかざした。
 その時だった。
 ルシアがすくりと立ち上がり、同時に魔法陣の光が音もなく消えた。
「ルシアっ!」
 エリシアが今にも飛び出して行きそうな勢いで叫ぶ。
「セフィン王女?」
 ティランの言葉に、リスターはやにわに顔を曇らせた。
「セフィン……魔法王国の第二王女か……」
 苦渋に満ちた声で呻いたが、それを聞いていた者はなかった。
 ルシアは、いや、ルシアの姿をしたセフィンは一度辺りを見回すと、ゆるやかな動作でティランの前に立った。
「あなたが、私を助けてくださったのですか?」
「ルシアーーっ!」
 エリシアが絶叫して駆け出した。その手をリスターが取る。
 セフィンはそんなエリシアに優しい眼差しを向けた。
「ルシアさんは大丈夫ですから、そんな顔をしないでください」
「えっ……?」
 エリシアだけでなく、リスターも、そしてティランさえも呆然となった。
 セフィンはルシアの声で笑った。
「ただ、少しだけ身体を貸してください」
「ルシアを……どうするの?」
「別にどうもしません。私はルシアさんには何一つ恨みがありませんから、用が済めば彼女は必ずお返しします」
「そ、そんなこと……」
 何か言いかけたエリシアを、リスターが制した。
「セフィン。お前の目的は何だ?」
「目的も何も、私は望んでここに来たわけではないですから……」
「でも、したいことがあるんだろ?」
「…………」
 セフィンは複雑な表情で俯いた。
 彼女が答えるより先に、ティランが口を開いた。
「セフィン王女。今この世界では魔法使いがひどい扱いを受けています」
「知っています。すべて、見ていましたから……」
「それなら話が早い。どうか、手伝ってはもらえませんか?」
 真っ直ぐなティランの表情に、しかしセフィンは首を振った。
「ごめんなさい。私はもう、戦いたくない……」
 元々、セフィンは戦いを好む性格ではなかった。
 それは70年前も同じだ。ただ、たまたま戦争の時代に、中心となるべく王女として生まれてしまっただけなのだ。
 ティランは仕方なさそうに頷いてから、ローブの中に手を入れて、一本の剣を取り出した。
「そ、それは……」
 セフィンが怯えた顔つきになり、一歩後ずさった。
 ティランは安心させるように穏やかな口調で言った。
「『黄宝剣』です。私たちを討った剣ですが、元々仲間が騙されて作らされたもの。今は私たちの味方です」
 セフィンは意を決したようにその剣を受け取ると、事も無げにルシアの剣を外して付け替えた。恐らくルシアとしての身体がその方法を覚えていたのだろう。セフィンが剣の佩き方を知っているとは思えない。
「ありがとう。きっと役に立つと思います」
 セフィンは小さく頭を下げると、ふわっと空に舞い上がった。ルシアには魔力がないので、セフィンの力だろう。
「ルシアっ!」
 エリシアが叫ぶ。
 その隣でリスターが低い声で言った。
「セフィン。もし良かったら俺たちと来ないか? 俺たちもお前の『用』を手伝ってやる」
「何をバカなっ!」
 ティランが叫んだが、リスターは無視した。
 セフィンが直接人間に対して害を及ぼすことがないとわかった今、下手に一人で行かせるよりは手元に置いておいた方が安全だ。
 たとえ人に危害を加えなくても、ルシアの身体で好き勝手されては、身体を返してもらってから困る。
 リスターはそう考えたのだが、セフィンは小さく首を振った。
「ごめんなさい」
「ルシアっ!」
 そっとエリシアの肩に手を置いて、リスターは首を振った。
「信じるしかない。今は彼女が用を済ませてその気になるまで、黙って見守るしか」
「う……うぅ……」
 エリシアは膝を折って顔を覆った。
 セフィンはそんなエリシアに申し訳なさそうに頭を下げると、さらに空高く舞い上がった。
 遠くへ飛んでいってしまうルシアの姿を、二人はただ見送るしかなかった。

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