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魔法師ミラン1 新緑の抗争
ごく一部の限られた者だけがなれるという魔法師。
その魔法師になるための学院を若干16歳で卒業した少女ミランは、エリートの階段を自ら放棄して、とある探検家のパーティーに加わる。
頑なに魔法を使うことを拒み、武術に勤しむミラン。
この物語は、パーティのリーダーである青年エリアスが、そんな少女を見守り、共に幾多の冒険を乗り越えていく物語……になる予定。

 俺は、いわゆる探検家だった。
 元々は同じ村の出のゴーンドというごっつい男と、メアリという一つ年上の剣士の女性と3人でパーティーを組んでいたのだが、そこにミランが加わり、とある事情で二人が抜けて、今は少女と二人で旅をしている。
 俺たちは歴史の古いこの大陸の各地に点在する遺跡を回っては、そこで得た宝を売りさばき、生活の糧にしていた。もちろん、時には人から何らかの厄介ごとを片付ける依頼を受けて金を得る場合もあったが、ここアリスランダには探検だけで食っていけるだけの土壌があった。
 ゴーンドとメアリと別れたすぐ後に、システンの城下町で受けた仕事で大儲けをした俺たちは、半年前に無駄足を覚悟でファミアールに挑んだ。
 5年前から再び沈黙にさらされていたファミアールは、確かに骨の髄までむしゃぶられた状態で、そこら中に穴が空けられ、壁は壊され、ひどい有り様だった。
 けれど、システンからの幸運はまだ続いていたようで、俺たちはファミアールでまだ誰にも見つかっていなかった地下通路を発見した。入り口が巧妙な魔法によって隠されていたので、ミラン並みの魔法師でなければ見つけるのは不可能だったろう。
 そのため俺たちはエルザーグラに留まり、ファミアールを探索することにしたのだ。
 その通路はさすがに魔法で隠されていただけあって、量こそ少ないが、貴重な宝が残されていた。大抵が宝石の類だったが、中には対魔法用の護符など、実用的なものもあった。
 そして今から2週間前、俺たちはとある部屋で拳大の水色の水晶を発見した。
 その部屋はそこだけ外と直結しており、その入り口は外側からでは絶対にわからないような、遺跡から少し離れた深い森の中にあった。
 俺たちは嬉々としてそれを街に持ち帰り、早速マジックアイテムを扱う店に売り払った。生憎マジックアイテムとしての価値はあまりなかったが、その大きさと美しさにかなりの高値がついた。
 それが、エルフの村の魔法を維持していた水晶だったことは間違いない。
 もちろんフィーチェの話を聞いてなお、「知ったこっちゃない」と言うことは可能だった。人の家に入り込んで盗み出したわけではないのだ。あんなところに置いてあったら、普通の探検家なら持って帰る。
 けれど、それが発端でエルフと人間の戦争に発展、などという話になれば再考の余地がある。
 さらに無関心を決め込むことは可能だが、事実を知ってしまった今となっては後味が悪い。
 結果として水晶を取り返し、フィーチェに渡したところで戦争は避けられないかも知れないが、水晶を持ち帰ったのは冒険家として当然のことであり、アフターフォローも行った上でのことなら俺たちが咎められることもないだろう。
 フィーチェから話を聞いた日、俺はミランと話し合って、とりあえず水晶を取り戻すことを決めた。
 もちろん、フィーチェには事実は言っていない。いくらこちらの世界では常識的なことをしただけでも、エルフである彼女にはわからないだろうし、ただの窃盗犯にしか見えまい。
「宛てがある」
 ただそれだけ言って、俺はミランとともに水晶を売り払った店を訪れた。
 売却価格で返してもらえるとは思ってなかったが、通常の売値、仮にそれが売却価格の2倍以上だったとしても余裕で支払えるだけの富があった。
 けれど、どうやら俺たちの幸運は水晶を見つけた頃から下降気味だったらしい。水晶はすでに何者かに買い取られた後で、店には置いてなかったのだ。
 俺とミランはひどく落ち込むフィーチェを大丈夫だとなだめてから、次の策を練ることにした。話はひどく難しくなったが、不可能になったわけではない。
 水晶はほぼ間違いなくエルザーグラ、もしくはその近郊の町にあるだろう。しかも売価から察するに、購入者はかなりの金持ちのはず。徹底的に情報収集を行えばその所在地を突き止めるのは可能だ。
 問題は、どのようにして取り返すかである。
 事情を説明しても売ってもらえるかはわからないし、さすがに売却価格の3倍、4倍という額になってくると手が出しづらい。
 もちろん、非合法な手段だけは使ってはいけない。
 仕事をする上でやむを得ず法に反する場合もあったが、自分たちの売ったものを盗むのは自殺行為である。たとえ俺たちが盗んだわけでなくても、真っ先に疑われるものだ。
 いかに合法的に、しかも金を出さずに取り返すか。
 思い付く方法はただ一つ。嘘をつくしかない。
