本当は狭い入り口を死守したかったのだが、さすがにそう都合よくはいかないらしい。
ミランが脚傷男につかみかかろうとしたが、それより先に中からわらわらと人が出てきて退避を余儀なくされた。
人数はおよそ20人。あっと言う間に取り囲まれて、俺はミランと背中合わせになって剣を構えた。
「また会ったな」
夕方に会ったハゲ頭がいびつな笑いを浮かべた。
あの時の仕種といい、ひょっとしたらこいつがここのボスかも知れない。
もっとも、所詮は寄せ集めの盗賊団だ。頭を潰せばなんとかなるという問題でもないが。
「あんなことを言っておきながら、やっぱりエルフを助けに来たな」
「金になりそうだからな」
俺は精一杯虚勢を張って答えた。
金になるというのは、深い意味があっての発言ではなかった。単にエルフなら何かいいものを持っていて、助けたお礼にくれやしないかと思ったのだ。
「このエルフが何か持っているように見えるか?」
男がそう言いながら指を鳴らすと、奥から紐で縛られ、猿ぐつわをされたエルフの少女が連れてこられた。ぐったりしているが乱暴はされてないようだ。
俺は少しほっとした。エルフは人間ではないので、基本的に性的な乱暴を受けることは少ないが、それでも身体の構造は同じだし、人間との子をもうけることもできる。
ひょっとしたらと思ったのだが、少女は男たちの性的な興味の対象にはならなかったらしい。あるいは、そうすることができない何らかの事情があったのか。
少女はやつれた表情で俺を見上げた。本当はミランを見たかったのかも知れないが、生憎彼女は今、俺と反対の方向を向いている。
少女を連れてきた顔にアザのある男が、鋭いナイフを少女の首に当てた。少女が身を強張らせて仰け反る。
「お前たちは強いからな。こっちも犠牲を出したくない。悪いことは言わねぇ。持ってるもん全部置いて、こっから去りな」
ハゲの言葉に、俺は思わず吹き出しそうになった。世の中にこれほど信じられない言葉もないだろう。
「俺がお前なら、武器を置いた瞬間、殺すな」
「俺はお前ではない」
虚しいほどに胸を張って言った男に、俺はある種の哀れみさえ感じた。
「自分がしないことを、相手がすると信じるヤツなんかいないだろう」
俺が嘲るように言うと、ハゲが大して怖くもないのに目を細めて声を低くした。
「言うことを聞かないと、こいつが死ぬぞ?」
アザ男が刃物を滑らせて、少女が「うっ」と小さく呻いた。首筋に赤い線が走り、そこからじわりと血が滲み出す。
もちろん、それで動じるような生き方はしてきてなかった。
俺は余裕の笑みを崩すことなく、むしろ勝ち誇ったように切り札を出した。
「俺たちにはそのエルフのために命を懸ける理由もないし……それに、殺せるもんなら殺してみろよ?」
そう言うと、少女は恐怖に目を大きくしたが、ハゲ頭は渋い表情になって黙り込んだ。
そう。こいつらには、エルフを殺せない理由があった。ひょっとしたら乱暴できなかったのもそのせいかも知れない。
夕方縛り上げた男の話では、こいつらはエルザーグラのシドニスという金持ちに雇われて、少女を探していたらしい。
その理由は知らされてなかったが、少なくとも殺してはいけないらしかった。
ちなみに俺はシドニスを知らなかったが、ミランによるとエルザーグラで武器を扱う2人の商人の内の一人らしい。もっとも、それ以上のことは学院首席の少女も知らなかったが。
ハゲはやれやれと首を左右に振って、今にも死にそうな動物を見るような憐れんだ目で俺を見た。
「じゃあしょうがない。お前たちには死んでもらうことにしよう」
ハゲが言い終わるより、俺たちが駆け出す方が速かった。
エルフの少女と初めて会った時から常に先手を取られてきたが、致命的なところでミスをするほど甘くはない。
真っ直ぐエルフの少女の許に駆けると、立ちはだかった男の懐に潜り込んで、切っ先を腹に埋めた。
その横を風のように通り抜けて、ミランが少女に刃物を突き付けていたアザ男に飛び蹴りを食らわせた。学院では知能で有名な少女だが、どちらかというと才能は武術の方にあるように思える。それくらい無駄のない洗練された動きだった。
