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戦場の天使
オリジナル小説 『SCARLET WARS』 の続編になります。
よろしければ、先に 『SCARLET WARS』 をお読みください。

マリナ : 元ネイゲルディアの王女。二十歳。テリスの営む料理屋の看板娘。金髪の美人。
テリス : マリナの友達の青年。十七歳。マトランダに住んでいたが、マリナと二人でフェイミに。
エナバリス : フェイミの将軍。テリスの店の常連客。武才のあるマリナを部下にしたいと思っている。
マフエル : エナバリスの部下で、彼の娘と恋仲だったが、マリナに一目惚れしてごちゃごちゃに。
ウィレア : エナバリスの娘。恋人のマフエルがマリナになびいたことで、彼女を逆恨みしている。
黒髪の魔法使い : 性格のねじ曲がった人。今回の事件の元凶。ちまちま登場してマリナに絡む。

 体長が三ヤードはありそうな翼を持った巨大なエイがものすごいスピードで街壁に向かってくるや否や、街壁の上にいた兵士を五人ほど薙ぎ払ってそのまま街に侵入した。同じ生き物がさらに数体。
 地上からは突然変異としか思えない巨大なカエルやヘビやヤモリの集団が押し寄せ、体当たりで門を壊し始める。街壁ではなく、門のみを攻撃していることから、それらが何を意味しているのかを理解しているのは明らかだった。
 地上部隊に矢を放っていた兵士たちはエイによって次々と薙ぎ払われ、侵入した何体かが街を壊し始める。防戦どころか、勝負になっていなかった。
「ぬぅ! なんというザマだ。うろたえるな! ナナ・テイルスはこの攻撃を防ぎ切った! どうして我らが敗北しよう! さあ、弓を取れ! 打ちまくるんだ!」
 街壁の下で一隊を率いたエナバリスが声を張り上げる。
 舞い降りてきたエイに数人が斬りかかるも、その長い尾に弾き飛ばされて大地に倒れた。しかし勇敢な一人がエイの背に乗り、その翼を叩き斬る。馬上の騎士が槍を突き立て、エイはしばらく暴れた後静かになった。
「見ろ、敵も生き物だ! 恐れることはない! 急所を突けばすぐに倒せるぞ!」
 離れた場所で二体目のエイを撃墜した。だがすでにフェイミ側の被害は百人を超えている。
 街壁からぬっと5ヤード近いヤモリが顔を出した。そのまま街壁を乗り越えて街門へ走る。
「こいつ!」
 騎士団が一斉に襲いかかる。尾に薙ぎ払われて数人がやられたが、ヤモリの目的は防いだ。
「こいつら、確かに知性がある! ええい、イスィキートからの報告通りだ!」
 エナバリスは剣を抜き、馬上から二体目のヤモリに迫った。相手の爪を巧みにかわし、その前足を斬り飛ばす。
「なに、でかくなっただけで急所は変わるまい!」
 馬から飛び降りてヤモリにしがみつくと、その背に乗って剣を突き立てた。だが、皮が厚くて急所までは届かない。
「ちっ!」
 痛みにヤモリが身を仰け反らせ、エナバリスはバランスを崩して転げ落ちた。しかしすぐさま体勢を立て直して馬に跨る。
 刹那──
 巨大な影に包み込まれ、エナバリスは馬ごと払い飛ばされた。エイの攻撃である。
「ぐあっ!」
 エナバリスは数ヤード先の樹に叩き付けられた。全身に衝撃が走り、息が詰まる。何本か骨の折れる音がした。
 すぐに立ち上がろうとしたが力が入らない。声も出せない。
「エ、エナバリス将軍がやられた!」
 騒然となる。とどめを刺すように急降下するエイ。
「うろたえるな!」
 凛とした声とともに、脚の短い栗毛の馬が躍り出た。しかし馬の情けなさとは対照的に、馬上の騎手はワルキューレのような神々しい威容を放っている。
「天使か……?」
 エナバリスが朦朧としながら声を漏らす。そしてすぐにマリナだと気が付いて目を丸くした。
 マリナは真っ直ぐスピアを構え、小さく呪句を唱えて力を解放した。
「お願い、もってよヴァリアント」
 立派な名前は、名が体を表さない短足の馬の名前だった。
 速度を緩めることなく一直線に向かってくるエイ。ぶつかる直前で、マリナは素早く身を屈めてスピアを真上に突き出した。
 エイの腹に、顔から尾に到達する一本の線が刻まれ、次の瞬間真っ二つになって、血を撒き散らせながら地面に落下した。
「イ・レスティ」
 解放した力を元に戻す。反動が大きいので長く使うのは危険だ。
 戦場が一瞬静寂に包まれた。マリナは厳しい表情で辺りを見回してから、よく通る威厳のある声で言った。
「あなたたち軍隊でしょ!? どうして闇雲にバラバラに戦ってるの! 毎日訓練してるのは何のため!? バリオル隊長率いる右第三隊、あなたたちは街壁を乗り越えてくるものだけを相手しなさい。急所攻撃は威力はあるけど難しいわ。足を狙いなさい」
 名前を出された隊長バリオルは戸惑いながらエナバリスを見た。将軍は静かに頷き、バリオルはすぐに敬礼する。
「はっ! 心得ました!」
