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五宝剣物語

1−12

 リスターとエリシアの登場にもまるで動じず、ティランは呪文の詠唱をやめなかった。
 さしものリスターもそれには驚かされたが、すぐに動いた。
 ルシアの前だが、もはや魔法を躊躇しなかった。たとえルシアに嫌われようとも、彼女を助ける方が大切だ。
 リスターが両腕をクロスするように振り下ろすと、そこから巨大な真空刃が草を裂いて迸った。
「リ、リスター……?」
 ルシアが目を丸くし、身体を震わせる。
 エリシアはそんなルシアに駆け寄りたい衝動を必死に堪えて、リスターの背後に立っていた。今行けば自分は殺されるだけだ。
 真空刃を受け止めた魔法使いの一人がリスターの前に踊り出た。
 射程圏内にいたもう一人は腕に傷を負って倒れている。ティランはまるで効いた様子がない。
「死ねっ!」
 リスターは彼が魔法を使うより早く、その喉元に剣を突き入れた。所詮はただの魔法使いである。魔法さえ使えなければただの一般民と変わりない。
 誰かがエリシア目がけて放った魔法に、強力な魔法を叩き込んで相殺すると、近くにいたもう一人を剣で切り裂いた。
 ティランの詠唱は続いている。魔法陣がぼんやりと輝き出した。
「くそぅ!」
 リスターは倒れていた一人を魔法で屠り、ティランを除いた残る一人も斬り倒した。
 しかし、それがタイムリミットだった。
「リスター!」
 悲鳴のようなエリシアの声に、見ると魔法陣がいつかのようなドーム状に輝いていた。
「ええいっ!」
 リスターはその陣に魔法を叩き込んだが、もはやびくともしなかった。
 風圧でティランのフードがまくれ落ち、中から美しい水色の髪が広がる。
 彼女はやはり無表情だった。

 魔法陣が完成すると同時に、身体に自由が戻った。
 けれど、ルシアは動く気になれなかった。
 ずっと一緒に旅をしてきたリスターが魔法使いだったという衝撃。それを何事もなく見つめる姉。
 裏切られたような騙されたような、とても悲しい感情が胸の奥から込み上げてくる。
 刹那、身体にじわりと違和感が溶け込んできた。
(な、何……?)
 ルシアは思わず周りを見回した。
 魔法陣の向こう側に、対峙する二人の姿があった。
 何かを話しているようだが、こちら側には届かない。
 さらに確認してみたが、違和感の正体はどこにもなかった。
 けれど確実に違和感はルシアの中に広がっていく。
(こ、これが……セフィン……?)
 特別呼びかけたわけではなかったが、ルシアの心の声に答える澄んだ声があった。
《あなたは?》
 脳裏に直接呼びかけてくるものとはまた違う、異質のもの。強いて言うならば、自分で考えているような感じがした。
(それはあたしの台詞だ! お前がセフィンか!?)
 ルシアは心で叫んだ。
《はい……。あなたは?》
(あたしはルシアだ! これはあたしの身体だ。出て行ってくれ!)
 ルシアは怒り叫ぶような、あるいは懇願するような思いをぶつけた。
 けれどセフィンは、悲しみともあきらめともとれる表情で首を振った。いや、首を振ったのはルシアだったが、少女はその行為に違和感を覚えなかった。
《もう無理です》
(どうして!? お前の意思で勝手に入ってきたんだろ?)
《いいえ。私は誰かにこの身体に入れさせられただけです》
(だ、だったらすぐにでも出て行ってくれ! あたしを、解放してよ……)
 泣きそうになりながらルシアが言うと、セフィンは申し訳なさそうな顔をした。
《ごめんなさい。さっきも言った通り、もう私にもどうにもならないのです》
(そんな……。じゃあ、もうずっとこのままなのか?)
 このままというのがどういう状態なのか、ルシアはまだはっきりと確認できていなかったが、少なくともこの奇妙な会話が続けられるのかという意味で尋ねた。
 セフィンは首を横に振った。
《いいえ、そうではありません。入れることが出来れば出すことも可能でしょう》
(なら、誰かがお前を追い出せば、あたしは助かるんだな!?)
 ルシアの質問に、セフィンは悲しげな瞳で頷いた。
《あなたは……私のことが嫌いなんですね……》
 突然投げかけられたその質問が、ルシアにはひどく滑稽に思えた。突然身体に入り込んできた娘を、どうして好きになれよう。
 けれど、あまりにも悲しそうな顔をするセフィンに、ルシアは何も言うことができなかった。
 その沈黙を肯定の意で受け止めたのだろう。
《ごめんなさい。それでも私は、あなたの身体をお借りします》
 セフィンは最後にそう言って、心を閉ざした。
(あ、おい!)
 慌ててルシアは言葉を投げたが、返事はなかった。
 ゆっくりとセフィンが立ち上がる。そこにルシアの意思は介在しなかったが、想定していたような不快感や違和感はなかった。
 身体の感覚がなくなったわけでもない。けれど、もしも背中が痒くなれば、セフィンはルシアの思い通りに背中を掻くだろう。
 確かな意思も存在したが、セフィンの行動に違和感は覚えない。無理矢理身体を動かされているという感覚はないが、彼女が何を考えているかはわからない。
 恐らくルシアの考えていることも、セフィンにはわからないだろう。
(あたし、これからどうなっちゃうんだろう……)
 考えていたような最悪な状況にはならなかったからか、ルシアは自分でも驚くほど気楽な気持ちでセフィンを受け入れていた。

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