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神官プリエと竜騎士ミネンス
偉大なる神カーレガンの神官プリエは15歳。祖父や父、同じ神官の仲間とともに、小さな寺院で人々の怪我や病気を治して暮らしていた。
ところがある日、そんな平和な生活を営んでいたプリエの許に、一人の竜騎士の女性が降り立ち、憎しみをもって剣を閃かせた。彼女の突然の来訪により、プリエの運命が大きく揺れ動く……。

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 驚きの余り声もないプリエに、ミネンスは無感情な声で言った。
「16年前。ちょうどお前が生まれ、グランドがヤツらの素性を知った頃だ……つかまれ、プリエ!」
 やにわに声を上げ、ミネンスはフェーセを蹴った。
 フェーセは正しく乗り手の指示に従い、勢い良く翼を広げた。
「きゃっ!」
 思わず落ちそうになったプリエがミネンスにしがみつく。
 いつの間に体勢を立て直したのか、カーレガンが先程二人のいた空間を貫いて空に舞い上がった。
「目をつむれ!」
 ミネンスはこちらを向いた黒竜に向かって光の玉を投げつけた。
 簡単な目くらましだが、プリエと話す時間くらいは稼げるだろう。
 ミネンスはこんなことになるのなら先に話しておけば良かったと後悔したが、まさかプリエがカーレガンを説得しようとしていたとは考えてなかったので仕方ない。
 素早く高度を下げ、カーレガンの死角に移動すると、ミネンスは慎重に構えたまま言葉を続けた。
「フリートはな、街で若い女性を誘拐する傍らで、別の研究もしていた」
 彼らの研究。それは、特別な力を持った子供を作ることだった。
「特別な……力?」
「そうだ。あたしたちは作られたんだ」
 元々アジティは能力の高い女性だった。
 彼らはアジティに、長年研究を重ね、人体実験も繰り返した上に完成した薬を与えることで、生まれてくる子供に特別な力を宿らせようとした。
 そして生まれたのがミネンスだった。
「だからあたしはそこいらの術師よりも遥かに力が強い。だが、それだけだった」
 ただ力が強いだけではカーレガンを復活させることはできない。
 ミネンスは失敗作品だったのだ。
「それでも奴らはあたしを育てた。ダメで元々、成長してから捨て駒に使えばいいと思ったんだろう。だけど、結局あたしは捨てられた」
「私が……生まれたから?」
 震える声で問いかけたプリエに、ミネンスは大きく頷いた。
「そうだ。確実な成功品が完成して、不良品は廃棄された。そのあと、街に捨てられたあたしはグランドに拾われて……後は話した通りだ」
 ミネンスの話を聞いて、プリエはとてつもない衝撃を受けると同時に、釈然としなかったすべてのことに納得がいった気がした。
 何故彼女がフリートではなく、プリエを恨んでいたか。
 初めて会ったときから、ミネンスは「お前に死ぬ以上の苦しみを与えてやる」と、プリエだけを目の仇にしていた。
 彼女は自分が捨てられたことに、捨てられる原因となった少女に強い憤りを覚えていたのだ。
 そして彼女は、少女を憎みながら愛してもいた。
 ミネンスは結果として捨てられたことを幸せに思っていた。優しい夫婦に拾われ、何一つとして不満を感じることなく育った。
 だから、何も知らずに利用されているプリエを可哀想に思ったし、自分と同じ境遇の、たった一人の妹を愛していた。
 憎しみと愛情。
 相対する二つの感情が胸の中で戦い続け、ミネンスはプリエを憎み切ることも、愛し貫くこともできなかった。
 プリエは自分の姉にしがみつく手に力を込めて、彼女の服をぎゅっと握った。
「……ごめん、なさい……」
 何も言葉にならなくて、大粒の涙をこぼしながらただ一言そう言って、姉の背中に顔を埋めた。
 ミネンスはまるで胸につかえていたものが取れたように安堵の息を洩らした。
「もういいんだ、プリエ。あたしは八つ当たりをしていたんだ。お前は何も悪くない」
「姉さん……」
 初めてミネンスを姉と呼び、プリエは顔を上げた。
 ミネンスはそんな妹の顔を穏やかに見つめると、確信的な口調で聞いた。
「カーレガンを倒す。手伝ってくれるな?」
「はい!」
 15年間の信仰をすべて吹っ切り、少女は力強く頷いた。
 二人の頭上で怒り狂うようなカーレガンの唸り声が轟いた。

 再び空に舞い上がると、ミネンスは数本ある内の、一番長くて太い槍を手に取った。
「プリエ、いいか」
 飛びかかってきたカーレガンの攻撃を躱し、ミネンスは槍を握りしめて言った。
「あいつは、あたしたちの攻撃じゃ倒せない。いずれフェーセが力尽きてやられてしまう」
「はい」
「だが、硬いのは外皮だけだ」
 ミネンスが言うと、少女はすべてを察したらしく、決意に満ちた眼差しで頷いた。
「口の中に飛び込むんですね?」
 ミネンスは小さく笑い、大きくフェーセを旋回させた。
「聡明で助かるよ」
 カーレガンから距離を置くと、ミネンスはフェーセを停止させ、手綱を離してその背に立った。
「チャンスは一度だ」
 手を差し伸べ、同じようにプリエを立たせると、よろめいた身体をしっかりと支えてやった。
 かなりの高度だ。落ちたらただでは済まないだろう。
 プリエは息を呑み、なるべく下を見ないようにして頷いた。
「大丈夫です。指示をください」
「よし」
 ミネンスは支えていた腕を離して、代わりに妹の手を握った。
 少女はその手をぎゅっと強く握り返した。
「ヤツが向かってきたらあたしたちは真上に跳ぶ。そうすれば、後は勝手に口の中にいるだろうよ」
「大雑把ですね」
 プリエが苦笑すると、ミネンスも楽しそうに笑った。
「ああ。そういう性格なんだ」
 ひとしきり笑うと、ミネンスは口調を改めた。
「口に入ったら、お前は何も考えずにあたしと自分の身体を治し続けろ。ヤツの消化機能がお前の回復能力を上回ったらそれまでだな」
 プリエは姉の言葉が「運まかせ」と言っているように聞こえ、青ざめた。いや、実際に運まかせだった。
「ね、姉さんの方が回復力が強いから、姉さんが回復に回った方がいいんじゃ……」
「そしたらお前がヤツを倒す前に、あたしが力尽きる」
「じゃあ、あたしが姉さんを回復させます」
 ミネンスは可笑しそうに顔をほころばせた。
「そうなると、誰がヤツに攻撃するんだ?」
「あっ……」
 気が付いたのか、恥ずかしそうに顔を赤らめたプリエに、ミネンスは優しく声をかけた。
「あたしを信じろ。大丈夫。人間だって腹に入るまでは食べ物はそのままだ。喉にいる間にヤツを倒す」
「わかりました。信じます」
「死ぬときは一緒だ、プリエ!」
「はいっ!」
 少女が力強く頷くと、カーレガンが再び迫ってきた。
 剥き出しになった牙から唾液が滴り落ちる。巨大な舌が蠢き、その奥が洞窟のように喉へと続いていた。
「跳べっ!」
 二人は手を握り合い、思い切り強くフェーセの背を蹴った。

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