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魔法師ミラン1 新緑の抗争
ごく一部の限られた者だけがなれるという魔法師。
その魔法師になるための学院を若干16歳で卒業した少女ミランは、エリートの階段を自ら放棄して、とある探検家のパーティーに加わる。
頑なに魔法を使うことを拒み、武術に勤しむミラン。
この物語は、パーティのリーダーである青年エリアスが、そんな少女を見守り、共に幾多の冒険を乗り越えていく物語……になる予定。

 完全に敵の意表を突いたと、のこぎりを持ったハゲ頭の唖然とする顔を見た瞬間悟った。
 頭上から思い切り斬りつけた剣を、ハゲ頭はのこぎりで受け止めようとしたが、俺は剣の勢いでのこぎりを叩き折ると、返す刀でハゲ頭の首元を斬り裂いた。
 自らの首から迸る血を呆然と眺めるようにして、ハゲが地面に倒れて砂埃が舞った。
 ミランを押さえつけていた男二人が立ち上がり、剣を抜いて斬りかかってくる。さすがに対応が早い。
 けれど、対応が早いのは俺たちも同じだった。
 髭面の男が立ち上がった瞬間、ミランが身体を上手くひねってその足を払ったのだ。
「うおっ!」
 まるで石に躓いたような間抜けな声を出して、髭面が俺の方に倒れこんでくる。その胸元に剣を突き立てるのは、戦う意志のある子供を斬り殺すよりも簡単だった。
 俺は横から斬りかかってきた最後の一人の剣を躱すと、髭面から剣を抜いて素早く斬りつけた。
 およそ3度ほど剣を打ち合わせてから、俺は膝を折って男の懐に潜り込み、下から男の顎を斬り上げた。
 さすがに返り血を浴びたが、目をくらまされたということはない。男にとどめを刺すと、俺はその場に屈んでミランを縛っていた紐を切った。
「あ、ありがとう、エリアス」
 俺を見上げて心底嬉しそうにそう言ったミランはあまりにも可愛く、ここが戦場であることも、彼女を叱らなければいけないこともすっかり忘れてしまいそうになるほどだった。
 ふとコスバンの方を見ると、いつの間に助けたのか、剣を持たない左手でフィーチェをかばって戦っていた。足元にはすでに4人の男が力なく寝そべっている。
 彼はちらりと横目で俺を見ると、フィーチェの腕をつかんでその身体を回転させ、背中に足の裏を当てて蹴り飛ばした。
「きゃあっ!」
 足を当てた状態からの蹴りなので、手で押されたのと同じようなものだが、それでも乱暴なのには違いない。
 フィーチェはものすごい勢いで吹っ飛び、俺は慌ててその小さな身体を受け止めた。
「コスバン、乱暴だぞ!」
 今にも泣き出しそうなフィーチェを慰めながら怒鳴ったが、コスバンは不敵に笑っただけで何も言わなかった。
 罵声を浴びせながら3人の男が同時に彼に斬りかかる。
 コスバンは一人の男に立ち向かい、素早くその首に切っ先をめり込ませると、そのまま男の横に立って二人の剣をすり抜けた。それどころか、その内の一人に足払いを食らわせて、抜き放った剣を背中に突き立てる。
「すげぇ……」
 俺は思わず簡単に声を洩らした。あれが探検家たちにその名を轟かせたコスバンの戦いぶりかと思うと、見ているだけで5千の価値があるような気持ちにさえなった。
 まるで美術館で絵画を観るようにうっとりしている俺の横を、ふっと黒い影がよぎった。
 ミランだ。
「エリアス、フィーチェをお願い」
 彼女は早口にそう言うと、コスバンの戦う許へ走り出そうとした。
 俺は口で何かを言うより先に、剣を持った右手で服をつかむと、振り返った彼女の頬を思い切り叩いた。
「きゃっ!」
 フィーチェが思わず両手を目に当てて身体を震わせる。コスバンが誰かを真っ二つにするよりも怯えている。
 俺は驚いた顔で見上げるミランを真っ直ぐ見据えて声を荒げた。
「お前は、たった今殺されそうになったってのに、まだ懲りないのか!」
 ミランはすぐに泣き出しそうな顔になって、悲しそうに俯いた。
 こういう姿を見せられると、思わず抱きしめてすべてを許したくなってしまうが、ここで甘やかしてはまた繰り返してしまうかも知れない。
 そして、次も生きていられる保証はどこにもないのだ。
「ミラン。俺たちはパーティーだ。お前の生命はお前一人のものでもないし、お前の責任はパーティー全体の責任だ。今日は許す。生きていたから許す。でも、もし次に同じことをしたら、俺はお前をパーティーから外す。いいな?」
 ミランは2秒ほど項垂れてから、それでもしっかりと頷いて見せた。足元に涙の雫が落ちた。
 二人の男がコスバンには敵わないと見たのか、俺たちの方に向かって駆けてきた。俺はミランを後ろに押しやると、自ら片方の男に斬りかかった。先程のコスバンと同じようにだ。
