「あ、気が付いたんだ! よかったー」
安堵の息をついた少女の向こう側に、屋根が見えた。ふと首を横に傾けると、白い壁が見える。窓の向こうは何やら切り立った山肌のように土が見えた。
外からの光はない。室内は松明の光に照らされていて、それが赤毛の少女の影をゆらゆらと揺らめかせていた。
「君は……?」
俺は呟くように尋ねた。状況がわかるようでわからない。
少女はあきれたような、悲しそうな顔で腰に手を当てた。
「もう。私よ、シャルナ。本気で言ってるの?」
ああ、そう言われてみればシャルナだ。
俺はようやく思い出した。
俺はトントーレ教の信者で、シャルナもその一人だ。
俺たちはこの小さな神殿に寝泊りしていたのだが、あるとき突然、まるで波の上にいるような凄まじい地震があって、次に大量の土砂が建物を飲み込んだ。
それが数日前のこと。如何せん、光が射さないからあれからどれくらいの時間が経ったのかもわからない。
俺たちは入り口から外へ通じる道を作るために働いていたのだが、作業は難航していた。
食糧にはまだ若干の余裕があったが、次第に空気が希薄になっていくのを感じ、息苦しさを覚えていた。
「すまないシャルナ。ちょっと、眠っていた」
俺はゆっくりと身体を起こした。シャルナが安堵の息を吐いてから毒突いた。
「しっかりしてよね。エリアスまでいなくなっちゃったら、私……」
シャルナは視線を落として、悲しそうに目を伏せた。
そう。土砂に埋め尽くされてから今日までの間に、身体の弱い数人が床につき、そのまま帰らぬ人になっていた。
穴掘り作業は依然続けられていたが、最近では少し動くとすぐに息苦しくなり、もはやあきらめに近い空気がこの神殿を包んでいた。
「大丈夫だ、シャルナ。また、穴掘りをしよう」
俺が言うと、シャルナは大きく頷いて微笑んだ。少女はまだあきらめていない。
それからさらに時間が経ち、俺たちは食欲もなく、吐き気に襲われ、やつれていた。眠気だけが常にあって、その増加とともに気力が減少していった。
不意に、誰かが発狂するように叫んだ。
「ああ、もうダメだ! 俺たちは死ぬんだ!」
男だ。名前は知っているが、思い出すのも面倒だ。
俺はごろりと寝返りを打って、彼から目を逸らせた。
すると、若い娘の声が彼を容赦なく叱りつける。シャルナだ。
「何言ってるのよ! あきらめたら終わりでしょ!?」
彼女はまだあきらめていない。もはや万策尽きたが、彼女は神がきっと救い出してくれると心から信じている。
だが、神は無慈悲だ。俺も、他の連中も、シャルナ以外のすべてが、もはや神を信じていなかった。
俺がもう一度そちらに目を遣ると、男が血走った目でシャルナを睨み付けていた。
「何がだ! 俺たちに何ができる! お前に何ができる! どうすれば助かる!」
「トントーレ様が助けてくださる! あなたは信じられないの!?」
「何が助けるだ! もう何人死んだ! お前もそうやって、最後には死ぬんだ! みんな死ぬんだよ、みんなな!」
シャルナは唇をかんだが、それ以上何も言わなかった。
そして悔しそうに俺の傍らに来て、一筋の涙を落とした。
「助けてくれるよね? エリアスは、信じてくれるよね?」
俺は、嘘を吐いた。
「もちろんだ、シャルナ。信じ続ければ、神はきっと助けてくれる」
シャルナは満面の笑みで頷いた。
そのシャルナの悲鳴が轟いたのは、さらに時間が経った後だった。
祭壇の方からだ。俺は立ち上がった。だが、すぐに鈍い頭痛がして、眩暈とともに膝が崩れた。
それでも無理矢理身体を起こして祭壇まで歩くと、そこにはまだ生きている男たちのほとんどが集まっていた。
皆祭壇の周りにいて、その中央から少女の悲鳴が聞こえる。
「やめて! やめてよ! 助けて!」
ふらふらとそこまで行くと、男たちの隙間からシャルナが見えた。彼女は服を着ておらず、一糸まとわぬ姿で祭壇に押さえつけられていた。
必死に抵抗しているが、少女の体力ももはや限界に近付いており、ただ泣き叫ぶだけで蹴りの一つも放てないようだった。
