先ほどまで周りの草原と同じように草が生い茂っていたのだが、しばらく前に魔法使いたちの手によって円形に焼き払われた。
目の前にいる魔法使いの数は、ティランを含めて5人である。そしてそれが、森の中にいた魔法使いたちのすべてだった。
彼らはルシアを、これから描く陣の中央に魔法で縛り付けていた。もちろん、ユアリを閉じ込めていた魔法陣と同じものである。
森に入ってからこれまで、ルシアは何度も脱走を試みたが、その機会はまるでなかった。今もこうして身体の自由を奪われ、手も足も出せずにいる。
「なあ、セフィンって何者なんだ? 死んだわけじゃないってどういうことなんだよ!」
言葉には不自由していなかったので、何度も同じ質問を投げかけているが、相手の耳が不自由では会話にならない。
ティランも含めて、5人ともまるで貝のように口を閉ざして作業に励んでいる。その表情は一様に冷たく、果たしてセフィンをルシアに乗り移らせることが嬉しいのかどうかすら判断できなかった。
魔法陣が完成するにつれて、ルシアはいよいよ絶望的な気持ちになった。
乗り移られるというのはどういう感じなのだろう。意識があっても苦痛だが、なくなってしまうのはすなわち死ぬということなのではないのか?
もう二度と姉たちと話をすることができなくなるのだろうか。その姿を見ることはできないのだろうか。
いつかセフィンが死んだら、自分は元に戻れるのだろうか。その時、すでに老婆になっていたらどうしよう。
次から次へと沸き上がってくる質問を、ルシアは矢継ぎ早に口に出したが、やはりどれ一つとして答えてはもらえなかった。恐らく、森に着くまでのティランとの会話から察するに、彼らも知らないのだろう。
(嫌だ……怖い……怖いよ……)
ルシアの褐色の瞳から、とうとう涙があふれた。
「ねえ、お願い! 許して。あたしが何をしたっていうの? 助けて、お願い!」
叫ぶように声を張り上げると、ティランがちらりと彼女を見た。
けれど、それだけだった。
やがて魔法陣が完成したのか、ティランを除いた他の4人が魔法陣から離れ、その周囲に並んだ。
「ティラン! あたしでないといけないの!? お願い! 助けてよ!」
もちろん、ティランにルシアを助ける道理などないことはわかっていたが、それでも叫ばずにはいられなかった。
そんなルシアを真っ直ぐに見据えて、ティランが薄く唇を開いた。しかし、出てきた内容はまったく彼女の求めていたものではなかった。
「この魔法陣は、ただの結界ではない。王女の魂を呼び戻すための檻だ」
「えっ……?」
ルシアは訳がわからず、首を傾げて聞き返した。
「それがどうしたの? 関係ないだろ! あたしを助けて!」
少女は泣き叫んだが、ティランはその言葉にまったく耳を貸さなかった。
「王国は、セフィン王女を殺せなかったのだ。いや、死ぬことを許さなかったのかも知れない」
「どういうこと?」
どうやらセフィンの話をしてくれるのだと、ルシアは大人しく耳を傾けることにした。別に少女の態度などまるで気にはしないだろうが、下手なことをして万が一にも機嫌を損ねられるのは不利益しか生じない。
ティランは淡々と言葉を続けた。
「戦争が終結したとき、セフィン王女はまだ17歳だった。王国は捕らえた王女を引き回し、拷問に拷問を重ねて、最後には魂をこの地に縛り付けて肉体だけを殺害した」
「そ、そんな……」
魔法使いは嫌いだったが、ルシアは一瞬セフィンに同情した。
けれど、すぐにそれを振り払う。
魔法使いは悪だ。悪は死んで当然であり、それはその王女とて例外ではない。
ルシアが心の中で葛藤している間にも、ティランは話を続けていた。
「私たちはずっとセフィン王女を助けたいと思っていた。だから、剣を集める傍らで、王女を救い出す研究をしていた」
「剣? 剣って何だ?」
自分の村に伝わっていた宝剣のことなどまるで知らないルシアが、首を傾げて尋ねた。もちろん、ティランはそれをまるで聞こえていないように無視した。
「だから、私たちの今回の目的は、前言ったように単に王女を呼び戻すだけだ。その後で王女が私たちに力を貸してくれるのであれば、私たちは彼女を王として迎え入れる準備があるが、もしも王女がそれを望まなかったとしてもどうするわけではない」
「本当に、助けたいだけなのか……?」
半信半疑の眼差しを向けたルシアに、ティランが初めて優しい瞳を向けた。
「そうだ。王女がただの女の子として生きたいと言うならば、私たちはそれを止める気も拒む気もない」
「…………」
ルシアは愕然となった。彼女はティランたちが、もっと凶悪なことを考えていると思っていたのだ。
もちろん、だからと言って彼女たちを許す気はなかった。セフィンがどれだけ大切かはわからないが、ユアリの父や兄が犠牲になったのは確かだし、自分とてセフィンのために犠牲になどなりたくはない。
「ねえ、もっと他に方法はなかったの!?」
「さぁな」
もう話すことはないと言わんばかりに吐き捨てると、ティランは魔法陣から出て、ゆっくりと詠唱を始めた。
「お願い、やめて! 助けて!」
絶叫したルシアの声に呼応するかのように、彼女が待ち望んでいた声が響き渡った。
「それくらいにしてもらおうか」
「リスター! 姉貴!」
ティランを挟んだ向こう側に、悠然と剣を構えた青年が立っていた。
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