俺は男の身体を前蹴りにして剣を抜くと、返り血を浴びないように身を翻し、二人をかばうようにして立った。
とりあえずこれで背後が壁になった。
「貴様ら!」
三人の男が同時に斬りかかってくる。なかなか統制の取れた動きに、俺は思わず舌打ちをした。これをあっさり切り抜けられるほど強くない。
一人の剣を躱し、二人目の剣を受け止めたが、脚に斬りつけてきた三人目の攻撃は躱せなかった。
「きゃあっ!」
背後から聞こえた悲鳴はエルフのものだった。ミランではない。
俺は脚にかなりの痛みを感じたが、なんとか踏みとどまって一人を斬り捨てた。
残り17人。はっきり言って勝ち目はない。
別の男が加わり、再び三人になった盗賊を必死に応戦していると、鋭く裂くようなミランの声がした。
「エリアス、伏せて!」
待ちに待った声。俺は男の突きを跳んで躱すと、そのまま地面に転がった。
ここでミランが「実は冗談」とか言ったら絶体絶命だが、そういう悪質極まりない冗談を言う娘ではない。
ミランは俺が応戦している間に作り上げた魔法を叩きつけた。
「ナトイ・テニミシ!」
風の魔法だ。何度か聞いたことがある。
小さな風を起こすだけの簡易版と、突風を巻き起こす強力版があると聞いたことがあるが、この状況でミランが使うのがどちらであるかなど、3桁の足し算より簡単だ。彼女はどんな複雑な魔法でも冷静に作り上げる。
「ま、魔法!?」
まさか武道家然とした少女が魔法を使うなどとは思ってなかった盗賊たちは、完全に意表を突かれて、突如吹き荒れた豪風に吹き飛ばされた。
俺は地面に張り付くようにしながら顔だけを上げて周囲の状況をうかがった。
今の風で何人かの盗賊が致命傷を負ったようだが、完全に優位に立ったかと言うとそうではない。むしろ、ミランが魔法師であると知られて不利になったと言ってもいいだろう。
しかし、相手をビビらせるには十分だったし、彼らに背を向けて逃げ出すくらいの余裕はできた。
「走れ!」
俺は素早く立ち上がり、脚の痛みを堪えて駆け出した。すぐ後ろを少女がついてくる。やつれていたが、助かると知ったからかなかなかしっかりとした足取りだ。
ミランはその場に留まり、さらに何かの魔法を使うべく陣を描いていた。
吹き飛ばされた男たちが斬りかかってくるまでの時間で、彼女ならばもっと強力な魔法を使うことができるだろう。
彼らがそれを恐れて彼女に近付かなければなおさらだ。
俺はその様子を見ていなかったが、背後から聞こえてきた大きな爆発音に苦笑を禁じ得なかった。
ひょっとしたら、逃げる必要などまるでなかったのかも知れない。
少しペースを落とすとミランが追いついてきて、俺は足を止めた。平気そうに走ってはいたが、傷は決して軽いものではない。
「奴らは?」
傷の手当てをしながら問いかけると、ミランはやや納得のいかない表情をした。
「半分くらいはやっつけた……と、思う」
「そうか」
俺は肩を震わせた。
見た目より頑固なところがあるこ少女のことだ。自分が使いたくもない魔法を使ったにも関わらず、結局舌を巻いて逃げ出さなくてはならないような状況しか作れなかったことが悔しいのだろう。
俺の考えがわかったのか、ミランがふてくされたように頬を膨らますと、すぐ傍らにいたエルフの少女が俺たちに深く頭を下げた。
「あ、あの、ありがとう」
まだ興奮しているらしく、呼吸が荒い。それに顔も紅潮していたし、可哀想なくらい動転していた。
俺はさらに言葉を続けようとした少女に軽く手を振ってそれを遮った。
「話は落ち着いてから聞くよ。今はもう少し逃げよう。ここはまだ安全じゃない」
俺が笑うと、少女は緊張の糸がほどけたのか、ほっと息を吐くいてそのまま地面にしゃがみこんでしまった。
気を失ってしまうのではないかと思ったが、そこまでではなかったらしい。
俺はミランと顔を見合わせ、声を忍ばせて笑った。
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