三人は夜の内に魔法陣のあった場所から移動し、一夜を明かした。
すっかり秋を感じさせる朝の冷たい風の中で、ルシアの貸したマントにくるまったまま、少女は簡素な食事を摂った。
話は後でいいからと、リスターがまず食事を勧めたのだ。
少女は出された分をあっという間に平らげ、小さく「ごちそうさま」と声を出した。それまで一言も口をきかなかったが、空腹を満たして多少精神的なゆとりができたのだろう。
「一体何があったの? 話せる範囲でいいから話してもらえないかしら」
柔らかな口調でエリシアが問いかけると、少女は真っ直ぐ三人を見て口を開いた。
「私はユアリと言います。イェスダンで狩りをしています」
初めは弱々しく見えたが、その瞳は毅然としており、思いの他気丈な娘らしい。なるほど狩人というのも頷ける。
「いえ、今はしていました、と言った方がいいかも知れません……」
ふと顔を陰らせて、ユアリは悲しそうに瞳を伏せた。
「魔法陣に閉じ込められていたのと関係があるのね?」
ユアリは小さく頷いた。
「殺されてしまったんです……。父も……兄も……」
「殺された?」
「はい。森の中で……突然襲いかかられて……」
ユアリは鼻をすすった。本当は泣きたいだろうに、必死に我慢する姿は痛々しくて、聞いていたルシアの方が泣き出しそうな顔になった。
途切れ途切れの少女の話を要約すると、3日前、森で狩りをしていたら、突然周囲が闇に包まれて、何者かに襲いかかられたらしい。
その時に父と兄は殺され、何とか逃げ出したユアリもとうとう捕まってしまった。
「闇は……魔法だな」
「魔法使いめ……」
ルシアが拳を握り、手の平に深く爪が食い込んだ。
捕まったユアリは目隠しをされ、どこかに連れて行かれた。狩人として培ってきた時間感覚では、おおよそ三十分くらいらしい。
やがて立ち止まると、いくつもの話し声が聞こえてきた。
「そいつらの集落かしら?」
「何を話していたか、少しでも覚えているか?」
ユアリは決然として頷いた。
「『入れ物が見つかった』って、あいつらは言ってました」
「入れ物?」
ルシアが首を傾げてリスターを見た。
「何かを召喚するつもりだったか、復活させるつもりだったんだろうな。生贄ではなく、何者かをユアリに乗り移らせるつもりだったんだろう」
「器ってことね」
「恐らく」
頷いたリスターに、ルシアが嫌悪感を剥き出しにして尋ねた。
「復活って、魔法はそんなこともできるのか? 復活って言うくらいだから、死んだ人を生き返らせるんだよな?」
リスターが「できる」と答えると、ルシアは両腕で自らの身体を抱きしめて身震いした。
「気持ち悪い……。魔法使いなんて全部死んじゃえば良かったんだ」
「ルシア……」
エリシアは心配そうな瞳を投げかけたが、何も言わなかった。
「それにしても、そんな訳のわからないことのために、父や兄は……」
悔しそうに歯軋りしたユアリの瞳も、ルシアと同じ色に燃えていた。
悲しむよりは怒った方が精神的に良いかも知れないが、憎しみは争いの種を蒔く。エリシアは二人の表情に悲しそうに睫毛を揺らした。
「リスター! ユアリのお父さんとお兄さんの仇を討とう!」
当然の流れと言わんばかりに、ルシアが立ち上がって闘志を剥き出しにした。
元々悪は許さない性格だが、相手が魔法使いと知っていつも以上に憤慨している。
「どうせ姉貴はまた、危険だとか金にならないとか言いたいだろうけど、今度ばかりはやるから! あたし一人でもやってやる!」
エリシアは何か言おうとして口を噤んだ。日頃は聞き分けの良い妹だが、こうなってしまっては誰の手にも負えない。
リスターも苦笑するしかなかった。止めてもされるなら、止めずに力を貸した方が良い。
「ルシアさん、いいんですか?」
嬉しさと戸惑いの混ざった顔で、ユアリが少女を見上げた。
ルシアは大きく頷き、片膝をついて彼女の手を取った。
「うん! 必ずそいつらをやっつけてやる!」
「あ、ありがとう、ルシアさん」
堅く握手を交わす幼い少女たちを、大人の二人は複雑な瞳で見つめていた。
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