「何を、しているんだ?」
俺は咎めるように彼らに問うた。
男の一人が血走った目で答える。
「どうせ死ぬんだ。最後くらいいい思いさせろよ」
「こいつを生贄にしたら、神が助けてくれるかも知れない」
「お前もやるか? 死ぬまで意地を張っても、死んだら何もできなくなるぞ?」
男たちはまるで何かに取り憑かれたように、口々にそう言った。
少女の白い身体を男たちは撫で、唇を付け、そして傷付けた。
シャルナはようやく俺に気が付いたようで、大声で絶叫した。
「エリアス、助けて! 助けて! エリアス、お願い……お願い……」
「やめろよ、お前ら……」
俺はシャルナのところまで行くと、その身体を引き寄せた。少女の柔らかな感触が指先から伝わってくる。
男たちは特に俺を止めることなく、ただ呪詛のように言い続けた。
「意地を張るなよ、エリアス……」
「助けても、もうお前も助からないんだぞ……」
「どうせ死ぬんだぞ? 格好つけて何になる……」
俺は手を滑らせ、そっと少女の胸にあてがった。初めて触った胸の感触は、とろけそうなほど柔らかくて、俺は興奮を抑え切れなかった。
「エリアス……やめてよ……」
少女が絶望的な表情で俺を見上げる。俺はそれを無視した。
どうせ死ぬんだ。
俺は、次に眠りについて再び目覚める自信がなかった。
「いいんだぞ、エリアス。遠慮をするな」
「お前が初めでもいいぞ。どうせみんな死ぬんだ。順番なんかどうでもいい」
「ほら、エリアス。ここに入れるんだ」
誰かが俺の手を取り、それを少女の股間に当てた。もう何日も風呂に入っていないから少女の発する匂いは決して良いものではなかったが、俺を興奮させるには十分だった。
すべての気力が失われた今、性欲だけが残されていたのに俺は驚いた。
「もう……いいよな? シャルナ……」
「エ、エリアス……」
少女は驚いた顔で俺を見てから、ぐったりと祭壇に身体をあずけてすすり泣く声をあげた。もはや抵抗をあきらめたらしい。
好都合だ。俺はそっと少女の中に指を忍ばせようと、それを指先で開いた。
その時、ふと何かが脳裏によぎった。
見たことのない光景。けれどそれはとてもリアルで、俺はそれが現実であることを知った。
いや、現実になる光景だとわかった。
俺が少女を犯し、今ここにいる男たちが次々と少女の身体をむさぼって、息絶え絶えになった彼女を生贄として祭壇に寝かせて剣を突き立てる。
少女は恨みの言葉を吐きながら死んでいくのだ。
それで神が現れるはずもなく俺たちも彼女の後を追うように死んでいく。
だが、それは肉体の滅びであって、俺たちはまるで彼女の呪いのように、魂をここに残され、未来永劫さまよい続ける。
少女もまた決して成仏できることなく、永遠の苦しみの中ですべてを呪い続ける。
それは悲しい光景だった。
俺は指を放すと、少女の身体を抱き上げた。どこにこれだけの力が残っていたのか、自分でも驚くほど簡単に少女は持ち上がった。
「エリアス、どうするつもりだ……?」
「助ける。あきらめたらおしまいだ」
シャルナの瞳に輝きが戻った。
「エリアス! た、助けてくれるの?」
「すまない、シャルナ。悪い夢を見ていた」
歩き始めた俺に、男たちが襲いかかってきた。
「女をよこせ!」
「お前一人だけいい思いをするな!」
「返せ! 置いていけ!」
俺は駆けた。そして少女を床に座らせて剣を取ると、もはや暴徒と化した彼らを全員刺し殺した。
「エリアス……ありがとう……」
少女は俺の胸に身体をあずけて泣いた。
俺はそっと少女の身体を抱きしめた。
「待とう。神が助けてくれるまで」
「うん……」
俺たちは寄り添い合うように横になり、長い長い時間、待ち続けた。
その内、眠たくなってきたので一目少女の顔を見ようと目を開けた。
少女は安らかな顔で微笑んでいた。そして薄い唇を開いて囁いた。
「ありがとう、エリアス」
それが、俺の聞いた最後の言葉だった……。
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