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魔法師ミラン1 新緑の抗争
ごく一部の限られた者だけがなれるという魔法師。
その魔法師になるための学院を若干16歳で卒業した少女ミランは、エリートの階段を自ら放棄して、とある探検家のパーティーに加わる。
頑なに魔法を使うことを拒み、武術に勤しむミラン。
この物語は、パーティのリーダーである青年エリアスが、そんな少女を見守り、共に幾多の冒険を乗り越えていく物語……になる予定。

エピローグ

 その日のギルドは非常に賑わっており、空席が見当たらないような盛況ぶりだった。
 ちょうど夕食時だったというのもあるかも知れない。ブラウ少年も忙しく立ち回っている。
 俺とミランはそんな酒場の一番端の席で、コスバンと一緒に座っていた。俺は彼と同じエールを飲んでいるが、ミランはジュースだ。彼女は酒が飲めない。
「まあ、とりあえず全員無事でよかった」
 コスバンが明るい笑い声を上げた。このコスバンが、全身から漲る闘志を剥き出しにしてシドニスと対峙していたあのコスバンと同一人物なのかと思うとなんだか違和感を覚えたが、酒の席では単純に探検家仲間として飲みたいらしい。それは俺たちに対してだけではないそうだ。
「私のせいで、ご迷惑をおかけしました」
 ぺこりと頭を下げたミランに、ギルドマスターは軽く手を振って、いつか俺に言った言葉と同じことを言った。
「気にしなくていい。若い内は無茶するヤツの方が、俺は好きだ。死なない限りな」
「はい」
 その言葉を俺以上に重く受け止めたらしく、ミランは軽く胸に手を当てて頷いた。相変わらず武道家然とした格好だが、勤勉で真摯な横顔には確かに学院首席の風格が漂っている。
 コスバンはジョッキの半分ほど残っていたエールを一気に飲み干すと、片目をつむって笑った。
「まあでも、こいつも一応お前のリーダーだ。もうちょっと立ててやれよな」
 こいつとはもちろん俺のことである。冗談めかして言っているが、俺に黙ってシドニスに立ち向かっていったミランの行動は、パーティーというものをまるで無視したものだった。チームを重んじる探検家として、コスバンも多少歯痒く思うところがあったのだろう。
 もっとも、パーティーと言っても、今はたったの二人きりだが。
「はい。ごめんなさい、エリアス」
 真面目なときのミランは年相応の顔をする。もっとも、それでもまだ俺から見れば17の子供だが、かしずかれるとなんだか照れくさい。
「別にいいよ。ミランにはいつも助けてもらってるしな」
「ありがとう」
 ミランは嬉しそうに笑ってから、テーブルに置かれた牛肉をフォークで刺して口に運んだ。
 ミランの言葉に、コスバンがわざとらしく大きく二度頷いて俺の席を覗き込んだ。
「まったくだ。エルフの村ではうまくやったな」
 彼の見たのは、俺の腰に佩かれた剣だった。ミランがエルフの村でもらったものだ。
 ミランとエルフの村長との交渉は、俺が想像する以上に上手くいった。
 彼らは人間にもいい者と悪い者がいることを認め、フィーチェを助け水晶を取り戻した俺たちにお礼として剣をくれた。
 本当はミランが持つべきものなのだが、彼女は剣を使えないし、今回勝手なことをしたお詫びだと言って俺にくれたのだ。
「何かと戦わないといけなくなることが多いのが探検家だ。その剣は金には替えられない代物だぞ?」
 コスバンが笑いながら言った。
 余談だが、彼はシドニスの持っていた剣が欲しかったらしい。ミランの実力を俺以上に認めているコスバンだったが、まさか魔力を帯びた剣さえも消滅させるとは思ってなかったようで、ひどく驚いたという。
 俺はふとミランを見た。
 彼女はちょうどパンを食べようと大きく口を開けたところで、俺と目が合うと恥ずかしそうに口を閉じてパンを置いた。
 こうしていると、コスバンもミランもとても特別な力を持った人間には見えない。
 周りにいる連中もそうだ。今向こうの席で大声で騒いでいる中年の男も、剣を持ったら恐ろしい達人かも知れないし、ぎゃーぎゃー喚いているおばちゃんも有名な魔法師かも知れない。
 なんだか不思議な感じがした。同時に、俺はどうなのかと考えた。
「俺は、なんの取り得もないな……」
 ぼそりと呟くと、ミランが首を傾げて俺を見て、コスバンがすべてを見透かしたように笑った。
「なんの取り得もない人間に、ミランみたいな天才がパーティーを組んだり、ギルドマスターである俺が自ら剣を持って助けたりすると思うのか?」
 驚いてミランを見ると、彼女は大人びた表情で微笑んだ。思わずドキッとする笑顔だった。
「俺の、良さ……?」
