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魔法師ミラン1 新緑の抗争
ごく一部の限られた者だけがなれるという魔法師。
その魔法師になるための学院を若干16歳で卒業した少女ミランは、エリートの階段を自ら放棄して、とある探検家のパーティーに加わる。
頑なに魔法を使うことを拒み、武術に勤しむミラン。
この物語は、パーティのリーダーである青年エリアスが、そんな少女を見守り、共に幾多の冒険を乗り越えていく物語……になる予定。

 エルザーグラの探検家ギルドマスターはコスバンという男である。
 エルザーグラにはミランと出会う前にも来たことがあったので、半年前に訪れた時はすでに顔見知りだった。
 コスバンは一度話した人間は決して忘れないすごい男だ。ギルドマスターなどという高い位に立つ者は、皆こういう化け物なのかと思うとぞっとしてしまう。
 決して大柄というわけではないのだが、彼と向かい合うと圧倒的な威圧感を覚える。俺も探検家になってからすでに3年経つが、彼を見るとまだまだひよっこなのだと思い知る。
 そのコスバンが、まるで心を覗き込むように俺の目を見ながら座っていた。
 すでに水晶の話はした後である。
 ややこしくなると思って、フィーチェの話はしていない。事後報告はあまり好まれないが、探検とは直接関係ないので報告する義務はない。
 コスバンはすでにミランのことを知っている一人であるが、彼には俺の嘘は通用しなかった。
「訳ありのようだな」
 嘘を嘘だとわかった上でそう言われて、俺は深く溜め息をついた。もしも彼の信頼を得ていない状況だったら、嘘をついたことで咎められていただろう。
 仕方なく俺は、エルフの村の話をすることにした。一応、エルフが人間の街を攻撃しようとしていることと、シドニスがエルフの村を狙っていることは隠してだ。
「実はファミアールのそばにエルフの村があって、あの水晶はそのエルフのものだったらしい。偶然取り戻しにきたエルフの女と出会って、やむを得ずってとこだな」
 嘘はついていない。なので、コスバンもその話には疑いを持たなかったようだ。
「なるほどな。確かに呪いのアイテムとでも言わなければ、取り戻すのは厳しい話だ。エルフのものだろうが、俺たちの知ったことじゃない」
 もちろん、俺だってそうだ。フィーチェの人柄には心打たれるものはあれど、せっかく手に入れた宝を見す見す手放すのは探検家としてこれほど屈辱的なこともない。
 けれど、やはり戦争云々の話に発展されると、プライドがどうのと言っている余裕はない。
「律儀なヤツだな、お前は」
 呆れたようにそう言ったコスバンに、俺は不敵に笑って見せた。
「もちろん、その代わりに何かいただくさ」
 それは本心だった。
 あまり期待はしていないが、フィーチェが何かエルフの宝をくれやしないかと考えている。あの水晶で得た金は、それほどまでに大きかった。
 コスバンは腕を組んで、二度ほど大きく頷いた。
「わかった。じゃあコルザのおっさんが来たら報告しよう」
 コルザとは先程のマジックアイテムショップのごっつい親父である。一時コスバンとパーティーを組んでいたこともあったそうだ。
 俺はそのパーティーを想像してぞっとなった。いつか俺もそんなパーティーを組めるのだろうか。
 ゴーンドとメアリはすでに探検家を引退している。ミランは、いつまで一緒にいてくれるだろうか。
 そして、俺はコスバンやコルザのような男になれるのだろうか。
「しかし、お前らも儲けたな。システンとファミアールでどれだけ儲けた?」
 不意に声の調子を明るいものに変えて、コスバンが聞いてきた。
 大儲けした探検家は仲間から妬まれるてもおかしくないのだが、この男は別だ。むしろ自分の下にいる探検家の活躍を心の底から喜んでいる。
 俺は素早く頭の中で計算した。
