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五宝剣物語

1−8

 パンッ!
 エリシアの涙が散って、リスターは叩かれた頬を押さえた。
 部屋には二人しかいない。ユアリは幼なじみの青年とともに、事後処理に勤しんでいる。
 外は火事でもあったかのように賑やかだ。
「なんで……なんでためらったの!?」
 震える声はどうしようもない怒りに満ちていた。八つ当たりだとわかっているが、そうせずにはいられなかった。
「あなたはあの子を助けられたでしょ!? なんでためらったのよ!」
 エリシアは最後に彼が手を掲げたのを見ていた。
「あなたはあの女の言っていた通り、魔法使いなんでしょ!?」
 エリシアの叫びが凛と張り詰めた部屋の空気に染み渡った。
「すまない……」
 リスターが深く目を閉じて詫びると、エリシアは彼の胸にすがって大きな声で泣き出した。
 魔法使い……。それはこの国では禁忌の存在である。
 遥か昔から、王国は魔法の力で栄えていた。
 けれど、時代が経つにつれて魔法使いの血は減少し、同時に彼らは自分たちが特別な存在であるという意識を持ち始めた。
 やがて魔法使いたちは集結し、王国とは別に自分たちの国を興した。
 彼らはそこで召喚や儀式、人体実験を繰り返し、如何に魔法の権威を高めるかに固執した。
 そしてとうとう、世界を支配するために戦争を起こした。
 戦争は10年にも及んだが、結局は数で勝った王国が勝利を収め、魔法使いたちはすべて囚われて処刑された。
 今からまだ70年ほど前のことである。
 以後王国では魔法使いは禁忌の存在とされ、生き残った魔法使いを根絶するための『魔法使い撲滅隊』が組織された。
 大々的な魔法使い狩りも行われて、関係のない者まで命を落とす結果となったが、魔法使いはこの70年の間に著しく減少した。
 それでも、まだその血を伝える者たちは存在するのだ。魔法使いとはいえ、魔法さえ使わなければただの人間と同じである。根絶することなど無理だったのだ。
 リスターもまたその内の一人だった。
 魔法使いが禁忌とされていることや、ルシアの魔法使いへの嫌悪から、彼は姉妹と出会ってからは一度も魔法を使ったことがなかった。
 けれど、エリシアは彼が魔法使いであることを知っていた。だから彼女は魔法使いへの嫌悪を捨て去ったのだ。
 リスターも、自分が魔法使いであることをエリシアが気付いていることを知っていたが、敢えて何も言わなかった。9割の確信を10割にしてしまったら、いつかルシアにも知られてしまうだろう。
 二人はそれを恐れ、リスターが魔法使いであることは暗黙の了解にしていたのだ。
 けれど、その均衡をついにエリシアが破った。
「お願い、リスター。あの子を助けて……。わかってる。この国の中で魔法を使うことがどれだけ危険なことかはわかってる。でも、私は信じてる。魔法は正しいものだって。悪いのは使う人間であって、魔法なんじゃないって。だから、私はあなたを信じてるから……お願い! ルシアを助けて!」
 彼の胸にすがったまま、あふれる涙を拭いもせず、エリシアは真っ直ぐにリスターを見上げた。
 彼はもはや迷いのない表情で頷いた。
「わかってる、エリシア。ルシアは俺が命に替えても助けてみせる」
「ごめんなさい……」
 エリシアは小さく謝ったが、その顔には安堵の色が見て取れた。
「ユアリともこれまでだ。急いで荷物をまとめてくれ。隙を見てここを出よう」
「ええっ!」
 エリシアは大きく頷いた。
 その瞳にはもう涙はなかった。

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