「まあ、深く考えるな。格好つけようとしなければ、お前は今のままが一番いい」
 俺はなんだかよくわからなかったが、尊敬するギルドマスターにそう言ってもらえて、素直に喜ぶことにした。
 ミランはまったく素知らぬ振りでサラダをつまんでいる。
 不意にコスバンが笑いを収めて、声のトーンを落とした。
「それで、お前たちはこれからどうするんだ?」
 コスバンは俺とミランの顔を同じように見たが、ミランはさも任せると言った顔で俺の目を覗き込んだ。
 基本的には宛てのない旅だったし、ミランとしても明確な目的を持って俺について来ているわけではない。少なくとも俺は彼女の目的を聞かされていない。
「そうだなぁ」
 俺はフォークを置いて腕を組んだ。
 半年前に見つけたファミアールの地下通路は、すでに大方探索を終えている。2週間前に水晶を見つけたが最後、それ以降は新しい部屋を見つけていない。
 ひょっとしたらまだどこかに宝が眠っている可能性もあるが、俺たちはすでに十分儲けているし、そろそろ他の街に移るのも一つの手だろう。
「ここに来てからもう半年になるし、そろそろどこかへ行こうかな。何か面白い情報はないか?」
 俺が尋ねると、コスバンは数度顎を撫でてから、意味深な笑みを浮かべた。
「ある。あるが、ただで教えるのもなぁ……」
「おいおい」
 俺は思わず身を乗り出した。
「ここはいつから情報にお金を取るようになったの?」
 横から呆れた顔でミランが口を挟む。
 アリスランダでは、市民がギルドに対して仕事を依頼し、ギルドに加盟する探検家は無料でその情報を入手できるようになっている。その代わりに、探検家はギルドに対して定期的に一定の金額を支払っているのだ。
 コスバンは片目をつむって笑って見せた。
「特例ってやつだ。お前たちはさんざん儲けたしな」
「ひどい」
 ミランが拗ねたように唇を尖らせた。いつの間にかまた幼児退行している。
 俺はやれやれと首を振った。
「しょうがない。俺たちがファミアールで見つけた地下通路の入り口を教える。それと引き換えだ」
 探検家はギルドに自らの探索の報告をする義務があるが、自分たちで見つけ出したすべてを教える必要はない。それは遺跡自体を発見した場合でも同じだった。
 ただし、今回のようにすでに枯渇したと思われていて誰も訪れないような遺跡を除けば、普通はすぐに他の探検家に知られ、広まってしまう。
 なので、多くの探検家は何かを発見した場合、一定の短い期間自分たちだけで探索した後、ギルドに対して発見した情報を売る。そしてギルドは買い取ったその情報を他の探検家に提供するわけだ。
 コスバンは満足げに頷くと、南の方で起きている面白そうな事件を二つほど紹介してくれた。どちらも市民からの依頼だ。こういう依頼を片付けるのもアリスランダの探検家の大切な仕事である。
 話を聞いて、ミランが嬉しそうに声を弾ませた。
「じゃあ次はマゼレミンね」
 マゼレミンは南にある自由都市で、規模としてはエルザーグラの半分もないが、活気にあふれる街である。
 交通の要所にもなっているため、俺は何度か訪れていたが、ミランは初めてらしい。
「早速明日にでも旅立つか?」
 まるで追い出したいかのようにコスバンがそう言ってきた。
 俺は苦笑して答えた。
「そうだな。善は急げって言うし」
「よし、じゃあ今夜は新しい旅立ちを祝して、大いに飲もう!」
 豪快な笑い声を上げて、コスバンがさらに酒と料理を追加した。
 ギルドの店員が下がるのにつられて店内を見回すと、まだ空席はなく盛り上がりはさらに高まっていた。
 中には仕事を丁度終えた者や、これから旅立つ者もあるだろう。
 けれど、ギルドマスターがいるのはこのテーブルだ。
 先程の疑問が蘇る。学院首席の有名人も同じテーブルにいる。
 3年前、ゴーンドとメアリと一緒に探検家になったときには考えもしなかった光景だ。
「俺は、幸せもんだな」
 だいぶ酒が回ってきたのか、ろれつの回らない声で言いながら、さらにジョッキを取った。
 コスバンはその呟きが聞こえなかったらしく、雑然と並べられた料理を無我夢中で食っている。
 ミランは酒も入っていないのに顔を紅潮させて、テーブルに肘をついて何やら楽しそうに俺を見つめていた。
「お前も幸せか?」
 柄にもないことを尋ねると、ミランは大人っぽく笑っただけで何も答えなかった。
 まったく、女ってヤツはたくさん顔を持っているらしい。
 明日の今頃はどこで何をしているだろう。
 コスバンが何か言っていたが、だんだん聞き取れなくなってきた。
 その夜は、記憶がなくなるまで飲み続けた。
Fin
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