「それから弓隊。弓が通用していないのに気付かないの!? 臨機応変に戦いなさい! 街壁の部隊もそう。火と油! 火薬! 街壁からの攻撃はそれ以外には必要ない。乗り越えてくるのは放置。中で倒すから、無駄なことはしないで! すぐに街壁の部隊に伝令して。騎士団は城から火と油の用意を!」
 マリナの命令に兵士たちは戸惑った。一部の人間は彼女を知っていたが、いずれにせよここで彼女の命令を聞いていいのかがわからない。
 それを察知したエナバリスが渾身の力を込めて立ち上がり、叫ぶように宣告した。
「わしの全権をこの娘に委ねる! 以後、彼女に従え!」
 言い終わると喉から血を吐き、エナバリスは意識を失って崩れ落ちた。
「エナバリス将軍!」
「うろたえるな! うろたえて解決することは一つもない! 左第一、第二隊はエイを相手して。空飛んでるからって翻弄されないで。攻撃してくる時は降りてくるんだから、結局は地上戦よ。攻撃は単調、焦らず落ち着いて戦えば勝てるわ。大丈夫、人間の方が強い。勝てると信じなさい!」
 マリナの命令に、兵士たちの顔から怯えが薄らいだ。鬨の声を上げ、持ち場へと駆けていく。
 マリナは近くにいた一人にエナバリスを任せると、自分は街壁に駆けた。階段を駆け上って見ると、城壁の外は化け物の群れで覆い尽くされていた。
「サイリス……様」
 隣にいた若い兵士がすっかり怯えた様子でマリナに声をかける。マリナは優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。はしごを使うわけじゃないし、大半は上ってこれないでしょう。でも自分たちの身体で階段を作るかもしれないわね。その前には火と油が来るでしょう。人と違って服はないけど、体内にも油はある。火の効果は絶大よ。ナナ・テイルスがこいつらを打ち破ったのも火だって聞いてるわ」
「サイリス……」
「大丈夫。早く終わらせてまたうちに食べに来てね」
 マリナはすぐに階段を下りた。ここには自分にしかできないことはない。
 途中でグロテスクな蛇が襲いかかってきたが、マリナは力を解放して斬り捨てた。
「こんなところ、冷静に見られたら化け物だって言われてもしょうがないわね。気を付けなくちゃ」
 もちろん殺されるくらいなら能力のことを知られる方がましだったが、ウィレアの話が信憑性を帯びた瞬間、殺人罪で捕まるかもしれない。そうでなくとも、魔法使いに対する風当たりは強い。隠すに越したことはなかった。
 案外度胸があるのか何もわかっていないのか、まったく怯えた様子を見せないヴァリアントに跨り、マリナはエナバリスのもとに戻った。将軍は意識を回復しており、手当てを受けていた。手当てしているのはテリスだった。
「あなた、何してるの?」
「自分にできそうなことをしてるだけだよ。そうしろって言ったのはキミだろ?」
「そうね」
 マリナは馬を下りてエナバリスの傍に膝をついた。
「大丈夫?」
「ああ。だが、驚いた」
「喋らないで。言ったでしょ? ネイゲルディアから来たって。私には実戦経験がある。あなたはともかく、この国のほとんどの兵士は経験がない。ただそれだけのことよ。しかもいきなりだった上、相手は化け物。うろたえるのもしょうがないわ」
「だが、お前の指示は的確だった」
「ナナ・テイルスの戦法を真似してるだけ。偉いのは前例を作った人たちよ」
「そういうことも勉強しているのだな。驚いた。もったいない。あんな店に置いておくのは……」
「あんな店で悪かったですね!」
 テリスがふてくされてそう言うと、エナバリスが笑みを浮かべた。しかし傷が痛むのか、すぐに苦しそうな顔をする。
「サイリス様! 街壁を乗り越える数が増え、バリオル様の隊が苦戦しています!」
 顔を上げる。やはり見知った顔だった。
 いつも自分をからかっている人間が、真顔で「サイリス様」などと呼んでいる状況が可笑しくて、マリナは小さく笑った。
「すぐに行くわ。ねえ、南や城からの援軍はまだなの?」
 南とは、街の南側のことである。海は北にあり、敵は今のところ北にしかいない。
 若い兵士は溌剌として言った。
「いえ! 城からの軍はすでに到着して、北東からの侵入を迎撃しています。指揮はプティバン将軍自らが執っています」
 プティバンとはエナバリスと同格の将軍である。五十を越え、個人の力は衰え始めていたが、指揮官としての能力は頂点にあった。
 マリナも面識はないが名前と実績は知っていた。
「そう。援軍がちゃんと到着するっていいことね」
「サイリス様?」
「こっちの話。プティバン将軍に援軍を要請して。北東の攻撃は見過ごせないけど、一番大事なのは北門よ」
 若い兵士は一礼してすぐに馬に乗って駆けて行った。
 マリナも馬に跨った。
「サイリス」
 エナバリスが呼びかける。
「なに?」
「街を頼む」
「ええ。テリス、エナバリス将軍をよろしく」
 そう言って、マリナは再び戦場に戻った。

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