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魔法師ミラン1 新緑の抗争
ごく一部の限られた者だけがなれるという魔法師。
その魔法師になるための学院を若干16歳で卒業した少女ミランは、エリートの階段を自ら放棄して、とある探検家のパーティーに加わる。
頑なに魔法を使うことを拒み、武術に勤しむミラン。
この物語は、パーティのリーダーである青年エリアスが、そんな少女を見守り、共に幾多の冒険を乗り越えていく物語……になる予定。

 エルザーグラにあるとあるショップを出ると、朝方はどんよりしていた空がいつの間にか眩しい青に変わっていた。
 逆に俺とミランは肩を落とし、一度顔を見合わせてまた深く溜め息をついた。
 道行く人々が俺たちの方を何事かと見ては過ぎ去っていく。それほど暗い表情をしていたのだろうか。
 ショップから歩くこと数十分、前方に見慣れた宿が見えてきた。半年ほど前からエルザーグラでの行動拠点にしている宿である。
 ミランがこの街の近郊出身ということもあり、顔見知りも多いことから本当はあまり長居する予定はなかったのだが、ある理由によりすでに半年も留まっている。
 家出してきたミランだが、今のところ知り合いには見つかっていない。それもそのはずで、当時のミランと言えば髪は背中ほどまであったし、肌も色白で、常に魔法師然としたローブを着けていた。
 今はと言うと、肌は日に焼け、背も数センチほど伸びた。体術を学び始めてからは細かった四肢にも適度な筋肉が付き、髪の毛も肩の少し下の辺りでばっさり切って、少しだけ後ろで縛ってある。格好も男と見まごうような武道着で、もはやローブを着ていたのが信じられないような活発な少女になっていた。
 このミランが、あの学院首席のミランと同一人物であると知っているのは、俺を除けばせいぜい宿屋の主人とごく限られた数名だろう。
「おう、どうした二人とも。暗い顔して」
 宿に戻ると、その主人がバカでかい声をかけてきた。大きな鼻が特徴の、陽気な親父である。
「なにか仕事で失敗でもしたのか?」
 台詞とは裏腹に、声はまったく心配していない。いや、むしろそうであった方が楽しいと言わんばかりの、期待に満ちた表情である。
 俺は思い切り肩を落として、首を横に振って見せた。
「ああ、ひょっとしたらこの街がなくなるかも知れんぞ?」
「お、おいおい。物騒なことを言うな」
 親父は大袈裟に驚いて見せたが、不意に表情を真面目なものにして俺の顔を覗き込んできた。
「そういえば昨日、エルフの娘を連れてきたなぁ。今の話は本当なのか?」
 急に声のトーンを落とした親父の様子が可笑しくて、ミランが思わず笑い声を洩らした。
 俺も肩を震わせながら親父の肩を二度ほど叩き、何事もなかったように言った。
「冗談に決まってるだろ。俺たちがそんな大きな事件に巻き込まれると思うか?」
「な、なんだお前ら! からかったのか!?」
 親父がまた大声を上げたが、俺は何も言わずに手をひらひらと振って部屋に戻った。
 もっとも、悪質だろうが笑えなかろうが、本当に冗談であればどれだけ良かったか。俺たちは、その「大きな事件」に巻き込まれてしまったのだ。
 部屋の扉を開けると、一昨日の夜中に助けたエルフの少女が、神妙な顔つきで近付いてきた。
「どうでしたか?」
 少女はフィーチェという名前で、人間の精神年齢に換算して大体13歳くらいの子供だった。もっとも、体つきは大人のそれなので、容姿と言動に若干の違和感は拭えない。
 俺は一度ミランと顔を見合わせてから、静かに首を横に振った。
 フィーチェは落胆を隠し切れずに残念そうに肩を落とした。

 どこから話せばよいか悩むような壮大な話である。
 まずはやはり、“静かなる道”の話をしよう。
 あの道はここエルザーグラから港町パルフィンへと続いている。けれど、元々はパルフィンへ向かうために作られたわけではなかった。
 今から10年ほど前、森の奥深くに、古代都市ファミアールの遺跡が発見された。多くの探検家、冒険家が古代の宝を求めてこの遺跡に挑み、一部の運と実力のある者が豊かな富を得た。
 “静かなる道”はこの時に作られたもので、エルザーグラから作られた道とパルフィンから作られた道が偶然途中で繋がったのだ。
 遺跡は5〜6年ほどで漁り尽くされ、それからさらに5年経った今ではほとんど訪れる者はなくなった。
 ここからはフィーチェの話である。
 フィーチェの住んでいるエルフの村が、そのファミアールの遺跡の近くにあるらしい。
 エルフの村は彼らの持つ不思議な力によってその入り口を閉ざされているため、普通の人間が足を踏み入れることはできない。
 なので、直接彼らの村が被害を受けることはなかったが、10年前の幾多にも及ぶ遺跡探索によって森は汚され、伐採された。
 何より森を愛する彼らは人間に対して深い怒りを覚えた。それでも、人間への干渉を避けるために何もせずに堪えていたのだ。
 ところが今から2週間ほど前、とうとう彼らの逆鱗に触れる事件が起きた。
 遺跡付近に置かれていた彼らの宝が盗まれたのだ。
 遺跡を訪れるものはめっきり減ったが、今でもいないわけではない。そして、ごくまれに未だに宝を持ち帰る幸運な者もある。
 恐らくそういう人間によって持ち帰られたのだろう。いや、持ち帰られたのだと断言してよい。
 元々人間の所業に憤っていた彼らは、とうとう復讐を決意した。
 その話を親から聞かされたフィーチェは、居ても立ってもいられなくなった。彼女は争いごとが嫌いだったので、なんとかしてこの戦いを未然に防ごうと思ったのだ。
 そして単身村を飛び出し、このエルザーグラにやってきた。
 けれど、人間の街の知識などほとんど持ち合わせていない少女である。目的を遂行するために何をすればよいかわからなかった。
 そんな時、彼女に声をかけたのが武器商人シドニスだった。
 彼はフィーチェの話を聞き、逆にエルフの村に攻め込んで富を得ようと考えた。そして、人間にはわからない村への入り口を知り、中に入るためにフィーチェを捕えようとしたのだ。
 なんとか商人の許から逃げ出したフィーチェだったが、森の中で彼の雇った盗賊どもに発見され、今に至る。
 話を聞いて、俺とミランは顔を見合わせた。
 いくらミランが優れていたとしても、俺たちにはあきらかに話が大き過ぎるし、何かできるような問題でもない。
 フィーチェには申し訳ないが、力になれそうもないと思った矢先、彼女から盗まれた宝の話を聞かされて青ざめた。
 盗まれたものは拳大の淡い水色の水晶で、人間に見つからないように村にかけられた魔法を支えるマジックアイテムの一つだったらしい。
 その一つが盗まれたからといって、別に村にかけられた魔法が解けるわけではないらしいが、それでも彼らの怒りを煽るには十分だったろう。
 フィーチェはせめてその水晶を取り戻すことができれば、仲間のエルフたちの怒りを多少は鎮めることができるかも知れないと語った。
 本来であれば、そんなことは実現不可能なのだが、俺とミランにはどうして断れない理由があり、同時にこれが俺たちにしか解決できない問題であると悟った。
 つまり、その水晶を遺跡から持ち出したのは、俺とミランなのだ。

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