道の両側の緑が眩しく、微かに木々の香りがする。
土の匂い、草花の匂い。新鮮な空気を胸一杯吸い込んで、エルフィレムはにっこりと微笑んだ。
林道はわずかな登り勾配で続いている。切れ目は見えない。道の先には青い空が広がっている。
真昼だが、季節柄空気は冷たい。しかしエルフィレムは、布切れのようなぺらぺらの衣を纏っているだけにも関わらず、平然として歩いていた。
もちろん、彼女の感覚がおかしいわけではない。風の衣と呼ばれるその服は、その薄さにも関わらず抜群の保温効果を持っているのだ。
冬温かく、夏は涼しい薄手の衣。古代の風の民たちが、凄まじい知識と技術を持っていたことが、その衣一枚からうかがえる。
当然だが、その技術は現在もなお受け継がれており、エルフィレムもこの衣を作ることができる。もっとも、受け継がれているとはいえ、彼女の代で途絶えることになるのだが……。
エルフィレムは特に急ぐでもなく、ただ真っ直ぐ歩いていた。自分が人間界からリナスウェルナに戻ってきた道とは違う道だが、向かっている方向には絶対の自信があった。
エルフィレムは元々方向感覚がよい。このまま真っ直ぐ、ほんの1週間も歩けば着くはずだ。
あの男、フォーネスの君臨するキルケスという人間の街に……。
不意に、ザッと道の両側の草木の揺れる音がして、エルフィレムは足を止めた。
いつの間にか自分の前に二人、背後に二人、人間の男があの独特のイヤらしい笑みを浮かべて立っていた。
この笑みを浮かべている人間の考えることなど、一つしかない。
つまり、女の肉体。
「ほ〜、可愛いねえちゃん。一人旅?」
「残念だけど、この道は何もなしでは通れないんだよ」
じりじりと歩み寄り、輪を縮める四人の男。すでに目はエルフィレムの胸と腰にしかいっていない。
エルフィレムはため息混じりに苦笑した。
「ふん。低俗な生き物だ……」
「ん? 何だって?」
聞き取れなかったのか、背後の男の一人がポンとエルフィレムの肩に手を置いた。刹那、
「あたしに触れるな!」
キッとエルフィレムがその男を見据えて、冷酷に言い放った。
男たちは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに所詮は小娘の戯言と一笑に付した。
「ほお、気の強ぇ娘だ」
小馬鹿にした笑みを浮かべながら、別の男がエルフィレムの尻に手を伸ばしたとき、何かが風を切る音がした。否、それは風そのものが空気を裂く音。
数秒の後、男が絶叫した。
「ぎゃあぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
あまりにも一瞬のことに、男は自分の置かれた状況を、痛みではなく、視覚的なもので判断した。つまり、自分の伸ばした腕の手首から先が、何か鋭利な刃物で切断されたようにすっぱりと斬れ落ち、血を吹いているのを見たのだ。
「な、何だ!?」
呆然とする男たち。
エルフィレムは無言で風を起こし、空気を斬り、その復元力と純粋な風圧によって男たちをうちのめした。
一人が左足を根元から切断され、一人が木に叩き付けられて背骨を折り、手首を切られた男はそのままその腕を肩から寸断された。
「ひ、ひいぃぃ……」
何とか無事に無傷で残った男は、震え、もう仲間のことなど気にもしないで木々の中に駆け込んだ。
背の高い草をかき分け、低木や硬い木の枝で身体を傷付けながら、必死にそこから逃げ去ろうとした。
ところが、それは叶わなかった。エルフィレムがその男を追いかけ、追い打ちをかけるように背後から風を叩き込んだのだ。
「ぐはっ!」
男は勢いづいて、胸部から樹木にめり込み、折れた肋が肺に刺さって血を吐いた。
エルフィレムはゆっくりとその男の前に立ち、冷たい口調でこう言った。
「お前たち人間は生物の屑。生きる価値がない。いや、生きていちゃいけないのよ」
それだけ言うと、エルフィレムは再び道に戻り、無言で歩き始めた。すると、
「ま、待ってくれ……。助けてくれ……」
先程打ちのめした男たちの苦しそうな呻き声が、エルフィレムの背中を押した。
彼女を襲った者が、今度はその対象に懇願している。
エルフィレムは呆れて足を止め、
「苦しみながら死になさい。それがお前たち人間にできるたった一つの贖いだから」
笑いながら冷たく彼らに言い放った。
後はもう振り返らず、足も止めず、真っ直ぐキルケスに向かって歩くだけだった。
少しずつ男たちの声が遠ざかり、やがて小さく消えていった。
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