 一人をあっさり斬り捨てると、時間差を置いて斬りかかってきた男の剣を頭上で受け止めた。
 そしてそのまま鍔迫り合いに持ち込んだが、その男の背後にふっと影がよぎり、次の瞬間、男の首がゴキッという音を立てていびつに曲がった。
 もちろん、ミランである。
「よし。後はコスバンに任せて、俺たちはフィーチェを守る。いいな?」
 俺が語調を強めてそう言うと、ミランは一瞬悔しそうにシドニスを見た。恐らく、彼だけは自分で倒したいと思ったのだろう。
 それでも、ミランは不満を言わずに頷いた。
「わかった」
 俺は軽くミランの頭に手を置いてから、フィーチェを守る形で立ってコスバンを見た。彼はすでにシドニスと対峙していた。他の男たちはすべて地面に伏している。
「大人しく武器を売っていれば死なずに済んだのにな。何が不満だった?」
 見られるだけですくみそうな鋭い視線に動じることなく、シドニスは腰からあからさまに魔力を持っていると思われる剣を抜いて構えた。
「エルフの村を攻めて何が悪い。お前らのしていることは人殺しだ」
 コスバンはシドニスの剣を見て一歩下がった。どんな魔力が込められているかわからないから、不用意に近付くのは危険だと判断したのだろう。
「探検家仲間を襲った盗賊を追っていたら、お前がそのボスだった。俺がお前を殺す理由は十分過ぎるくらいある」
「なら、俺がお前を殺す理由もなんとでもつけられるな」
 そう言って、シドニスは不敵な笑みを洩らした。ヤツは絶対の自信を持っている。十数人の盗賊たちをまったく寄せつけなかったコスバンに勝つ自信を。
 俺はコスバンを絶対視するのをやめた。
 ミランだって俺の思っていたような完璧な人間ではなかったのだ。コスバンだって万能じゃない。
「ミラン」
 俺は対峙する二人に聞こえないように呼びかけた。ミランは無言で頷き、俺の隣に立った。
 俺はちらりと彼女を見てから、再びシドニスを見て言った。
「もしも魔法を使うのなら、シドニスを殺ってもいいぞ?」
 先程ミランは、コスバンが奴らの足を止めてくれている状況にも関わらず、魔法を使わずに体術で立ち向かおうとしていた。
 彼女が魔法を使いたくないのはわかるが、ここではそれが命取りになりかねない。
 ミランはしばらく黙っていたが、何故俺が突然考えを改めたのか理解したのだろう。何も言わずに「わかった」と答えた。
 そして目立たないようにシドニスの背後に回る。
 コスバンはそれに気が付いたようで、ちらりと俺たちの方を見た。刹那、シドニスが斬りかかる。
 体形通りの緩慢な動きだが、振り下ろした剣は素早い。
 コスバンは切っ先から魔法が迸るのを警戒して、剣の描いた線上に入らないように横に飛んで躱した。
 彼のその考えは正しく、振り下ろされた瞬間、刀身がキラリと光ってそこから何かが迸った。
 ザクッという音を立てて一本の木がえぐれ、ゆっくりと倒れてくる。
「よく躱したな!」
 シドニスはそう言いながら、がむしゃらに剣を振り回した。これは脅威だ。
 コスバンはそれをことごとく器用に躱している。傷は負っていないが、シドニスにもまったく近付けない。
「どうした? かかってこなければやられるぞ?」
 嬉しそうにそう言ったシドニスだったが、やがて何かおかしいことに気が付いた。
 そう。コスバンは近付けないのではなく、近付かなかったのだ。
「後ろかっ!」
 シドニスが振り向いた時、すでにミランの魔法は完成していた。
「ええい、小娘が!」
 デブの武器商人は、彼女目掛けて思い切り剣を振り下ろした。
 同時に、彼女の描いた魔法陣がキラキラと輝き、そこから光が迸る。不敵な笑みを浮かべ、シドニスの剣の魔法を避けようとすらしなかったのは、自分の魔法に絶対の自信を持っているからだろう。
 俺はそんな彼女の様子に一瞬とてつもない不安がよぎったが、すぐにそれは杞憂だとわかった。
 パキッと小気味良い音がして、シドニスの剣の魔法は光に飲み込まれて散った。
「バ、バカなっ!」
 それが彼の最後の言葉だった。
 光は真っ直ぐ彼を飲み込み、先程までコスバンの居た空間を割いてうねるようにして空に走った。
 光の消えた空間には、シドニスの下半身だけが残され、それがゆっくりと砂埃を立てて倒れた。魔力を帯びた剣すら消滅している。
 俺は圧倒的な力を前に、高鳴る胸を押さえながらミランを見た。
 彼女はようやくシドニスを倒せたと言うのに、ひどくつまらなさそうな顔をして立っていたが、俺に見られていることに気が付くと、無理して笑って見せた。
 俺は何も言わずに深く頷いて返した。

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