家の庭の木々の狭間から姿を現したのは入れ物の少女だった。
足元にクロスボウが置いてあったが、今は普通の弓を手にしていた。
「なるほど。しかし、同じ手は二度は通用しないよ」
淡々と言い放つ魔法使いに、ユアリは精一杯虚勢を張って答えた。
「まさかあんたたちが二人で来るとは思わなかったからね」
「なるほどな」
納得したのか興味がないのか、魔法使いは二度ほど頷いてから少女に目を遣った。
そして、あまりにも唐突な質問を投げかける。
「お前、その歳で処女ではないのだな」
「なっ……」
少女が面白いほどに赤く頬を染める。
エリシアの隣で幼なじみの青年が、怒りとも照れとも取れる表情をしたが、それを見ていたのはエリシアだけだった。
ルシアはよくわからないという顔で魔法使いとユアリを交互に見つめていたが、リスターは納得したように笑った。
「そういうことか!」
「そ、そういうことって?」
ルシアが興奮気味に聞き返す。
リスターは魔法使いを嘲るように言った。
「つまり、入れ物が入れ物として持つべき条件を満たしてなかったってことさ。恥ずかしい失敗だな!」
リスターは大きな声で笑って見せたが、しかし女はまるで涼しい顔をしたまま、彼の挑発には乗らなかった。
「心配はご無用。替わりの入れ物はいくらでもいる。例えばその娘とかな」
ちらりとルシアを見た視線は冷たく澄んでおり、まるで感情のないその瞳にルシアは思わず身震いをした。
背後でエリシアの息を飲む音を聞き、リスターは剣を握る手に力を込めた。
「このっ!」
思い切り引き絞った弓をユアリが放ち、それが戦闘合図になった。
女はそれを機敏に交わすと一直線にルシア目がけて降りてきた。
その前に立ちはだかったリスターに気弾を放つ。
リスターは先ほどと同じようにそれを真っ向から受け止めようとしたが、思いの他強い力に屈し、弾き飛ばされた。
「リスター!」
エリシアが悲鳴を上げる。それがリスターに対してのものだったか、ルシアに対してのものだったかはわからない。
女はすっとルシアの前に立つと両手を突き出した。
けれど、魔法を放つより一歩早くルシアが踏み出す。
「せあっ!」
身を低くして放った一撃を、女は腰のダガーで受け止めた。そしてその剣を弾き飛ばして、がら空きになった胴に蹴りを放った。
「ぐっ……」
思わぬ攻撃にルシアは剣を落とし、身を丸めてうずくまった。口の端から真っ赤な血が滴り落ちる。
「得意の剣技でさえ勝てないんじゃ、魔法使いの私に勝つ術は何一つないな」
嘲笑うように言いながら、剣を取って顔を上げたルシアに手刀を放った。
ルシアは一瞬痛そうに眉間に皺を寄せたが、そのままがくりと頭を垂れた。
「ルシア!」
ユアリが勢いに任せて矢を放つ。それは極めて正確に女の胸元に吸い込まれたが、身体に当たる直前に力を失い、地面に落ちてしまった。
「いい腕だ。処女であればよい器になれただろうに」
素早い動作でルシアを担ぎ上げ、女が笑った。
「ほざけ!」
体勢を立て直したリスターが再び踏み込む。
片手を突き出し、女の放った魔法を剣で弾き飛ばすと、リスターはそのまま剣を振り下ろした。
が、それは彼女の直前で止まった。正確には、女が楯にしたルシアの身体のすぐ手前で。
「残念だったな」
リスターの一瞬の隙をつき、女は再びリスターに魔法を叩き込むと、そのまま空に舞い上がった。
ルシアを楯にされてはいけないと、ユアリは血が滲むほど強く唇をかんだが、何もできなかった。
「ルシアっ!」
エリシアが絶叫する。もちろん、彼女にできることなど何もなかった。
空で背を向けた女を睨み付けたまま、リスターはすっと腕を掲げた。
けれど、彼は思い出したように顔を渋らせただけで何もしなかった。
「ルシアーっ!」
エリシアが悲鳴のような叫びを上げたが、すでに女の姿は小さな点のようになっていた。
町がにわかにざわめき出した。
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