「システンは……家が一軒建つくらいだな。だが、半分くらいはあの二人にやったから、言うほど残っていない」
 あの二人とは、ゴーンドとメアリのことである。ミランと二人で片付けた仕事だったので、本来であれば2等分するべきなのだが、俺の一方的な意見で4等分した。
 ミランはそれで納得したのだが、俺は残った半分の金をミランと8対2に分けた。もちろんミランが8だ。
「それで、ファミアールの方は?」
「牧場が買える」
 極めて簡単にそう答えると、コスバンは目を大きくして笑った。
「俺の探検家時代でも、それだけの金を一度に手に入れたのは数えるほどしかなかったな。ミランに感謝しておけ」
「まったくだ」
 俺は笑い返して頷いた。
 ミランがいなければ絶対に手に入らなかった金である。
 そもそも彼女がいなくなってしまったら、果たして俺は一人で何ができるだろう。詳しくは語らないが、システンでの仕事も、彼女の魔法がなければ解決できなかった。
「しかし、ミランはなんで俺なんかと一緒に探検家やってんだろうな」
 ふと疑問に思って呟くと、コスバンは一瞬考える素振りをしたが、すぐに元の明るい調子に戻って首を振った。
「さぁな。天才の考えることは俺にもわからんよ」
 俺は思わず姿勢を正して彼を見た。
「おいおい。あんたほどの男が言う台詞か?」
 コスバンは全探検家ギルドのトップ3だと聞いたことがある。確かに魔法こそ使えないが、それにしてもたかが17の娘に本気で一目置いているとは思えなかった。
 けれど、熟練のギルドマスターは深い目をして言った。
「いいか。お前が探検家になってから得た最高の宝は、金じゃない。仲間だ。この先も探検家としてやっていきたいなら、あの女は絶対に手放すな」
「あ、ああ……」
 あまりの威圧感に、俺は頷くしかできなかった。
 コスバンはそんな俺を見て陽気に笑って見せた。
「なに、そうは言ってもあいつとて万能じゃない。現に今、こうしてお前が一人でここにいるのが何よりの証拠だ。あいつもお前を必要としている。そんなに深く考えることはない」
 俺はなんとか笑い返してみせたが、それはさぞや強張っていただろう。
 俺は目の前にいるコスバンという男を絶対視している。そのコスバンが「最高の宝」とまで言うほど、ミランはすごいのだろうか。
 そんなことを考えた矢先、ガタッと音を立てて入り口のドアが開けられた。
 探検家ギルドは仕事の斡旋も行っているので小さな酒場になっているのだが、中にいる客の一部が入り口の方を見た。
 もちろん俺も反射的に振り向いて、思わず椅子を倒して立ち上がった。
「ミラン!」
 すでに傾きかけた日差しを受けて、相方の少女が立っていた。逆光だが見えないほどではない。
 コスバンが一目置いている少女は、全身にひどい傷を負っていた。詳細に観察する余裕はなかったが、少なくとも顔の半分が血で真っ赤に染まっている時点でただ事ではない。
 俺が駆け寄ると、ミランはぐったりと俺の胸に身体をあずけて、喋るのもつらそうに声を絞り出した。
「ごめん……。フィーチェを……さらわれた……」
 なるほど、その一言で事情は理解できた。だが、それよりも今はミランだ。
 ふと背後に人の気配を感じて振り向くと、コスバンが笑いながら立っていた。もちろん、笑っていたのはミランが大丈夫だと判断したからだろう。
「ほらな。こいつもまだまだ全然だ。俺の言ってるのは才能と可能性の話だからな。落ち込んだり神聖視したりするんじゃないぞ? 探検家としては、こいつは3年の下積みのあるお前より遥かに甘ちゃんだ」
 そう言って、コスバンはどこにそれだけの力があるのか、片手で軽々とミランを抱え上げた。
 ミランは俺にフィーチェのことを伝えて安心したのか、気を失って眠っていた。

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