 俺はミランを宿に残し、金といくつかの宝石を持って外に出た。何故ミランを置いていったかと言うと、彼女は嘘が下手だからである。
 良くも悪くも素直で正直なので、探検家としてはともかく、交渉事には不向きなのだ。
 俺はまた数十分歩いて、水晶を売り払った店に入った。
「おう、また来たのか、エリアス」
 腕が細い柱くらいありそうな筋肉店主が、陽気に出迎える。
 昔は冒険家だったらしい。一山当ててこの店を始め、今ではエルザーグラ一のマジックアイテムショップになっている。
 俺は半年前、ファミアールであの通路を見つけてから初めてこの店を訪れた。
 高価なものを売る場合、その入手経路を教えなければならない。盗品である可能性もあるからだ。
 店主は相手の素性と入手経路を聞いてから、それを探検家ギルドに確認する。
 ギルドとは組み合いのことで、探検家ギルドは主だったすべての街にあり、探検家に仕事を斡旋したり、情報を提供したりしている。
 もちろん、その代わりに所属する探検家は一定の額を納め、自らの探検結果を報告しなければならない。
 そのため、ギルドに所属しない探検家もあるが、俺は最初に3人でパーティーを組んだ時点で登録していた。
 理由は簡単で、探検で得た宝を真っ当な店で売ろうとした場合、ギルドに所属していないと買ってもらえないからだ。
 今回もファミアールを探索する前にギルドにその届出をしていたこともあって、入手許はファミアールと言っただけで疑われずに買ってもらうことができた。
 俺は店のカウンターに座ると、深刻な面持ちで言った。
「実はな、親父。ちょっと厄介なことになったんだよ」
「厄介なこと? 例の水晶のことか?」
 ほんの2時間ほど前に水晶の有無を聞きにきたばかりである。親父は他の客に聞こえないように声のトーンを落として俺の顔を覗き込んだ。
 俺は深く頷いてからミランと二人で用意した嘘を並べ始めた。
「実はあれ、呪いのアイテムらしい」
「呪い? 本当か?」
 呪いのアイテムとは、悪い魔法のかけられた品物のことである。
 マジックアイテムのマニアと一部の悪人を除いて、いくら魔法がかかっていると言っても、それが呪いでは喜ばれない。
「どういう呪いだ? どこで調べた?」
 親父は半信半疑な面持ちで尋ねてきた。中にはそういう嘘をついて詐欺を働く者もあるから、いくら知り合いと言えども疑ってかかるのは当然だ。
 俺はキョロキョロと辺りを見回してから口元に手を当てた。
「病だ。ちょっと気になったから、あれからミランに調べてもらった」
「ミラン? お前の相棒の?」
 親父は、俺の相棒の名前がミランという名前であることは知っていても、学院首席のミランと同一人物であることは知らない。
 俺はゆっくりと頷いた。
「そうだが、あのミランは、『あの』ミランだ。魔法に関する情報は間違いない」
 俺が「あの」の部分を強調すると、親父はそれだけで気付いたらしい。いかにも驚いた顔をして聞いてきた。
「あのミランってのは、魔法学院のあのミランか?」
「そうだ。今度よく見てみればわかる。ただ、訳あって素性を隠して俺と一緒にいる。だから、他には洩らさないでくれ」
 優秀な魔法師であるミランが、学院を卒業してから家出した話は有名だった。親父はついさっき俺と一緒にいたミランを思い出していたのか、しばらく無言で目を閉じてから、顔を上げて頷いた。
「わかった。お前は信用できる男だからな」
 そう言われてやや良心が傷んだが、まあ別にあくどいことをするために嘘をついたわけではないのでよしとしておいた。
 俺は簡単に礼を言ってから本題を切り出した。
「それで、そんなものを売りつけたのは俺のミスだ。だから、売値で買い取りたい」
 もちろん、本来であればそれは買い取る側のミスである。こういうショップの主人は品物の鑑定もしなければならない。マジックアイテムの店主であれば、そのアイテムにかけられた魔法の種類は絶対にわからなくてはならない。
 なので、呪いのアイテムを事前に気付けなかったと言う事実は親父にとってある種の屈辱でもあったが、言い当てたのが自分よりも遥かに詳しい人間だと言うならば問題ないだろう。
 それに、本当に呪いがかかっていたわけではないのだ。少なくとも俺の中で親父の評価が下がることはなかった。
 親父は太い腕を組んで何やら考えていたが、やがてゆっくりと俺の方を見て言った。
「わかった。水晶は俺が取り戻そう」
「買っていった相手は?」
 知り合いだったのかと尋ねると、親父は首を横に振った。
「いや、初めてみる顔だったが、なに、俺はお前さんより遥かに広い情報網を持っているからな。すぐに取り戻してギルドに届けるよ」
「すまない」
 俺は頭を下げてから、水晶を売ったときに得た金に手間賃をつけて親父に手渡した。
 元々自分で探そうと思っていたのだ。これで随分楽になった。
 後はギルドに一連の流れを報告して待つだけだ。
 俺はもう一度親父に礼を言って店を出た。

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