帰宅部というのは、1年生から3年生まで、かなりたくさんの人数で構成された、一つの大きな部活と捉えることもできる。ただ、それではあまりにも無秩序すぎるので、ある程度同じ目的意識を持ったメンバーで構成された小さなグループに分けるのが妥当だろう。
それに、放課後真っ直ぐ家に帰る生徒を、帰宅部の部員と呼ぶのはいささか乱暴だ。帰宅部というのは、放課後の時間を何かしら有意義に、活動的に過ごす集まりでなくてはならない。
そういういくつかの定義を勝手に決めて、私は親愛なる仲間とともに帰宅部を結成した。便宜的に私が部長になっているが、部員に序列があるわけではない。
メンバーは、部長である私の他に、同じクラスの涼夏と絢音、そして私の中学からの友達である奈都を、勝手に帰宅部の幽霊部員ということにしている。本当はバトントワリング部に所属しており、日頃は熱心にバトンを回している。
バトン部はユナ高の多くの運動部と同じように、基本的には平日は毎日部活がある。ただ、奈都が毎日部活に行っているかというとそうでもなく、月に何日かは体調不良やその他の理由で休んでいる。
ただ、バトン部を休んだ日は私たちと一緒に帰宅部の活動に励むかというと、そうでもない。まず第一に、私たちはクラスが違う。それに、奈都には私たちの他にも友達がいる。私たちとは土日に遊んでいるので、たまにはクラスの帰宅部員と帰りたいらしい。そして何より、私と奈都は毎日一緒に登校している。それだけで十分と言えば十分だ。
その日、帰宅部の生きているメンバーと夕方まで遊んだ後、イエローラインでぐったりしていると、隣の車両に奈都が座っているのを発見した。部活は違えど、帰る時間は大体同じで、最寄り駅も同じなので電車で一緒になることも多い。
せっかくなので車両を移動して声をかけると、奈都がバトンケースを胸に抱いて鮮やかに笑った。
「今まで遊んでたの?」
「帰宅部の活動をしてた。今日はカラオケ」
「カラオケで遊んでたんだ」
「電車の音がうるさくて、よく聞こえなかったのかな?」
真顔で首を傾げると、奈都が可笑しそうに頬を緩めた。
駅で降りて、しばらく同じ道を歩く。特に会話はなかったが、ふと奈都が足を止めて、日が沈んだばかりの空を見つめながら言った。
「私、実は異世界から転生してきたんだ」
私は眉も動かさずに奈都を見つめた。奈都との付き合いも4年目になる。これくらいでは驚かない。オタクの性なのか、この子が時々よくわからないことを言うのは、もはや日常の一部だ。
心の奥まで見透かすように、じっと瞳を見つめると、奈都は恥ずかしそうに俯いた。
「その目、やめて」
「奈都、異世界から転生してきたんだ」
復唱すると、奈都は照れ臭そうに頷いた。くだらない冗談は大歓迎だが、出来れば自分で笑ったり恥ずかしがったりせず、大真面目に続けて欲しい。
「異世界はどんな感じなの?」
話を膨らませるように聞くと、奈都は小さく笑って首を振った。
「私にはこっちが異世界だから」
「…………」
様子を窺うようにじっと見つめ続ける。奈都は片手で顔を覆ってそっぽを向いた。
「その目、やめてって」
「いつ転生してきたの?」
「中学の入学前。だから、チサとは小学校が一緒じゃなかった」
それは学区が違うせいだと思う。そんな身も蓋もない言葉は胸の奥に封印して、続きを促した。
「だから、チサはこの世界で出来た、私の最初の友達なの」
「東京から引っ越してきた、みたいな感じだね」
「転生だから!」
奈都が両手を広げて訴えた。ちなみに、奈都は生まれも育ちもこの街だ。確か幼い頃に一度、アパートから今の一軒家に引っ越したと言っていた。
「どうして転生したの? 車に撥ねられたとか?」
「えっと……」
「設定が甘くない?」
「設定とか言わないで!」
奈都が顔を赤くして唾を飛ばす。だんだん言っていて恥ずかしくなってきたのだろう。とてつもなく可愛いので、もう少しこのくだらない話に付き合おう。
「選ばれたの。この世界を救う【力】を持ってるからって」
「この世界はどんな危機に見舞われてるの? 私の知らないところで、何かと戦ってるの?」
「えっと……地球温暖化?」
「暑くなる地球を、この寒い話で冷やそうってこと?」
「チサ、私をいじめて楽しい?」
奈都が冷たい眼差しで私を睨んだ。これには地球もひんやりだ。
私は大きく首を横に振って否定した。
「奈都は3年前、地球を温暖化から救うために、転生してきました。それは【力】を持っていたからです」
「事情聴取みたいになってきたね」
「奈都の元いたところは、地球と同じ感じの世界なの?」
「うん」
秒で頷かれて、私は大きくため息をついた。奈都が心外そうに目を丸くする。だって、それではあまりにもつまらないではないか。
「何かもっとこう、物語を考えてから言ってよ」
呆れたように注文をつけると、奈都はふてくされたように唇を尖らせた。
「私はもっと気軽に発言したい」
「奈都。帰宅は遊びじゃないの。もっと真面目に取り組んで」
そっと肩に手を置いて真顔でそう言うと、奈都は「えー」とげんなりした様子で呟いた。私はやれやれと首を振った。
「まあ、奈都はバトン部と二足のわらじだからしょうがないけどね。帰宅部も確実に帰宅のレベルが上がってるから、油断してると帰宅できなくなるよ?」
部長として、友達として、心配しながらそう忠告すると、奈都は乾いた笑いを浮かべた。
「帰宅できなくなるの?」
「そう。でも、私たちは奈都を見捨てないから。明日また、ちゃんと転生し直して」
励ますようにそう告げると、奈都は困ったように「ありがとう」と言った。
奈都にはバトンだけではなく、帰宅も上手になって欲しい。【力】の秘密が、今から楽しみだ。